日雇い救世主の見聞録

”すばやさ”がカンストしたおっさん、異世界救済スピードランに挑む
津田夕也
津田夕也

142話 再会

公開日時: 2021年2月15日(月) 20:37
更新日時: 2022年5月3日(火) 18:33
文字数:3,284

――宴が始まる。


 実際、ローシュの言うとおりになった。

 事態を聞きつけた仲見世通りの店主が音頭を取って、「待ってました」とばかりにどこからともなく、祭り囃子が流れてくる。

 どうやら人々はずっと、この日を待ち続けてきたらしい。

 どこかの誰かが、かつての”救世主”の挑戦を超える日を。


 ただでさえ騒然としていたその辺りの騒がしさが、もう一回りほど上昇する。

 すぐそばの屋台が値札を張り替えたのを皮切りに、あらゆる店が景気の良いサービスを展開し始めた。


――こんなことなら、ちょっと出るのを遅らせるべきだったかな。


 ちょっぴりケチくさい気がしたので、口には出さない。


「もうそろそろ帰ろうかと思ってたけど……大安売りっちゅうなら話は別やな。――ねえ、狂太郎はん! うち、いろいろ見てくる!」


 周囲の陽気に当てられてか、殺音の財布の紐が緩んでいる。どうも、精神汚染耐性がつくという髪飾りに興味があるらしい。二人は最終的な待ち合わせ場所と時間を決めて、いったんお別れとなった。

 狂太郎としては、せっかくなのでこの世界のお土産が欲しい。

 いろいろ考えて、――土産は、春画と決めた。

 この世界の春画は、我々の世界の量産品よりも遙かに手が込んでいる。


 狂太郎が先ほどから目をつけていたのは、嘘か本当か、鉄棒ぬらぬら(葛飾北斎の別名)先生の新作、『触手と女騎士』である。

 どうやら、かの有名な『蛸と海女』(※24)の続編であるというその作品には、以下のような台詞が描かれていた。



触手さん:いつかいつかと狙っていた甲斐あって今日という今日、とうとう捕まえたぞ。さあさあ、私の、伸縮・屈曲が可能な紐状の小突起によって徹底的に快楽を堪能させて、そしてゆくゆくは魔王城に連れて行って性の奴隷にしてしんぜよう。

 ズウツズツズツニ、チユツチユチユツ、ズウツズウツ(意味不明。たぶん擬態語)

女騎士:……憎い触手さんめ! その伸縮・屈曲が可能な紐状の小突起によって外陰部をまさぐられることにより、どうしても息が乱れてしまうぞ。くっ、殺せ。

触手さん:この数千本の触手で絡め取ってやろう。おや? なんだか温かいぞ? 身体がお湯に包まれているかのようだ。これはどういうことだい?

女騎士:ええ……いいわ。触手さんがそこまでするというのなら、こっちにも考えがある。……いま! 全ての力を解き放つ! ナントカカントカ・ホーリー・リザレクション!

触手さん:え、ちょっとまって、あ、ダメ。気持ちよくて腰が浮くような感覚がする。全ての垣根も境も消えてしまいそうだ!

 ああ……消えてしまいそうだ! イクぅぅぅぅ!!!



 ちなみにこちら、税込みで3200円。

 今も狂太郎の部屋の壁に飾られている。額入りで。


 さて。狂太郎が一人、「良い買い物をしたなあ」とか思っていると、向こうの方から、屈強な男たちに担がれた神輿がやってくる。


「わあっ」


 と、歓声が上がって、辺りの人々がはやし立てた。

 神輿に乗せられた一人の少女が、「はーい♪ どーもどーもー!」と手を振っている。

 その容姿を一瞥して、――狂太郎は少し、変わってるな、と思った。

 その理由についてしばし考え込み、そして、気付く。

 ギャルとゴス。

 精神性として相反するものが混ざり合っている感じ、といえば良いだろうか。

 黒ギャルが、真っ白いゴスロリ系のドレスを身に纏っている。そのアンバランスさに対する違和感だ。


――酢豚にパイナップル、みたいな……。


 髪は、遠目にもぎょっと目を引くほどに脱色されていて、白い。

 白い髪と白い服、そして浅黒い肌。

 見るものに強烈な印象を与えずにはいられない容姿である。


――あれがウワサの、エロトラップダンジョンをくぐり抜けた猛者か。


 猛者というべきか、性豪というべきか。

 いずれにせよ、自分には関係のない人だ。

 そう思って別の店を物色しようとしている、と。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおい! おおおおおおおおおおい! おおおおおおおおおおおおい!」


