日雇い救世主の見聞録

”すばやさ”がカンストしたおっさん、異世界救済スピードランに挑む
津田夕也
津田夕也

203話 まともな仕事

公開日時: 2021年4月27日(火) 21:11
更新日時: 2022年9月1日(木) 23:32
文字数:3,279

「いやー、働いた働いた」


 アイテムをたらふく抱えての帰還。先ほど借りた、宿の部屋へ向かう。

 宿は煉瓦造りの一階建てで、何故か客室が一つしかなかった。たぶん制作者が各部屋作るのを面倒がったせいだろう。

 狂太郎が望んだ展開ではないが、今夜は五人、同室で寝ることになっている。


「これくらいあれば、着替えを用意してやることもできるな」


 女四人の喜ぶ顔が、目に浮かぶようだ。気分は狩猟採集民である。


――四人もいるんだし、一人くらいもろても……バレへんか?


 というスケベ心がこの男の内心に潜んでいたかどうかは、定かではない。


 ただ、その頃には狂太郎なりに、身寄りのない彼女たちを護らねば、という気持ちは生まれていた。

 案外、”救世主”を引退した後は、こういう小さな幸せを見つけて暮らしていくのも、悪くないかも知れない。


 そんな狂太郎を出迎えたのは、


「私たち四人、全員一緒に面倒を見てくれる方が見つかりました!」


 という”けむんちゅ”の言葉であった。


「え」


 目を瞬かせて、それぞれの顔を見て。


「もう? もう仕事が見つかったのかい?」

「はい。とても面倒見のいい方で。今晩からさっそく、そちらで働かせていただけるそうです」

「今夜から? ――具体的に、どういう仕事なんだい」

「主に、食事の用意をする仕事だ」

「ほう。食事」


 ウェイトレス、ということか。

 その後は”あいうぇふぁ”、”おわらめ”、”ぱあうあ”が順番に口を開いていく。


「食事と言っても、運ぶのはお酒や煙草、珈琲なんかが主で、――」

「ふむふむ」

「あとは、男の方とおしゃべりしたり」

「……男?」

「それと、みんなの前で唄ったり、ダンスを踊ったりするんですって」

「おや?」


 自分の知っているウェイトレスと、ちょっと条件が違っている気がする。


「夜が主な仕事のようですが、綺麗なお化粧に、ドレスを着せていただけるようですし」

「……………ううむ」

「それに、稼ぎによってはお店の前に写真が飾られるんだとか」

「それって……」

「場合によっては、お客様のおごりでお酒を飲む必要もあるようで。より高いお酒を奢っていただくことが、良い仕事をするコツなんだそうな」

「ああ、オーケーわかった。……キャバクラか」


 思わず、苦い顔を作る。

 決して職業差別をするわけではない。だが、面倒を見ると決めた女を、揃って夜の店で働かせるというのは……どうなんだろうか。無責任野郎、ということにならないだろうか。


「参ったな。こういう展開か……」


 少し考えて、……やはり、しっかりとした仕事を見つけるまでは放っておけない、と思う。

 狂太郎は、あどけない顔つきの四人を前に、


「すまんが、きみたちをその……”親切な人”の元に行かせるわけにはいかん」

「えっ?」「なぜ」「どうして」「裏切りか?」

「きみたちは知らないだろうが、ぼくはその、”親切な人”の魂胆がわかるんだ。たぶんきみら、ろくなことにならないぜ」


 それに反論したのは、四人の姫君の代表格になりつつある、”けむんちゅ”である。


「失礼ですね。私たちこう見えて、人を見る目はあるんだぞ」

「……せめて、もうちょっと口調が一定なら、説得力があったんだが」


 狂太郎、深く嘆息して、


「やむを得ん。先方にはぼくが話しておくから、その人のところへ案内して……」


 と、その時である。

 借りている部屋の扉が、こんこん、とノックされ、「どうぞ」と言う前に開かれた。


「おつかれ~。狂太郎……くん?」


 そんな台詞とともに現れた娘の顔には、なんと見覚えがある。

 紅い髪に、二本の可愛らしい角。水着のような格好の臀部からは、黒いトカゲの尻尾がにょっきりと生えている。

 ヨシワラで出会ったサラマンダー娘。沙羅だ。


「ヤマトさんが『友だちになった』って言ってたし。一緒にボードゲームで遊んだ仲だし。……私も、くん付けでいい、です、よね?」

「ああ、かまわない。……それにもう、客と店員の関係じゃないんだし、敬語も使わなくていいよ」

「うふふ。ありがと」


