「いけず……?」
って、どういう意味だっけ。
ただ、思った。
――なんだろうこの、インモラルでマゾヒズムを刺激するようなイントネーションは。
狂太郎は混乱していた。
「それで? とりあえず、こいつら殺せばええのん?」
「え」
きみにできるのか?
という疑問が浮かぶ。
次いで、邪魔だから手を出さないでくれ、とも。
だが、彼女は狂太郎の返答を待たずに、持ってきた四角い旅行鞄を地面に置き、つま先で留め金を外す格好でそれを開いた。
「――!?」
狂太郎が眉を段違いにしていると、――鞄の中から、そのサイズ感をほとんど無視するような形で、一振りの剣が顕現する。
「あれは……」
直感的にわかる。
この『ハンサガ』の世界のシロモノではない。別の異世界のマジック・アイテムだ。
――《聖剣エクスカリバー(量産型)》(※26)。
それはまるで、マジックショーでも見せられているかのようだった。
するりと剣を取り出した殺音は、口元に微笑みを称えたまま、ジロー、サブローと名付けられた二匹に立ち向かっていく。
少女は天高く、聖剣をかかげた。太陽を受けて、白銀の刃が光を帯びる。
二匹の蒼天竜がくちばしを大きく広げて、彼女に襲いかかり、――狂太郎は一瞬、「加速して助けに向かうか?」と思った。
だが、振り向いた彼女の目が、「余計なことをするな」と語っている。
そこから先は、瞬きする暇もなかった。
「――ッ」
鳥類の出来損ない、という感じの首から上が、一瞬にして吹き飛ばされる。
そして、吹き飛んだ断面から、噴水のような血液が噴き出した。
R指定まっしぐら、とてつもなくグロテスクな絵面だ。
「う、うわ……」
場慣れしたはずの狩人も、顔を蒼くして数歩、後退る。
なんでも、『ハンサガ』世界の住人は、獲物を解体する時にしか血を見ないという(※27)。
彼らにとってそれは、とてつもなく異様な光景のはずだ。
「い、一撃……やと……しかも、二匹を」
ごま塩頭も目を剥いている。ひどく冒涜的な邪教の祭りにでも紛れ込んだような顔だ。
殺音は、いまの一振りで刃こぼれを起こしたエクスカリバーをぽいっとその辺に捨てて、狂太郎に向き直った。
「はい。おしまい♪」
「……言っておくが、今のは借りに数えないぞ。ぼくたちだけで十分やれた」
むしろ、今ので仲間の信頼を得るチャンスを奪われた、という考え方も出来なくない。
「うふふふふ。まあまあ、そう言わんと。仲良ぉしてーな」
大方、こちらが何か情報を掴んでいることを察しての行動だろう。
実を言うと一時、仮面少女がスパイを働いている可能性も考えた。
だが、竹を割ったような性格の彼女だ。それはあるまい。
「ずいぶんとすごい武器を持ってるんだな」
「そーお? でも、”異界取得物”の一つや二つ、そっちかて持ってはるやろ」
「そりゃそうだが、――きみが使ったもののように、容赦なく敵をやっつけるようなものは持ってない」
リアル系の格闘技漫画に突如として悟空が登場し、かめはめ波をぶっ放すようなものだ。
「そぉなん? だったらいくつか、お譲りしましょか?」
「その見返りは、――こっちの情報、ということかい」
「せやね。何ごとも、タダっちゅうんは信頼できん」
「ふむ」
今のは、彼女が持つ”異界取得物”のデモンストレーションでもあった訳か。
だとすると、なかなか効果的な行動である。
狂太郎は少し考えて、
「良かろう。後で顔を出すよ」
「ん」
短いやり取りで約束を取り付けた殺音は、それで話は十分、とばかりに立ち去ろうとする。
それを許さなかったのは、ごま塩頭の男だった。
「ちょっと待ってくださいよ、村長」
「ん? なあに?」
「急に現れて、獲物を横取りされちゃあ、我々の立つ瀬がありませんがな」
「別に、報酬をとるつもりはありません。うちは手伝いにきただけよ」
「そういう問題やなくてね、――しかもああいう、生き物を冒涜するような殺し方は、――二度とせんでください」
「ぼーとく?」
殺音、目を丸くしている。
「ちょっとうちには、言ってる意味がよぉわからへんのやけど。狩りは普通、獲物を苦しませんよぉに済ませるのが礼儀とちゃうのん。あんたらがするみたいに、複数でぽかぽかぶん殴って殴り殺すとか、その方が可哀想やないの」
