日雇い救世主の見聞録

”すばやさ”がカンストしたおっさん、異世界救済スピードランに挑む
津田夕也
津田夕也

208話 不壊の松明

公開日時: 2021年5月3日(月) 22:15
更新日時: 2022年9月1日(木) 23:32
文字数:3,008

『グエエエエエエエエーッ! グエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエーッ!』


 見た目は優しげな老婆、中身は恐るべきドラゴン。

 その皺だらけの口からは黒い火焔が吐き出され、狂太郎たちはひどく混乱していた。


「スゴい絵面だな、これ……」

「感心してる暇があったら、さっさとやっつけてよ」

「そうは言っても、――どうしたものかね」

「知らない、知らない、知らない。とにかくなんとかして!」


 なお、二人がいまのんきに会話できているのは、――沙羅が創りだした”無敵フィールド”の中にいるためだ。

 彼女の持つスキル、《無敵》は、あらゆるダメージを無効化するという。

 この能力が便利なのは、自分自身だけでなく、仲間の命も守れる、ということ。


――思ったよりも便利なスキルだな、これ。


「ちょっと、ねえ、狂太郎くん。あんまり引っ付かないでよ」

「……さっきから気になってたんだけどきみ、ぼくに対する当たり、キツくないか」


 ヨシワラで会った時は、もうちょっと穏やかな口調だった気がするのに。

 だが、沙羅はなんだか、虫を呑み込んだような顔をして、


「応えるつもりは、ないわ」


 取り付く島もない。


「言っておくが、ぼくたちはあの、四人の姫君の件で縁ができてしまった。好きになってくれとは言わないが、せめて円滑に情報共有をできる仲になってくれないと……」

「あーっ。わかったわかった。わかりました! しゃべり方が気に入らないっていうんでしょう。……これだから男は……」

「いや、わかってないな。敬語を使ってくれって話しじゃないんだ」

「もお! 五月蠅いおっさんですこと!」


 と、その時である。ブラック・デス・ドラゴンが吐く火炎が、洞窟の天上を嘗めるように焼き払い、――狂太郎たちのいる直上から、雨あられと鍾乳石を降らしたのだ。


「――!」


 いけない。いくら無敵といっても、石に埋もれてしまっては身動きができなくなってしまう。


「躱すぞ、沙羅ッ」

「――え?」


 しかし沙羅の判断が、一拍遅れた。

 恐らくだが彼女、自分の《無敵》に、絶対の信頼を置いていたのだろう。

 だからこそ、その場から離れるべきだという、当然の判断ができなかった。


「――あっ」


 洞窟内に、轟音が響き渡る。一瞬にして沙羅の姿が、土塊の中へと消えた。


「しま……ッ。沙羅!」


 狂太郎が叫ぶ。反応はない。

 助けている、……暇はなかった。

 いまはとにかく、ブラック・デス・ドラゴンを無力化しなくてはならない。彼女はいまだに火を吐き続け、洞窟内の破壊に専念しているためだ。


 狂太郎はそれを止めるべく、ブラック・デス・ドラゴンの背後へ。――その首に腕を回し、ぎゅっと絞める。

 絵面は完璧に老人虐待の感じだが、さすがにいまは四の五の言ってられなかった。仲間の命が掛かっている。


「これ以上の攻撃はやめろ!」


 しかし威勢が良かったのは、セリフだけだ。

 喉を持つと、じゅう、と、白い煙が吹き出したのだ。


「ぎゃっ」


 思わず悲鳴を上げる。肘から先の皮膚が、べろんとめくれていた。


――嘘だろ、こいつ。死ぬほど熱を持っているじゃないか。


 もうこの時点で間違いなくこの老婆、人間でもなんでもない謎の生命体なのだとわかる。


――だが、それでもなんだかこの人……庭で採れたみかんとかご馳走してくれそうな、そんな優しい目をしている。


 正直、頭がおかしくなりそうだった。


「……くそっ」


 狂太郎はいったん《すばやさⅨ》を起動し、静止した世界にて、次の一手を熟考する。


――どうすればいい。どうずれば……。


 このままブラック・デス・ドラゴンを放置しつづけると、洞窟ごと生き埋めにされてしまう可能性まであった。

