『グエエエエエエエエーッ! グエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエーッ!』
見た目は優しげな老婆、中身は恐るべきドラゴン。
その皺だらけの口からは黒い火焔が吐き出され、狂太郎たちはひどく混乱していた。
「スゴい絵面だな、これ……」
「感心してる暇があったら、さっさとやっつけてよ」
「そうは言っても、――どうしたものかね」
「知らない、知らない、知らない。とにかくなんとかして!」
なお、二人がいまのんきに会話できているのは、――沙羅が創りだした”無敵フィールド”の中にいるためだ。
彼女の持つスキル、《無敵》は、あらゆるダメージを無効化するという。
この能力が便利なのは、自分自身だけでなく、仲間の命も守れる、ということ。
――思ったよりも便利なスキルだな、これ。
「ちょっと、ねえ、狂太郎くん。あんまり引っ付かないでよ」
「……さっきから気になってたんだけどきみ、ぼくに対する当たり、キツくないか」
ヨシワラで会った時は、もうちょっと穏やかな口調だった気がするのに。
だが、沙羅はなんだか、虫を呑み込んだような顔をして、
「応えるつもりは、ないわ」
取り付く島もない。
「言っておくが、ぼくたちはあの、四人の姫君の件で縁ができてしまった。好きになってくれとは言わないが、せめて円滑に情報共有をできる仲になってくれないと……」
「あーっ。わかったわかった。わかりました! しゃべり方が気に入らないっていうんでしょう。……これだから男は……」
「いや、わかってないな。敬語を使ってくれって話しじゃないんだ」
「もお! 五月蠅いおっさんですこと!」
と、その時である。ブラック・デス・ドラゴンが吐く火炎が、洞窟の天上を嘗めるように焼き払い、――狂太郎たちのいる直上から、雨あられと鍾乳石を降らしたのだ。
「――!」
いけない。いくら無敵といっても、石に埋もれてしまっては身動きができなくなってしまう。
「躱すぞ、沙羅ッ」
「――え?」
しかし沙羅の判断が、一拍遅れた。
恐らくだが彼女、自分の《無敵》に、絶対の信頼を置いていたのだろう。
だからこそ、その場から離れるべきだという、当然の判断ができなかった。
「――あっ」
洞窟内に、轟音が響き渡る。一瞬にして沙羅の姿が、土塊の中へと消えた。
「しま……ッ。沙羅!」
狂太郎が叫ぶ。反応はない。
助けている、……暇はなかった。
いまはとにかく、ブラック・デス・ドラゴンを無力化しなくてはならない。彼女はいまだに火を吐き続け、洞窟内の破壊に専念しているためだ。
狂太郎はそれを止めるべく、ブラック・デス・ドラゴンの背後へ。――その首に腕を回し、ぎゅっと絞める。
絵面は完璧に老人虐待の感じだが、さすがにいまは四の五の言ってられなかった。仲間の命が掛かっている。
「これ以上の攻撃はやめろ!」
しかし威勢が良かったのは、セリフだけだ。
喉を持つと、じゅう、と、白い煙が吹き出したのだ。
「ぎゃっ」
思わず悲鳴を上げる。肘から先の皮膚が、べろんとめくれていた。
――嘘だろ、こいつ。死ぬほど熱を持っているじゃないか。
もうこの時点で間違いなくこの老婆、人間でもなんでもない謎の生命体なのだとわかる。
――だが、それでもなんだかこの人……庭で採れたみかんとかご馳走してくれそうな、そんな優しい目をしている。
正直、頭がおかしくなりそうだった。
「……くそっ」
狂太郎はいったん《すばやさⅨ》を起動し、静止した世界にて、次の一手を熟考する。
――どうすればいい。どうずれば……。
このままブラック・デス・ドラゴンを放置しつづけると、洞窟ごと生き埋めにされてしまう可能性まであった。
せめてこの、火を吐くのだけでも止めることができれば……。
その時、狂太郎が考えたのは、――とにかく、蛇口の壊れたホースの如く火焔を吐き続ける老婆の口を塞ぐはどうすればいいか、ということ。
