翌朝――。
目を覚ますと、オレはティヌのことを抱きしめるカッコウになっていた。眠っているあいだに、おのずと抱きしめてしまったようだ。ティヌのカラダは抱き心地が良かった。変な意味じゃない。抱き枕として優秀だという意味だ。しかも良い匂いがしていた。ティヌはすでに起きていたようで、顔を真っ赤にしていた。
「わ、悪い。苦しくなかったか?」
と、あわてて身を離した。
昨晩、同じベッドで眠ったのは、夜の暗闇があったからこそ出来たことだ。朝日のなかでは、そんな大胆な心境になることが出来なかった。
「だ、大丈夫なのですよ。でもチョット緊張したのです」
「悪かったな」
と、オレはあえて素っ気なく振る舞った。
オレもティヌと同じベッドで眠ったことで、心臓が昂ぶっていた。それを気取られたくなかった。いちおうオレのほうが年上だ――と思う。余裕があるところを見せたかった。気まずい沈黙が落ちてきた。けれどその沈黙は、決して不快なものではなかった。
その沈黙を破るようにして、チリンチリン、とベルが鳴った。
「こんな朝から誰だろうか。チョット応対してくるよ」
「ワッチは朝食の準備をしているのですよ」
「ああ」
訪問してきたのは、ルスブンとグロードだろう。そんな予感があった。昨日の話のつづきをしに来たのだろうと思った。違った。玄関を出てみると、キャリッジのついた馬車が門前に停まっていた。荷馬車とはわけが違う。白く塗られた箱で、縁のところには金箔が張られていた。
「朝早くから失礼します」
そう言って頭を下げた男は、帝国規定の布の鎧を着ていた。薄い茶色の鎧だ。どこかで見たことのある顔だ。思い出した。皇帝陛下に解任を宣言されたときに、オレの両脇をつかんでいた騎士のひとりだ。
「なにか用か? この馬車はいったい?」
屋敷の前には庭がついている。その庭のまわりを囲むようにして鉄柵が張り巡らされている。正面には出入口となっている門があるのだが、その門の前に豪勢な馬車が停まっているのだった。
「皇帝陛下から召喚命令が出ております。いっこくもはやく登城していただきたい――とのことです」
「オレを帝国魔術師長に戻すという話か」
「はっ」
「まったく都合の良い話だな。解任したり、呼び戻したり」
男は困惑したようにオレの顔を見つめてきた。
「以前は、すみませんでした」
と、軽く頭を下げてきた。
オレの脇をつかんでいたことを言っているのだろう。
「気にするなよ。皇帝陛下の命令だったンだろ。仕方ないさ」
「はい」
「チョット準備をしてくる」
「お待ちしております」
屋敷に戻って、ティヌを呼んだ。ティヌは朝食の皿を並べてくれていた。状況を説明して、着替えてくるように言った。以前にティヌのために買ったコタルディがある。登城するなら、ふさわしいカッコウだろうと思った。オレは1階ホールで待っていた。着替え終わったティヌが2階から、ユックリと階段をおりてきた。2階の窓から朝日がさしこんで、ティヌのことを輝かせていた。
「おう……」
と、思わず声が漏れた。
ティヌの姿に見惚れた。
ブロンドのショートボブの髪。あいまから出ている長い耳。エメラルドグリーンの双眸。ふっくらとふくれた涙袋。白くてやわらかそうな頬。華奢な体格。つつましくふくらんだ胸元。エメラルドグリーンのコタルディがそんなティヌを着飾っている。
「どうでしょうか? ご主人さま」
「よく似合ってるよ。うん。月並みな感想しか出てこなくて悪いんだけど」
「ご主人さまが買ってくださった衣装がステキなのですよ。ホントウは汚したくないので、着たくなかったのですが」
「汚れたら、魔法で洗ってやるし、なんなら新しいのを買っても良いさ」
「そんな何着もいただいたら、なんだか申し訳ないのです」
ティヌは激しく首をふる。
ブロンドの髪が左右に揺れる。
「髪が乱れちゃうぜ。御手を拝借させてもらうよ。お姫さま」
「お、お、おひめさま……」
冗談で言ったつもりなのだが、ティヌは顔を真っ赤にしていた。素肌が白いから、すぐに赤くなるのがわかるのだ。それもまたティヌの魅力だった。あとは顔のヤケドさえ治れば完璧だが、本人はこのままで良いと言っている。それに、ヤケドの痕をふくめて、オレは魅力を感じているのだった。
屋敷を出る。
ティヌを連れてキャリッジへ乗り込むところを、帝国騎士たちは不思議そうな顔を見ていた。御者までも唖然としていたぐらいだ。エルフがコタルディを着ているのが不思議なのだろう。しかも登城させるのだ。
キャリッジへ乗り込むと、2人きりの空間になった。
狭い箱の中だ。
窓がひとつあるだけだ。
向かい合うようにして座る。
「なんだか緊張してきました」
「大丈夫さ。オレの近くにいれば良い」
城は帝都の中央にある。城門棟を3つくぐると、主城が建っている。白銀の主城はいくつもの塔が重なり合ってできている。まるで天を貫かんとする巨大な槍の束のようにも見える。もう何度も通ってきた道だが、これほど緊張するのははじめてのことだった。
皇帝陛下と交渉しなければならない。
ティヌを部下の魔術師として認めてもらうこと。そしてエルフたちの処遇改善について――だ。
認められれば、エルフたちを救済する大きな近道になる。
拒否されれば、オレも再任にこたえるつもりはない。
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