騎士・シルバーラットを連れて、”あおむし道路”を進む狂太郎たち。
――この世界、とにかく一本道なのは楽だが……流石に少し、飽きてくるな。
シルバーラットは”社会人”の中ではおしゃべり好きな方らしく、最近食べたおいしいものや楽しかったこと、お気に入りの音楽や芝居、最近ハマっている山賊の殺し方など、話題は多岐に渡った。
ただ一点、
がっしゃん!
がっしゃん!
がっしゃん!
……と、定期的に前転する癖があるのには少々閉口したが。
「ねえ、シルバーちゃん。その……ときどき地面をごろごろするのは、どういうわけですか?」
「え? 特に理由はないけど」
とのことで、どうやらただの奇癖らしい。
一応、沙羅なりにやんわりと注意したようだが、彼女にとってそれは、髪をかき上げるのと同じくらい自然な行為であるらしい。
「ローリング回避は騎士のたしなみだからな!」
そしてまた、がっしゃん! がっしゃん!
「背中とか、痛くないんですか?」
「ん? ぜーんぜん? この瞬間だけはあらゆるダメージを無効化できるんだ。みんなも試して見ると良いぜ」
「……遠慮しときます」
そこで狂太郎が口を挟む。
「でもきみ、戦闘を手伝ってくれる訳じゃないんだろ」
「そりゃ、しょうがない。戦闘メンバーは二人まで! 全ての基本だし」
「ふーん」
「でも、ボーイ&ガールのどっちかがやられた時には、俺の出番になると思う。その時はこの、鍛えに鍛えたメイス捌きをご覧にいれよう」
そう言って彼女はメイスを天高く掲げ、――いったん、がっしゃん! と前転した後、それを振るう。
「……まあ、そうならないことを願っているよ」
嘆息していると、進行方向に突如として、鎧を身に纏った男が現れた。
「おおっ!? びっくりした」
何か、透明になる魔法でも使っていたのだろうか。その登場があまりにも唐突であったため、狂太郎たちは一瞬、たじろく。
男は、無言のまま煉瓦道の行く先に立ち塞がって、じっとこちらを睨み付けた。
――いつもの山賊か?
とも思うが、少々雰囲気が違っている。デザインが、……かなり凝っているのだ。
つま先から頭のてっぺんまで真紅に染め上げたプレートアーマーに、黒いマント。どこか、守護騎士のシルバーラットと対になっているデザイン。
恐らくだが、ボスクラスのキャラクター、ということだろう。
「おまえは、――裏切りの騎士、レッドナイト!」
シルバーラットが叫ぶ。
こういう時の社会人はわかりやすい。「役に入った」感じがするのだ。
「そうとも。俺は裏切りの騎士、レッドナイトだ」
このゲームの、一度出した情報を立て続けに復唱する感じ……慣れないなぁ。
「悪いが、お前たちに”ドリームキャッチャー”を使わせるわけにはいかない。悪いが、今ここで悪いがその歩みを止めてもらうぞ。悪いが」
「そんなに悪いと思ってるなら、通してくれよ」
小声で突っ込むが、当然の如く無視。
「いざ。勝負」
レッドナイトは、鞘に収めた武器を抜き放つ。
その武器は、――見たところ、その辺に落ちてそうな木の棒、であった。
怪我をしにくいように丁寧に皮を剥かれたその棒は、表面がつるつるになるような加工が施されており、どう見ても子供向けの玩具、と言ったような見た目だ。
狂太郎はそれを以前、とんがり帽子の店で見かけたことがある。
たしかこの世界では最も攻撃力の低い武器で、名前を”ひのきの棒”と言ったはず。
――重装備の騎士の武器が、単なるひのきの棒とは。
予算が途中で尽きたごっこ遊びを観ているようで、妙にシュールだ。
「なぜ!? なぜお前が我らの行く手を塞ぐのだっ、レッドナイト!」
シルバーラットが叫ぶ。
対するレッドナイトは、木の棒をぶんぶん振り回しながら、不敵に応えた。
「なぜ俺が行く手を塞ぐかだと? ……ふっふっふ。その一件に関しては、秘密とさせてもらう」
「秘密? 秘密だと?」
「ああ、秘密だ」
「なぜ秘密なのだ!?」
「それはまあ、秘密だからな」
「お、おのれぇ……」
ぶるぶると震えるシルバーラット。
狂太郎はというと、話を聞きながら、
――正直、どうでもいいな。
と、思っている。
たぶん、なんかの因縁があるとか、そういうことだろう。大した問題ではない。
「すまんが、戦うなら戦うで、さっさと始めないか」
狂太郎の提案に、レッドナイトも頷く。
「よかろう。……悪いが、一瞬で片を付けさせてもらうぞ」
「それは、――」
>>レッドナイトが あらわれた!
