ティヌには食堂で待っていてもらって、来客の応対をすることにした。トビラ。開ける。訪問してきたのはルスブンとグロードだった。ふたりとも髪を長く伸ばしている。ルスブンは白銀。グロードは赤髪。ふたり並んでいると色鮮やかである。
オレは帝国魔術師長という立場を、グロードに追い出されたカッコウだ。なので、グロードにたいしてはあまり良い思い出がなかった。
「どうした? 珍しい組み合わせだな」
グロードはうつむいていて、オレと目を合わせようとしなかった。ルスブンのほうから話を切り出してきた。
「今日は、師匠に帝国魔術師長に戻って来てもらおうと思って、こうして話をしに来たのだ」
「オレに?」
「ウワサには聞いていると思うが、ホウロ王国の攻撃が苛烈で、その侵攻が止まらない。ザミュエン砦をはじめに、あの地方を完全にホウロ王国軍に奪われてしまった」
「たしかに戦は芳しくないようだな」
「ホウロ王国軍の6大魔術師のひとり、豪魔のウィルが相手なのだ。あれを止められるのは師匠しかいない」
「それでオレを、帝国魔術師長として呼び戻しに来たのか」
「そうだ」
と、ルスブンはうなずいた。
グロードはうつむいたままだ。
「しかし、それは皇帝陛下が決めることであって、勝手に戻るわけにもいかないだろう」
「これは皇帝陛下の御意向でもあるのだ。やはりグロードでは帝国魔術師長はつとまらない。ネロ・テイルを呼び戻して来てくれと言われている。言うなれば私たちは、皇帝陛下の使者として来たのだ」
「グロードはどうするつもりなんだ?」
「この男は、帝国魔術師長を辞任するつもりらしい」
と、ルスブンはグロードのほうを見て言った。グロードは依然として顔を下に向けたままだった。
「セッカクだが、お断りさせてもらうよ」
と、オレは応じた。
「どうしてっ」
と、ルスブンの白銀の目が見開かれた。
皇帝陛下には冷たくあしらわれているので、戻ろうという気にはならない。頑固になるのは大人げないかもしれないが、それ以上に、オレは今の生活が気にいっていた。ティヌともこの日々が永遠につづくという約束をしたばかりだ。
「オレにはティヌというエルフの少女がいる。魔術師長に戻ったら、屋敷に戻れる時間は少なくなるからな」
ティヌひとりに留守番させておくのはカワイソウだ。今でもときおり、悪夢にうなされているのだ。オレがいなくちゃならない。そう思わせられる。
「たかが1人のエルフのために、帝国を見捨てる気なのか」
ルスブンはティヌのことを知らないはずだ。なのに、ルスブンの「1人のエルフ」という言い方には、まるて敵意が含まれているかのようだった。
「狂っているように見えるかもしれないが、オレはこういう男だからな」
頼む、とずっと黙っていたグロードが口を開けた。その表情には、歯のあいだから血でも滴るような凄みがあって、ハッとさせられるものがあった。
「オレが間違っていたんだ。オレは名門の魔法学園を首席で卒業して、そのチカラが帝国魔術師長としても通じると思っていたんだ。帝国魔術師長には、あんたが必要なんだよ。オレにはムリだ。もうあんなバケモノと戦いたくないんだよ」
グロードはそう言うと、コメツキバッタのごとくその場に這いつくばった。頭を下げているのだった。
この矜持のカタマリのような男が、オレにたいして頭を下げている。その気持ちには応えてやりたかった。
「よほど戦場で痛い目を見たらしいな」
「ホウロ王国の魔術師部隊に、豪魔のウィルがいたのだ。手も足も出なくて、連敗という状況だ」
と、ルスブンが説明した。
豪魔のウィル。ホウロ王国6大魔術師と言われる実力者だ。
「なるほどな。やはりあれは押さえ切れなかったか」
「帝国にはやはり師匠が必要なのだ」
とルスブンが切迫した語調で訴えてきた。
「すぐには決めれない。ティヌと相談させてくれ」
オレがそう言うと、ルスブンとグロードは、もちろんだと言うように大きくうなずいたのだった。
1度、グロードとルスブンには帰ってもらった。玄関のトビラを閉める。振り向く。ホールが広がっている。ホールの中央には2階に続く階段があるのだが、その階段のところでティヌがたたずんでいた。2階まで吹きぬけになっており、天井が高く部屋が広いだけに、ティヌの小さなカラダが寂しげに見えた。
