そして狂太郎は、目を覚ます。
畳の上。見慣れない天井。ざわつく宴会場。
ぬくぬくと温かな、お布団の中。
半身を起こして両腕を伸ばすと、ぐっと筋肉がほぐれた感じがした。
今度は正真正銘、本物の感覚だ。
「う――――ん。……よし、と」
すると、二人分の手が狂太郎に差し伸べられる。
殺音と、飢夫だ。
「ないすふぁいと、狂太郎はん。うふふふふふ」
「途中からの観戦だったけど、なかなか笑えたよ。――特に、最終投票後のきみの顔といったら!」
狂太郎、眉間を揉んで、
「やかましい」
と、吐き捨てるように言う。
「それより、結果はどうなった?」
「そりゃあもう。こっち視点じゃ、結果ははっきりしてる」
「どういうことだ?」
「勝ち、さ。わたしたちの。……というか、”ああああ”ちゃんの」
まあ、そうなるか。
”ああああ”が一人で20点稼いだことになるのなら、この点数差が埋まることは絶対にない。
内心、ほっとする。彼女は間違えなかったということか。
だが、そうなると疑問はある。
――いつから?
いつから、そこまで差を付けられていたのだろう。それがわからない。
「何がスゴいって彼女、――しっかり遊女たちにも得点を稼がせる余裕があったところだと思う。……薄雲にヒントをあげたりね。『たぶん、推理は失敗する流れになると思うから、お金が欲しかったら演技、最後まで頑張って』ってさ。わざわざペナルティ喰らってまで」
「……マジかよ」
「彼女がスゴかったのはその、”ペナルティ”というルールすら、説得力の一部として使ったことだ。誰も、マイナス点を覚悟してまで、与太話を言うとは思わない」
狂太郎が慄いていると、そのタイミングで、
『……はいッ。ということで、ただいまッ! 集計が完了しました!
これより点数を発表します!』
なんだか久々に顔を見た気がする女司会が、高らかに叫んだ。
そして、会場中央に備えられたスクリーンに、結果が発表される。
そこに表示されていたのは、――
『一位 ”ああああ” 17点(ペナルティ-3)
二位 呉羽 6点
三位 薄雲 3点(観客投票による演技点)
最下位 狂太郎、万葉、グレモリー 0点』
結果だけ観ると、とてつもない点数差である。
「正直に聞いて良いか。……なんなんだこれは? どうしてこうなる?」
「どーもこうも。――わりと序盤から”ああああ”ちゃん、犯人と協力態勢を組んでたからね」
「――は?」
狂太郎、一瞬言葉を失って、
「ちょ、ちょっちょっちょ。ちょっとまて。なんだって?」
それではまるで、超能力者じゃないか。
万葉の”嘘を見抜く”とかいうスキルより、よっぽど壊れている。
「いつ? どこのタイミングで?」
「えーっと。第二ラウンドの、――捜査フェイズだったかな?」
「そんな馬鹿な」
殺音が、くすくすと笑って、
「でも、あれはちょっと痛快やったな。『メンタリスト』のパトリック・ジェーンみたいに――出会い頭に一言。『呉羽ちゃん。あなた、殺したよね?』って」
「どういう根拠で?」
「大したことやない。とっかかりは、《コーヒーカップ》が温かかったから」
「なんだ、そりゃ」
「なんでもこの時代、……1600年代のコーヒーは、悪魔の飲み物とか呼ばれてて、ローマ教皇かなんかの裁判が行われてる真っ最中やったんやて」
そこで、飢夫が口を挟む。
「コーヒーを作ってると悪魔の匂いがするとかで、裁判が起こった事例もあるそうだよ。しかもコーヒーを飲むと、意識がはっきり覚醒する代わり、性的不能になる、ってデマも広がって。婦人団体が裁判を起こした記録もあるんだとか」
「…………なんで彼女、そんなことを知ってる?」
「わからない。――ハンドアウトに書かれてあったか、……ただ、重要なのはそこじゃない。その話を呉羽に信用させたってことだ」
「なるほど」
マーダーミステリー。他者の信用を勝ち取るゲーム。
情報の真偽はこの際、関係がない。
「それと、今回の人殺し、どういう関係があったんだ?」
「わかんないかな。――要するに呉羽は、そんな劇薬を、わざわざ”事件が発覚する直前”に飲んでいたことになる。……これは、つまり……」
「事件が起こることを知っていた人物。これから、気力を振り絞る必要があることを知っていた人物。……犯人ということか」
「もちろん呉羽ちゃんだって、たったそれだけの情報で、犯行を認めた訳じゃない。――でも”ああああ”ちゃん、こういう言い方をしたんだ。もしこの後、貴女が”犯人”として追い詰められることがあったらその時は、……逃がしてあげるって。呉羽ちゃんに断る理由はなかった」
「…………そうか」
狂太郎は、無言のまま顔をしかめる。
その時であった。彼を除く5人が、順番に目を覚まし始めたのは。
「…………うう……」
「う――――ん! たのしかった!」
「………ふわぁ」
「ふにゃ」
「……………ふええ。ごめんなさい、クロケルせんぱぁい……」
目覚めた五人のうち、もっとも元気のいい少女の顔を眺めて、……結局、彼女に手を差し伸べた。
「あっ。どもども。……ところで結果、どーだった?」
「大勝利だ」
「やったね」
口ほどには、喜んでいる様子はない。
まるで「当然の結果だ」とでも言わんばかりだ。
『……はい!
