解任された帝国最強の魔術師。奴隷エルフちゃんを救ってスローライフを送ってます。帝国が滅びかけているから戻ってきてくれ? 条件次第で考えてやる

量産型
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2-1ルスブン・シェミンの忠誠

公開日時: 2020年12月31日(木) 18:07
文字数:2,403

 帝都。城の中庭。



 練兵場としても使われている。芝がキレイに刈りそろえられていた。まるで緑のカーペットが敷かれているかのようだ。周囲は城壁で囲まれている。そこに帝都の魔術師たちが集められていた。



「今日からお前ら帝国魔術師の長となった、グロード・ヴォルグだ。これから帝国魔術師は、新体制でやっていく。あのネロ・テイルとかいう男みたいに、甘くはないから覚悟しておけ」



 新しく帝国魔術師長になると言う、グロードがそう言い放った。

 赤毛を長く伸ばした男だった。

 筋肉質な体躯をしていた。

 が、それよりも傲岸不遜な態度のほうが目についた。



(まさか……)

 と、ルスブン・シェミンはあやうく舌打ちをしそうになった。



 ルスブンはネロに育てられた魔術師のひとりだ。ネロが帝国魔術師長を解任されたというウワサは耳にしていた。デマだ。そう思っていた。

 まさか、ホントウにネロが解任されるとは思っていなかった。



(あれほどの御仁を解任するとは……)



 帝国最強の――いや、世界でも有数の魔術師であるはずだ。近隣諸国からは、【マクベスの悪夢】なんて二つ名で呼ばれていたのだ。帝国魔術師たちはみんなネロの指導によって、1人前の魔術師としてやってきた。



 解任の理由はわからなくもない。ネロはエルフにたいして同情的だった。その態度が、皇族貴族たちには理解できなかったのだろう。しかしだからと言って、常に戦場で結果を出してきたネロを解任するというのは、ルスブンには理解できなかった。



「失礼ながら、師匠――ではなくて、ネロ魔術師長はどうされたのだ? 別の立場に異動になったということであろうか?」

 と、たまらずそう尋ねた。



「ほお。キレイな女だな」

 と、グロードがブシツケな目をやってきた。



 グロードの赤い瞳が、ルスブンの頭から這うように下りていく。乳房を品定めして、腰のあたりを見つめていた。

 そういう目で見られることは慣れている。



(ゲスが)

 と、内心で毒づいた。



 ルスブンは白銀の髪を長く伸ばしており、白銀の双眸をしていた。乳房も大きい。その風貌が男受けするらしいことを知っていた。だが、べつに男受けを狙って髪を伸ばしているわけではない。この髪はネロに似合っていると言われたから伸ばしているのだ。ましてや胸が大きいのは、どうしようもない。



「質問に答えてくれないか。ネロ魔術師長は……」



 ちげぇよ、とメンドウくさそうにグロードはかぶりを振った。



「もうあの男は、帝国魔術師長ではない。ただの一般人だ。ヤツは解任になったのだ。もう帝国魔術師なんかじゃねェんだよ」



「では、異動でもない――ということかか」



「クビだよ」

 と、グロードはみずからの首を、親指で掻っ切る仕草をして見せた。その言葉によって、場がザワついた。グロードという男は優越感をまとっていた。苛立ちを覚える。お前なんかがあの人に敵うはずないだろう。



 風が吹く。

 練兵場の芝が細かく揺れた。

 魔法の的である藁人形たちも、ザワめくように揺れていた。



「あれほどの人材をクビにするとは、いったいどういうことなのか。帝国の戦力は大きく落ちることが目に見えているというのに」



「お前は、あの男を過大評価しすぎている」


 お前に、「お前」なんて呼ばれる筋合いはない。


「そんなことはない。ネロ魔術師長は優秀な魔術師だった」

 と、ムキになって言い返した。



 自分たちの師であった人だ。その人を軽侮されるのは、自分自身ですら否定されているような気がした。



「あの男はただの在野から成りあがってきた魔術師だろうが。それに比べてオレは、ハーグトン魔法学園を歴代最優秀成績で卒業しているのだ。それにヤツは、エルフにたいして同情的な態度をとっていた。この帝国とは肌が合わんのだ」



「それは、そうかもしれないが……」



 たしかにネロには学歴がなかった。逆に言うならば、実力だけで帝国魔術師長まで成りあがった男なのだ。

 容易なことではない。



 エルフに同情的なのは、この国ではかなり異質だ。が、それにしても解任には納得がいかない。理屈ではない。この帝国魔術師の――自分たちのリーダーには、ネロにしかつとまらない。そういう確信がルスブンにはあった。



「話がわかったのなら、列に戻れ。それにしても良い女だ。その高慢そうな態度が、そそられるぜ。まさかネロのコネで帝都の魔術師になったわけではないだろうな」



 その言葉には、さすがに赤面を感じずにはいられなかった。

 羞恥ではない。怒気だ。



「ネロ魔術師長は、そのようなことをされる御方ではない」



「何度言えばわかる。ヤツはもう魔術師長ではない。このオレが魔術師長なのだ」



「私にとっては、ネロ魔術師長は、魔術師長なのだ」



 そして師匠でもある。

 そうだ。その通りだ――と周囲からも声があがる。ネロという男への忠誠心は、そう簡単に揺るぐものではない。



 チッ……とグロードは舌打ちをした。



「勝手にそう思っていろ。ヤツはもう解任されたのだ。オレのほうが魔術師として優秀なのだからな」



「なら、手合せしてみるか」



「なに?」



「ネロ帝国魔術師長が育てていた魔術師が、どれほどのレベルか。私と手合せしてみるか――と尋ねているのだ」



「良いだろう。ただし条件がある」

 と、グロードはニンマリと笑った。笑うと獰猛そうな八重歯があらわになった。



「なんだろうか」



「もしオレが勝てば、オレの女になれ」



 言っている意味が、すぐにはわからなかった。いかに下卑たことを言っているのか理解が及んだとき、ルスブンはふたたび赤面をおぼえた。



「では私が勝てば、ネロ魔術師長を再任していただこうではないか」



「さあな。それはオレが決めることではない。皇帝陛下が決めることだ。が、皇帝陛下に話をしてやっても良い」



 勝てるという確信はなかった。けれど、負けられないとは思った。自分が勝つことによって、ネロ魔術師長のやってきた偉大さの証明にもなるのだ。ネロ魔術師長の偉大さを、このグロードとかいう調子に乗った男にもわからせたかった。

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