【03:25:23~】
はい。
前回の記録から、また三時間ほど経過してる。
陽はまだ、高い。
ぼくは今、――ラスボスの住んでる屋敷の客間で、ぼんやりしてる感じ。
なお、目の前には(パシャ、というスマホで写真を撮った音)、いかにもインスタ映えっぽい料理の山がある。
”中世ファンタジー世界で出てくるご馳走”と聞いたら、だいたいみんな思い浮かべる感じのやつだ。
パンにワイン、ソーセージにハム、ベーコン、あと魚類の干物と、たっぷりのシチュー。
奥間をのぞいたところ、ケーキなんかも用意されてるらしい。
……ふむ。そろそろ三分か。
ご馳走を前にして食うカップ麺は最高だぜ(ズルズルズルー!)。
いや、こんなん出されても、食えないんだよな。毒入ってるかも知れんし。
さて。
一介の旅人にすぎないぼくが好待遇で迎え入れられている理由は単純で、本人のところまで、普通に会いに行ってみたからだ。
んで、こう囁いたわけ。
「あんた、あれっすよね。今朝、女に会いました……よね?」
と。
奴さん、かなり驚いていたみたいだ。
もちろんぼくは攻略WIKIを読んでいるので、結末までの展開は知ってる。
このゲームのラスボスが、彼女の死に立ち会う羽目になった理由もな。
【~03:29:01】
▼
【04:11:11~】
しかし、長い。
待ち時間が長い。
ぼくが料理に食いつくのを待ってるのか? 永遠に来ないぞ、そんな時。もうお腹、減ってないし。
っていうか、異世界の食い物って全体的に、マズいんだよ。
何もかも硬くて、ぱさぱさしてて、しかも不衛生ときてる。
料理がゲーム性の一部として組み込まれてる作品は別だが、ぼくは基本的に、異世界の食べ物を口に入れないようにしてる。
変な病気もらったら嫌だし。
待たされてる理由は、もう一つ。
たぶん、ぼくの存在を持て余しているんだろう。
やっぱあれかな。衛兵のベルトを全部抜き取って、パンツ丸出しにしてやったのがよくなかったか。
衛兵たちを無視することも考えたが、――この世界、銃があるみたいだからなぁ。念のため、一手間かける必要があったんだ。
銃のある世界って、地味に《すばやさ》持ちの天敵だったりする。
まぐれ当たりがある可能性があるからな。
ただし、こう考えることも出来る。
この世界の住人は、撃たれた程度で死ぬと。
これはつまり、この世界の住人を倒すのに、強力な《こうげき》の力は必要ないということだ。
(ノックの音)
……と。ようやくおでましか。
「やあ」
どうも、若き憲兵司令どの。――あるいは、ラスボス、といった方がいいかな。
「ラスボス? ……どういう意味だい」
ああ、失礼。
でもあんたのこと、どう呼べばいいかな。
今回の場合は、”終末因子”って訳じゃないし……。
そうだな。
じゃ、失礼じゃなけりゃ、この街の連中同様、”泥男”とお呼びしてもいいだろうか。
「……ふむ。まあ、それで構わんが」
では、泥男さん。
今朝の一件だが、あんた、盛大にやらかしてるぞ。
「やらかしてる、とは?」
あんたがひた隠しにしてる”例の会”の名簿、犯行現場に思いっきり落としてるってことだ。
「……やはり、そうであったか。帰ったらなくしていたので、おかしいと思っていた」
アホすぎる。
「貴様、失礼なやつだな」
だがあの女に、暗殺者の恋人がいることくらいは知ってたろ。
「知っている。ビック・ディックマンであろう」
だったらもっと気をつけろよ。
”例の会”のメンバーに被害が及んだらどうする。
「奴のことなど、問題ではないさ。たかが一介の暗殺者風情に、何ができるというのだ」
あー。でたー。ラスボス特有の慢心のやつ。
「……だからなんなのだ。その、ラスボスというのは」
気にするな。
とにかく、ディックマンを甘く見るんじゃない。あの男、放っておくとものすごい勢いであんたの同胞を殺していくぞ。
「そこまでの危険人物か。奴は」
そうとも。
それでぼく、さっき名簿をすり替えておいたんだ。
金貨を与えて、意識をそっちに向けたときな。
「……ふむ。……これは一応、礼を言っておいたほうがよいのかな」
いらん。
ぶっちゃけるとぼくは、あんたの味方という訳じゃない。
かといって、ディックマンの味方でもない。
「変わった奴だな。では、何が目的だ?」
世界平和。
「……………。
名簿のお礼に、一つ忠告させてもらう。