「こっちの台詞だッ」
言って、狂太郎は《すばやさⅧ》を起動。通常の200倍に加速し、その四肢の拘束を試みる。――だがその鎧、関節部分の可動域が小さく、いつものように後ろ手を縛ることができない。
――くそ。こいつもドリル装備なら楽だったのに。
やむを得ず、いったん鎧を脱がすことに。
「……しかしこれ、ずいぶんと脱がすのが手間だな」
これまで戦ってきた連中と比べ、この男の装備にはとっかかりが見えない。
一応、横腹の辺りに鎧を結びつけていると思われる紐のようなものを発見したが、鬼のような指力で結びつけられているため、解きようがなかった。
「やむをえん。剣で切るか」
言って、狂太郎はポケットから《天上天下唯我独尊剣》を抜き、それをレッドの脇腹に押し当てる。
と、その次の瞬間であった。
ほんの一瞬だけ、レッドと視線が合ったような気が、して。
「――ッ!?」
ぱっと視点が四方八方を向き、気づけば、地面を嘗めている自分を発見している。
ある日、歩き慣れた道を散歩していると、突如として巨人に掴まれて明後日の方向に放り投げられた。――そんな感覚だ。
「…………な、に……?」
いつの間にか、《すばやさ》が解除していて、
>>レッドナイトの こうげき!
>>かいしんの いちげき!
>>ボーイに 3456の ダメージ!
というナレーション。
「嘘でしょ……!? 狂太郎くん!?」
沙羅の声が、思ったよりも遠く離れた位置から、聞こえた。
何とか立ちあがろうすると、
>>ボーイは しんでしまった!
>>しゅごきしの シルバーラットが とびだした!
「勝手に、……殺すな……ッ!」
絞り出すように言うが、その足腰は、まるで自分のものではないように役立たない。
――もう一度、《すばやさ》を起動して、回復を待つ。
咄嗟にそう判断して、もう一度地面に斃れ伏す。
大地を抱きしめるような格好で、狂太郎はしばし、考えた。
――いまの攻撃、カウンター系の技か。
特定の攻撃に反応して発動する技を、「カウンター技」と呼ぶ。
一部の「カウンター技」は、不可避の攻撃を繰り出すことがある。
狂太郎が喰らったのはどうも、それらしい。
――油断していた、ということか。
狂太郎は渋い表情で、目をつぶる。
かつて救った世界で、光速を上回る攻撃を受けたことは、ある。
それと同じような事象に出くわすことがあるとは。
……。
…………。
……………………。
それから、十数秒後、だろうか。
狂太郎の意識がゆっくりと、動作の重いパソコンがシャットダウンするように、時間をかけて薄暗くなっていくのを感じたのは。
――おいおい。ちょっとまてよ。まさか。
内心、ぞっと背筋を凍らせている。
死ぬ。
死の実感が、ゆっくりと全身に広がっていくのがわかる。
自分の身体が動かなくなっていくのがわかる。
――まさか、いまの一撃で、……ダメなのか、ぼくは。ここで終わるのか。
遠く、沙羅とシルバーラットの悲鳴が聞こえている。
なんとか顔を上げようとするが、
>>ボーイ&ガールは はいぼくした!
という天の声で、がくりと力尽きた。
終わりは、自分で思っていたよりも、あっけなく。
――なんてこった、ここまでか。……すまん。みんな。
少し、他人事のようにそう思って。
記憶はそこで途切れている。
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