日雇い救世主の見聞録

”すばやさ”がカンストしたおっさん、異世界救済スピードランに挑む
津田夕也
津田夕也

260話 とがったいし

公開日時: 2021年7月20日(火) 23:54
更新日時: 2022年9月1日(木) 23:38
文字数:3,035

 有栖ありす夢人ゆめとか。

 沙羅は男をチラ見して、ちょっとだけ、ヨシワラの源氏名っぽいな、と思う。

 男娼にありがちな名前だ。彼の容姿ではきっと売れないだろうけど。


「ま、いいや。なんでもいいけどあなた、ちょっと重いわよ。ダイエットしたら」


 言いながらも、内心ちょっぴり、興奮している。

 今回の仕事、望外の収穫となるかもしれない。

 ”異世界転移者”の情報は貴重だ。

 《死の刃》とかいう武器の件も含めて、会社に持ち帰ればちょっとした成果になるだろう。

 少なくとも、《無》を探すのに一ヶ月も要した言い訳はできる。


 沙羅の上機嫌が伝わったのだろうか? 夢人が訊ねる。


「こ……殺すつもりは、ないのか?」

「あんたが大人しくしてれば、殺さない」

「………………」


 男は、渋い表情で沙羅を見上げて、


「そうか」


 と、観念したように動かなくなった。


「そ、それなら悪いんだが、せめて拘束を解いてくれないか。この格好、キツくてかなわん」

「そういうわけにはいかないでしょ」

「信じてくれ。もう悪さはしないよ」


 どうだか。

 この男の場合、まるで信用に値しない。


「もし必要なら、――なんでも話す。あんたは、俺の前に現れた、……その、”造物主”のことが聞きたいのか?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言える、かな」

「卑怯な物言いだ」

「言いたいことがあるならどうぞ。自由に話していいわよ。内容によっては、ひょっとすると気が変わるかもしれない。少なくとも話し続けている限りは、あなたを殺さないことを約束しましょう」

「……ふむ」


 男は、実に胡散臭そうに沙羅を見上げて、


「彼女のことなら、――いくつか、話せることがある。別に口止めされているわけじゃないからな」

「あら、そ」

「彼女は、俺の部屋に突然現れて、……まず、こう言ったんだ。『頼みたいこと』があるって」

「頼みたいこと?」

「そう。あのお方は、俺をこの世界に連れてきて……そして、とある使命を俺に与えた。『前任者を殺せ』って」

「……前任者?」

「そうだ。前任者を殺して、そいつに成り代われって。そう言われたんだよ」


 沙羅はちょっぴり意外そうに、男の顔を見る。

 これはいよいよ、詳しく話を聞く必要が出てきたぞ。


「もともとこの世界には、俺ではない、……だが、俺に少し似た、しかし俺とは違う男が管理していた」

「そうなの?」

「うん。といっても俺は、彼を殺してはいないがね。自分と同じ顔の人間を殺すなんて、ちょっぴり不気味だったから」

「……ひょっとして、そいつって……”ボーイ”のお父さん役だった人?」


 そこで夢人は、不敵に笑う。


「察しが良いな。その通りだ。彼が本物の、元制作者クリエーターだった男だ。もちろん、本当の本当に『ファイナル・ベルトアース』を作ったのは、この俺だが」

「えっと。ちょっとまって……」


 話がややこしくなってきた。

 要するに、もともとこの世界には、制作者クリエーターがいた。

 だが、”造物主”はそこに、わざわざもう一人、『ファイナル・ベルトアース』の原作者を連れてきた。

 何故? どういう理由で?


