日雇い救世主の見聞録

”すばやさ”がカンストしたおっさん、異世界救済スピードランに挑む
津田夕也
津田夕也

56話 決着

公開日時: 2020年10月28日(水) 18:39
更新日時: 2022年2月19日(土) 18:14
文字数:3,566

 百度の斬撃。

 正直なところ、それで奴を始末できるかどうかは疑問だった。


 これまで数多の異世界を渡り歩いてきたが、――平均的な”ファンタジー系世界”において、狂太郎個人の力はさほどではない。……というか、弱い。なんならその辺の仔犬にも苦戦するレベルである。

 とはいえこれは、狂太郎の問題というより、我々人類そのものの特性と言って良いだろう。

 なにせ我々の世界の人間には、レベルが上がらないという種族的特性がある。

 ずっとレベル1の状態なのだから、こと戦闘において、異世界人と差がつくのも無理はない。


 そこで、《天上天下唯我独尊剣》である。


 その攻撃力たるや、恐るべきものであった。

 ひ弱な狂太郎ですら、その威力を実感できるほどに。


――この剣なら殺せる。

 

 はっきりそう、確信できるほどに。


 今では、中ほどからぽっきりと折れてしまっているが、むしろそれくらいの方が使いやすかった。

 よほど気に入ったのか狂太郎、剣を現実世界にまで持ち帰っており(※42)、現在に至ってもそれを愛用している。


 さて。

 全身、余すことなく切り刻まれた宇宙人エイリアンであったが、――不思議と血飛沫は舞わなかった。

 血を苦手とする狂太郎が事を成し遂げたのは、斬っても斬っても、泥に杭を打つような感覚がしていためである。

 ことここに至って狂太郎、このように思っていたという。「CEROレーティング万歳」と。


 宇宙人エイリアンは――恐らく、自分が死んだことにすら気付かなかったに違いない。

 そうしてやることだけが、狂太郎に実行可能な慈悲であった。


 『ハンターズヴィレッジ・サガ』のラスボスは、しばし宙を睨んだまま、……ぱたりとその場に斃れる。

 無言であった。

 完全に息の根が止まっている。

 同時に、


――数多の願いは果たされた。


 とばかりに、《天上天下唯我独尊剣》から剣呑なオーラが消失した。

 狂太郎、後に彼の愛剣となるそれを丁寧に布で包んで、鞄の中に仕舞うと、大きく深呼吸をする。


「これで、ゲームエンドだ」


 

