このまま攻めるか。
いったん様子を見るべきか。
正直、ゲーマーとしての勘は、攻めるべきだと言っている。
というか、これ以上ゲームを引き延ばすと、自分の手に負えなくなる気がしたのだ。
この手のゲームは、後半になるにつれて加速度的に盤面の複雑化が増していく。
いま、敵の動きがわかっている間に、トドメを刺した方がいい。
とは、いえ。
――二人だけで何か、賭けません?
――どうっすか? そっちが負けたら、俺がウエオさんとちゅーするってのは。
――次のターンで”目標”を達成するつもりなら、止めといた方がいいと思いますよぉ。
――このまま終わったら、なーんの盛り上がりもなく終わっちゃうっしょ。そうなると、つまんないじゃないっすかぁ。
――うげげ。なんじゃこいつ。キモ!
――くっそー!
なんとなく。
あくまでなんとなく、ではあるが。
思考を操作されている、というような。
どうも、そういう印象があった。
生意気なクソガキが、大人の鉄槌で痛い目を見る。
そういう、中年のおっさんが望みがちな『理想の物語』。
どうも、そこに誘導されている、ような。
松原兵子の言動の全てが、ここでの総力戦を誘い出すことであったなら。
駒を取る手が、止まった。
その時、加速した世界にいる狂太郎が幻視したのは、――一軒の巨大な、お菓子の家であったという。
――誘い込まれている。
もう、ことここに至って、これは合理的な判断ではない。
《すばやさ》を、解除。
耳に当てたままだった受話器に、
「わかった。――ただし、攻撃の手は止めない」
『と、いうと?』
「ぼくは、カウンターに備えて、自陣の戦力を増やす。飢夫は”シュテンドウジ”を利用して”ダイダラボッチ”の除去を行ってくれ」
『オーケイ』
そこで、密談時間が切れた。
狂太郎の次の一手は、――【練兵】(テンプラ使用)。
すると、モニターにアツアツのテンプラが大写しにされて、
『……このテンプラに免じて、手下にならんか』
『ははーッ!』
(二人のお侍が、美味しそうにテンプラを食べている映像)
『ハッフハフ! うま!』
とかいう、謎の茶番劇が繰り広げられている。
『へぇ? この局面で【練兵】とはね。ひょっとしてぇ……守り入っちゃいましたぁ?』
兵子の声。
これが”良手”だったのか”悪手”だったのか。
ただ少なくとも、――彼の顔色は、蒼白く変貌している。
飢夫の手番。
打ち合わせ通り、”シュテンドウジ”を単身、山のような巨人へと突撃させる。
戦力、10。
二匹の妖怪の戦いは、熾烈を極めた。たぶん、ハリウッド超大作でなければ実現できないほどの特撮バトルである。ワンカットごとに数億円規模の金が動くやつである。
だが、ボードゲームにおいて、数字は絶対だ。戦いの結果は、最初から決まっていた。
スクリーン上の二匹がいま、相討ちとなって大地に斃れ伏す。
そして、その死骸の上に、生首が一つ、浮かびあがった。
首を狩られてなお、源頼光の兜に噛みついたという酒呑童子の逸話になぞらえた不死性が発現したのだ。
――とはいえこれで、戦力10→3か。
圧倒的な手駒、というほどではなくなった。
そして再び、敵プレイヤーのターン。
『じゃ! こっちも守り、固めさせていただきまーす!』
同時に、二枚のカードがプレイされる。
――こいつ、しっかりオニギリを集めていたのか。
まず、拠点周辺に一匹、全身緑色の肌に頭に皿を乗せたお馴染みのデザイン、――河童が出現して、
『ゲンジ陣営・兵子により、任天カード”カッパ”が使用されました。
”カッパ”は、基本戦力1。【合戦】に勝利するたびに戦力+1』
さらに、”シュテンドウジ”を囲うように、一軒の屋敷が出現する。
『ゲンジ陣営・兵子により、任天カード”マヨイガ”が使用されました。
”マヨイガ”は、基本戦力0。特定のマスに存在するあらゆるコマを20手番分、行動不可にします。
その後、そのコマの戦闘力を2倍にします』
なるほど、”迷ひ処”か。
東北~関東地方に伝わる、訪れた者に富をもたらすとされる幻の家。
狂太郎は少し眉間に皺を寄せて、
――やはり彼、なかなかの狸だな。
しっかりと対抗手段はあった訳だ。
これに”シュテンドウジ”が囚われていたら、一方的にやられていたところだった。
「さらに、――行きます!」
続けて、沙羅が【任天】アクションを実行。
『ゲンジ陣営・沙羅により、任天カード”タマモノマエ”が使用されました。