それでは選手一堂、元気よく覚醒したところで!
今回の余興! その結果を発表いたしましょう!
勝負はもちろん! ご存じの通り……、
”金の盾”、一勝!
”エッヂ&マジック”、三勝!
………………!
…………!
……と、いうことで!
本年度の親善試合! その結果が! ……この瞬間! 決まってしまいました!
……いやはや!
大将戦が行われないのはわりと!
例年通りなのですが!
しかしてその結果は……いつもの真逆!
”エッヂ&マジック”!
”エッヂ&マジック”!
”エッヂ&マジック”です!
みなさん、勝者たる”救世主”たちに、盛大なる拍手を!』
雨あられと、万雷の拍手が浴びせられた。
”ああああ”、飢夫、殺音が、得意げに両手を振る。犬だけが、無関心な表情で眠っていた。
『そしてもちろん、大健闘の”金の盾”の”救世主”たちにもッ。感謝の声援を!』
兵子、万葉、沙羅が、気まずそうな笑みを浮かべる。――大将のローシュだけが、変わらぬ微笑を浮かべつつ、煙管を拭かせていた。
『なお! 勝者である”エッヂ&マジック”のみなさんにはそれぞれ、ヨシワラでのみ使える商品券、――なんとお一人様につき、十枚をご進呈ッ! お大尽を超えたお大尽ッ! 贅の限りを尽くした時間を、ご堪能ください!』
それぞれ、女司会から手渡されたそれを、受け取る。
――商品券、十枚分。
要するに、百万円だ。
いつもの報酬と、ほぼ同額である。
――嬉しくない、わけではないが。
だからなんだ、という気もしないでもない。
「さてさて! それじゃ、ごはんにしよっ」
”ああああ”の提案に、
「ここの連中、ケチだからな。飯は自腹になるぞ」
「それは、昨日だけ。――今日はでるよん。しかも、すっごいご馳走!」
その言葉通り、早くも襖の奥から、”救世主”全員分の会席料理が運ばれてくる。
その内容たるや、――旨いものを食べ慣れている飢夫ですら、「おお」と唸るほどの豪華さで、宝石のように丁寧に握られた寿司がずらりと並んでいる。
「なんだか、……もう推理じゃ、きみに勝てる気がしないな」
「ふふっ。――あははっ。いまのはぜんぜん、推理じゃないよ。さっきここの従業員の人に聞いただけ」
「ふむ……」
「それに、実を言うと、――今回の試合、もともと向こうに不利な勝負だったんだよねー」
「? どういうことだ」
「……ま。その話は後にして。――みんなでおしゃべり、しよ。マダミスの本番は、感想戦にあるっていっても良いんだから」
”ああああ”がそういうと、……”商品券”を貰ってほくほくの、薄雲の呉羽が歩み寄ってきて何ごとか、話したそうにしている。
ローシュの粋な計らいで、今回は特別、宴席に加わってもいいのだそうで。
少女はその場でぴょんと跳ね、二人を手招き。
もちろん、グレモリーと万葉も呼び出して、おしゃべりを開始する。
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「結局、第一ラウンドの捜査が……――」
「最序盤で、誰かと協力しておけば……――」
「もっと推理パートでの説得力を……――」
「いやいや、今回の場合、それじゃあもう遅い……――」
がや、がやと。
少女たちが議論を交わしているところに、おっさん一人、紛れ込み。
だが、不思議と気まずくはない。
兵子の時と同じだ。
ゲームの本質は、世代を超えたコミュニケーションを可能とする。
この瞬間だけは性別も身分も、――生まれた世界ですら、まったく関係がない。
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