 もちろん、この賢いサラマンダー娘は、この男の言葉を全て信じたわけではない。

 悩むのは、『金の盾』にいるプロの尋問官が情報を引き出した後でも遅くない。


「おい。……情報をくれてやったんだからこれ、解けよ」


 沙羅は少し考え込んで、


「ごめん無理。いまこの瞬間。――あんたを絶対に逃がすわけにはいかなくなった」


 沙羅はこの瞬間、ひどい失言をしたことに気づいていない。

 この言い方をしてしまっては、彼を殺せないことを白状したようなものだ。


「……ほほー。そうかね」


 男は口元に、不敵な笑みが浮かべている。

 恐らく、この時であったに違いない。この、ほとんどパンツ一丁の男が、最後の反撃を決意したのは。


「あんた、ちょっと……」


 沙羅が何ごとか言いかけて。

 次の瞬間、がくん、と、足に力が入らなくなった。


「え」


 沙羅が驚いて足を見ると、――自分の右太ももの辺りに、ブロックノイズが発生している。


「うそ」


 受け身も取れずに、地面に倒れ込む。

 そんな馬鹿な。

 いつの間に。

 そう思っていると、


「白状しよう。それ、ただの偶然なんだ」


 夢人が、あざ笑うように言った。

 すでに辺りは、”けつばん”たちが山のように押し寄せてきている。


「――ちっ」


 沙羅は、奴の顔面を狙って《火球》を数発打ち込む。

 だが男はまな板の上で暴れる魚のように身をよじって、ギリギリのところでそれを回避した。


――ぐきゅるるるるるる……。


 お腹から、少々はしたない音が出た。急速に魔力が失われていくのを感じる。


「さっきあんた、俺が取り落とした《死の刃》で、足を傷つけていたんだよ。ほんのわずかな傷だが、《死の刃》が致命傷になるには十分だ。――神の思し召しだな」


 そんな言葉を聞きながら、沙羅は素早く、右足に《火球》を撃ち込んだ。


――ぐきゅるるるるるる……。


 ふたたび、腹の音が鳴る。

 新しい足を生やしている魔力は、もうない。


「くそっ」

「ふーははははは! これは愉快! 愉快だぞ! 形勢逆転だな!」


 絵面的には、そうでもない。

 男は相変わらず、手と足を括られたままだ。片足を失った沙羅と似た状況に見える。

 だが厄介なことに、――奴には、無限に湧き続ける”けつばん”という盾が存在していた。


「……………………もー。やっぱりスマートじゃないな。私」


 独り言ちる。


「ねえ、有栖夢人……くん。一応いま、説得させてもらうよ。――降伏しなさい。今すぐに。さもなければ私、あなたを殺してしまうと思う」

「………は?」


 夢人は、嗜虐的な顔つきを崩さずに、


「なぜ、勝てるとわかっている勝負を放棄する? わけがわからん」

「ぜったいあなたは、勝てないから。破滅に向かっているだけだから」


 沙羅は断じた。


「まさかとは思うが、――例の、”ガール”の仲間の件か?」

「…………」

「悪いが、そんな見え見えのハッタリに引っかかる気にはならんな。……もしあんたに強力な仲間がいたとしても、――俺はただ、完璧であることを証明し続けるだけだ。――それが、神に選ばれたものの、宿命なのだから」


 天を仰ぐような仕草で、男は笑う。


「いや、そういうんじゃなくてさ。あなたは結局、誰にも勝てないって意味だけど」


 言いながら、沙羅は先ほど手に入れた石片を取り出す。

 その、”とがったいし”を。


「……………え?」


 その意味を知らない、制作者クリエーターではない。


「最後のピースは、これだった。……この世界の建物はどれも、”不壊のオブジェクト”だったから、どこにもなかったんだ。あんたが渡してくれたんだよ。――神の思し召しだね」


 ”ボーイ”の父親が持っていた”ひのきのぼう”。

 先ほど手に入れた”とがったいし”。

 ずっとポケットに入れていた”しけたクッキー”。

 自分自身の四肢で作った”こげたにく”。

 コンビニで手に入れておいた”のみかけのコーラ”。

 おやつ代わりの野沢菜は”みどりいろのくさ”。


 ”ひとしこのみの術”。


 攻撃は必ず”かいしんのいちげき”。

 そして、必中。回避しようにも、因果が捻れて絶対に当たる。


「ちょ、――ま、待て! わかった! すまない、”ガール”! 俺は降参する!」

「もー、おそい! ぶっ飛ばす!」


 叫びながら、沙羅は倒れ伏したままの格好で”ひのきのぼう”を振るった。


「う、う、うわああああああああああああああああああああああああああああああ」


 十メートルほど離れていたはずの夢人の身体が、ずるずるとこちらに引き寄せられていく。


「歯を、食いしばれ!」


 不完全な体勢ながら、


>> かいしんの いちげき!


 小気味良いまでの感触が、沙羅の手のひらに伝わった。



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