夜。
ひとつのベッドで、オレはティヌといっしょに寝ていた。仰向けに寝転がっているオレのカラダに、ティヌは身を寄せてくる。カラダはすべすべとしていて、心地良い熱を持っていた。まるで巨大なマシュマロみたいだな、と思った。
はじめてティヌを連れ帰ったときのことを思い出した。ティヌの全身の傷を癒したさいに、ティヌの裸体を見ている。その映像が脳裏をよぎったのだった。自分の心臓の動悸が、ティヌに伝わっているんじゃないかと心配だった。
天蓋のついたベッドのなかに、薄くて白い光の球を浮かせている。
「ご主人さまは、どこの生まれなのですか?」
「オレはヘイルという村の生まれなんだ。そこの村の近くには、森があってさ。エルフたちが住んでいた」
「ご主人さまの昔の話を聞くのは、はじめてなのですよ」
他人にはあんまり語るようなことじゃないからな――と、オレはつづけた。
「オレはよく森に遊びに行ってたんだ。で、森のエルフたちと遊んでた。エルフたちのほうもオレが子供だから、相手をしてくれてたんだろうな」
そんな過去があるから、この世界の人たちみたいに、エルフにたいして嫌悪感を抱かないのかもしれない。
「ワッチも、ご主人さまが子供のころ、どんな感じだったのか見てみたかったのです」
「見てくれは今と変わらないさ。ただ、変わった子供だって言われてたけどな。エルフと仲良くしてたものだから」
「今でもご主人さまが変わっているのです。こんなに良くしてくれるご主人さまを、今まで見たことないのですよ」
「まぁ、変わってはいるんだろうな」
両親からも不気味な目で見られていた。結局、エルフと仲良くするなという件でケンカになって、オレは実家を跳びだしてきたのだ。
「実家には帰っておられないのですか?」
「親とは仲が悪かったからな。実家を跳びだして冒険者になったんだ。しばらくはモンスターを倒して金を稼いでた」
冒険者として最高ランクである「S」の称号を冠されるまでになった。そのタイミングで、帝国から誘いがかかったのだ。
「それでご主人さまは、帝国魔術師になったのですね」
「ああ。でも、帝国のために働こうって気分はぜんぜんなかったけどな。エルフのために制度を改善しようと思ってたんだ。帝国内で立場を得られれば、それなりに発言権も得られるだろうと思ってさ」
「立派なことなのです」
なんだか自分のことばかり語りすぎている気がした。
「そっちはどうなんだ? 生まれは?」
オレがティヌのほうに首を傾けると、ティヌはジッとオレのほうを見ていた。ティヌのエメラルドグリーンの双眸が、魔法の光を受けてかがやいていた。
「ワッチは両親のことも故郷のことも、あまり覚えてはいないのですよ。森で生まれて、森で育った――はずなのです。ですが、帝国軍の襲撃にあって、故郷は焼かれたのです。物心がついたら鉱山で働いていたのです」
帝国軍というのは、まぎれもなくオレが所属している国の軍隊だ。その作戦に参加した覚えはないが、罪悪感をおぼえた。
「そうか。悪かったな、厭なことを思い出させた」
「大丈夫なのです。こうしてご主人さまが傍にいてくれれば、過去も怖くはないのですよ」
ティヌはそう言うと、オレの胸元に頭を押しつけてきた。ティヌからは甘い花の香りが発散されていた。
「べつに言いたくないのなら、ムリして言うことはないぜ」
「いえ。ワッチのことを、ご主人さまに少しでも知ってもらいたいのですよ。そうすれば離ればなれになっても、ご主人さまを近くに感じれるかもしれないのです」
「そうか」
「鉱山では、ひたすら暗くて細い通路を掘り進んでいたのです。いつか誰かが助けに来てくれると、それだけを夢見ていたのですよ。まさに今のような状況を、昔の私は夢見ていたのです」
「悪かったな。昔のティヌを助けることが出来なくて」
「いえ。ワッチは良いのです。もう救われたのです。ですが、この世界にはまだまだご主人さまを必要としている、第2第3のワッチがいるのです。それを助けられるのはご主人さましかいない。そんなご主人さまを、ワッチが独占するのはダメなことなのですよ」
自分が助かる以上に、他のエルフたちも助けて欲しい。ティヌはそう思っているのだろう。
