慣れない重犯罪が立て続き、かなり敏感になっている”オオカミ族”の警官たちに見送られ、狂太郎たちはようやく事情聴取を終える。
なお、狂太郎と飢夫の身元に関しては、――”ああああ”が全責任を持つ、とのことで、二人はあっさりと島民として受け入れられた。
「このお二人はなんと! 世界を終焉の脅威から救おうとしている救世主さまなのです!」
などと公言したときは、みんなぽかんとしていたが。
いずれにせよこの世界において、”ニンゲン族”の権力はとてつもなく大きいらしい。
ニンゲン族に生まれたという、ただそれだけで狂太郎たちは、特別扱いのようだ。
「何にせよ、――腹、減ったな」
少しへろへろな感じで、狂太郎は嘆息する。
解放された三人は、近所のレストランで夕食を摂ることに。
レストラン、と言っても、島民が身内同士で飲み会を開くための場所、という風情のところで、「キッチンのある集会場」という感じ。
実際、その店には多種多様な動物たちが毎夜集まっているらしく、その騒がしさたるや、普段出入りしているファミレスを思わせた。
座席のデザインも、
「なんだか、東京に帰ったような気分だねえ」
と、飢夫に言わせる程度には我々の世界に近い。
とはいえ、供される料理は少し変わっていて、果物に野菜など、食材を食べやすくカットしただけの単純なものから、ミミズや虫、果てはプランクトン(?)料理と呼ばれるものに、おにぎり、パンなどが主だったメニューらしい。
興味深いのは、肉料理が一切存在していないこと。
どうもこの世界において、肉食は禁忌らしい。
――まあ、共食いみたいになっちゃうしな。
結局狂太郎と飢夫が頼んだのは、トマトを丸ごとと、岩塩、そして具のないおにぎりと低アルコールのチューハイという、仕事終わりの食事としては少々愉しみに欠けるものだ。
「……このお酒……ほとんどジュースみたいだ。もうちょっと強いお酒、ないのかな」
「昔はあったようですけど、禁止になりました。一部の種族には刺激が強すぎて、毒になる場合がありますので」
「へぇ、そうなんだ」
「ええ。たとえばヘラジカ族やゾウ族などは、発酵したリンゴに含まれるアルコール分だけで酔い潰れてしまう場合があるそうです。もちろん逆に、強力なアルコール耐性を持つ種族もあるにはありますが……」
「まあ、人によっては猛毒なら、――みんなで我慢した方が手っ取り早いよね」
「はい」
言って、しょんぼりとコップを嘗める飢夫。
「正直、ここ数日の残念な食生活は、――牢屋の中だからだと思ってたよ」
その表情が、「えらいところにきてしまった」と物語っている。
「ねえ狂太郎、異世界の料理って、いつもこんな感じ?」
「場所による。正直、ここは特に変わってるな」
「このままだと、きっとわたし、気が変になってしまうよ」
「愚痴るな。あとでカップ麺を出してやるよ」
「えっ、ほんと? 持ってきてるの? いますぐ出してよ」
「レストランでカップ麺啜るのは失礼だろ」
「――変なところで常識を気にするやつだなあ」
「郷に入っては郷に従え、だ。……ってかこのトマト、めちゃくちゃうまいぞ。普通に。すごく甘い」
すると、ちょっぴり自慢げに”ああああ”が口を挟む。
「フルーツトマトというものです。島の名産なんですよ」
「へぇ」
感心しつつ、赤い実をガブリ。
飢夫もそれに続くと、「――わ、ほんとだ」と、大喜びでそれをもしゃもしゃし始めた。これは余談だが、食べ物をもしゃもしゃしている飢夫は非常に可愛い。
「あ、あの! お二人はご存じですか? トマトって長いこと、毒があるって信じられてて、ずっと観賞用だったんですよ」
それに応えたのは、飢夫の方だ。
「あ、それ、テレビで見たことある。たしかメキシコを征服したスペイン人が『トマトを食うと血が酸になる』とか、そーいう謎の勘違いをしたせいだとか」
「そうそう! ベラドンナに似ていたからなんですって」
「ずっと思ってたけど、”ああああ”ちゃんってけっこう、物知りじゃん」
「うへへへへ。ネットの知識ですけど」