”タマモノマエ”は基本戦力2。【進軍】アクションによって”ダイミョー”コマと合戦になった際、”ダイミョー”コマを優先してゲームから取り除く能力を持ちます』
やはり、出たか。
日本三大妖怪の一匹。下野国那須野原(栃木県)に封ぜられたというから、向こうが引いていてもおかしくないとは思っていた。
――それにしても、……”ダイミョー”を即死させる能力、とは。
基本的に、”ダイミョー”コマは本拠地から移動することができない。
実質、接近されたらそれで詰みとなる駒である。
さらに、もう一枚。沙羅がカードを公開した。
『ゲンジ陣営・沙羅により、任天カード”レプンカムイ”が使用されました。
”レプンカムイ”は、基本戦力7。【進軍】アクションの際、同一マスに存在する味方コマと共に、海辺のあらゆる箇所に移動することが可能です』
レプンカムイ。たしかアイヌ語で、海の神様、だったか。
海辺にワープできるとはなかなか強力な能力だが、向こうはまだ、肝心の”最初の目標”をクリアしていない。いきなり本拠地を攻めてくることはないはず。
狂太郎はそこで、もう一度。
もう一度だけ、【徴収】アクションを実行する。
――これで、次のターンで攻められる。
仮に待つとしても、敵陣深くでこれ以上、コマを棒立ちさせているわけにはいかない。
・”イヌガミ”:戦力1の妖怪。”テシタ”コマ一体にマークすることで、そのコマの戦力を3に上昇させる。
・”キヨヒメ”:戦力0の妖怪。指定したマス内にいる、あらゆる秘匿された戦力を暴く。
・”ニンギョ”:戦力0の妖怪。”テシタ”コマ一体にマークすることで、そのコマが【合戦】によって死ななくなる。
そこでさすがに、ギョッとなる。
――秘匿された戦力。こんなものもあるのか。
そうなるともう、どのコマがどういう戦力を持っているか予測できないではないか。
もうこうなってくると、完全に安全な手はあるまい。
最後に頼るべきは、……結局、ゲーマーとしての勘頼みになる。
と、そこではっとする。
松原兵子くんは、――たぶん、このゲームの本質を、最初から見抜いていたのかもしれない。
結局のところ最後の盤面は、ブラフの張り合いになる、と。
――最初から、彼のプレイスタイルは一巻していたということか。
「リリス。一つ、いいかい?」
「なんです?」
「ちなみにこのゲームって、同じ効果のカードが複数あったりする?」
「それは……」
彼女、それがルールの規範上、教えて良いものかどうか迷った後、
「ありません。同じカードが二枚以上含まれていることもありません」
「そうか」
狂太郎は納得して、手番を終了させる。
その、次の敵陣のターンであった。
立て続けに、
『プレイヤー・兵子が”最初の目標”を達成しました。
ただいまより、プレイヤー・兵子の保有するコマの東日本への進軍が可能になります』
『プレイヤー・沙羅が”最初の目標”を達成しました。
ただいまより、プレイヤー・沙羅の保有するコマの東日本への進軍が可能になります』
とのアナウンス。
明らかに、意図的に目標の達成を遅らせていた。そうでなければ考えられないタイミングだ。
――向こうも、ここで攻めるつもりだったか。
狂太郎が身構える。
『そんじゃあ、行きますよー!』
沙羅の一声。
そして、”レプンカムイ”が”カッパ”と”タマモノマエ”を引き連れて、動く。
出現したのはもちろん、海辺の街、大阪。
狂太郎たちの本拠地である。
と、その時であった。
ずっと閉じっぱなしだった襖がぱっと開かれて、びゅうびゅうと風が吹き込んできたのは。
その時初めて気付いたのだがその場所は、――どうやら、この世界における大阪城的存在の天守閣であるらしい。
「殿! あちらをご覧あれ!」
と、リリスが彼方を指さす。
するとそこには、巨大な大津波と共に、三匹の妖怪がこちらに向かっている風景があった。
「おおーっ」
演出とはいえ、潮の香りがここまで漂ってくるほどの迫真ぶりだ。
ゲームボードを見ると、飢夫と狂太郎の”ダイミョー”コマが控える大阪城、本陣の上に、敵勢力が載っかっている。
「妖怪たちが、――攻めてくるようです! 殿、お覚悟を!」
直感的に、理解する。
きっと、ここが勝負の分かれ目になる、と。
たぶん。
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