老人は一瞬、殺音に狂人を見る目を向けて、
「何を……言うとるのか正直、わしにはわかりかねますが。そりゃ大きな間違いでっせ。狩人は、戦いの中でその獲物の命を称えとります。ああいう風にすぐ殺してしまうのでは、四人組の制限も意味がない。百人くらいで袋だたきにすれば、ええ話やないですか」
「ほなら、そうしたらええんとちゃう?」
平然と言ってのける彼女に、老人は一瞬、絶句する。
「そういう訳には。……それだと、狩人にも獲物にも、どちらにも名誉というものが奪われてしまう」
「めいよ? なにそれ、おいしいん?」
「……馬鹿にしとるんですか」
「いーえ?」
殺音はあどけない仕草で首を傾げた。
本気で老人の言っている言葉の意味を図りかねているのだろう。
狂太郎、二人の話を聞きながら、
――ごま塩爺さんはたぶん、狩りを儀式の一種として捉えてる。
――殺音ちゃんはあれだな。現代的な倫理観の話をしてる。
これではたぶん、永遠に平行線だ。
このまま放っておいてもいいかと思っていたが、仲裁に入ることにした。
「村長も、この地に来てからまだ、日が浅いようだ。そういう村の決まりは、これから、ゆっくり呑み込んでいけば良いじゃないっすか」
するとごま塩頭、眉間の辺りに深い皺を寄せて、「不服」の二文字を顔に描く。
勝ち気な殺音は、他にも何か言いたいことがあるようだったが、――やがて、ここで言い争っても得がないと気付いたらしく、ぷいと背を向けた。
▼
殺音の姿が消えて、――仕留めた三匹の蒼天竜の”皮剥”を行う。
この”皮剥”というのは専用のナイフを使って行う。死した動物にのみ効果があるもので、これは一人の狩人につき、きっかり三度、ただ三度ナイフを入れることが許される。
これに村から配給される報酬が個人の取り分となり、それ以外の全てが村の連中に分けられるという。
ゲームの仕様と言われればそれまでだが、ある意味これも、儀式の一種だと思えないこともない。
狂太郎、苦い表情で、手渡されたナイフを振るって、蒼天竜の鱗を数枚、たぶんTシャツの素材にもならない分だけ、切り取る。
仲間にからかわれるかと思ったが、
「……どうにも、新しい村長にはついてけへんなあ」
どうもみんな、火道殺音の愚痴で頭がいっぱいらしい。
狂太郎、上司の愚痴を聞く新人社員の気持ちで、
「まあまあ」
と、場を治めた。
そもそもゲームではこの男が村長を務めていたはずである。不満も無理はない。
火道殺音がこの村の長になった経緯は、――実のところ、村民たちですら納得できていないところが多い。
なにせ彼女も、よそものである。
本来ならば狂太郎と同じく、お情けで村に住むことを許されるのが精一杯、という立場であるはず。
だが殺音はそうではなかった。
どうやら彼女、この世界に到着して三日後には村を完全に掌握し、前村長(いまでは引退して屋敷の奥に引きこもっている)から今の立場を約束されたらしい。
異論を挟むものは、不思議と現れなかった。
その理由は未だに良くわかっていない。皆が皆、「何かがおかしい」ことに気付きつつもその原因に思い当たらない。そんな感じだ。
「ああいうんが村長になるんなら、世も末やな」
老人が、苦く言う。
――でもその、”終末”を避けるために来たんですけどね。彼女。
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(※26)
聖剣エクスカリバー(量産型)。
火道殺音がかつて救った世界の”異界取得物”である。
なんでもその世界、魔法が超発展した現代社会を描いたもので、各種聖剣などはホームセンターとかで普通に売ってるレベルだったらしい。エクスカリバーは「木を切るように鋼を斬る」ことで有名で、主に邪魔な樹形の剪定に使われていたようだ。
多くは”草薙剣(量産型)”と二本セットになっていて、その世界の住人は、この二振りを使って庭の手入れを行っていたらしい。
(※27)
なおゲーム的には、この辺の描写は完全に省略されている。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!