「お待ちしておりました」
帝都の周囲に広がる、マクベス丘陵。緑草豊かな丘陵。この季節ならば、うららかな雰囲気に包まれているはずだ。けれど今日にかぎっては、戦の緊張感が漂っていた。オレだって戦争ははじめてではない。この空気に怖気づくことはない。
「今日から、帝国魔術師長として再任することになった。ネロ・テイルだ。あらためてよろしく頼む」
「帝国魔術師部隊一同。みんな師匠の帰りを待っていた。ネロ師匠でなければ、我らを率いることはできはしまい」
と、ルスブンが言う。
他の者たちも、賛同の声をあげていた。
オレの手前には、ルスブンをはじめとする帝国魔術師たちがかしずいていた。おおよそ500人はいる。みんな黒い法衣を着ているものだから、丘陵を覆い尽くす黒雲のようだった。
「グロードはあまり上手くいかなかったようだな」
「こんな実力もない男には、ネロ師匠の後釜はつとまらん」
「そうハッキリ言ってやるな。カワイソウだろ」
グロードは今、ルスブンの後ろあたりでかしずいている。1魔術師であることを買って出たのだ。つまりはオレの部下だ。あの傲岸不遜な男が、ずいぶんな代わり用である。今も胸裏では屈辱を噛みしめているのかもしれないが、戦場でよほど痛い目を見たらしい。ルスブンの言葉を受けて、ずっとうつむいていた。
さて――と、オレは前方に目をやった。
ホウロ王国軍が騎馬隊を横陣に並べていた。総勢10万だと聞いている。各地の雑兵を取りこんで、さらにふくらんでいるかもしれない。丘陵すべてをホウロ王国軍で埋め尽くすような勢いである。
オレの立っている場所は小高い丘になっており、戦場をヘイゲイすることが出来る。
「まるで大地が蠢いているかのようだ」
と、ルスブンが見て言った。
「総力をあげて、帝国を潰しに来たんだろう」
「師匠が帝国魔術師長を解任されたから、チャンスだと思って乗り込んできたに違いない」
「どうだろうな」
「そうに違いない」
と、ルスブンは決めつけるように言った。
ルスブンの白い肌も、戦気に当てられたからして赤く染まっていた。
それにしても数が多い。今までの戦とはわけが違う。しかも、帝国側は籠城戦を決め込んでいる。こうして野戦で迎え撃って出ているのは、魔術師部隊だけだ。魔術師だけで野戦で迎え撃つなんて、ふつうならゼッタイにありえないことだ。
「まぁ、なんでも良い。お前たちは後方支援を頼む。【マクベスの悪夢】とうたわれたオレの戦争を見せてやろう」
ホウロ王国軍が突撃をはじめた。
横陣に敷かれていたものが、じょじょに先端がすぼまって槍の穂先のような形になっていく。くさび型陣形と言われるものだ。ホウロ王国軍の騎兵が多用する陣形だった。10万の部隊が進撃をはじめると、大地が揺れているように感じた。
10万と言うと数が多いように感じるけれど、主力の騎士はおおよそ3万前後といったところだろう。その他大勢が、かき集められた雑兵だ。中央突破を狙ってくるのは主力により敵の陣を蹴散らすのが目的なのだ。
「来たか」
地面に両手をついた。
丘陵を覆い尽くすほどの白い魔法陣が浮かび上がる。そこから、無数の騎士が出現した。人間の騎士ではない。オレの魔力が騎士の輪郭を帯びているのだ。その証拠に完璧な実態は持たずに、半透明な状態だった。
オレの得意としている魔法――魔霊騎士召喚。
魔力でかたどった騎士を召喚する魔法だ。
ホウロ王国軍の騎兵は構わず突撃してきた。オレの召喚した魔力の重装騎士たちと衝突することになった。ホウロ王国軍の騎兵たちは鎧を赤く染めていた。対して、オレの召喚した騎士たちは、白く光っている。青い空の下。赤い海と白い海が、緑の丘陵を埋め尽くしてブツかりあっていた。さすがに10万もの敵を食い止めるには、多大な魔力を消費することになった。
「敵の魔法砲撃が、こちらを狙ってくる。対処してくれ」
「了解」
ホウロ王国軍の後衛部隊による火球が飛来してきた。ルスブンたちの魔防壁がそれを弾く。オレの育ててきた魔術師たちは、この程度の魔法で屈するほどヤワではない。
「さすがだ。師匠の魔霊騎士召喚の前に、敵はなす術もない!」
と、ルスブンが勝ち誇ったように言う。
「いいや。敵は突破してくるはずだ」
「まさか」
「ヤツがいるからな。豪魔のウィル。どこから来るかが問題だな」
オレの召喚した重装騎士たちが、敵の騎兵突撃を防ぎきっていた。1点。オレの召喚した騎士の右翼。大きく食い込んでいる箇所がある。その先陣を切っている女騎士。魔法と剣の両刀使い。豪魔のウィルだ。
「見つけた」
真っ直ぐこちらに向かって猛進してくる女戦士。紅の長髪を振り乱している。らんらんと輝く真紅の目で、こちらを見つめていた。
修羅凄愴うずまく戦場のなか、オレとウィルの視線が衝突した。
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