日雇い救世主の見聞録

”すばやさ”がカンストしたおっさん、異世界救済スピードランに挑む
津田夕也
津田夕也

38話 聖剣エクスカリバー(量産型)

公開日時: 2020年10月6日(火) 19:23
更新日時: 2022年2月19日(土) 18:12
文字数:3,306

いけず……?」


 って、どういう意味だっけ。

 ただ、思った。


――なんだろうこの、インモラルでマゾヒズムを刺激するようなイントネーションは。


 狂太郎は混乱していた。


「それで? とりあえず、こいつら殺せばええのん?」

「え」


 きみにできるのか?

 という疑問が浮かぶ。

 次いで、邪魔だから手を出さないでくれ、とも。


 だが、彼女は狂太郎の返答を待たずに、持ってきた四角い旅行鞄を地面に置き、つま先で留め金を外す格好でそれを開いた。


「――!?」


 狂太郎が眉を段違いにしていると、――鞄の中から、そのサイズ感をほとんど無視するような形で、一振りの剣が顕現する。


「あれは……」


 直感的にわかる。

 この『ハンサガ』の世界のシロモノではない。別の異世界のマジック・アイテムだ。


――《聖剣エクスカリバー(量産型)》(※26)。


 それはまるで、マジックショーでも見せられているかのようだった。





 するりと剣を取り出した殺音は、口元に微笑みを称えたまま、ジロー、サブローと名付けられた二匹に立ち向かっていく。


 少女は天高く、聖剣をかかげた。太陽を受けて、白銀の刃が光を帯びる。

 二匹の蒼天竜がくちばしを大きく広げて、彼女に襲いかかり、――狂太郎は一瞬、「加速して助けに向かうか?」と思った。

 だが、振り向いた彼女の目が、「余計なことをするな」と語っている。

 そこから先は、瞬きする暇もなかった。


「――ッ」


 鳥類の出来損ない、という感じの首から上が、一瞬にして吹き飛ばされる。

 そして、吹き飛んだ断面から、噴水のような血液が噴き出した。

 R指定まっしぐら、とてつもなくグロテスクな絵面だ。


「う、うわ……」


 場慣れしたはずの狩人も、顔を蒼くして数歩、後退る。

 なんでも、『ハンサガ』世界の住人は、獲物を解体する時にしか血を見ないという(※27)。

 彼らにとってそれは、とてつもなく異様な光景のはずだ。


「い、一撃……やと……しかも、二匹を」


 ごま塩頭も目を剥いている。ひどく冒涜的な邪教の祭りにでも紛れ込んだような顔だ。

 殺音は、いまの一振りで刃こぼれを起こしたエクスカリバーをぽいっとその辺に捨てて、狂太郎に向き直った。


「はい。おしまい♪」

「……言っておくが、今のは借りに数えないぞ。ぼくたちだけで十分やれた」


 むしろ、今ので仲間の信頼を得るチャンスを奪われた、という考え方も出来なくない。


「うふふふふ。まあまあ、そう言わんと。仲良ぉしてーな」


 大方、こちらが何か情報を掴んでいることを察しての行動だろう。

 実を言うと一時、仮面少女がスパイを働いている可能性も考えた。

 だが、竹を割ったような性格の彼女だ。それはあるまい。


「ずいぶんとすごい武器を持ってるんだな」

「そーお? でも、”異界取得物”の一つや二つ、そっちかて持ってはるやろ」

「そりゃそうだが、――きみが使ったもののように、容赦なく敵をやっつけるようなものは持ってない」


 リアル系の格闘技漫画に突如として悟空が登場し、かめはめ波をぶっ放すようなものだ。


「そぉなん? だったらいくつか、お譲りしましょか?」

「その見返りは、――こっちの情報、ということかい」

「せやね。何ごとも、タダっちゅうんは信頼できん」

「ふむ」


 今のは、彼女が持つ”異界取得物”のデモンストレーションでもあった訳か。

 だとすると、なかなか効果的な行動である。

 狂太郎は少し考えて、


「良かろう。後で顔を出すよ」

「ん」


 短いやり取りで約束を取り付けた殺音は、それで話は十分、とばかりに立ち去ろうとする。

 それを許さなかったのは、ごま塩頭の男だった。


「ちょっと待ってくださいよ、村長」

「ん? なあに?」

「急に現れて、獲物を横取りされちゃあ、我々の立つ瀬がありませんがな」

「別に、報酬をとるつもりはありません。うちは手伝いにきただけよ」

「そういう問題やなくてね、――しかもああいう、生き物を冒涜するような殺し方は、――二度とせんでください」

「ぼーとく?」


 殺音、目を丸くしている。


「ちょっとうちには、言ってる意味がよぉわからへんのやけど。狩りは普通、獲物を苦しませんよぉに済ませるのが礼儀とちゃうのん。あんたらがするみたいに、複数でぽかぽかぶん殴って殴り殺すとか、その方が可哀想やないの」


