”金の盾(株)”所属の救世主、沙羅。
”WORLD0148”、ヨシワラ出身。
彼女は”サラマンダー”と呼ばれる精霊種で、主に自分に向けられた感情を栄養源にするという(※24)。
この”精霊”と呼ばれる連中に関しては正直、取材不足と言わざるをえない。
筆者も、沙羅とは数度、取材がてら話したことはある。だが未だに、彼女たちがどういう存在なのか良くわかっていないのだ。
一見したところ沙羅は、我々人間とほとんど変わらないように見える。
だが実際のところ、その解釈は根本的に間違っているらしい。
何せ、彼女の血管を流れる赤いものは、――我々とおなじ性質ではない。
火、である。
彼女の肉の皮を一枚剥ぐとその中身は、思念によって動く、一個の炎の塊なのだ。
心臓を含めて、ありとあらゆる内臓は存在していない。
もうこれだけで、我々の世界の基準とは遠く離れた存在であることがわかるだろう。
そんな彼女が、仲道狂太郎に対して最初に抱いた印象は、
――へんなやつ。
であった。
といっても、これは珍しいことではない。異世界人同士が出会う時、多くの場合は、どこかしら「へん」だと思うのが常である。何せお互い、育ってきた環境がまるで違うのだから。
だが、沙羅が狂太郎に抱いた「へん」さは、少しだけ毛色が違っていた。
――この人、命を大切にしてないな。
そう思った。
だから正直、彼と仕事で関わるのは、危険、かもしれない。
彼の自棄的な感情に触発されて、自分まで命を落とすかもしれない。
実際、我々の世界の人間は、多くの異世界人と違って傷の治りが遅い。
回復魔法もないし、一口飲むだけで毒や外傷が治癒するような、便利な薬もない。
おまけに狂太郎は、もう若くない。常に後遺症に怯えながら仕事をしている。
――あなたたちの身体は、消耗品なんだ。すごくすごく、……脆いのよ。
というのはその後、彼女が私に語った意見である。
それでも、狂太郎がこの危険な仕事を続ける理由は一つ。
命を、大切にしていないから、だと。
だが後に、この奇妙な世界で再会を果たして、……彼女はその評価を、少しだけ修正している。
――やっぱり狂太郎くんは、命を大切にしていない。
だがそれは、彼の持つ独特の死生観によるものである、と。
確かに狂太郎は、(自分のを含めて)人命に価値を見いだしていない。
彼が真に価値を見いだしているのは、生きた人間が歩む――その人生に、である。
故に彼は、”死ぬ”という現象を恐れない。
死を恐れて立ち止まるのであれば、ただ前に進むことを求める。
――みんながそれぞれ、自分が愛おしく思うもののために、人生のリソースを使う。
――そうやって始めて、本当に美しいものが作られていくの。
――彼はたぶん、そんな風に思ってる。
というのが、のちに筆者が沙羅本人から聞き出した”仲道狂太郎評”である。
彼女の意見が的を射ているかどうかはともかくとして、これほどのことを語るのだ。
この時点で沙羅は、狂太郎と無二の関係を築いていたことは間違いあるまい。
だから、だろう。
彼女がその時、自分でも意外なほどに、命を賭けることを恐れていなかったのは。
「ねえ、狂太郎くん」
沙羅は、友人に声をかける。
「もう一度だけ確認するね。
狂太郎くんはこれから、”お父さん”役のノートPCをかっぱらって、その、――RPG制作ソフトっていうのを利用して、”ベルトアース”のバグの修正をする」
「うん」
ついでにその際、《無》に関する情報も収集しておくという。
「その間、私は狂太郎くんを庇いながら、――あらゆる妨害と戦う」
「そうだ」
「ひとつ、質問ね。作業にかかる時間は、どれくらい?」
「わからん。――数時間か、半日か……もっとかかるかもしれない。どうもこの世界のPCは、ぼくの世界のそれよりもずいぶん型が古いみたいだから」
「型が古い? ……それでも大丈夫なの?」
狂太郎は腕を組み、眉をひそめる。
「作業自体は、不可能ということはないはずだ。だが、”ボーイ”はゲーム・クリエイターの息子という設定上、ある程度ならゲーム制作の心得があるらしい。今回はその知識を利用させてもらう」
「なるほどね」
