日雇い救世主の見聞録

”すばやさ”がカンストしたおっさん、異世界救済スピードランに挑む
津田夕也
津田夕也

190話 殺戮すべき多くの世界

公開日時: 2021年4月12日(月) 22:16
更新日時: 2022年7月23日(土) 23:48
文字数:3,343

 屋敷に戻ると、足の不自由なアザミが、健常者よりも機敏に声をかけてきた。


「ええと、――そちらのムキムキさん、どなたでして?」

「連れだ。金剛丸ヤマトという」

「なるほど。……よろしく、ヤマトさん」


 そして狂太郎、相方に向き直り、


「ヤマト。こちら、この世界の協力者で、名をアザミという」


 すると、唇をへの字にしたヤマトが「うむ」と頷く。

 それだけで、二人の自己紹介は完了した。

 のんびりおしゃべりしている時間がない、というのもあるが。


「リリーはいま、どうしてる?」

「連絡したとおりです。仕掛け付きの服は、火にかけておきました。いまは新品の服に着替えさせています」

「犠牲は、出なかったな?」

「ええ。――でも彼女ったら、小さい身体に隠し武器だらけでした」

「そうか」


 狂太郎、ヤマト、アザミは連れ立って、ぞろぞろと軋む廊下を歩き、――リリーの個室を開く。

 逃げる準備をした時、かなり慌てたのだろう。室内は、服や錬金素材が、あちこちに散乱していた。

 三人は、ベッドの上でぐるぐるに縛られて、イモムシのようになっているリリーを見下ろし、


「……この娘、なんなんです?」


 まず、アザミが口を開いた。

 それに答えたのは、ヤマト。


「世界の敵だ」

「はあ。敵」


 まるでピンときていない表情である。

 この世界のこの時代、――個人が得られる情報量は、極めて少ない。

 ”世界”と言われても自分の身の回りのことを想像するのが精一杯で、あまりピンとこないのだろう。


「具体的に彼女、何をしようとしたのです?」

「”ゾンビ”毒をばらまいて、倍々ゲームで人類を滅ぼそうとした」

「ほほう。それはなかなか、とんでもない」

「まあ、……ただ、”ゾンビ”毒をばらまいたところで、そのまま世界が終わっていたかどうかは怪しいところだが」


 え、そうなの? と思ったのは、狂太郎である。

 その様子を見て、ヤマトは深く頷いた。


「うむ。ここら辺で最も栄えている”都”ですら、人口たかだか、一万人かそこらだろ。そいつら全員を”ゾンビ”にしたところで、大した問題にはならんのだ」


 「大した問題にならないって……」と、アザミは驚愕していたようだが、あくまでこれは”救世主”目線での話である。


「”ゾンビ”毒を持ち込んだ世界の終焉は、メガミの使徒がよく使う手口でな。……だがこの毒は、ある程度の世界の人口密度によっては、ほとんど役に立たない傾向にある」

「ぼくの故郷の映画じゃ、結構気軽に世界滅ぼしてるけどな。”ゾンビ”」

「あんたの知ってる映画の”ゾンビ”より、奴らの生み出す”ゾンビ”はそれほど強くないってことだろ」


 狂太郎とて、実際に”ゾンビ”と戦っている。

 確かに、剣と魔法の使い手に溢れた異世界において、素手でよろよろ歩み寄る死体など、大した脅威ではないかもしれない。


「となると、――リリーは何故、”ゾンビ”毒をばらまいたりしたのだろう」

「わからん。……ただ、”ゾンビ”毒を使った終焉シナリオを実行しようとしていたのは確かだ。弱った人類を、ロボットでじっくり滅ぼしていくつもりだったか……。まあ、本人に聞くのが一番はやいが」

「ほーら。顔面粉砕しなくて良かったろ」

「いや。多少謎が残ろうが、さっさと殺してしまうべきだった」


 どうもその点に関しては、狂太郎とヤマトは意見が合わない。


「不快な思いをした後に殺すか、不快な思いをする前に殺すか。その違いに過ぎないんだよ。結局な」


 この男、メガミの使徒と何か、因縁があるらしい。

 普段、快活で竹を割ったような性格の彼が、リリーを相手にする時はずいぶんと辛辣だ。


「ころさないほうが、ケンメイね」


 と。

 そこで一行、視線を目の前に移す。

 リリーは、その場に居る誰とも目を合わさず、ぼんやりと宙空を眺めている。


「わたしをころせば、必ずナカマがフクシュウしにくるわ」


 舌足らずな口調に、知性を感じさせる眼差し。

 そこに相反するものを見いだしながら、狂太郎は嘆息した。


「世界を滅ぼすような連中が、仲間を助けにくるものかね」

「ばかね。だからたすけにくるの。心のどこかに、うしろめたいことがあるから。だからトクベツ、ナカマを大切にするのよ。――あなたのいた世界でも、そうだったんじゃない? ならず者ほど、そういう心理のけいこうがある」


