「そのエルフ。いくら払えば譲ってくれますか?」
元帝国魔術師長のネロ・テイルがそう尋ねてきた。
青年はほくそ笑んだ。
(腐っても、元帝国魔術師長だ。たんまり持ってやがるに違いねェ)
と、邪な思いを抱いたのだ。
「いくら持ってるんだ?」
「金貨5枚ぐらいなら出せますよ」
5枚。なかなかの大金だ。1か月は贅沢して暮らしてゆけそうだ。どうせこのエルフは、ロクに使い物にならないのだ。金貨5枚でも充分な交換だった。が、もうすこしねだってみることにした。この博愛主義者から、搾り取れるだけ搾り取ってやろうと思った。
「今、いくら持ってるんだ?」
「今は金貨20枚ほど」
と、ネロはふくらみをもった布袋をとりだした。
「ほお」
ずいぶんな大金を持ち歩いてやがる。金銭交渉よりも、むしろ強奪してやろうという考えに青年のなかで転換されていた。
ネロ・テイルの姿を見定める。黒い髪に黒い目をしている。顔はやつれており、目の下にはクマがある。背は高いけれど痩躯で、簡単に殴り倒すことが出来そうだった。
「金貨5ゴールドで、このエルフを譲ってやるよ」
「わかりました」
と、ネロが布袋から金貨を取り出そうとした間隙を突いた。
青年はネロの顔面に殴りかかった。青年は石工だった。普段から斧を振るって石を削っている。チカラには自信がある。1発で殴り倒せる自信があった。金貨20枚がすでに手に入ったような心地だった。しかし青年のコブシは、ネロの顔面の手前でさえぎられた。見えない壁ができていた。青年のコブシには壁を殴った痛みが伝わってきた。
(こいつは……)
魔防壁と言われるものだ。魔術師ならたいていの者が使える魔法だが、まさか反応されるとは思ってもいなかった。
「暴力はいけませんよ」
と、ネロが忠告してきた。
一度手を出してしまった以上、退くに退けなかった。ふたたび殴りかかろうとした。が、青年は不意に思いとどまった。ネロという男の全身から、途方もない魔力が発散されていたのだ。
「ひっ」
と、青年は思わずシリモチをつくことになった。
(な、なんて魔力してやがる……)
変わり者だと聞いていたから、ナめていた。だが、腐っても帝国魔術師長をつとめた男だ。さすがの魔力である。その痩躯からは考えられないほどの、悪魔的な魔力を感じるのであった。まるで魔力が黒い陽炎となって、ネロのカラダをくるんで立ち上っているかのようにも見えた。
ダメだ。
この男を相手にすると死ぬ。そういう予感が、青年の心理を駆け巡った。
「金貨5ゴールドです。どうぞ」
と、青年の手のひらに、ネロが5枚の金貨を置いた。金貨はびっくりするほどの冷たさを帯びていた。
「あ、ああ……。これがそのエルフの権利書だ。じゃあ、オレはもう行くからな」
使えない奴隷エルフが、金貨5枚に変わった。その喜びを噛みしめる余裕はなかった。青年は一刻もはやくこの場所から離れたかった。ネロという男の保持する魔力が、こちらを攻撃しようとしてきたなら、自分の存在などすぐにでも吹き消されてしまう。恐怖で汗ばんでいた。
金を受けとり、青年はさっさと裏路地に姿を消すことにした。
振り返る。
ネロという男の魔力が、どこまでも追いかけてきているようで不気味だった。しばらくは、うなされそうだ。
(あんなに魔力を持ってるヤツ、はじめて見たぜ)
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