そこで狂太郎、ちょっとだけ眉を段違いにして、
「そういえばこの世界って、――地名は我々の世界と同じなんだよな」
昼に出かけた工場も、『中央ロンドン人工孵化プラント』とあった。
「歴史も同じなんだろうか」
「それは、……あなたたちの世界の歴史を知りませんので、私にはなんとも」
「そんじゃ……ええと。アメリカ初代大統領は?」
「ジョージ・ワシントンですね」
「二代目は?」
「ジョン・アダムズです」
「三代目は?」
「トマス・ジェファーソン」
狂太郎、少しだけ飢夫を見る。
それだけで彼は、この友人が言いたいことを察して、
「……全部合ってる。っていうか狂太郎、答えを知らない質問をするなよ」
「そんじゃ、こういうのはどうだ。――イギリスを代表する名探偵にして、コナン・ドイルによって書かれたヒーローは、……」
すると”ああああ”、食い気味に、
「シャーロック・ホームズです!」
「……ほう」
「私、大好きなんですよ、ホームズ。ここ最近ずーっと、ホームズばっかり読んでて……!」
「ふーん。ちなみに、アガサ・クリスティとかも存在してるの?」
「ええ、もちろんです」
その後、いくつか質問を繰り返したところ、近世文学史に関しても大きな違いはないらしい。
ただ、歴史の答え合わせがぴったりと当てはまったのは、そこまでだった。
「それじゃ、こうだ。――一番新しいアメリカ大統領の名前は?」
そこでようやく、”ああああ”の白くて美しい顔が、訝しげに歪む。
「アメリカの大統領、……は、クリントン大統領で終わりのはずですよ?」
「終わり? 終わりってそりゃ、どういうことだい」
「そりゃまあ、そこで”世界政府”が設立されましたもので」
「世界政府?」
「ええ」
続く”ああああ”の語る歴史は、こうだ。
「まず、――1999年の7月、かつて人類と呼ばれていた人たちみんなに、出産のための能力が奪われてしまったんです」
「出産……?」
「ええ。人類全員に、ではありませんけどね。でも出生率は激減しました。もはや、かつての高い文明レベルは維持できないくらいに」
狂太郎は内心、こう思う、まるで――
「まるで『トゥモロー・ワールド』って映画みたいな話だね」
飢夫が空気を読まずに、具体的なタイトルを口にした。
ついマニアックな知識を披露したがるオタクの悪いところがでている。
「……その映画に関しては知りませんが……とにかく一度、世の中はめちゃくちゃになったんです。人類の終焉は、すぐそこまで近づいていました。でもそんなとき、奇跡のような技術が発明されたのです。それが、ヒトと動物を配合することにより、新たな生命体を創造する技術。我々はただ、この手段によってのみ、かつての人口を維持することが可能だとわかったのです」
「それで、……やったのか? この世界の人類は」
「もちろんです。全ては”世界政府”の手によって行われ、――例のあの、『動物工場』が作られました。この世界の在り方も、その頃からずっと変わっていません」
「ほぉ……」
今度こそ、”ああああ”の情報に嘘偽りは含まれていないように思える。
「この世界は、我々の故郷とはifの歴史を進んだ世界線だということか」
「そうなんですか?」
「うん」
「ふーん……ってことは、お二人の世界ではみんな、”ニンゲン族”ばっかりなんですか?」
「そうだよ」
彼女は、ちょっぴり変な顔をして、
「ってことは、――シャーロック・ホームズの世界みたいに、いっつも不思議な事件が起こってるんでしょうか?」
「そこまでじゃない。実際に起こった殺人事件の件数を調べたら、いかに世界が平和にできてるか、感心するくらいだよ」
「えー。でも、世界のどこかでは戦争が絶えなかった時代でしょう?
「……それは、否定しないが」
「いいなぁ。ぜんぜん退屈、しなさそう」
暢気な娘だ。
狂太郎が呆れていると、その時だった。
騒がしかった店内が突如として静まりかえり、――とある事件が起こったのは。
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