日雇い救世主の見聞録

”すばやさ”がカンストしたおっさん、異世界救済スピードランに挑む
津田夕也
津田夕也

130話 唇の約束

公開日時: 2021年1月29日(金) 22:24
更新日時: 2022年5月3日(火) 18:31
文字数:3,342

 まず、飢夫の手番。


『………………』


 狂太郎の指定した通り、盤上のコマが動くのを見守って。

 次に、兵子くんの手番を経て、沙羅の手番。

 二人の動きは、まだ確認できない。”最初の目標”をクリアしなければ、敵陣の様子はわからない作りになっているらしい。

 最後まで待って、ようやく、


『狂太郎さまの手番です』


 というアナウンスがあった。

 どうやら手番は、飢夫→兵子→沙羅→狂太郎の順番のようだ。


「……よし」


 ぼそりと言って、狂太郎は目の前の、木彫りのコマを握りしめる。

 このコマが、各部屋のゲームボードと連動する仕組みになっているのだ。


――感覚だけは、ネットゲームをしてるのと変わらんな。


「最初の手番は、”進軍”アクションを行う」


 そして、事前に想定していた位置に、人形を移動。

 すると室内に備えられたスクリーンに、数千の兵が近畿地方を行軍する映像が表示される。


「へーっ。すごいな。今どきの時代劇の予算じゃ、この数のエキストラは雇えんぞ」


 さすが夢の世界、というべきか。雇える役者は無尽蔵らしい。

 なんだか得した気分になりながら、ターンエンド。

 再び飢夫の手番。

 これまた想定通りの動きをして、再び敵チームの手番になる。


――相手が何をしてるかもわからんというのは、少し不安だな。


 逆に、自分のことだけ考えていれば良い、とも言えるが。

 今のところ、狂太郎も飢夫も、順調にゲーム・メイクができている。

 自分でも、かなり理想的な動きをしている自負があった。将棋の世界でも、序盤の動き出しまではプロ・アマでそれほどの差はない。

 むしろこの手のゲームが果てしなく深く、複雑になるのは、――中盤からだ。


 そんなこんなで、五手番目が近づきつつある。


――ようやく、密談のタイミングか。


 先ほどの話の続きを、と。……そう思った、次の瞬間であった。

 ぱたん! と音を立て、評定所の襖が突如として開く。


『キエェエエエエエエエエーッ!』


 奇声と共に現れたのは床を這う、黒い、影のような何かだ。


「な、――」


 なんじゃこりゃ、と言いかける狂太郎を庇うように、リリスが叫ぶ。


「ややや! くせ者めッ!」


 そして彼女は、カッコ良く手裏剣を投擲。だが、侵入者には一向に通じない。影はそのまま、密談用の黒電話に向かっていって、――それをことごとく破壊し、消えた。


「危ないところでしたね、殿! お怪我は?」

「ないけど」


 何となく、茶番に巻き込まれた感じなのは、わかる。


「……なんだったんだ、いまの?」


 呟くと、その疑問に応えるように、アナウンスが流れた。


『ゲンジ陣営・沙羅により、任天カード”カゲオンナ”が使用されました。ヘイシ陣営はこれより10ターンの間、密談が行えなくなります』


「なッ……!」


 驚く。モニターを見上げると、サラマンダー娘がはにかんで、「いえーい。ぴーすぴーす!」なんてやっている。


――やられた。


 手駒を増やすより、手札カードを増やす作戦をとっていた、と。そういうことか。

 実はその手は、狂太郎も考えていた。

 ただ、手札を増やす作戦には、致命的な弱点がある。あまりにもランダム性が高すぎるのだ。

 狂太郎はこの手のゲームで、あまり不確定要素に頼ったプレイを好まない。ルールで提示された勝ち筋があるのであれば、まずはそこを目指してみる。それが王道というものだ。

 ただ、今回の場合は、――


――向こうの方が、思い切りが良かったということか。


 とはいえ、今さらプレイ方針を変えるのも危険だ。それこそ、どっちつかずになりかねない。特に初見同士の戦いでは有効な勝ち筋が未知数であるため、先にぐだぐだになった方が確実に敗北する。


