屋敷に戻ると、足の不自由なアザミが、健常者よりも機敏に声をかけてきた。
「ええと、――そちらのムキムキさん、どなたでして?」
「連れだ。金剛丸ヤマトという」
「なるほど。……よろしく、ヤマトさん」
そして狂太郎、相方に向き直り、
「ヤマト。こちら、この世界の協力者で、名をアザミという」
すると、唇をへの字にしたヤマトが「うむ」と頷く。
それだけで、二人の自己紹介は完了した。
のんびりおしゃべりしている時間がない、というのもあるが。
「リリーはいま、どうしてる?」
「連絡したとおりです。仕掛け付きの服は、火にかけておきました。いまは新品の服に着替えさせています」
「犠牲は、出なかったな?」
「ええ。――でも彼女ったら、小さい身体に隠し武器だらけでした」
「そうか」
狂太郎、ヤマト、アザミは連れ立って、ぞろぞろと軋む廊下を歩き、――リリーの個室を開く。
逃げる準備をした時、かなり慌てたのだろう。室内は、服や錬金素材が、あちこちに散乱していた。
三人は、ベッドの上でぐるぐるに縛られて、イモムシのようになっているリリーを見下ろし、
「……この娘、なんなんです?」
まず、アザミが口を開いた。
それに答えたのは、ヤマト。
「世界の敵だ」
「はあ。敵」
まるでピンときていない表情である。
この世界のこの時代、――個人が得られる情報量は、極めて少ない。
”世界”と言われても自分の身の回りのことを想像するのが精一杯で、あまりピンとこないのだろう。
「具体的に彼女、何をしようとしたのです?」
「”ゾンビ”毒をばらまいて、倍々ゲームで人類を滅ぼそうとした」
「ほほう。それはなかなか、とんでもない」
「まあ、……ただ、”ゾンビ”毒をばらまいたところで、そのまま世界が終わっていたかどうかは怪しいところだが」
え、そうなの? と思ったのは、狂太郎である。
その様子を見て、ヤマトは深く頷いた。
「うむ。ここら辺で最も栄えている”都”ですら、人口たかだか、一万人かそこらだろ。そいつら全員を”ゾンビ”にしたところで、大した問題にはならんのだ」
「大した問題にならないって……」と、アザミは驚愕していたようだが、あくまでこれは”救世主”目線での話である。
「”ゾンビ”毒を持ち込んだ世界の終焉は、メガミの使徒がよく使う手口でな。……だがこの毒は、ある程度の世界の人口密度によっては、ほとんど役に立たない傾向にある」
「ぼくの故郷の映画じゃ、結構気軽に世界滅ぼしてるけどな。”ゾンビ”」
「あんたの知ってる映画の”ゾンビ”より、奴らの生み出す”ゾンビ”はそれほど強くないってことだろ」
狂太郎とて、実際に”ゾンビ”と戦っている。
確かに、剣と魔法の使い手に溢れた異世界において、素手でよろよろ歩み寄る死体など、大した脅威ではないかもしれない。
「となると、――リリーは何故、”ゾンビ”毒をばらまいたりしたのだろう」
「わからん。……ただ、”ゾンビ”毒を使った終焉シナリオを実行しようとしていたのは確かだ。弱った人類を、ロボットでじっくり滅ぼしていくつもりだったか……。まあ、本人に聞くのが一番はやいが」
「ほーら。顔面粉砕しなくて良かったろ」
「いや。多少謎が残ろうが、さっさと殺してしまうべきだった」
どうもその点に関しては、狂太郎とヤマトは意見が合わない。
「不快な思いをした後に殺すか、不快な思いをする前に殺すか。その違いに過ぎないんだよ。結局な」
この男、メガミの使徒と何か、因縁があるらしい。
普段、快活で竹を割ったような性格の彼が、リリーを相手にする時はずいぶんと辛辣だ。
「ころさないほうが、ケンメイね」
と。
そこで一行、視線を目の前に移す。
リリーは、その場に居る誰とも目を合わさず、ぼんやりと宙空を眺めている。
「わたしをころせば、必ずナカマがフクシュウしにくるわ」
舌足らずな口調に、知性を感じさせる眼差し。
そこに相反するものを見いだしながら、狂太郎は嘆息した。
「世界を滅ぼすような連中が、仲間を助けにくるものかね」
「ばかね。だからたすけにくるの。心のどこかに、うしろめたいことがあるから。だからトクベツ、ナカマを大切にするのよ。――あなたのいた世界でも、そうだったんじゃない? ならず者ほど、そういう心理のけいこうがある」