 神輿の上の少女が、こっちにぶんぶんと手を振っているのに気付く。


「?」


 何ごとだろう。

 そう思って狂太郎が首を傾げていると、神輿を担いでいた男が一人、こちらにやってきて、


「ダンジョン攻略者様がお呼びです」


 とのこと。


「え、いや……」


 狂太郎が驚いていると、「はい、はい。いいですから。こっちきて」と、ノリの悪い奴を見る目で、半ば強引に手を引かれた。

 正直、こういう雰囲気には弱い。狂太郎は促されるまま、「よいしょっ」と神輿の上に担ぎ上げられる。


「……やあやあオタクくん! 久しぶりじゃんかぁ~!」

「え?」


 さすがに失礼に当たると思って、思考を巡らせる。

 だが狂太郎の知る限り、こういうタイプの性豪と出会ったことは、かつてない。


「今までに救った異世界人の……どなたか?」

「うん! ってか……あれ? ひょっとして、わからない?」

「ああ。すまん」


 素直に謝ると、少女は「あはははは。受ける」と朗らかに笑って、


「私、ですよ。わーたーしー」


 言われて……しばらく、彼女を眺める。

 じっと眺めているうちに……ふと、だまし絵に似た感覚に襲われ、――そして、ようやく気付いた。


「あっ。ああああ……」


 「あ」しか言っていない台詞だが、彼女はすぐに破顔して、


「そーいうこと、ですよ♪」


 ちなみに、彼女がこの時に発した敬語が、かつての面影を残した最後の台詞となる。

 狂太郎は目をこれでもかと見開いて、……確かに言われてみれば、顔の造型そのものは”ああああ”と相違ないことを発見し……、


「これまで、白かったところが黒くなって、黒かったところが白くなっている」


 と、感想を述べた。


「そーいうこと!」


 ”ああああ”はぐっと親指をたてる。


「なんか、格闘ゲームの2Pカラーみたいになっちゃって、まあ……」

「んもう、オタクくんったら、変わらないな。そーいう、訳わかんない系のワード、思わず口に出しちゃう感じ」


 「変わらないな」と言われても、別れてからそれほど経ってない気もするが。


「というか、ちょっとまてよ? きみがここにいるってことは……例のダンジョン、クリアしたのは……?」

「うん。もちろん私だよっ。ちょー激えろで今まで聴いたことないくらいイキまくれるってきいたから愉しみにしてたけど、――ま、普通だったね」

「普通……」

「ところでオタクくん、なんか買い物したの? その紙袋の中身、なに?」

「え、あ、その……」


 狂太郎、鉄棒ぬらぬら先生の一枚絵を胸に抱き、しどろもどろになる。

 瞬間、彼の脳裏に、鮮やかに思い浮かんだ記憶があった。

 かつて、大好きだったエロマンガ家の新作を、発売日に購入した日のこと。

 大学の同じゼミの女の子が、ハンサムな男連れで話しかけてきたことがある。

 彼女は決して、狂太郎を小馬鹿にしたり、無意味に彼氏自慢をしてきたわけではない。狂太郎自身も、彼女に特別な想いを抱いていたわけではなかった。

 それでも、なぜか不思議と、――狂太郎は、自分がどんどん惨めになっていくのを感じていた。


「――うううっ」

「? どしたん?」

「いや、……なんでもない。かつてのトラウマがフラッシュバックしただけだ」

「まーた、訳わかんないコトいっちゃってぇ。オタクくんったら」


 眉間を揉む。

 と、その時だった。狂太郎を乗せたまま、神輿が再び担ぎ上げられ……仲見世通りへの進行を開始したのは。


「うわっ……ちょっと」


 慌てて降りようとする狂太郎を、”ああああ”が引き留める。


「行かないで。ここでもうしばらく、おしゃべり、しょ?」


 狂太郎は顔色を蒼くする。

 二人っきりなら、それでも構わない。

 だが、このままここにいると、――自分まで絶倫、ということになってしまうのではないか。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※24)

 1820年頃に発表された艶本『喜能会之故真通』に登場する一場面を描いたエロ画像。台詞付き。海女さんが二匹の蛸に捕らえられ、性的快楽を受ける様を描いたもの。この時代の日本人もわりとどうかしていたことを教えてくれる、実に素晴らしい一品だ。

 なお、続編の『触手と女騎士』は、前作のスマッシュヒットのお陰か、単品で売りに出されていたという。

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