『レベ レベ レベ レベ レベルが あがった!』
ぞろぞろと、コンビニに数匹の”けつばん”が雪崩れ込んでくる。なんだか、古いパソコンを起動したような匂いがした。
「うへえ……」
沙羅とて、一介の”救世主”である。
見るだけで気が遠くなるような化け物を山ほど見てきたが、――特にこの”けつばん”はその中でも、上位に入る気味の悪さだった。
『レベルが あがった!』
それは生き物というよりは、スクラップの組み合わせで作られたロボット兵器のようだ。
『ガールは ”あせで しっとりする”を おぼえた!』
「バカにすんな……この!」
沙羅はすかさず、口から火球を吐き出し、先頭にいる”けつばん”のド真ん中に風穴を開けた。
それと同じことを、二度、三度。店内に、しゅうしゅうと音を立てて大人しくなっている四角形が五つ、できあがった。
なお、彼女の扱う術は、《火系魔法》と呼ばれているらしい。
のちに彼女が語ってくれた魔法の性能をまとめると、
・火系魔法Ⅰ
《口火》:口からチャッカマンくらいの火を放つ。
・火系魔法Ⅱ
《火球》:口から火の玉を吐き出す。もっともコストパフォーマンスに長けているらしい。
・火系魔法Ⅲ
《炎移》:口から、火焔の力を付与する唾液を吐き出す。気持ち悪いのであんまり使いたくない、とのこと。
・火系魔法Ⅳ
《火吐》:口から火焔放射を吐き出す。強力だがコストパフォーマンスが悪い。
・火系魔法Ⅴ
《炎柱》:魔方陣を作りだし、そこに猛烈な火焔を生み出す。火焔の発生には数秒のタイムラグがあるらしく、常人でも回避可能。
沙羅は基本的に、この五種類の術であらゆる世界を救ってきた。
それと、同僚の金剛丸ヤマトから学んだ徒手空拳の技術があれば、戦闘面においてはそれで十分だったのである。
特に、サラマンダーが使う火の呪文は、多種族が使うそれよりも遙かに威力が高い。
沙羅はそのまま、駐車場に溜まっていた”けつばん”を掃討し、再びコンビニ内部へ戻っていく。
――ここを拠点にして、しばらく暴れてましょ。
と、チョコチップ・クッキーの包装を破きながら。
そうするのが、継続的に戦うにはもっとも都合が良かった。
この街全体が”不壊のオブジェクト”で作られている点が、こちらの有利に働いている。
敵が狂太郎を探す場合、この街の建物の各部屋を、一つ一つ訊ねていくしかない。街ごと破壊してしまうような、――そういう、大胆な手を使うことができないのだ。
故に、沙羅を捕縛して人質にとるのが最も効率的だ、と。敵はそう判断したのだろう。
――この調子でいけるなら、なんとかなる、かな。
第二波が来るまで、この店のお菓子を全部食べ尽くしてやる。
そう思いつつ、沙羅はポケットに入れていたクッキーを一つ、ムシャリと噛むのであった。
▼
その後、三十分ほど間を空けて、
『スライムが あらわれた!』
『ドラゴンが あらわれた!』
『さんぞくが あらわれた!』
などと叫びながら、”けつばん”の増員が現れる。
「お、きたきた」
たっぷりご飯を食べてお腹いっぱいになっていた沙羅は、腹ごなしがてら連中に《火吐》を浴びせかける。
恐るべき火力の火焔放射を受けて、あっという間に焼け焦げたはんぺんのような何かが駐車場に落下した。
「はい。よし、と」
殺せる相手は気楽でいい。
そう思いながら、沙羅は再びコンビニへと戻る。
▼
そして、さらに一時間ほど、間が空いて。
『レッドナイトは そうぜつな しを とげた』
『ハートは しんだ』
『クローバーは スペードは ダイヤは しんだ』
『つみなきものが やまほどしんだ』
『おろかな!』
『ガールは まちがった せんたくを したのだ!』
今度は、それまでの倍の数の”けつばん”が相手だ。
沙羅は、すでに準備体操とストレッチをたっぷり済ませていて、上空より襲い来る”けつばん”を出迎えることができていた。
《火吐》による火焔の舌で撫でられて、瞬殺。
哀れ”けつばん”たちは皆、火に飛び込む夏の虫の如く息絶えて、屍となった。
「あんたら、出現地点を間違えたね。あんなにわかりやすい位置から湧いてくるんじゃ、――この街のどこにいても、襲撃のタイミングを予測することができる」
勝ち誇った沙羅の、不敵な勝利宣言。
どうやらこの”けつばん”たち、あまり知能は高くなさそうだ。
恐らく「○○をやっつけろ」とか「こういう風に動け」とか、単純な命令しか受け付けられないのだろう。
――こうなったら最悪、囲まれてもなんとかなる、かな?