狂太郎とアザミは、少し驚いている。
リリーがこのように理路整然と話したのは、その時が初めてだったためだ。
「きみはきっと、騙されてるんだよ。どんな時代、どんな世界においても、――大量殺戮が肯定される日など、永遠に来ない」
「いいえ。それはときと、ばあいによる」
「……どういうことだ?」
「この世界のれんちゅうは、生きているイミのない人たちなの。ずーっとずーっと、おなじところをぐるぐるぐるぐる……そういうことを、くりかえしてるのよ」
「進化していないってことかい」
「そう」
少女は、重々しく言う。
ミノムシみたいな格好で語られるその台詞は、ちょっぴり間抜けに聞こえているが。
「……あなただって、しってるでしょ? ここじゃしばらく、大きな戦争ひとつ、おこってない。ちいさな足の引っぱりあいがあるだけ。――はっきりいってみんな、やさしすぎるのよ」
「そうか? この前倒したオークとか、冒険者の彼らとかは、そこそこ悪党に思えたんだがな」
「あいつらは、バカなだけ。じぶんのエサばをうばわれて、かみついてきただけ。そういうレベルのはなしじゃないの」
そして、リリーは大きく息を吸って、
「ゴウマンも、
ゴウヨクも、
シットも、
フンヌも、
イントウも、
ドンショクも、
タイダも。
ぜんぶけっして、ツミなんかじゃない。
前にすすむためにヒツヨウな心のうごき、なのよ」
それは、――確かにそうだ。
負の感情は、時に自分と他者を傷つけるが、そのエネルギーが肯定的に働くこともある。
「ヒトが、大きな戦争をしない世界というのは、いちばんシマツにおけない。ムイミにながくつづくくせに、つまらない、なんのカチもない、コンジョウなしのヒトしか生み出さないから。……そんな世界、ソンザイする価値、ある?」
「つまらない人間であることが、滅ぼされるに足る理由になるかねえ」
圧倒的に”つまらない人間”側を自負している狂太郎は、苦々しげに反駁する。
「わからないかな。これはつまり、この世界をしはいしている、ルール。『ルールブック』にかかれた内容が、コンポンテキにまちがってるってことなの」
「…………ふむ」
彼女が、ここまで言う理由を、狂太郎はよく知っている。
この世界に大きな戦争が起こらない理由も、なんとなく想像できていた。
この世界の元になった『アザミの工房』はいわゆる、ターン制シミュレーションゲーム、と呼ばれるジャンルに属している。
この手のゲームの戦闘シーンは、大きく分けて、
戦略級:1ターン=一ヶ月~一年ほど。プレイヤーは”国の代表”。
作戦級:1ターン=半日~一週間ほど。プレイヤーは”軍司令官”。
戦術級:1ターン=数秒~一時間ほど。プレイヤーは”部隊長”。
という三種類に大別される。
本作ではその、”戦術級”クラスの戦闘しか行うことができない。
故にこの世界では、小競り合いこそ起こるものの、大きな殺し合いが発生しないのであろう。
これも一つの、”異世界バグ”。
世界の造り主のやらかしだ。
「もはや私たち普通人に、ルールのかきかえはできない。ムゲンのワを走りつづけるだけの世界は、ハカイしてしまった方がいいのよ」
「なんでだ?」
「わたしたちの住むこの宇宙のリソースは、かぎられているから」
少女の弁舌は、相手を射るようだった。
まるで、反対者をいくら傷つけようが構わない、というような毒があった。
「あなたも”めしあ”の一人なら、きっと気づいているでしょ? 世界はそれぞれ、ちょっとずつ、つながってる。エイキョウしあってるの。……だから、ゴミみたいな世界があんまりにもふえすぎると……よくないことが、おこりかねない」
狂太郎は、今さらになってヤマトが彼女を殺そうとした理由を悟る。
たしかに、彼女の言い分は危険だ。
思わず、耳を傾けてしまう説得力がある。
狂太郎が、顔をしかめていると、――ヤマトが不意に、こう言った。
「もうそろそろ、いいだろ?」
と。
そして、さっきも見た《顔面粉砕拳》の構えを取り。
「ちょ、おま」
そのまま少女の顔面に、拳を振り下ろした。
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