 と、その時であった。


『ねえ、――おじさん』


 という声が聞こえたのは。

 見上げる。各プレイヤーの部屋と繋がっているモニターだ。

 松原兵子。彼が、こちらをじっと見つめていた。

 密談ではない。つまりこの会話は、飢夫と沙羅にも聞こえているはず。


「おじさんって、ぼくのことかい?」

『うっへっへ。この場にゃ、他にいないっしょ? おじさんっぽい人って』


 一応、飢夫もおじさんなのだが。


「まあ、そうだな。なんだい?」

『ちょいとばかりタイムして、一つ相談、いいっすか?』

「どうぞ」

『いやね? おじさん、ここんとこ”救世主”界隈じゃ、ちょっとした評判だって知ってる?』

「そうなの?」

『ああ。――なんでも、とんでもねー速さで異世界を救いまくってるスーパーマンがいるって話でさ。俺、けっこー尊敬してます』

「そりゃ、光栄だな」


 口先だけで応えつつ、彼の口調にどこか、嘲るような雰囲気が混じっていることにも気を配っている。


『それで俺、ずっとあんたに質問したくって。……その――どーやって、世界を救ってるのかって。コツか何か、あるんすか?』

「コツなんてない。きみだって、ゲームをやるときそうだろ」

『……俺と同じ?』


 少年は、はっと鼻で笑う。


天才型ってことですか? 言いますねえ!』


 別に、そんなんじゃない。

 狂太郎が言いたかったのは要するに「一言で説明できるものではない」という程度のことだ。


『ねえ、狂太郎さん。せっかくだし今から男同士、何か、賭けません?』

「……賭け?」


 なんだろう。厭な感じだ。

 「男同士」という、なんだか断りにくいワードを使う辺りが、特に。


『ええ。この余興とは別に、今回のゲームの勝敗だけでさ。やりましょうよ』

「……………」


 この少年。

 どうやらこちらに、番外戦術を仕掛けようとしているらしい。

 なるほど、揺さぶりをかけるタイミングとしては、今しかない。

 何せ、こちらはしばらく、仲間との密談ができないのだ。


「内容による。何を賭ける?」

『そぉ……スねえ……。例えば、あんたの相方さんの、ちゅ。ちゅ、ちゅ、ちゅ……』

「………? ちゅ?」

『――ちゅ~。キッスとか。どおっすか?』


 頬が紅い。いまの一言、若い彼には少し、勇気のいる一言だったらしい。

 だが、話を聞いてなお、狂太郎の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいる。


「アイカタサン? だれ?」

『ウエオさん、っすよ(※16)』

「飢夫?」

『そう。……ずいぶんお二人、仲良しみたいじゃないっすか。どうっすか? そっちが負けたら俺がウエオさんと、ちゅーするってのは』


 一瞬、笑いそうになる。


――べつにその人、わざわざ賭けなくても、誰とでもするけど。


 だが狂太郎、あえてポーカーフェイスを崩さない。


「……別に、構わんよ。そっちは何をくれる?」

『一度、そっちの仕事を手伝います。無償で』

「安いな。その程度じゃ、ぼくの大切な人の唇は賭けられない」

『それなら。――手持ちの”異界取得物”をなんでも一つ、つけますよ』

「よし。乗った」


 タダ同然のものを材料に、実にお得な取引が出来そうだ。

 飢夫が少し、『えーっ……』という顔をしている気がしたが、


「では、ぼくの手番を開始する」


 ”テシタ”コマを一体、九州地方へ。

 事前に想定していた手を打つ。

 《すばやさ》持ちだと、一手一手をいくらでも長考できるという利点があった。

 もちろん、いくら揺さぶりをかけられても、メンタルにリセットをかけることもできる。

 しかし。


――こんな小手先の番外戦術に頼る、と言うことは。


 あるいは敵陣では、それほど上手く手番を回せていないのかもしれない。

 これで、おおよその方針は決まった。

 狂太郎が計算したところ、彼が戦端を開くまで、あと7手番ほど。


――速攻で勝負を仕掛ける。相手が形を整える前に。


 ボードゲームというものは常に、取捨選択の勝負になる。一手番に全てのアクションを実行することは出来ない。一つのアクションを実行するということは、その他のアクションを行うことで得られるものを失うということだ。

 故にプレイヤーは常に、最高効率の一手を思考しつづけなければならない。


――この時点での最高戦力はたぶん、こっちが上だ。それは間違いない。


 相手が手札(任天カード)を増やしているのであれば。

 こちらはその分、手駒(”テシタ”コマ)を得ているはず。

 このアドバンテージを活かせるうちに、勝負を決める。


 天才には、追いつかせない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※16)

 飢夫なんて名前なんだからなんとなくわかるだろ、と突っ込まれるかもしれないので念のため言っておくが、彼の作中における名は、筆者が適当に考えた偽名である。



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