エルフを買い取って、屋敷に連れ帰った。
帝国魔術師長として、貴族に劣らぬ屋敷に住んでいた。使用人などはいない。ずっと城勤めで、屋敷に戻ってくることが少なかった。なので使用人やメイドといった者たちの必要性は感じなかった。広い部屋なので、オレひとりしか住んでいないことに寂寞としたものがあった。
私室――。
天蓋つきのベッド。青いシーツに、青いカーテンが付いている。夜空をイメージした部屋だった。カーペットも青く、天井には星座が描かれている。ベッドにエルフのことを寝かせた。
まずは容態を見ていくことにした。
ブロンドのショートボブ。垂れ下がった耳。透き通ったような白い肌。たいていのエルフは異様に肌が白い。意識は失っている。衣服は襤褸きれといって差しつかえないチュニック。エルフが良く着せられているものだ。目立つのは顔のヤケド。新しいものではない。ずいぶんと古いものだ。煙突掃除をやらされるので、ヤケドを負うエルフは目珍しくない。しかしこのヤケドは、さきほどの青年の折檻によるものだと聞いている。
なにより目立つのは、右手。肩のあたりからなくなっていた。それも新しいケガではない。たしか青年も「買い取ったときから腕がない」と言っていた。事故だろうか? 鉱山で働かされるエルフはヒンパンに、カラダを損壊している。
「治癒魔法じゃ届かないな。復元魔法が必要か」
骨も何本か折れているようだった。真新しい打撲が擦り傷も多い。とにかく、そういった最近出来たと思われる傷から治していくことにした。失礼かとも思ったが、傷を治すために服を脱がせた。肢体があらわになった。女として芽吹き始めている丸みが、胸元やふとももに見受けられた。照れ臭くなったので、少女の顔のあたりに目線を向けておくことにした。
「治癒魔法展開」
白い魔法陣がエルフのカラダの上におおいかぶさった。切り傷はふさがれてゆき、赤黒くなった痣が溶けるように消えていく。白い素肌をとりもどしていた。
「復元魔法展開」
次にその右手を修復することにした。何重もの魔法陣が重なり合って、少女の腕の形をつくっていった。
「良し」
あとは顔の傷だが、これは本人に相談してから治すことにしよう。ずいぶんと古いヤケドの痕跡だ。そこだけ治すと、顔の形が変化してしまう可能性があった。
エルフが眠っているあいだ、料理をすることにした。
牛乳とパンとバターを買ってきた。
パンを一口サイズにちぎって、バターで炒めた。牛乳を入れてトロトロになるまで煮込んだ。そして最後にハチミツをすこし投入した。これなら体調の悪いエルフでも食べることが出来るはずだ。
「あ、あの……」
チョウド料理ができたタイミングだった。オレの背中に声がかかった。エルフが上体を起こしていた。
不思議そうに自分の右腕を見つめていた。
「起こしてしまったかな?」
「いえ……あの……」
「状況がわからないか?」
「も、申し訳ありません」
べつに怒鳴ったり叱ったりしたつもりはないのだが、エルフは怯えるように肩をすくめた。
「べつに謝ることはない。君のことは、オレが買わせてもらった。今日からオレが、新しい主人だ」
ほかにも説明しようがあったかもしれないが、それがイチバン的確だろう。
「はい」
と、エルフはうなずいた。嬉しそうでもなければ、悲しそうでもなかった。まだ困惑しているようだった。
「その右腕は、君が眠っているあいだに、魔法で治させてもらった。勝手なことをしたけれど、良かったかな?」
「右手が……」
と、エルフは右手を動かすような所作をした。思うようには動かなかったようだ。
「慣れないうちは、思い通りに動かせないかもしれない。昼食を作ったんだ。食欲があるようなら、いっしょに食べないか?」
「いえ、ワッチは、その……」
どうやらこのエルフは一人称が「ワッチ」らしい。舌足らずゆえにそう発音しているように聞こえるのか。あるいは、エルフ特有の呼称なのだろうか。気になったが、さしてセンサクすることでもないと判断した。
「お腹が減ってないか?」
「はい」
ぐぅぅ……とエルフのお腹が鳴った。エルフはフトンを引き寄せると、うつむいて顔を赤くしていた。
可愛い。
このエルフの可憐さが理解できないなんて、この世界の人たちの目はいったい、どうなってるんだろうか。
「遠慮することはない。いっしょに食べようじゃないか」
「……はい」
と、エルフはうなずいた。
しかし食欲からうなずいたというよりも、オレの誘いを断ることが出来ないから、うなずいた……というようにも見えた。
丸太を加工してできたサイドテーブルを用意した。そこにエルフの分のボウルを置いた。バターで黄色くなった食パンが、牛乳のうえでプカプカと浮かんでいる。金色のハチミツがそれを飾っていた。
エルフはそのボウルを受け取ると、匂いをかいだり、オレの表情をうかがってきたりした。
「どうした? 毒なんて入れてないぜ。それとも牛乳は嫌いだったか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「右手が上手く動かないのなら、食べさせてやろうか?」
「大丈夫です」
「……そうか」
さきほどお腹を鳴らしていたら、空腹ではあるはずだ。が、エルフはやっぱり料理に手をつけようとはしなかった。セッカク作ったのに、食べてもらえないのは少し傷つく。まだ警戒されているのかもしれない。
もしかするとオレがいるから、警戒しているのか?
「しばらくユックリしていると良い」
と、オレは部屋を出ることにした。部屋のトビラを優しく閉めた。1人にしていれば、気持ちが安らぐかもしれない。
この国には多くのエルフたちが、奴隷として使役されている。オレはずっとそれに異をとなえてきた。だからオレは、帝国騎士長の座を解任されることになった。
諦めたわけではない。エルフ解放。そのための第1歩として、個人的にエルフと仲良くなろうと決めた。だから、あのエルフちゃんを買い取ることにしたのだ。
解任はショックだった。
けれど、そう決められてしまったものは仕方がない。これから、新しくやり直してゆこうと決めた。
「ティヌ」
それがあの拾ったエルフの名らしい。買い取った権利書に、その名が記されていた。
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