 それから、数分ほど後のこと。

 ハシゴを昇ってきたらしいオムスビくんが、ひょっこり顔を出す。


「……あらら。殺しちまったのか? そいつ」

「ああ」

「助けろと言ったと思えば、さっさと殺しちまって。……あんた、何がしたいんだ」

「仕方なかったんだよ。こいつ、この世界を滅ぼそうとしてたっぽいから」

「あ、そうなの?」

「うん」

「じゃ、しゃーねーな」


 ちょっぴり笑ってしまうほどの物わかりの良さで、オムスビくんは納得する。


「世界を滅ぼそうとしたんだったらな。うん。それならしゃーない」

「納得したなら、――悪いけどこの死体、片付けてもらっていいかい」

「ああ、わかった。手配しとくよ。……ところで」

「ん?」

「こいつ、バラして素材にしちまっていいのかい」

「え。ああ……」


 狂太郎、少し視線を宙に彷徨わせて、


「素材って言うのは……食うつもりかい」

「知らん。こんな魔物、見たことないし。美味けりゃ喰うかもだけど」

「へ、へえ……」


 忘れていた。こいつらわりと、野蛮人なのだった。


「まあ、好きにしたまえ。きみに任せる」

「えっ、いいのか?」

「ああ。好きにしていい」


 言うと何故かオムスビくん、なんだかヘンテコな顔を作って、


「なあ、あんた。……俺たち、前にもこんなやりとり、しなかったっけ」

「いや。そんなことはない」

「……そっか」


 彼も、それ以上は掘り下げない。

 狂太郎は内心、不思議な偶然もあるのだな、と、感じていた。



 ハシゴを下りて、今度は来た道を引き返す。

 加速は、しない。

 ことここに至って最早、急ぐ必要はなくなってしまった。

 今さらながら狂太郎は、村がかつてないほど活気に満ちていることに気付く。

 どうやら”悪食竜”退治のあと、その死骸が近所の浜辺に流れ着いたらしい。

 採れた素材の量たるやすさまじく、村だけでは使い切れないほどだという。

 悪くない傾向だった。

 余るほど資材が出回れば、島の人々が外へ出るきっかけになるかもしれない。


 鼻歌交じりに道を進むと、仮面少女を杖のように使って、火道殺音がよろよろ歩いているのを発見する。


「やあ。お疲れ様」

「……お疲れやす」


 言うと、彼女は心底不愉快そうな顔つきになって、


「……あの、つるっぱげた怪人は?」

「やつなら、死んだ」

「――殺したん?」

「ああ。そのつもりはなかったんだが、結果的にそうする羽目になった」

「さよぉか……」


 殺音、両手を仮面少女の肩に乗せて、「はあ~」と、長く嘆息した。


「ほな、”例のアレ”が起こるはずやけど」


 人差し指を立てて、


「そこなんだよ。どうやらあの宇宙人エイリアン、”終末因子”じゃあなかったらしい」

「なに?」


 そして、かくかくしかじかと”リセットボタン”に関する情報を話す。


「なるほど。――ゲームが元ネタの異世界やと、そーいうパターンもあるんか」

「さすがにこれは、初めての経験だけどな」


 ちょっぴり複雑な気持ちでそういうと、


「くっっっっっっっっっっっっっっっっっっっそ!」


 殺音が突如として一喝し、だんだんと地団駄を踏んだ。

 仮面少女と二人、目を丸くしていると、


「まったく、ヒトをおちょくって! つまりウチはここ何ヶ月、”終末因子”の上で寝泊まりしとったっちゅうことやないかッ!」

「まあ、そうなるな。言われてみれば」

「こないな屈辱……もー、もー、もー!」


 彼女の脳裏を駆け巡っているのは、無駄に過ごしたこの数ヶ月の想い出、だろうか。


「まあ、おねーちゃんのお陰で”悪食竜”とやらもやっつけたし。みんな、感謝はしてますよ?」


 島民である仮面少女のフォローがなければ、いつまでも平静を取り戻せないところだったに違いない。

 やがて殺音は、「はぁ~」とため息を吐いて、


「で?」

「ん」

「それで? ……なんで狂太郎はんはその、”リセットボタン”を無力化せえへんのん」

「それは……」


 そこで狂太郎、ばつが悪そうに後頭部を掻きむしった後、……結局、こう言った。


「いやあ。やっぱりどうも、きみの力が必要だったみたいだわ♪ 手伝ってくれ☆」

「……は?」

「実を言うと、こちらはもう手詰まりでね。力尽くで破壊するわけにもいかないし」

「そらまあ、そっか。なんかの間違いで誤作動起こったら、みんなしてお陀仏やさかいに」

「うん。だからきみに、知恵を借りたい。何か良い案はないか?」

「ある」


 殺音はあっさり首肯した。


「遠隔装置っちゅうことは、何らかの信号を送っとるんやろ? なら、ウチの”異界取得品”、――《無敵バッヂ》を使うたらええ」

「えっ。バッヂを?」

「うん。アレつこうて、屋敷全体を保護するん。バッヂは、取り付けている物体を外部の影響から完全に隔離する。電波や信号の類も例外やない」

「へえええええ」


 そういえば、言ってたな。

 《無敵バッヂ》は、核爆弾の直撃すら無効化するとかなんとか。


「……でもそれ、ぼくに言ってしまっていいのかい」


 もっとうまくやれば、こちらを騙し討ちにすることも不可能じゃなかったろうに。

 だが少女は、すっと一筆で書き込んだように美しい眉を歪めて、


「みなまで言わせんといて。――ウチはもう、降参なの。心折れた。いま”終末因子”の正体聞いて、カンペキに」

「……そうか」


 その言葉が嘘でないことの証明だとばかりに、予備の《無敵バッヂ》を投げて寄越す。


「それと、この子」


 と、杖にしていた仮面少女を顎でしゃくって、


「二人でお行き。相棒なんやろ」

「……ああ」


 そして殺音は、ぐらりと道ばたの、柔らかい芝生の上に寝転がった。

 思ったよりも彼女、体力の限界だったらしい。


「なあ、火道殺音。……これで、――こんどこそ、お別れか」

「まあ、そうなるかしら」

「なら、礼を言っておく。ライバルとしてだったが、今回はいろいろ教えてくれて、世話になった」

「ふん」

「それと、――これ、返すよ」


 言って狂太郎、寝転んだ彼女の胸の上に一つ、小さな革袋を放り投げる。


「なんや、これ」


 殺音、その中身を見て。


「って…………あーっ!!」


 彼女が素っ頓狂な声を上げるのも無理はなかった。

 そこにあったのは、干からびた人間の指であったのである。

 かつて彼女が見せびらかした、――《みりょく》スキルを持つ”救世主”の遺品だ。


「それ、意外と役に立ったよ」

「いつの間に……っ」

「最初にそれを見た時。きみが、それを袋にしまう瞬間にね」

「ああ。……だからか。みんながだんだん、言うこと聞かんようになってたのは」


 ここ数日の、命令不服従の数々。どうやら思い当たる節があるらしい。

 決定的だったのは、さっき村民が、宇宙人エイリアンを逃がそうと試みたこと。


「《すばやさ》も案外、ハズレじゃないだろ」


 狂太郎、ほんのちょっとだけ意地悪に笑う。

 火道殺音はそれに応えず、不貞腐れたようにコロリと横になった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※42)

 完全に銃刀法に違反している気がするが、これはここだけの秘密としていただきたい。


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