 話していると、自然に口元が綻ぶ。

 狂人の国で、唯一正気の人間と巡り会ったような気分だった。


「ところで、きみ、なんでここにいる?」

「狂太郎くんと一緒だよ。《無》を取りに来たの」

「そうだったのか」


 ってことは――つまり。

 狂太郎より先にこの世界に来ていた”異世界人”というのは、彼女だったということか。


 考えてみればあの情報、狂太郎にしか売らないとは、一言も言ってなかった。


――こりゃあ、……ローシュに足元見られたかな。


「でも一応、私をここにやったのはローシュさんなりの気遣いだったんだよ。……きっと、四人のお姫さまの処遇で困ってるだろうから、ってさ」


 話によると、ローシュは”スタート・チテン”一帯に、この世界の住人が寄りつかない結界を張っていたのだという。

 故に、あの場所に入り込む可能性があるのは、……もう、《ゲート・キー》を使う”救世主”以外にはいないのだ。


「それなら一言、言ってくれれば良かったのに」

「わかってないなー。余計なことを言ったらきっと、安く買いたたかれていたでしょお?」


 安く買うどころか、そもそもこんなところ、来なかった可能性まである。

 狂太郎の脳裏に、ローシュの酷薄な笑い声が聞こえた気がした。


「……まあ、いい。過ぎた話だ。それより、きみか? この四人に、地元の職を紹介したのは」

「うん」


 少女は、悪びれなく頷く。


「異世界人のキャストは人気だからね。話した感じ、四人とも賢そうだし、――音楽も得意みたい。口調がちょっぴりヘンテコなのは……まあ、そーいうキャラってことで! きっと四人とも、立派にやっていけるよ」

「ウウム……」


 そう言われると、返答に困ってしまうが。


「何より、本人たちもやる気みたいだし!」

「業務内容は、ちゃんと四人に伝えたのか?」

「もちろんですとも! 一から十まで、包み隠さず、ね」

「そうかね」


 言いながら、いつしか狂太郎は、気難しい父親のような立場で、唇をへの字にする。


「率直に聞くが、――その仕事、男とは寝るのか?」

「彼女たちが望めばね」

「そうか……」


 彼女の言葉を、狂太郎は誤解しなかった。

 ヨシワラの仕事は伊達じゃない。やがてそういう日は訪れるだろう。


 とはいえ、この世界に居続けることが、彼女たちにとってどういう意味を持つか。

 貞操を保ち続けることが、人間の幸せの全てではない。


 悩む狂太郎に、少女たちが次々と声をかけた。


「ねーえ、狂太郎さん? おねがい」と、”あいうぇふぁ”。

「父には捨てられた。街の人々は、私たちを人間だと思っていない。この世界での暮らしがどれほど辛いか、あんたにはわかってるはずだ」と、”おわらめ”。

「沙羅さんの話を聞いて、……少しの間、向こうの世界にもお邪魔したの。この世界と違ってたくさん人がいて、なにもかもごちゃごちゃしていたけど……すぐに好きになったわ」と、”ぱあうあ”。

「なんていうかな。あの世界は決して、理想郷じゃあない。辛いこともたくさんあると思います。だけど……これだけははっきりと言えることがありますの」と、”けむんちゅ”。


 そして、四人は声を揃えて、


「なによりその世界、とってもまともなんです!」


 突如として身動きできなくなることもなく。

 無限湧きする山賊に、行く道を塞がれることもなく。

 ”崩壊病”もなく、理不尽なオブジェクトもなく、あるべき場所にあるべきものが存在し、……そして何よりこれ以上、悲惨な目に遭っている自分の分身を、これ以上目の当たりにすることもない。

 確かに、この狂った世界に比べれば、他の世界はずいぶんと暮らしやすく見えることだろう。


「でももし、――恩人であるあなたが『ダメだ』というなら」

「……私たち、あなたに従います」

「私たちの命は、あなたに預けていますから」

「あなたが望むことなら、なんだってするよ」


 なんて。

 そんな殊勝なことを言われてしまっては、――答えは一つしかなかった。

 狂太郎はウムムと腕を組み、やがて、こう答える。


「わかった。……でも、ときどき、様子を見に行くからな。……《ゲート・キー》なら、ぼくも持ってる。辛いことがあったら、いつでも故郷に戻れるように」


 そういうことに、なった。

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