「ザミュエン砦が陥落したという報告を受けているが、それは真のようだな」
拝謁の間。
グロードはただひたすら低頭していた。冷や汗が全身の汗腺からにじみ出てくるような心地であった。
「はい」
頭を下げているから、皇帝陛下の顔は見えない。きっと怖ろしい形相で、グロードのことを睨み下ろしていることだろう。
「何か申し開きはあるか?」
「ホウロ王国軍に、あれほどの魔術師がいるなんて、魔法学園では習っておりませんでした」
習っていないものは、知らないのだ。仕方がない。
「魔法学園の首席だと聞いていたから期待していたが、しょせんはその程度か」
グロードに与えられていた皇帝陛下の期待が、音をたてて崩れているかのようだった。
「お待ちください。どうしてオレだけ責められるのですか。この戦の責任は、むしろ砦を担当していたゲイン将軍に負わせるべきだ――と思いますが」
「敵の魔法攻撃を防ぎきれなかったのが敗因だと、ゲイン将軍からは聞いておる」
「いや、しかし、それは……」
たしかにその通りなので、弁解もできない。その報告を受けたということは、ゲインとかいう将軍は生きていたのだろう。親しくもないし、うれしくもない。なんの感慨もなくそう思った。
「なにより、先任のネロ・テイルはホウロ王国軍を、魔法だけで撃退していたのだ。魔術師長がシッカリしていれば、退けるに充分な相手だったはずだ」
あの敵を――。
ネロはひとりで迎撃していたのか。
いや。
そんなはずはない。
オレがネロより劣っているわけがない。
それだけはグロードは認めたくなかった。魔法学園を首席で卒業している自分が、なんの学歴も持たない相手に負けるだなんて、矜持が許さない。
「お言葉ですが、皇帝陛下」
「なんだ?」
「今回の問題点は、ネロ・テイルの教育していた魔術師たちに原因があると思われます。あの者たちがシッカリしていれば、ホウロ王国軍の攻撃を防げたはずです」
「たしかに、それは一理あるかもしれん」
「そうでしょう! むしろ今回の敗因はネロ・テイルの人材育成不足だと言うべきではありませんか」
しばし皇帝は沈黙していた。その沈黙があまりに重いので、グロードはピクリとも動けなかった。自分の心臓の動悸がウルサイほどだった。
「ネロ・テイルはすでに解任している。責任を追及することは出来ん。それよりも、奪われたザミュエン砦をどうするか……という問題がある」
「はい」
どうやら皇帝の怒りの矛先が逸れたようだ。すこしグロードは気持ちが落ち着いた。
「ホウロ王国軍は、砦を陥落させて勢いを得ている。真っ直ぐこの帝都に向かって進撃して来ているのだ」
「はい」
「止めて来い」
「は?」
と、思わずグロードは顔をあげた。まるでファルシオンのような長大な口髭をたくわえた、厳めしい形相の皇帝が、グロードのことを見下ろしていた。
「ホウロ王国軍の進撃を止めねばならんのだ。急いで部隊を編制して、それを止めて来いと言っている」
「オレが――ですか」
「貴様は帝国魔術師の最高峰に立っているのだ。それに名誉を挽回するチャンスだ。人材育成の件については、もう猶予がないのだ。まずは敵の進撃を止めてくるのだ」
「……は、はい」
またしても――。
あの巨大な火球を放ってきたようなヤツを、相手にしなくちゃならないのか。そう思うと憂鬱で仕方がない。
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