「聞いてたみたいだな」
「申し訳ありません。御主人さまが遅いので、何かあったのだろうかと思って、ジッとしていられなかったのです」
「また謝ってる」
「あ……」
と、ティヌは両手でみずからの口元を覆っていた。
「話は聞いていたみたいだが、気にすることはない。ティヌのことを放ってはおけないからな。魔術師長に戻ろうとは思わないさ」
「いえ。ご主人さまは帝国魔術師長に戻ったほうが良いのです。そうしないと、帝国に住んでいるたくさんの人が苦しむのでしょう」
「人が苦しむのはダメか?」
「帝国を守れるご主人さまをワッチが独占するのは、申し訳ないのですよ」
ティヌはそう言うと階段を下りてきて、オレの手前に立った。
今までティヌは人間たちの奴隷として使役されてきたはずだ。本人から聞いたわけではないが、ディカルドという男に買われる以前は、鉱山奴隷として働いていたようだ。鉱山奴隷と言うと、奴隷のなかでももっとも過酷だ。銀や酸化亜鉛から発せられる有毒ガスは、生物を滅ぼす。落盤なども考えられる。そのときの事故で右腕をなくしている。使い物にならなくなったところを捨てられて、ディカルドという以前の主人に買われていたのだ。ディカルドからも優しく扱われていたわけではないはずだ。
人間を憎悪するに充分な道を歩んできている。にもかかわらず、人を恨む気配すらないのだ。
「ティヌは人が憎いとか思わないのか?」
「辛いことはたくさんあったのです。ですが、それもすべてご主人さまと会えるキッカケだったのだと思うと、人間を憎いとは思わないのですよ」
それに比べて、オレは無下に扱われたから――という理由だけで意固地になっているのだ。
ティヌのような心は、なかなか常人に持てるものではない。
「前向きだな。だけどオレが帝国魔術師長に戻ったら、ここにはあまり戻っては来れなくなる」
ティヌは寂しげな表情を隠せなかったようだ。笑っているような、泣いているような表情を見せた。
「ワッチはひとりでも留守番できるのです。たまには帰って来てくれるのですよね?」
「そりゃ、たまには帰って来れるけれど、ティヌのことを放ってはおけないよ」
「ご主人さまは、ワッチ1人だけじゃなくて、もっと多くの人を助けてあげて欲しいのですよ。人間も、ワッチの他にも苦しんでいるエルフたちも多くいるのです」
「そりゃそうだが……」
それは、もちろんそのつもりだ。
エルフたちの救済。
その目的は当初のころから変わってはいない。
オレが帝国魔術師長に戻る条件として、帝国全土のエルフにたいする処遇の改善を要求することも出来るかもしれない。それが可能であれば、すこしでもエルフを救うことが出来る。
ティヌの言っていることはもっともなのだが、オレはこのティヌとの生活に安寧を得ていた。
そう簡単に手放したくないという気持ちもあった。
「ご主人さまにしか出来ないことなのです。大丈夫なのですよ。ワッチはここで待っているのですよ」
「しかしなぁ……」
ティヌをひとりにするのは不安がある。
「その代わりひとつだけ、ワガママを言っても構いませんでしょうか?」
「おう。いくらでも言ってくれ」
「その……」
ティヌは何か言葉を発したようなのだが、上手く聞き取れなかった。顔を赤くして、うつむいてしまっている。
「ん? 悪いけど、もう1度言ってくれないか?」
と、オレは前かがみになった。
「今晩、いっしょに寝て欲しいのですよ。え、エッチな意味じゃなくてですね。その……ひとりで寝るのはチョット寂しいので」
「そんなことなら、普段から言ってくれれば良かったのに」
と、オレはティヌの頭をナでた。
以前、コタルディを買ったさいには、頭をナでようとすると、ひどく怯えていた。今はもう、そんな素振りはなかった。ブロンドの髪はやわらかくて、まるで砂のようだった。ティヌは照れ臭そうな上目使いを送ってきた。
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