”ああああ”との逃亡生活、一日目。
緊急着陸後、――いったん、路地裏で一休み中。
”ああああ”もぼくも、一目でわかるほど埃まみれだ。
どうにかして着替えなければならない。
ホームレスから服を買う作戦を考えたが、「汚いので厭です」とのこと。
たいがいお嬢様だな、彼女。
というわけでさっそく、《すばやさ》を起動。
近場にあった適当な服屋で服とカツラを手に入れる。
カツラは女性専用のものだったようだが、ウマいこと頭にはまったのでセーフ。
二人揃っていったん、変装には成功。
”ああああ”曰く、「救世主さま、似合ってますよ」とのこと。よせやい。
”ああああ”のアドバイスにより、ホテルはあえて、外国人観光客向けのところを選ぶ。
こういう時は、あえて堂々とした方がいいそうだ。
もし連中に見つかったとしても、こちらの素早さに追いつけるものはいない。 少なくとも。
一応我々、親子設定でそこそこ値段の張るホテルに宿泊中。
でもなんか、ちょっと歴史ある建造物っぽくて、古い感じなんだな。
”ああああ”曰く、パリで高いホテルに泊まるとむしろこうなる、とか。
異国情緒というのかな。
フランス人はむしろ、こういうアパート暮らしに憧れるのかもしれない。
日本人が古民家に惚れるようなものだろうか。
夜は”外国人観光客”らしさを出すためにホテルのレストランで食事。
なんか、よくわからんモノを山ほど食べた。多すぎてデザートを丸ごと残したくらいだ。
ぼくはわりと、うまい食い物には意地汚い方で、――こんなこと初めてなのだが。この世界の連中の胃の容量を甘く見ていたかもしれない。
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逃亡生活、四日目。
のんびり過ごしてる。
とはいえ、以前変わらず追っ手の身の上だ。”ああああ”とは交代で眠ることにしているが、その必要もないくらい平穏な時間だった。
異世界で、ただ待つだけなんてよっぽど退屈するかと思ったが、意外とそうでもない。
昨夜から、音を小さめにしてずーっとテレビ番組を見てる。
海外のテレビなんてつまらなそうに聞こえるかもしれないが、いまのぼくにはありとあらゆる言語が翻訳されて聞こえている。
そのため、どんな番組でもちゃんと日本語に聞こえているのである。
今のところ気に入ってるのは、アニメ・チャンネルでやってる古いアニメだ。
初期の『ドラゴンボール』が、意外なほど楽しい。
そういえばこの頃って、モブキャラが獣人だから、わりとこの世界の雰囲気に似てるんだよな。
なお、フリーザ編以降はあんまり人気がないらしい。
あと、根強い人気なのは、宮崎駿も監督した『名探偵ホームズ』。
登場人物がみんな擬人化した犬に置き換えられている名作だ。
この世界の人たち、獣人系のキャラが登場しないと感情移入できないのかもしれないな。
ホテルの朝食。朝から嘘だろっていうでっかいケーキが出た。
ぼくは甘いものが嫌いではないが、さすがにこれは……。
なお、明日には変装とホテルを替えるつもりでいる。
あんまり長期間滞在するのは怪しまれるから、とのこと。
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逃亡生活、六日目。
今度は思い切って、少し郊外にある超高級ホテルへ。ここは最新の設備が揃っているらしい。
どうも”ああああ”がホテル替えを言い出したのは、シャワーの勢いが弱いのが気に入らなかったみたいだ。
「金を! 少なからず金を払っているのに! 島よりシャワーの勢いが弱いとはいかがなものか!」
とのこと。
どうも話を聞くに、パリってそういうところがあるらしい。水道設備の関係だろうか? とにかく水圧が弱い。どこの蛇口を捻っても、水がちょろちょろとしか出ないのである。現実世界でもそうなのだろうか?