ティヌを独りにしておきたくないと思いつつ、ティヌと離れたくないと考えているのは、むしろオレのほうかもしれない。
「過大評価かもしれんがな」
「そんなことはないのですよ。ご主人さまが尋常な魔術師でないことは、ワッチは最初から気づいていたのです。失った右腕を治せるような魔術師は、そうそういないのです」
「そのヤケドだって治せるぜ」
ティヌの顔には、いまだにヤケドの痕がある。本人は治さなくても良いと言っている。遠慮しているのかはわからない。けれど本人が拒否しているのならば、その意見を尊重しようとは思っている。
「このヤケドは、このままで良いのですよ。これがあったほうが、変に値踏みされることが少ないのです」
「そっか」
「それにワッチがご主人さまにふさわしい存在じゃない――ってことを、思い出させてくれるのです」
「そんなことはない。オレは……」
ティヌのことが好きなのだ。しかし、素直にその心情を吐露することは出来なかった。照れ臭さがあった。
「今日、屋敷に来ていた女の方」
「ルスブンのことか?」
「ワッチなんかとは比べものにならないほど、キレイな女性だったのですよ。ご主人さまとワッチが釣りあわないことを、思い知ったのです」
ルスブンがオレにたいして好意を向けてくれているのは知っている。付き合いもルスブンのほうが長い。
けれど、オレの心は、ティヌに向いていた。買い取った責任もあるし、元来エルフが好きなのだ。
ルスブンはたしかに美しい女性ではあるが、気が強すぎる。
「嫉妬してるのか」
「嫉妬?」
と、不思議そうな表情を向けてきた。
どうやら嫉妬という感情を知らないらしい。大切な人がいなかったからだろう。
「そういうのは口で説明するよりも、感覚でつかんだほうがわかりやすい」
嫉妬という感情が、どういうものか口で説明できる自信がなかった。オレの思っている嫉妬が、ティヌの嫉妬と共通の感情なのかは判然としない。それにティヌの胸裏にあるものが嫉妬だという確信もなかった。卑屈になっているだけかもしれない。
「仮にワッチがエルフでなくて、魔術師だったなら。ゼッタイにご主人さまを誰にも渡さないのですよ」
そう言うと、ティヌはオレの腕をすこしだけ強くつかんできた。
その言葉を受けて、オレは天啓を得た。
「なら、魔術師になってみるか?」
「え?」
「オレが魔法について教えてやるからさ。魔術師として活動すれば、オレの部下ってことになるんだし。いっしょに城に行けるだろ。まぁ、戦には危なくて連れて行けないけど」
「ワッチが魔術師に?」
「エルフだって魔法を使える者はいるだろ」
「たぶん、エルフにも魔法は使えるのですよ。ですが、そんなこと許されるのでしょうか? ワッチが帝国の魔術師になるなんて……」
ティヌはもう眠くなってきたのか、言葉にまどろみを帯びていた。
「オレが帝国魔術師長に戻る条件として提示するよ。皇帝陛下と交渉してみるさ。この案はどうだろうか?」
「ワッチがご主人さまの隣に立てるのなら、それほど嬉しいことはないのです。魔法だって使えるようになりたいのです」
「なら決まりだ」
帝国内でティヌが立場を手に入れることが出来れば、それがエルフたちの立場の改善にもつながるかもしれない。世の中の人の、エルフへの見方も改善されることだろう。
オレだって、帝国魔術師長に戻る条件として、エルフ全体への処遇を改善してもらうように訴えるつもりだ。
そういう条件つきならば、帝国魔術師長に再任しても良いとは思っている。
「もし、断られたら、どうするのです?」
「そのときは、オレだって魔術師長に戻るつもりはないよ。このまま屋敷で生活しても良いし、旅に出ても良い」
「はい」
「明日はいっしょに城に行ってみようぜ。コタルディを買っておいて良かったな」
「はい」
「登城するさいには、一緒に来てくれるか?」
と、いちおう確認してみた。
「ワッチで、よろしければ」
ティヌの寝息が聞こえてきた。どうやら眠ってしまったらしい。同じベッドで、すぐ隣で、ティヌが無防備な状態でいる。その事実に激しい緊張感をおぼえた。
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