「だが、このやり方には問題がある。――きみに《無敵》を付与されている間は、実質この仕事に取りかかれない、という点だ。だから二人で一塊になって、作業を続けることはできない」
「ほほう」
つまり、やるべきことはこうだ。
①狂太郎を、この世界のどこかに匿う。
②当然、この世界の人々はそれを阻止すべく、妨害してくる。
③沙羅は囮となって、そうした連中の相手をする。
「うん。わかった」
「やれそうかい」
「未知数。だって、何が起こるか見当もつかないんだもの」
「たしかにな」
そして彼女は、嘆息混じりに、こう言った。
「最後に、もう一つ。もし、この世界の住人が襲ってきた場合、――私は、彼らを殺してしまって構わないの?」
それには、狂太郎も言葉に詰まった。
彼自身の答えは、はっきりとしている。
だがそれが、ほとんど彼の趣味に近い拘りであることも重々承知していた。
拘りある人生は、ある種の美徳となるが、――それを他人に押しつけるのはやはり、誤りだ。
狂太郎は少し腕を組んで、
「きみは、きみの命を一番に優先してくれ」
という言い方をした。
沙羅は少し顔をしかめて、こう答える。
「辞めてよ。私たちもう、仲間でしょ」
「……………」
「今回の休暇はただ、”善いこと”をした。そうやって、気持ちよく元の世界にもどろう」
「そうだな。そういうふうに、できたらいいな」
万一の場合を除いて、殺しには手を染めない。
それが二人の間の、暗黙の了解となった。
▼
気がつけば、時刻は午後八時ぐらいであっただろうか。
すでにとっぷりと日は沈んでいて、――たぶん、一般的な中学生が外にいる時間ではなくなっている。
「父さんと母さん、カンカンだろうなぁ」
狂太郎とは違う、”ボーイ”としての人格が、そう呟かせた。
彼は、自分で言った言葉に、自分自身で応えるように、
「うちは昔から放任主義だったからな。たぶんこの時間に外にいても、何とも言われなかったよ」
通りを歩いていると時折、独り言をぶつぶつ言う人と出くわすことがあるが、――その時の狂太郎はちょうど、そんな感じだった。
「ちなみに、――沙羅には、親がいるのかい」
「……いるけど」
とはいえ沙羅自身、家族と過ごした記憶は少ない。
ただ、大切には思っている。時折、手紙のやり取りもする。
ヨシワラの遊女たちは、家族の仕送りのために給料を天引きされていることが多い。
故にあの街の娼妓はみな、”家族思い”として、そこそこ高い社会的地位にあるのだ。
「なあ、沙羅。たぶん、落ち着いて話すのはこれで最後になるだろうから……一つ、質問してもいいかい」
「ん?」
「きみってほら。女の子が好きなんだろ」
「うん」
「それで一つ聞きたいんだが、――そういう人が、男を好きになることって、あるのか」
「え? なに? まさかとは思うけど、口説いてる?」
「いや、それはない」
狂太郎は慌てて弁解する。
「ただな。一つ、知識として。知っておきたいんだ」
「……ふむ」
どうやら、彼にとっては大事な質問らしい。
そう察した沙羅は、茶化さず答えることにする。
「そだね。こういう感情って、1と0で割り切ることができるようなものじゃないからね」
ヨシワラの遊女の間では、そうした境界は極めて曖昧なことで知られている。
例えば、絶対に異性でなくては遊べないというお客でも、――顔も、声も、性格も、何もかも理想そのものの相手がたまたま同性だったということは、意外なほどによくあるのだ。
「だからさ、……ある、と思うよ。女の子好きな人が、男の人も……ってこと」
「ふーん。そうかね」
なお沙羅視点の文章は、彼女とのインタビューを元に一部、筆者が創作したものである。
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(※24)
以前、精霊種である彼女は食事をしない、というような表現をしたことがあるが、これは筆者の誤りであった。
精霊種も一応、”形而下存在”の一種であるため、食事をするらしい。
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