結論から言うと、狂太郎の恐れていたとおりになった。
「まあ! あの二人が……!」
という視線を一身に集めた状態で、狂太郎と”ああああ”はヨシワラ中にお披露目されることになる。
サッカー部では、球蹴りの巧いものが尊敬される。囲碁将棋部では、ボードゲームの腕前がものを言うに違いない。英会話サークルでは語彙の多さがステータスだし、演劇部では演技力、合唱部では、美声の持ち主が珍重されるだろう。
それらと同様にここ、――ヨシワラにおいては、精力旺盛な者を崇拝する文化があった。
「…………………………」
こうしている今も、数人のご老人たちに「ありがたやありがたや」と拝まれている始末。
のちのち、この状況を偶然目の当たりにした天使の一人は、以下のように語っていたという。
――あの絵面は、あれだな。スケベを極めた邪知暴虐の王が、妾を侍らせながら街を睥睨している様、だ。
筆者はこれまで、仲道狂太郎の顔を悪し様に説明してきた。
しかし「怖い顔」であるということは裏を返せば、威厳がある、とも言える。
結果、その時の彼は、ヨシワラにおける絶倫の王として君臨していた。
――帰りたい。
素直にそう思ったが、”妾役”の彼女が、しっかりと二の腕を掴んで離さない。
「それでぇ、――あれからいろいろと世界、回ってみてぇ……私、なんて狭い世界に生きてたんだろーっ、世の中にはこんなに、楽しーことがたくさんあるのに! ってぇ。……聞いてる?」
「え? うん……」
その時に気付いたのだがこの神輿、あちこちに男根と女陰が象られており、そこにいるだけでまともな者であれば顔を赤くすること、間違いなしのデザインであった。
狂太郎は頭を抱えながら、二人分あった椅子に座り込む。
何故二人分かというとあのダンジョン、最低でも二人で挑むのが普通らしい。
それを、たった一人でクリアしたというから、”ああああ”の精力がいかに計り知れないかを思い知らされるだろう。
――よかったぁ。……パリで二人きりのとき、迂闊に手ぇ出さなくて。
などと、かつての自制心を称えつつ。
「ってわけで私、オタクくんにはすっごく感謝してるんだよ? 人生ってサイコーだなって、教えてくれてね!」
「あ、そう……」
狂太郎は苦い表情になって、
「それなら、こちらも手を尽くした甲斐がある、な」
「でしょでしょ。――ってか私、”救世主”始めてからよーやく、あなたがやってくれたことの……スゴさに気付いたんだ。ふつー、考えないよ。”終末因子”を助けよう、なんてさ」
「悪いがこう見えて、感謝はされ慣れている」
「んもー。ツレないなあ。相変わらず」
そして、けらけらと笑う”ああああ”。
「いずれにせよ、その分だったらWORLD1932、――きみの世界は安泰のようだな」
「たぶんね。ぶっちゃけ”救世主”やってからあんまり帰ってないので、アレだけど」
「おいおい。大丈夫なのか?」
「新しい事件は、少なくとも、起こってないよ。みんなも落ち着いてる感じ」
なら、良かったのだが。
「ところで、――そろそろ降ろしてもらえないかな」
「うふふふふ。もぉー。わかってるくせに。このまま神輿が一周するまで、ずっと一緒だよ!」
「わぁい」
気のない声で応えながら、「でも、仲見世通りに戻ってきたら無理にでも降りよう」と思う。
名目上とはいえ、今は一応、デートの途中なのだ。
いまの姿を殺音に見せつけるのは、――うまく言えないが、クズ男の所業な気がする。
「あっ!」
「ん?」
「オタクくんいま! 別の女のこと、考えてる!」
「えっ」
なんでわかるんだ。こわい。
「わかるよぉ。体臭がかわったし」
「うそだろ?」
狂太郎は自分の身体を嗅ぐ。
”ああああ”のものと思われる、甘い木の実のような香りがするだけだ。
「そーいうんじゃなくてさ。経験だよ。ケ・イ・ケ・ン。こーみえて私、あれからいろんな男の臭い、嗅いだからさ」