私はこれまで、世界平和を目的とするやつと山ほど会ってきた。
だがそういうやつに、一人としてろくなのはいなかった」
じゃ、ぼくが最初の一人目だな。
「本当に、変わった奴だな。貴様」
ぼくはとにかく、この国を……というか、やがて世界中に広がっていく食屍鬼問題を解決するためにやってきた。
このままあの問題を放置しておくと、間違いなく世界は終わる。
「成る程」
まあ、なんでもいいからとにかく、ぼくの話に耳を傾けた方が良いってことだ。
このままいくと、ろくなことにならんぞ。
「……ふむ…………(数分ほど、あたりをうろうろする足音)………。まあ、いいだろう」
よし。
それじゃ、さっさと今後の展開を話し合おう。
【~04:32:33】
▼
【08:22:22~】
で、いま、適当な宿屋の、かっちかちのベッドで横になっている、と。
今日はよく働いたなあ。
……長かった。
泥男との会議がえらく長引く結果になったせいだ。
…………はあ。疲れた。
愚痴っぽくなってすまないが、せめてもうちょっと柔らかいベッドで寝たい。毛布は臭いし、背中も痒い気がする。
馬がメインの移動手段の時代って、どこもかしこも不衛生なんだよなあ。
馬がさ、あっちこっちですげーウンコ垂れ流すから。
もうそれなら人糞も放り出してもいいだろ、っていう風潮な。
まあ、いいや。
さっさと寝ちまおう。
ディックマンから連絡があるとすれば、日が出てからだ。
【~08:25:25】
▼
【09:05:05~】
ちょっと眠れないので、少々一人語りをば。
これを聞いている人はおおよそ察しているとおり、この『アサシンズ・ブラッド』という作品は、いわゆる”復讐もの”というジャンルである。
”復讐”という行為そのものに関して、とやかく言うつもりはない。
適当に「復讐 名言」でグーグル検索して、気に入った言葉を信用しておけば良いと思う。
ぼくが語りたいのはあくまで、”復讐”をテーマにした物語に関する所感だ。
古来より「復讐もの」の結末は、ただ一種類に集約される。
要するにそれは、「復讐は不毛だ」ということ。
物語の受け手は一般に、”善き因果関係”を好む。
わかりやすく、言い方を変えよう。
善行は報われる。
悪事は裁かれる。
そうあるべきだと我々は、心のどこかで願っているのだ。
例えば物語の中で、――子猫を虐待するような野郎が登場したとしよう。
多くの人は、そいつに何らかの罰が下って欲しいと望むだろう。
そこに、傷つき痩せた子猫の救助者が現れたとする。
我々はきっと、彼に何らかの報酬が与えられる展開を喜ぶに違いない。
もし、上記のルールに照らし合わせた上で「復讐」という行為を物語の中に組み込むならば、
・無関係な人を巻き込まない。
・加害者が報いを受けておらず、今後もその見込みがない。
・加害者が受ける罰は、被害者が受けた苦しみと釣り合っている。
・加害者は、あらゆる点において肯定しようがない真の邪悪である。
この辺りが絶対条件になる。
しかし「復讐もの」はそのジャンルの特性上、「やりすぎ」なければ物語が成立しない。
上記のルールに従って物語を構築するのであれば、――それは「復讐」というテーマから逸脱し、単に「勧善懲悪もの」、あるいは「ダークヒーローもの」と定義づけられるジャンルになってしまう。
そして、――「やりすぎ」てしまった「復讐もの」の結末は、
「なんとなーくすっきりしないまま、虚無的に終わる」
あるいは、
「赦しこそが最も尊いあーだこーだ」
とする他にないのだ。
『アサシンズ・ブラッド』もまた、ご多分に漏れない。
この物語の最後には、極めて「不毛な」結末が待ち受けている。
…………ふうむ。
ここまで語れば、オチまで言ったようなものだな。
今のうちにはっきりさせておくと、――先ほどぼくが話していた泥男氏、決して悪党ではない。
ディックマンと彼は、物語のクライマックスで対決する運命にあるが、その原因の大半は、勘違いと思い込み、すれ違いが重なった結果なのだ。
別に、この世界の憎しみの連鎖に介入するつもりはあまりない、が。
そこに世界の存亡がかかっているとなると、”救世主”として無視することはできない。
【~09:15:56】
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