 老人は一瞬、殺音に狂人を見る目を向けて、


「何を……言うとるのか正直、わしにはわかりかねますが。そりゃ大きな間違いでっせ。狩人は、戦いの中でその獲物の命を称えとります。ああいう風にすぐ殺してしまうのでは、四人組の制限も意味がない。百人くらいで袋だたきにすれば、ええ話やないですか」

「ほなら、そうしたらええんとちゃう?」


 平然と言ってのける彼女に、老人は一瞬、絶句する。


「そういう訳には。……それだと、狩人にも獲物にも、どちらにも名誉というものが奪われてしまう」

「めいよ? なにそれ、おいしいん?」

「……馬鹿にしとるんですか」

「いーえ?」


 殺音はあどけない仕草で首を傾げた。

 本気で老人の言っている言葉の意味を図りかねているのだろう。

 狂太郎、二人の話を聞きながら、


――ごま塩爺さんはたぶん、狩りを儀式の一種として捉えてる。

――殺音ちゃんはあれだな。現代的な倫理観の話をしてる。


 これではたぶん、永遠に平行線だ。

 このまま放っておいてもいいかと思っていたが、仲裁に入ることにした。


「村長も、この地に来てからまだ、日が浅いようだ。そういう村の決まりは、これから、ゆっくり呑み込んでいけば良いじゃないっすか」


 するとごま塩頭、眉間の辺りに深い皺を寄せて、「不服」の二文字を顔に描く。

 勝ち気な殺音は、他にも何か言いたいことがあるようだったが、――やがて、ここで言い争っても得がないと気付いたらしく、ぷいと背を向けた。



 殺音の姿が消えて、――仕留めた三匹の蒼天竜の”皮剥”を行う。

 この”皮剥”というのは専用のナイフを使って行う。死した動物にのみ効果があるもので、これは一人の狩人につき、きっかり三度、ただ三度ナイフを入れることが許される。

 これに村から配給される報酬が個人の取り分となり、それ以外の全てが村の連中に分けられるという。


 ゲームの仕様と言われればそれまでだが、ある意味これも、儀式の一種だと思えないこともない。


 狂太郎、苦い表情で、手渡されたナイフを振るって、蒼天竜の鱗を数枚、たぶんTシャツの素材にもならない分だけ、切り取る。

 仲間にからかわれるかと思ったが、


「……どうにも、新しい村長にはついてけへんなあ」


 どうもみんな、火道殺音の愚痴で頭がいっぱいらしい。

 狂太郎、上司の愚痴を聞く新人社員の気持ちで、


「まあまあ」


 と、場を治めた。

 そもそもゲームではこの男が村長を務めていたはずである。不満も無理はない。


 火道殺音がこの村の長になった経緯は、――実のところ、村民たちですら納得できていないところが多い。

 なにせ彼女も、よそものである。

 本来ならば狂太郎と同じく、お情けで村に住むことを許されるのが精一杯、という立場であるはず。

 だが殺音はそうではなかった。

 どうやら彼女、この世界に到着して三日後には村を完全に掌握し、前村長(いまでは引退して屋敷の奥に引きこもっている)から今の立場を約束されたらしい。


 異論を挟むものは、不思議と現れなかった。


 その理由は未だに良くわかっていない。皆が皆、「何かがおかしい」ことに気付きつつもその原因に思い当たらない。そんな感じだ。


「ああいうんが村長になるんなら、世も末やな」


 老人が、苦く言う。


――でもその、”終末”を避けるために来たんですけどね。彼女。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※26)

 聖剣エクスカリバー(量産型)。

 火道殺音がかつて救った世界の”異界取得物”である。

 なんでもその世界、魔法が超発展した現代社会を描いたもので、各種聖剣などはホームセンターとかで普通に売ってるレベルだったらしい。エクスカリバーは「木を切るように鋼を斬る」ことで有名で、主に邪魔な樹形の剪定に使われていたようだ。

 多くは”草薙剣(量産型)”と二本セットになっていて、その世界の住人は、この二振りを使って庭の手入れを行っていたらしい。


(※27)

 なおゲーム的には、この辺の描写は完全に省略されている。


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