「きみ……変わったな」
「でもオタクくん、変わって欲しかったんでしょ?」
確かに。
そうでもしないと、彼女の世界は救われなかった。
だが、なぜだろう。なんだかちょっぴり、寂しい気持ちなのは。
その後二人は、”救世主”が集まった時にする鉄板の話題、――いままでどのような世界に派遣され、どのような世界を救済してきたかで盛り上がった後、仲見世通りあたりで(ほとんど無理矢理)降りることにする。
別れ際、
「聞いてるかも知れないが、夜は天使どもの余興に出る羽目になるぞ」
と、一応アドバイス。
「驚く顔が見たい」らしい天使たちの思惑を無視して、何が起こるかを説明しておく。
「つまり、――みんなの前でゲームして遊ぶってこと?」
ゲーム、……というか。勝負というか。
「ちなみに次は、我々のチームがルールを決められるターンだ。急に言われても焦るだけだろうし、今のうちにルールは固めて置いた方が良いと思う」
「ふーん……」
「ただし、あんまり理不尽なのはダメだぞ。相手にも勝ち目のあるゲームでないといけない」
少女は、少し天空を眺めて、
「ま、いいや。わかった。考えとく」
「よし。それでは」
言って、《すばやさ》を起動、……しかけて。
「あ、ちょっと!」
袖がくいくいと引っ張られる。なんだかその仕草だけは、かつての面影があった。
「ん?」
「なんつーかさ。イメチェンした時ってさ。ちょっぴり不安なんだよね。――自己満に陥ってないかってさ」
「ほう」
「……だから、信頼できる人の意見が知りたいってわけ」
「ああ、そうかね」
つまり、褒めて欲しい、と。
とはいえこういう時、狂太郎はついつい天邪鬼になる。
「正直、近寄りがたくは、なった。特にぼくのような人種にとっては」
「……そーお?」
「だが、似合ってはいる。たぶん時々、今日のことを夢に見るくらいには」
すると、彼女はふにゃあと笑って、
「そおそお。そーいうことを言ってくれればいいんだよ。オタクくん」
「やれやれ」
言って、狂太郎は今度こそ《すばやさ》を起動。疾風の如く、その場から姿を消すのであった。
▼
殺音との待ち合わせ場所。
雷門の前に向かうと、すでに買い物を済ませた殺音が、ニンテンドースイッチをぽちぽちやりながら待っている。
遊んでいる……訳ではなく、一応これも勉強のつもりらしい。最近彼女も、ゲームの世界に転移する機会が増えているためだ。
「よう。お待たせ」
片手を上げる。
「ん。そーでもない。うちも来たとこ」
「じゃ、そろそろ帰ろうか」
「えっ。もう帰るん?」
「ああ」
時計を見る。午後二時を回ったところだ。
「いったん戻って、飢夫と飯を食おうぜ」
焦っている理由はもちろん、それだけではない。
余計なことに巻き込まれたくないだけだ。
横目に、神輿の上の狂太郎を見たのであろう、数名の町人が、満面に笑みを浮かべて五体投地のポーズ(※25)を取っているのをみて、
「なんなら、《すばやさ》を使おうか?」
「いらん。それやと、お姫様抱っこで帰る羽目になるやろ」
それくらい、別にいいんじゃないか? と思ってしまう程度にはいま、気持ちが焦っている。
「ねえ、狂太郎はん?」
「ん?」
「別にええんやけど。ひょっとしてあんさん、誰ぞ、女と会うてきた?」
「――なんでそう思う?」
「いや。なんか、匂いがするから。雌の匂いが」
「マジか」
素直に思う。
女の嗅覚って、怖いな、と。
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(※25)
両手と両膝、額を地面にくっつけてする礼拝。
土下座のパワーアップ版みたいなもの。
警察を呼ばれるので人の往来が激しいところでやるのは止めよう。
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