「これなら……」
そして思いついたのは、《蒼天竜の兜》を使う案。
だが、これは一瞬で廃案となった。ブラック・デス・ドラゴンの吐く火炎は、兜の表面をたちまち黒焦げにしてしまったのである。
「わあ! ぼくのお気に入りのヘルメットが!」
黒いグラデーションがついた兜を引っ込めて、別案を考える。
幸いというかこのブラック・デス・ドラゴン、どうやら力はそれほど強くなさそうだ。厄介なのはこの、口から無尽蔵に吐き出される黒炎である。これがある限り彼女、四肢を拘束しても暴れ続けるだろう。
「…………ええい。一か八かだ」
狂太郎は咄嗟に、――辺りの壁に掛かっている松明を引っつかみ、それを老婆の口に突っ込んだ。
『んが! んむぐぐぐ!』
少々手荒な格好だが、ここはやむを得ない。
老婆の口から、黒い炎がこれ以上吐き出されないことをしっかり確認して、
――やはりこの松明、破壊されない性質があるらしい。
と、安堵する。
恐らく、世界そのもののルールでそう規定されているのだろう。
人気のないダンジョンを無限に灯し続ける松明は、RPGのあるあるだ。その関係の”異世界バグ”に違いない。
「……よし」
あとは、ヨシワラで買ったベルトで老婆の四肢を拘束するだけ。
一度、完全に無力化すれば……、
>>ボーイ&ガールは ブラック・デス・ドラゴンを たおした!
わぁい。
内心、ガッツポーズを作りつつ。
>>ボーイの けんスキルに けいけんちが 550382759ポイントはいる!
>>ガールの 轣ォ邉サ鬲疲ウスキルに けいけんちが 550382759ポイントはいる!
ついに経験値、五億ときたか。この数字に意味があるかどうかは置いておいて、ボスを倒したって感じだ。悪い気持ちはしない。
その後、
>>ボーイの けんスキルの レベルが 5035にあがった!
>>ボーイの せいしつが へんかする!
>>ボーイは ”おぼえたてのサル”から ”まあまあのけんし”に なった!
――なかなか褒めてくれないな。このゲーム。
ナレーションの元気な声を聞き流しつつ、石塊をどける。先ほど埋まった沙羅を助けるためだ。
>>ボーイは ”れいとうぎり”を おぼえた!
>>ボーイは ”でんげきぎり”を おぼえた!
ちなみにこの必殺技っぽい能力だが、狂太郎が使おうとしても「MPがたりない!」と言われるばかりで何の意味もないことが判明している。
つまり、真に受けるだけ無駄な情報だということだ。
>>ガールの 轣ォ邉サ鬲疲ウスキルの レベルが 8987にあがった!
>>ガールの せいしつが へんかする!
>>ガールは ”Aのよかん”から ”すきもの”に なった!
>>ガールは ”エッチな えを かく”を おぼえた!
聞き流しつつ、沙羅に呼びかけながら石塊をどけること、十数分。
「……ぷはっ! ……んもー! お風呂入りたぁい」
ようやく、彼女の救出に成功する。
「殺音との戦いで学ばなかったのかね、きみ」
「……むむむむむむ。だってしょうがないじゃん。あんな風になるなんて……」
「ぼくは、ここに入った時から予測していたけどな」
もしこれが通常の仕事であれば、殉職していてもおかしくないミスだ。
狂太郎は、少し強い口調で、
「しっかりしろ。こういう時、想像力を働かせないでどうする。苦しむのはきみ自身なんだぜ」
「むむむむ……、せ、説教する気?」
「縁の繋がった相手の訃報を聞きたくないだけだ」
「ぶう」
なんだいまの返事は。屁か?
狂太郎は少女の正気を疑ったが、本人は唇を尖らせて、うつむいている。
「とにかく、――これで、”万能薬”が手に入るな」
空気を切り替えるつもりでそういうと、少女はしょんぼり、頷くのだった。
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