 せめてこの、火を吐くのだけでも止めることができれば……。


 その時、狂太郎が考えたのは、――とにかく、蛇口の壊れたホースの如く火焔を吐き続ける老婆の口を塞ぐはどうすればいいか、ということ。


「これなら……」


 そして思いついたのは、《蒼天竜の兜》を使う案。

 だが、これは一瞬で廃案となった。ブラック・デス・ドラゴンの吐く火炎は、兜の表面をたちまち黒焦げにしてしまったのである。


「わあ! ぼくのお気に入りのヘルメットが!」


 黒いグラデーションがついた兜を引っ込めて、別案を考える。

 幸いというかこのブラック・デス・ドラゴン、どうやら力はそれほど強くなさそうだ。厄介なのはこの、口から無尽蔵に吐き出される黒炎である。これがある限り彼女、四肢を拘束しても暴れ続けるだろう。


「…………ええい。一か八かだ」


 狂太郎は咄嗟に、――辺りの壁に掛かっている松明を引っつかみ、それを老婆の口に突っ込んだ。


『んが! んむぐぐぐ!』


 少々手荒な格好だが、ここはやむを得ない。

 老婆の口から、黒い炎がこれ以上吐き出されないことをしっかり確認して、


――やはりこの松明、破壊されない性質があるらしい。


 と、安堵する。

 恐らく、世界そのもののルールでそう規定されているのだろう。

 人気のないダンジョンを無限に灯し続ける松明は、RPGのあるあるクリシェだ。その関係の”異世界バグ”に違いない。


「……よし」


 あとは、ヨシワラで買ったベルトで老婆の四肢を拘束するだけ。

 一度、完全に無力化すれば……、


>>ボーイ&ガールは ブラック・デス・ドラゴンを たおした!


 わぁい。

 内心、ガッツポーズを作りつつ。


>>ボーイの けんスキルに けいけんちが 550382759ポイントはいる!

>>ガールの 轣ォ邉サ鬲疲ウスキルに けいけんちが 550382759ポイントはいる!


 ついに経験値、五億ときたか。この数字に意味があるかどうかは置いておいて、ボスを倒したって感じだ。悪い気持ちはしない。


 その後、


>>ボーイの けんスキルの レベルが 5035にあがった!

>>ボーイの せいしつが へんかする!

>>ボーイは ”おぼえたてのサル”から ”まあまあのけんし”に なった!


――なかなか褒めてくれないな。このゲーム。


 ナレーションの元気な声を聞き流しつつ、石塊をどける。先ほど埋まった沙羅を助けるためだ。


>>ボーイは ”れいとうぎり”を おぼえた!

>>ボーイは ”でんげきぎり”を おぼえた!


 ちなみにこの必殺技っぽい能力だが、狂太郎が使おうとしても「MPがたりない!」と言われるばかりで何の意味もないことが判明している。

 つまり、真に受けるだけ無駄な情報だということだ。


>>ガールの 轣ォ邉サ鬲疲ウスキルの レベルが 8987にあがった!

>>ガールの せいしつが へんかする!

>>ガールは ”Aのよかん”から ”すきもの”に なった!


>>ガールは ”エッチな えを かく”を おぼえた!


 聞き流しつつ、沙羅に呼びかけながら石塊をどけること、十数分。


「……ぷはっ! ……んもー! お風呂入りたぁい」


 ようやく、彼女の救出に成功する。


「殺音との戦いで学ばなかったのかね、きみ」

「……むむむむむむ。だってしょうがないじゃん。あんな風になるなんて……」

「ぼくは、ここに入った時から予測していたけどな」


 もしこれが通常の仕事であれば、殉職していてもおかしくないミスだ。

 狂太郎は、少し強い口調で、


「しっかりしろ。こういう時、想像力を働かせないでどうする。苦しむのはきみ自身なんだぜ」

「むむむむ……、せ、説教する気?」

「縁の繋がった相手の訃報を聞きたくないだけだ」

「ぶう」


 なんだいまの返事は。屁か?

 狂太郎は少女の正気を疑ったが、本人は唇を尖らせて、うつむいている。


「とにかく、――これで、”万能薬”が手に入るな」


 空気を切り替えるつもりでそういうと、少女はしょんぼり、頷くのだった。


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