帝都。城の中庭。
練兵場としても使われている。芝がキレイに刈りそろえられていた。まるで緑のカーペットが敷かれているかのようだ。周囲は城壁で囲まれている。そこに帝都の魔術師たちが集められていた。
「今日からお前ら帝国魔術師の長となった、グロード・ヴォルグだ。これから帝国魔術師は、新体制でやっていく。あのネロ・テイルとかいう男みたいに、甘くはないから覚悟しておけ」
新しく帝国魔術師長になると言う、グロードがそう言い放った。
赤毛を長く伸ばした男だった。
筋肉質な体躯をしていた。
が、それよりも傲岸不遜な態度のほうが目についた。
(まさか……)
と、ルスブン・シェミンはあやうく舌打ちをしそうになった。
ルスブンはネロに育てられた魔術師のひとりだ。ネロが帝国魔術師長を解任されたというウワサは耳にしていた。デマだ。そう思っていた。
まさか、ホントウにネロが解任されるとは思っていなかった。
(あれほどの御仁を解任するとは……)
帝国最強の――いや、世界でも有数の魔術師であるはずだ。近隣諸国からは、【マクベスの悪夢】なんて二つ名で呼ばれていたのだ。帝国魔術師たちはみんなネロの指導によって、1人前の魔術師としてやってきた。
解任の理由はわからなくもない。ネロはエルフにたいして同情的だった。その態度が、皇族貴族たちには理解できなかったのだろう。しかしだからと言って、常に戦場で結果を出してきたネロを解任するというのは、ルスブンには理解できなかった。
「失礼ながら、師匠――ではなくて、ネロ魔術師長はどうされたのだ? 別の立場に異動になったということであろうか?」
と、たまらずそう尋ねた。
「ほお。キレイな女だな」
と、グロードがブシツケな目をやってきた。
グロードの赤い瞳が、ルスブンの頭から這うように下りていく。乳房を品定めして、腰のあたりを見つめていた。
そういう目で見られることは慣れている。
(ゲスが)
と、内心で毒づいた。
ルスブンは白銀の髪を長く伸ばしており、白銀の双眸をしていた。乳房も大きい。その風貌が男受けするらしいことを知っていた。だが、べつに男受けを狙って髪を伸ばしているわけではない。この髪はネロに似合っていると言われたから伸ばしているのだ。ましてや胸が大きいのは、どうしようもない。
「質問に答えてくれないか。ネロ魔術師長は……」
ちげぇよ、とメンドウくさそうにグロードはかぶりを振った。
「もうあの男は、帝国魔術師長ではない。ただの一般人だ。ヤツは解任になったのだ。もう帝国魔術師なんかじゃねェんだよ」
「では、異動でもない――ということかか」
「クビだよ」
と、グロードはみずからの首を、親指で掻っ切る仕草をして見せた。その言葉によって、場がザワついた。グロードという男は優越感をまとっていた。苛立ちを覚える。お前なんかがあの人に敵うはずないだろう。
風が吹く。
練兵場の芝が細かく揺れた。
魔法の的である藁人形たちも、ザワめくように揺れていた。
「あれほどの人材をクビにするとは、いったいどういうことなのか。帝国の戦力は大きく落ちることが目に見えているというのに」
「お前は、あの男を過大評価しすぎている」
お前に、「お前」なんて呼ばれる筋合いはない。
「そんなことはない。ネロ魔術師長は優秀な魔術師だった」
と、ムキになって言い返した。
自分たちの師であった人だ。その人を軽侮されるのは、自分自身ですら否定されているような気がした。
「あの男はただの在野から成りあがってきた魔術師だろうが。それに比べてオレは、ハーグトン魔法学園を歴代最優秀成績で卒業しているのだ。それにヤツは、エルフにたいして同情的な態度をとっていた。この帝国とは肌が合わんのだ」
「それは、そうかもしれないが……」
たしかにネロには学歴がなかった。逆に言うならば、実力だけで帝国魔術師長まで成りあがった男なのだ。
容易なことではない。
エルフに同情的なのは、この国ではかなり異質だ。が、それにしても解任には納得がいかない。理屈ではない。この帝国魔術師の――自分たちのリーダーには、ネロにしかつとまらない。そういう確信がルスブンにはあった。
「話がわかったのなら、列に戻れ。それにしても良い女だ。その高慢そうな態度が、そそられるぜ。まさかネロのコネで帝都の魔術師になったわけではないだろうな」
その言葉には、さすがに赤面を感じずにはいられなかった。
羞恥ではない。怒気だ。
「ネロ魔術師長は、そのようなことをされる御方ではない」
「何度言えばわかる。ヤツはもう魔術師長ではない。このオレが魔術師長なのだ」
「私にとっては、ネロ魔術師長は、魔術師長なのだ」
そして師匠でもある。
そうだ。その通りだ――と周囲からも声があがる。ネロという男への忠誠心は、そう簡単に揺るぐものではない。
チッ……とグロードは舌打ちをした。
「勝手にそう思っていろ。ヤツはもう解任されたのだ。オレのほうが魔術師として優秀なのだからな」
「なら、手合せしてみるか」
「なに?」
「ネロ帝国魔術師長が育てていた魔術師が、どれほどのレベルか。私と手合せしてみるか――と尋ねているのだ」
「良いだろう。ただし条件がある」
と、グロードはニンマリと笑った。笑うと獰猛そうな八重歯があらわになった。
「なんだろうか」
「もしオレが勝てば、オレの女になれ」
言っている意味が、すぐにはわからなかった。いかに下卑たことを言っているのか理解が及んだとき、ルスブンはふたたび赤面をおぼえた。
「では私が勝てば、ネロ魔術師長を再任していただこうではないか」
「さあな。それはオレが決めることではない。皇帝陛下が決めることだ。が、皇帝陛下に話をしてやっても良い」
勝てるという確信はなかった。けれど、負けられないとは思った。自分が勝つことによって、ネロ魔術師長のやってきた偉大さの証明にもなるのだ。ネロ魔術師長の偉大さを、このグロードとかいう調子に乗った男にもわからせたかった。
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