油断する訳ではないが、そう思う。
その一方で、こうも考えられた。
――やっぱり”けつばん”からは、誰かの強い意志を感じるなあ。
沙羅には、”敵”の考えが手に取るようにわかる。
『ゆるせない』
『お前が憎い』
『邪魔するな』
そんな感情が、”けつばん”を通して流れ込んでくるのだ。
――さて。これだけじゃ、もうちょっとお給料に足りないかな?
できれば、この世界を裏で操っている者、――制作者と出会いたい。
恐らくもう、彼の説得は無理だろう。
だから、両手両足をたたき折り、二度と悪さできないようにしてやろう。
その生涯に渡って、弱者の気持ちを身をもって知るのが、このような世界を創り出した者にふさわしい末路だ。
そのように思えた。
とはいえ、そうするのは容易ではない。
向こうが彼を捕まえられないのと同様に、こちらも向こうを発見する手段がなかった。
その点、狂太郎の《すばやさ》なら、自由にこの世界を探索することができるのだが。
――なーんか私の《無敵》って結局、《すばやさ》の下位互換な気がしてきたなぁ。
一応、『エッヂ&マジック』よりも『金の盾』の方が、”救世主”にかけられる予算が潤沢らしい。与えられるCスキルも、性能が複雑で強力なはず……だが。
――案外、こういう時はシンプルな能力の方が強いのかもね。
そう思った、次の瞬間であった。
ふわふわと、一匹だけ”けつばん”が現れたかと思うと、
『話がある』
と、口を聴く。
「ええっと………?」
『話がある』
「そうですか。では、どうぞ」
『話がある』
「……いやだから、どうぞ。話してください」
『話がある』
どうやらこの個体、その一言以外、何もしゃべれないらしい。
”けつばん”はその後、すーっと明後日の方角へ飛んで行く。
「着いてこい……ってコト?」
『話がある』
どうやら、そうらしい。
沙羅は腕を組んで、
――うーん。どう考えても、罠だけど。
一応、もしもの時のために、狂太郎とは”異世界用スマホ”で居場所を共有してある。
最悪の場合は《ゲート・キー》で脱出する手もある。
「ええと、――一応言っておくけど、罠にかけるつもりなら辞めといた方がいいよ。私に万一のことがあったら、私より百億倍強い仲間が何百人と駆けつけるんだから」
ちょっぴり話を盛ってみたが、決して嘘ではない。
金剛丸ヤマト&太助コンビに、松原兵子、遠峰万葉、――それにローシュ。
彼女の同僚は、決して仲間を見捨てるようなやつらではなかった。
想いの力で繋がっていれば、沙羅は決して、死なない。
『話がある』
「オッケ。わかったわかった。ただ条件があるよ。あの、上に出現してる”けつばん”の出現地点。あれ、消して。いま、すぐ」
『………………』
すると、意外なほどあっさりと、敵は条件を受け入れた。
完全にバグっていた”ブラック・デス・ドラゴン”が、元通りの姿を取り戻したかと思うと、――すーっと闇の中へ、溶けるように消えていったのだ。
「おっ。意外と物わかりが良い」
『話がある』
「いちおう言っておくけど、こっそり裏で増やすのもナシだからね」
『話がある』
そして再び、移動を始める”けつばん”。
――たぶん、信用できないな。
だとしても、――行こう。
沙羅は気軽にそう思って、ツギハギの化け物の後ろに続く。
念のため、ポケットに非常食をたっぷり詰めて。
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