日雇い救世主の見聞録

”すばやさ”がカンストしたおっさん、異世界救済スピードランに挑む
津田夕也
津田夕也

143話 女の嗅覚

公開日時: 2021年2月16日(火) 21:51
更新日時: 2022年5月3日(火) 18:33
文字数:3,030

 結論から言うと、狂太郎の恐れていたとおりになった。


「まあ! あの二人が……!」


 という視線を一身に集めた状態で、狂太郎と”ああああ”はヨシワラ中にお披露目されることになる。


 サッカー部では、球蹴りの巧いものが尊敬される。囲碁将棋部では、ボードゲームの腕前がものを言うに違いない。英会話サークルでは語彙の多さがステータスだし、演劇部では演技力、合唱部では、美声の持ち主が珍重されるだろう。

 それらと同様にここ、――ヨシワラにおいては、精力旺盛な者を崇拝する文化があった。


「…………………………」


 こうしている今も、数人のご老人たちに「ありがたやありがたや」と拝まれている始末。

 のちのち、この状況を偶然目の当たりにした天使の一人は、以下のように語っていたという。


――あの絵面は、あれだな。スケベを極めた邪知暴虐の王が、妾を侍らせながら街を睥睨している様、だ。


 筆者はこれまで、仲道狂太郎の顔を悪し様に説明してきた。

 しかし「怖い顔」であるということは裏を返せば、威厳がある、とも言える。

 結果、その時の彼は、ヨシワラにおける絶倫の王として君臨していた。


――帰りたい。


 素直にそう思ったが、”妾役”の彼女が、しっかりと二の腕を掴んで離さない。


「それでぇ、――あれからいろいろと世界、回ってみてぇ……私、なんて狭い世界に生きてたんだろーっ、世の中にはこんなに、楽しーことがたくさんあるのに! ってぇ。……聞いてる?」

「え? うん……」


 その時に気付いたのだがこの神輿、あちこちに男根と女陰が象られており、そこにいるだけでまともな者であれば顔を赤くすること、間違いなしのデザインであった。

 狂太郎は頭を抱えながら、二人分あった椅子に座り込む。

 何故二人分かというとあのダンジョン、最低でも二人で挑むのが普通らしい。

 それを、たった一人でクリアしたというから、”ああああ”の精力がいかに計り知れないかを思い知らされるだろう。


――よかったぁ。……パリで二人きりのとき、迂闊に手ぇ出さなくて。


 などと、かつての自制心を称えつつ。


「ってわけで私、オタクくんにはすっごく感謝してるんだよ? 人生ってサイコーだなって、教えてくれてね!」

「あ、そう……」


 狂太郎は苦い表情になって、


「それなら、こちらも手を尽くした甲斐がある、な」

「でしょでしょ。――ってか私、”救世主”始めてからよーやく、あなたがやってくれたことの……スゴさに気付いたんだ。ふつー、考えないよ。”終末因子”を助けよう、なんてさ」