で、移動完了。
さすが五つ星というだけあって、こっちのホテルに不満はなし。
……しかしここ、とにかく設備がすごいな。
部屋にあるカーテンやらなんやら、全て音声認識の機械操作で開いたり閉じたり。
オマケに枕の上にミント・チョコレートが置いてある。”ああああ”曰く、枕の上にチョコレートを置いていないホテルはきほん、ぜんぶゴミらしい。
そうなるとぼく、生まれて初めてゴミじゃないホテルに泊まったことになるけど。
しばし、五つ星ホテルの設備で遊ぶ。
風呂のシステムが面白い。なんかボタン一つで曇ったり透過したりを切り替えられるらしい。
”ああああ”と二人、しばらくそれで大喜利っぽいことをしたり。
隠れ家的なバーで軽食。
プランクトンを合成して作ったらしいステーキ(味は遜色なかった)と、ちょっとだけならいいだろうということで、アルコールを一杯。
飲んだのは、ウォッカ・マティーニ。ステアせずシェイクしたものを、舌が痺れるほど冷やして。一度でいいから試して見たかった、ジェームズ・ボンドが頼む奴。
なんかここ数日、常に気を張りながら暮らしてる感じがスパイっぽかったので。
味の感想。――にがい。もう頼みたくない。
でも、ステーキのおまけでついてきたバゲットがやたら旨かった。
塩を振ったオリーブオイルをすこしつけて食べるのだが、これだけでずっと食ってられるくらい。
ひょっとするとぼくはいま、わりと幸せなんじゃないだろうか。
ところでいま、ふと思い出す。
飢夫のやつ、無事にやってるだろうか(※16)。
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逃亡生活、九日目。
昨夜は一杯飲んだだけなのに、結構酔ってすぐ寝てしまった。
夜は”ああああ”が見ていてくれていたらしい。すまん。
今朝は事前に注文したとおり、昨夜のバゲットで作ったサンドイッチ。中にたっぷりの野菜とハムが入ってる。もちろん最高だった。
昼過ぎに、”ああああ”から文句の言葉が。
「せっかくパリにいるんだから、観光したいです!」
だそうです。
なんかぼくも、ちょっとそういう気になってる。『アドベンチャー・タイム』の続きも気になってはいるんだけれど。
以下、フランス旅行、一言感想シリーズ。
ルーブル美術館……モナリザって意外と小さいんだなって思った。それよりも、モナリザをずっと見張ってる”ゴリラ族”のおっさんの腕がめちゃくちゃ太かったのが気になった。
テュイルリー公園の移動遊園地……組み立て式になっているせいか、全ての乗り物ががくがく揺れて怖かった。たぶんジェットコースターより怖い観覧車に乗ったのは初めてだと思う。
エッフェル塔……写真いっぱい撮った。公園で少し昼寝など。パリの気候は少し肌寒いが、”ああああ”が寄り添ってくれていたため、温かかった。
で、最後にシャンゼリゼ通り。
飛行機を緊急着陸させていてからどうなったか気になっていたが、どうやらすっかり綺麗に掃除されているらしい。
良かった。この美しい街を傷つけるようなことをしなくて。
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逃亡生活、十日目。
深夜、一時過ぎだろうか。
なんか、”ああああ”に告られる。
彼女、ぼくと付き合いたいらしい。マジかよ。年の差ちょうど二倍だぞ。
……と、思っていたら、話がなんか変な方に進んでいる。
どうも彼女の中で、ぼくと飢夫は付き合っていることになっているらしい。
彼女の”推理”によると、飢夫は身分を隠した「女の子」で、ぼくと飢夫は、お似合いのカップルなのだそうだ。
二人を裏切ることはできないから、自分は片思いのままでいいという。
なんでそんなことになってるか。一応、理由を聞いてみた。
”三日月館”にいた時のことである。
彼女が、小便を済ませた飢夫のあとにトイレへ入ったところ、――便座が下がっていることに気付いたのだという。
彼女は思った。「男は、便座を上げておしっこをするはずなのに、何故?」と。
その、次の瞬間である。
①飢夫の正体は、男のふりをした女の子なのでは?
②そういえばあの二人、妙にスキンシップが激しい。
③二人はノンケカップル(超速理解)
という方程式が、彼女の頭の中にできあがったのは。
だが、ぼくは知っている。
我らの友人、――愛飢夫はその昔、『トリビアの泉』というテレビ番組で「立ち小便は意外と飛沫が飛び散っている」という実験結果を見て以来、女の子みたいに便座に座っておしっこをする癖があることを。
だがこの勘違い、都合が良いと言えなくもない。
ぼくだって男だ。彼女にちゃんと迫られたら、断れる自信がない。
飢夫がぼくたちのために頑張っているかもしれないのに、さすがに女遊びに耽っているわけにはいかない。
勘違いは、させたままでいよう。
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(※16)
なお、この手記は例によって、狂太郎が書いたものをそのまま掲載したものだ。
こちら、のちのち飢夫が目を通したとき、「怒りの余り目の前が真っ暗になった」という。
無理もない。狂太郎が若い娘とイチャイチャイチャイチャと、人生のオイシイところを謳歌していた間、彼はネットカフェのドリンクバーとソフトクリームで飢えを凌いでいた訳だから。
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