解任された帝国最強の魔術師。奴隷エルフちゃんを救ってスローライフを送ってます。帝国が滅びかけているから戻ってきてくれ? 条件次第で考えてやる

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1-1帝国魔術師長の解任

公開日時: 2020年12月30日(水) 18:56
文字数:2,161

「君はもう必要ないよ。ネロ・テイルくん」



 拝謁の間――。

 オレは皇帝陛下の前に引きずり出されていた。皇帝直属の騎士が、両脇をガッチリと固めていた。

 解こうにもビクともしない。



「必要ない――とは?」

 その意味の理解におくれた。



「言葉の通りだ。今日かぎりで帝国魔術師長を解任する。帝都から出て行ってくれたまえ」



 解任。

 その言葉が重く、のしかかってきた。つまりは、クビ、ということか。左右から騎士に抱えられているから立っていられるものの、それがなければ崩れ落ちていたかもしれない。血の気の引いていく感覚があった。



「お、お待ちください。皇帝陛下。オレのどこに不手際があったのでしょう」



 床には真っ赤なカーペットが敷かれている。左右には甲冑が並べられている。多くの戦士に睨まれているような心地になる。正面にはミスリル鉱石から造り上げた玉座が置かれている。銀色に輝く玉座。皇帝が鎮座していた。



 マクベス帝国13代目皇帝――ジオ・マクベスである。白髪の髪を長く垂らしている。目元は険しく、ファルシオンのように長大な口髭をたくわえている。若いころはみずから陣頭で指揮を執り、師子王と呼ばれた男だ。年老いても若いころの威厳は、チッとも薄れてはいなかった。その白銀の瞳で、ギロリとオレのことを睨み下ろしてきた。



「不手際などない」

 と、地底から響くような声音で、皇帝は言う。



「不手際がない?」



「そうだ。貴様は優れた魔術師であった。それは認めよう」



「ならば何故、解任なのですか」



「問題点はその思想にある。たびたびエルフを擁護するような言動をとり、我が帝国の部隊に混乱を起こさせた」



「それは……」

 たしかにその通りだったので、言葉を窮した。



 しかし自分は、このマクベス帝国にとって必要不可欠な人材であるはずだ――という自負があった。そう簡単に解任されることに、合点のいかない思いがあった。



「自分が必要な人材だ。そう思っているのかね?」



 見透かされた。

 はい、と自分の口から、かすれたような声が出てきた。

 酷くノドが渇いていた。



「オレはこの国の魔術師を牽引してきました。訓練を施して、人材の育成にも励んできたつもりです。この国のためと思って尽力してきた所存です。たしかに至らない点もあったかと思いますが、どうか解任だけは、もう一度ご検討くださいませ」



「君程度の人材なんて、いくらでも替えがきくのだ」



 その言葉には、なぜか自分の存在価値を否定されたような心地がした。胸をえぐる言葉だった。思わずうめいてしまったほどだ。



「オレに代わる人材がいる……ということでしょうか」



「その通りだ」

 入れ――と、皇帝が言った。



 その声を受けて足音が迫ってくる。振り向いた。真っ赤な髪を腰のあたりまで長く伸ばした男だった。布の鎧クロス・アーマーの上からでもわかる。肩幅が広い。胸筋が盛り上がっている。足腰がシッカリとしている。日頃から鍛錬を積んでいる者の体躯であった。



 オレは魔法ばかりを鍛錬してきたので、カラダは貧弱だ。こうして並んでみると、オレ自身の存在が矮小なものに感じさせられた。



「はじめまして。グロード・ヴォルグだ」



 聞いたことのない名前だった。

 顔が大きくて、鼻が高い。顔立ちは整っているが、目には狡猾そうな光があった。



「あんたが、オレの後任か」

 と、オレはぶっきらぼうに尋ねた。他人に配慮できるような心境ではなかった。



「ああ。どうやら、あんたは自分のことをチッとばかり優れた魔術師だと思い込んでいたようだが、あんた程度の魔術師なんて、いくらでもいるんだ。自分が唯一の存在だとでも思ったかよ」



 グロードの目や物言いには、自信がみなぎっていた。そりゃそうだ。オレを蹴り飛ばして、勝ち取った座席が約束されているのだ。



「……っ」



 絶句した。

 何も言い返すことが出来なかった。



「安心して帝都を出て行ってくれよ。あんたが育ててきた人材も、つくりあげてきた成果も、全部オレが引き継いでやるからよ。いや。むしろあんたよりも、優れたものにしてやるよ」



「お、お前なんかにつとまるものか」



 オレが身を粉にして手掛けてきたことを、そう簡単に誰かに奪われるのは屈辱的だった。

 ふん、とグロードは鼻で笑った。



「オレはハーグトン魔法学園を歴代最優秀成績で卒業してるんだ。あんたみたいな在野の魔術師とは出来が違うんだよ。これからは魔術師も学歴の時代だぜ。この低学歴の糞魔術師が」



「貴様ッ」



 激情に駆られて殴りかかろうとした。騎士におさえられているため、顔がすこし前に出る程度の行動アクションしか起こせなかった。



「学歴もない魔術師が、帝国魔術師のトップに立っていちゃ、カッコウがつかないのさ」

 と、グロードはツバを吐きつけてきた。その唾液がオレの頬に付着した。生温い感触が、気持ち悪かった。



 そういうことだ――と皇帝がつづけた。



「君のような思いあがった無能は、我が国には必要ないのだ。出て行ってくれたまえ」



 まるで心臓を鈍器で殴られるような心地だった。低学歴の糞魔術師。思い上がった無能。その罵倒が胸裏に強く刻み込まれることになった。



 餞別だ、と布袋がオレの前に投げ捨てられた。

 金だった。



「20ゴールドだ。それで新しい勤め先でも探すことだ」



 床に落ちている20ゴールドを拾い上げた。金にしてはけっこうは重みだ。だが、オレがこの国のために費やしてきた代償にしては、あまりにも軽い。

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