「悪いがこう見えて、感謝はされ慣れている」

「んもー。ツレないなあ。相変わらず」


 そして、けらけらと笑う”ああああ”。


「いずれにせよ、その分だったらWORLD1932、――きみの世界は安泰のようだな」

「たぶんね。ぶっちゃけ”救世主”やってからあんまり帰ってないので、アレだけど」

「おいおい。大丈夫なのか?」

「新しい事件は、少なくとも、起こってないよ。みんなも落ち着いてる感じ」


 なら、良かったのだが。


「ところで、――そろそろ降ろしてもらえないかな」

「うふふふふ。もぉー。わかってるくせに。このまま神輿が一周するまで、ずっと一緒だよ!」

「わぁい」


 気のない声で応えながら、「でも、仲見世通りに戻ってきたら無理にでも降りよう」と思う。

 名目上とはいえ、今は一応、デートの途中なのだ。

 いまの姿を殺音に見せつけるのは、――うまく言えないが、クズ男の所業な気がする。


「あっ!」

「ん?」

「オタクくんいま! 別の女のこと、考えてる!」

「えっ」


 なんでわかるんだ。こわい。


「わかるよぉ。体臭がかわったし」

「うそだろ?」


 狂太郎は自分の身体を嗅ぐ。

 ”ああああ”のものと思われる、甘い木の実のような香りがするだけだ。


「そーいうんじゃなくてさ。経験だよ。ケ・イ・ケ・ン。こーみえて私、あれからいろんな男の臭い、嗅いだからさ」

「きみ……変わったな」

「でもオタクくん、変わって欲しかったんでしょ?」


 確かに。

 そうでもしないと、彼女の世界は救われなかった。


 だが、なぜだろう。なんだかちょっぴり、寂しい気持ちなのは。


 その後二人は、”救世主”が集まった時にする鉄板の話題、――いままでどのような世界に派遣され、どのような世界を救済してきたかで盛り上がった後、仲見世通りあたりで(ほとんど無理矢理)降りることにする。


 別れ際、


「聞いてるかも知れないが、夜は天使どもの余興に出る羽目になるぞ」


 と、一応アドバイス。

 「驚く顔が見たい」らしい天使たちの思惑を無視して、何が起こるかを説明しておく。


「つまり、――みんなの前でゲームして遊ぶってこと?」


 ゲーム、……というか。勝負というか。


「ちなみに次は、我々のチームがルールを決められるターンだ。急に言われても焦るだけだろうし、今のうちにルールは固めて置いた方が良いと思う」

「ふーん……」

「ただし、あんまり理不尽なのはダメだぞ。相手にも勝ち目のあるゲームでないといけない」


 少女は、少し天空を眺めて、


「ま、いいや。わかった。考えとく」

「よし。それでは」


 言って、《すばやさ》を起動、……しかけて。


「あ、ちょっと!」


 袖がくいくいと引っ張られる。なんだかその仕草だけは、かつての面影があった。


「ん?」

「なんつーかさ。イメチェンした時ってさ。ちょっぴり不安なんだよね。――自己満に陥ってないかってさ」

「ほう」

「……だから、信頼できる人の意見が知りたいってわけ」

「ああ、そうかね」


 つまり、褒めて欲しい、と。

 とはいえこういう時、狂太郎はついつい天邪鬼になる。


「正直、近寄りがたくは、なった。特にぼくのような人種にとっては」

「……そーお?」

「だが、似合ってはいる。たぶん時々、今日のことを夢に見るくらいには」


 すると、彼女はふにゃあと笑って、


「そおそお。そーいうことを言ってくれればいいんだよ。オタクくん」

「やれやれ」


 言って、狂太郎は今度こそ《すばやさ》を起動。疾風の如く、その場から姿を消すのであった。



 殺音との待ち合わせ場所。

 雷門の前に向かうと、すでに買い物を済ませた殺音が、ニンテンドースイッチをぽちぽちやりながら待っている。

 遊んでいる……訳ではなく、一応これも勉強のつもりらしい。最近彼女も、ゲームの世界に転移する機会が増えているためだ。


「よう。お待たせ」


 片手を上げる。


「ん。そーでもない。うちも来たとこ」

「じゃ、そろそろ帰ろうか」

「えっ。もう帰るん?」

「ああ」


 時計を見る。午後二時を回ったところだ。


「いったん戻って、飢夫と飯を食おうぜ」


 焦っている理由はもちろん、それだけではない。

 余計なことに巻き込まれたくないだけだ。

 横目に、神輿の上の狂太郎を見たのであろう、数名の町人が、満面に笑みを浮かべて五体投地のポーズ(※25)を取っているのをみて、


「なんなら、《すばやさ》を使おうか?」

「いらん。それやと、お姫様抱っこで帰る羽目になるやろ」


 それくらい、別にいいんじゃないか? と思ってしまう程度にはいま、気持ちが焦っている。


「ねえ、狂太郎はん?」

「ん?」

「別にええんやけど。ひょっとしてあんさん、誰ぞ、女と会うてきた?」

「――なんでそう思う?」

「いや。なんか、匂いがするから。雌の匂いが」

「マジか」


 素直に思う。

 女の嗅覚って、怖いな、と。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※25)

 両手と両膝、額を地面にくっつけてする礼拝。

 土下座のパワーアップ版みたいなもの。

 警察を呼ばれるので人の往来が激しいところでやるのは止めよう。

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