 狂太郎とアザミは、少し驚いている。

 リリーがこのように理路整然と話したのは、その時が初めてだったためだ。


「きみはきっと、騙されてるんだよ。どんな時代、どんな世界においても、――大量殺戮ホロコーストが肯定される日など、永遠に来ない」

「いいえ。それはときと、ばあいによる」

「……どういうことだ?」

「この世界のれんちゅうは、生きているイミのない人たちなの。ずーっとずーっと、おなじところをぐるぐるぐるぐる……そういうことを、くりかえしてるのよ」

「進化していないってことかい」

「そう」


 少女は、重々しく言う。

 ミノムシみたいな格好で語られるその台詞は、ちょっぴり間抜けに聞こえているが。


「……あなただって、しってるでしょ? ここじゃしばらく、大きな戦争ひとつ、おこってない。ちいさな足の引っぱりあいがあるだけ。――はっきりいってみんな、やさしすぎるのよ」

「そうか? この前倒したオークとか、冒険者の彼らとかは、そこそこ悪党に思えたんだがな」

「あいつらは、バカなだけ。じぶんのエサばをうばわれて、かみついてきただけ。そういうレベルのはなしじゃないの」


 そして、リリーは大きく息を吸って、


「ゴウマンも、

 ゴウヨクも、

 シットも、

 フンヌも、

 イントウも、

 ドンショクも、

 タイダも。

 ぜんぶけっして、ツミなんかじゃない。

 前にすすむためにヒツヨウな心のうごき、なのよ」


 それは、――確かにそうだ。

 負の感情は、時に自分と他者を傷つけるが、そのエネルギーが肯定的に働くこともある。


「ヒトが、大きな戦争をしない世界というのは、いちばんシマツにおけない。ムイミにながくつづくくせに、つまらない、なんのカチもない、コンジョウなしのヒトしか生み出さないから。……そんな世界、ソンザイする価値、ある?」

「つまらない人間であることが、滅ぼされるに足る理由になるかねえ」


 圧倒的に”つまらない人間”側を自負している狂太郎は、苦々しげに反駁する。


「わからないかな。これはつまり、この世界をしはいしている、ルール。『ルールブック』にかかれた内容が、コンポンテキにまちがってるってことなの」

「…………ふむ」


 彼女が、ここまで言う理由を、狂太郎はよく知っている。

 この世界に大きな戦争が起こらない理由も、なんとなく想像できていた。


 この世界の元になった『アザミの工房』はいわゆる、ターン制シミュレーションゲーム、と呼ばれるジャンルに属している。

 この手のゲームの戦闘シーンは、大きく分けて、

 戦略級:1ターン=一ヶ月~一年ほど。プレイヤーは”国の代表”。

 作戦級:1ターン=半日~一週間ほど。プレイヤーは”軍司令官”。

 戦術級:1ターン=数秒~一時間ほど。プレイヤーは”部隊長”。

 という三種類に大別される。

 本作ではその、”戦術級”クラスの戦闘しか行うことができない。


 故にこの世界では、小競り合いこそ起こるものの、大きな殺し合いが発生しないのであろう。


 これも一つの、”異世界バグ”。

 世界の造り主のやらかしだ。


「もはや私たち普通人モータルに、ルールのかきかえはできない。ムゲンのワを走りつづけるだけの世界は、ハカイしてしまった方がいいのよ」

「なんでだ?」

「わたしたちの住むこの宇宙のリソースは、かぎられているから」


 少女の弁舌は、相手を射るようだった。

 まるで、反対者をいくら傷つけようが構わない、というような毒があった。


「あなたも”めしあ”の一人なら、きっと気づいているでしょ? 世界はそれぞれ、ちょっとずつ、つながってる。エイキョウしあってるの。……だから、ゴミみたいな世界があんまりにもふえすぎると……よくないことが、おこりかねない」


 狂太郎は、今さらになってヤマトが彼女を殺そうとした理由を悟る。

 たしかに、彼女の言い分は危険だ。

 思わず、耳を傾けてしまう説得力がある。


 狂太郎が、顔をしかめていると、――ヤマトが不意に、こう言った。


「もうそろそろ、いいだろ?」


 と。

 そして、さっきも見た《顔面粉砕拳》の構えを取り。


「ちょ、おま」


 そのまま少女の顔面に、拳を振り下ろした。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート