百度の斬撃。
正直なところ、それで奴を始末できるかどうかは疑問だった。
これまで数多の異世界を渡り歩いてきたが、――平均的な”ファンタジー系世界”において、狂太郎個人の力はさほどではない。……というか、弱い。なんならその辺の仔犬にも苦戦するレベルである。
とはいえこれは、狂太郎の問題というより、我々人類そのものの特性と言って良いだろう。
なにせ我々の世界の人間には、レベルが上がらないという種族的特性がある。
ずっとレベル1の状態なのだから、こと戦闘において、異世界人と差がつくのも無理はない。
そこで、《天上天下唯我独尊剣》である。
その攻撃力たるや、恐るべきものであった。
ひ弱な狂太郎ですら、その威力を実感できるほどに。
――この剣なら殺せる。
はっきりそう、確信できるほどに。
今では、中ほどからぽっきりと折れてしまっているが、むしろそれくらいの方が使いやすかった。
よほど気に入ったのか狂太郎、剣を現実世界にまで持ち帰っており(※42)、現在に至ってもそれを愛用している。
さて。
全身、余すことなく切り刻まれた宇宙人であったが、――不思議と血飛沫は舞わなかった。
血を苦手とする狂太郎が事を成し遂げたのは、斬っても斬っても、泥に杭を打つような感覚がしていためである。
ことここに至って狂太郎、このように思っていたという。「CEROレーティング万歳」と。
宇宙人は――恐らく、自分が死んだことにすら気付かなかったに違いない。
そうしてやることだけが、狂太郎に実行可能な慈悲であった。
『ハンターズヴィレッジ・サガ』のラスボスは、しばし宙を睨んだまま、……ぱたりとその場に斃れる。
無言であった。
完全に息の根が止まっている。
同時に、
――数多の願いは果たされた。
とばかりに、《天上天下唯我独尊剣》から剣呑なオーラが消失した。
狂太郎、後に彼の愛剣となるそれを丁寧に布で包んで、鞄の中に仕舞うと、大きく深呼吸をする。
「これで、ゲームエンドだ」
▼
それから、数分ほど後のこと。
ハシゴを昇ってきたらしいオムスビくんが、ひょっこり顔を出す。
「……あらら。殺しちまったのか? そいつ」
「ああ」
「助けろと言ったと思えば、さっさと殺しちまって。……あんた、何がしたいんだ」
「仕方なかったんだよ。こいつ、この世界を滅ぼそうとしてたっぽいから」
「あ、そうなの?」
「うん」
「じゃ、しゃーねーな」
ちょっぴり笑ってしまうほどの物わかりの良さで、オムスビくんは納得する。
「世界を滅ぼそうとしたんだったらな。うん。それならしゃーない」
「納得したなら、――悪いけどこの死体、片付けてもらっていいかい」
「ああ、わかった。手配しとくよ。……ところで」
「ん?」
「こいつ、バラして素材にしちまっていいのかい」
「え。ああ……」
狂太郎、少し視線を宙に彷徨わせて、
「素材って言うのは……食うつもりかい」
「知らん。こんな魔物、見たことないし。美味けりゃ喰うかもだけど」
「へ、へえ……」
忘れていた。こいつらわりと、野蛮人なのだった。
「まあ、好きにしたまえ。きみに任せる」
「えっ、いいのか?」
「ああ。好きにしていい」
言うと何故かオムスビくん、なんだかヘンテコな顔を作って、
「なあ、あんた。……俺たち、前にもこんなやりとり、しなかったっけ」
「いや。そんなことはない」
「……そっか」
彼も、それ以上は掘り下げない。
狂太郎は内心、不思議な偶然もあるのだな、と、感じていた。
▼
ハシゴを下りて、今度は来た道を引き返す。
加速は、しない。
ことここに至って最早、急ぐ必要はなくなってしまった。
今さらながら狂太郎は、村がかつてないほど活気に満ちていることに気付く。
どうやら”悪食竜”退治のあと、その死骸が近所の浜辺に流れ着いたらしい。
採れた素材の量たるやすさまじく、村だけでは使い切れないほどだという。
悪くない傾向だった。
余るほど資材が出回れば、島の人々が外へ出るきっかけになるかもしれない。
鼻歌交じりに道を進むと、仮面少女を杖のように使って、火道殺音がよろよろ歩いているのを発見する。
「やあ。お疲れ様」
「……お疲れやす」
言うと、彼女は心底不愉快そうな顔つきになって、
「……あの、つるっぱげた怪人は?」
「やつなら、死んだ」
「――殺したん?」
「ああ。そのつもりはなかったんだが、結果的にそうする羽目になった」
「さよぉか……」
殺音、両手を仮面少女の肩に乗せて、「はあ~」と、長く嘆息した。
「ほな、”例のアレ”が起こるはずやけど」
人差し指を立てて、
「そこなんだよ。どうやらあの宇宙人、”終末因子”じゃあなかったらしい」
「なに?」
そして、かくかくしかじかと”リセットボタン”に関する情報を話す。
「なるほど。――ゲームが元ネタの異世界やと、そーいうパターンもあるんか」
「さすがにこれは、初めての経験だけどな」
ちょっぴり複雑な気持ちでそういうと、
「くっっっっっっっっっっっっっっっっっっっそ!」
殺音が突如として一喝し、だんだんと地団駄を踏んだ。
仮面少女と二人、目を丸くしていると、
「まったく、ヒトをおちょくって! つまりウチはここ何ヶ月、”終末因子”の上で寝泊まりしとったっちゅうことやないかッ!」
「まあ、そうなるな。言われてみれば」
「こないな屈辱……もー、もー、もー!」
彼女の脳裏を駆け巡っているのは、無駄に過ごしたこの数ヶ月の想い出、だろうか。
「まあ、おねーちゃんのお陰で”悪食竜”とやらもやっつけたし。みんな、感謝はしてますよ?」
島民である仮面少女のフォローがなければ、いつまでも平静を取り戻せないところだったに違いない。
やがて殺音は、「はぁ~」とため息を吐いて、
「で?」
「ん」
「それで? ……なんで狂太郎はんはその、”リセットボタン”を無力化せえへんのん」
「それは……」
そこで狂太郎、ばつが悪そうに後頭部を掻きむしった後、……結局、こう言った。
「いやあ。やっぱりどうも、きみの力が必要だったみたいだわ♪ 手伝ってくれ☆」
「……は?」
「実を言うと、こちらはもう手詰まりでね。力尽くで破壊するわけにもいかないし」
「そらまあ、そっか。なんかの間違いで誤作動起こったら、みんなしてお陀仏やさかいに」
「うん。だからきみに、知恵を借りたい。何か良い案はないか?」
「ある」
殺音はあっさり首肯した。
「遠隔装置っちゅうことは、何らかの信号を送っとるんやろ? なら、ウチの”異界取得品”、――《無敵バッヂ》を使うたらええ」
「えっ。バッヂを?」
「うん。アレつこうて、屋敷全体を保護するん。バッヂは、取り付けている物体を外部の影響から完全に隔離する。電波や信号の類も例外やない」
「へえええええ」
そういえば、言ってたな。
《無敵バッヂ》は、核爆弾の直撃すら無効化するとかなんとか。
「……でもそれ、ぼくに言ってしまっていいのかい」
もっとうまくやれば、こちらを騙し討ちにすることも不可能じゃなかったろうに。
だが少女は、すっと一筆で書き込んだように美しい眉を歪めて、
「みなまで言わせんといて。――ウチはもう、降参なの。心折れた。いま”終末因子”の正体聞いて、カンペキに」
「……そうか」
その言葉が嘘でないことの証明だとばかりに、予備の《無敵バッヂ》を投げて寄越す。
「それと、この子」
と、杖にしていた仮面少女を顎でしゃくって、
「二人でお行き。相棒なんやろ」
「……ああ」
そして殺音は、ぐらりと道ばたの、柔らかい芝生の上に寝転がった。
思ったよりも彼女、体力の限界だったらしい。
「なあ、火道殺音。……これで、――こんどこそ、お別れか」
「まあ、そうなるかしら」
「なら、礼を言っておく。ライバルとしてだったが、今回はいろいろ教えてくれて、世話になった」
「ふん」
「それと、――これ、返すよ」
言って狂太郎、寝転んだ彼女の胸の上に一つ、小さな革袋を放り投げる。
「なんや、これ」
殺音、その中身を見て。
「って…………あーっ!!」
彼女が素っ頓狂な声を上げるのも無理はなかった。
そこにあったのは、干からびた人間の指であったのである。
かつて彼女が見せびらかした、――《みりょく》スキルを持つ”救世主”の遺品だ。
「それ、意外と役に立ったよ」
「いつの間に……っ」
「最初にそれを見た時。きみが、それを袋にしまう瞬間にね」
「ああ。……だからか。みんながだんだん、言うこと聞かんようになってたのは」
ここ数日の、命令不服従の数々。どうやら思い当たる節があるらしい。
決定的だったのは、さっき村民が、宇宙人を逃がそうと試みたこと。
「《すばやさ》も案外、ハズレじゃないだろ」
狂太郎、ほんのちょっとだけ意地悪に笑う。
火道殺音はそれに応えず、不貞腐れたようにコロリと横になった。
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(※42)
完全に銃刀法に違反している気がするが、これはここだけの秘密としていただきたい。
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