”WORLD0091”に旅だったその日、ローシュより聞かされた事前情報は、以下のような内容であったという。
――《無》は、”WORLD0091”のどこかで取得できる。
――どこで手に入るかは、わからない。
――ただ、間違いなくどこかに”在る”。
――なんでそんなことを知ってるかというと、これは実際に《無》を持っていた”救世主”からの情報であるためだ。
――なお、その”救世主”は、すでに殉職してこの世にいない。その際に《無》も失われている。
――情報をくれた”救世主”は、かつて《みりょく》スキルの担当だった者である。
これで、手付けに百万円。
もっとこう、親孝行するとかおいしいものを食べに行くとか、いろいろと楽しい使い方がある気がするのは筆者だけだろうか。
とはいえ、「これだ」と決めたら一直線なのが、仲道狂太郎の長所でもある。
その後、彼が準備した”異界取得物”は、
《天上天下唯我独尊剣》
《蒼天竜の兜》
《マジックポケット付きコート》(※2)
《異世界専用スマホ》
《万能翻訳機》
《ユニコーン革のベルト》
《無敵バッヂ》
これに、札束と引き換えに得た《ゲート・キー》。
なお、今回の携行食はいつもより少なめだ。今度の転移は、《ゲート・キー》を使えばいつでもこちら側の世界に戻ってくることができるので、餓死の心配がなかったためである。
「よし。じゃ、行くか」
これからどのような目に遭うかも知らない狂太郎は、宙空にて《ゲート・キー》を捻る仕草をする。
すると、そこに一枚の扉が出現。
ここまでは、通常の工程と何も変わらない。
慎重に異世界の扉を開くと、――特になんの変哲もない草原が広がっている。
「よし」
時計を観る。
――夕食までには戻りたいな。……明日は新作ゲームの発売日だし。
そう思いつつ、実際にはそこまでこの仕事を甘く見てはいない。
何せ今回の世界は、普段とは勝手が違った。
いつもより厄介かも知れないし、その逆もあり得る。
とにかく異世界探索において、未知数ほど危険なことはない。
「じゃ、行ってきます、と」
誰とも為しに言いながら、狂太郎が一歩を踏み出すと、――
>>こんにちは! ボーイ!
>>『ファイナル・ベルトアース ~ドリーム・ウォッチャーのなぞ~』の せかいへ ようこそ!
>>きみは かけだしの ぼうけんしゃ だ!
>>きみは じゆうに このせかいを ぼうけんできる!
という、やたら元気いっぱいの男性ボイスが、どこからともなく聞こえてきた。
――ほう。こういうパターンか。
このような事態は、実は初めてではない。
数多あるゲーム世界の中には、天の声が語りかけてくるのが当然とされている世界観、というものが存在する。
そういう世界では、
>>きみは そのばを しらべた!
>>ただし なにも みつからなかった!
>>きみは タンスを しらべた!
>>ぬののふくを てにいれた!
というようなワードを日常的に耳にすることになる。
「しかし、『ファイナル・ベルトアース』か。世界の方から自己紹介してくれたのは有り難いな」
そう思いつつ、狂太郎はさっそく手持ちの《スマホ》でデータを参照する。
ゲームの攻略情報がどこまで参考になるかはわからないが……。
「ええと。――『ファイナルファイト』、『ファイナルファンタジー』、『ファイナルソード』……ん?」
と、そこで、顔が曇る。
「『ファイナル・ベルトアース』、――ないな」
念のため、少しタイトルを変えて検索し直したりしてみるが、――やはり、ない。このような事態は、初めてだった。
頼りの猫型ロボットがポンコツになった気分で、狂太郎は少し考え込む。
考えてみれば今回の世界は、”エッヂ&マジック”による依頼ではない。
「あるいは、攻略情報もないくらいマイナーなゲームなのかも知れんな」
いずれはそういう事態に陥るだろうとは思っていたが、――遂に来たか。
――だがある意味、運が良かったと言えるかも知れない。
もしこの上、”終末因子”と戦う必要があったのなら、かなり手間取る羽目になっていただろう。
「とにかく、――ここが、どういう感じの世界観なのかを知る必要があるな」
言いながら、さっそく草原の散歩を始める。
違和感に気づいたのは、そのすぐ後であった。
――しかしこの、”何の変哲もない草原”。なーんか、嘘くさいんだよな。
あちこちに存在する木々、巨岩の類。
その配置にセンスがない、と言えばいいだろうか。妙に不自然なのだ。自然に存在するにしては、あまりにも等間隔すぎる、というか。
まあ、狂太郎ほどゲーマーとして熟達しなければ気づかない程度の違和感かもしれないが。
――さて。まず、どこから解決していこうかね。
この手の世界ではとにかく、協力者を見つけるのが定石である、が。
考え込んでいると、その時である。
「キャ―――――――――――――――――――――ッ! 誰かお助けー!」
という、助けを求める声。
顔を向ける、――その前に、事態を説明するアナウンスが聞こえてきた。
>>そこでは、うつくしい ひめぎみが わるい さんぞくに おそわれている!
>>ボーイは ひめを たすけるか?
>> ⇒はい いいえ
――ひょっとしてこの”ボーイ”っていうの、ぼくのことか。
男の子呼ばわりされる歳でもないのだが。
観ると、実際そこにいたのは、いかにもわかりやすく「拙者、山賊でござる」といった格好の男が三人、「わたくし、高貴な身分ですのよ」といった格好の女性に刃物を向けている光景だ。
高い身分の人間がなんの護衛もなく、ただぼんやりとこんなところに突っ立っていることを奇妙に思いつつ。
「もちろん、助ける」
>>ボーイは ひめを たすけるか?
>> ⇒はい いいえ
「だから、助けるって」
>>ボーイは ひめを たすけるか?
>> ⇒はい いいえ
ああこれ、「はい」「いいえ」で答えなくてはならんのか。
「はい。助けますよ」
すると、どうだろう。山賊たちがこちらに向き直り、
「おうおう兄ちゃん! 俺たちの邪魔をしようってんなら、許さねえぜ!?」
という、丸暗記した台本を無感情に読んでいるような台詞が返ってきた。
>>さんぞくが おそいかかってきた!
そのアナウンスが終わる頃には、狂太郎は山賊たちの武装を全て奪い取り、破り取った上着を使って連中の両腕と両足を拘束、地面にぽいっと転がす。
>>ボーイは さんぞくを たおした!
>>ボーイの けんスキルに けいけんちが 3ポイントはいる!
「はいはい……」
狂太郎が雑に答えると、――すかさず、襲われていた姫君が狂太郎に向けて、一歩、歩み寄った。
「よくやったな。大したやつじゃないか」
先ほどまでの台詞とは打って変わって、謎の上から目線。
「お前がいなかったら、私は死んでいたか? そうだな。死んでいただろう。危険な状態だと思われる。だから、私はおまえに、感謝してやろう」
「ええと……そりゃどうも」
何となく噛み合わない台詞に、厭な予感がしている。
――ひょっとすると、このゲーム……。
と、その時であった。
つい一瞬前まで何もなかったはずの方向から、
「キャ―――――――――――――――――――――ッ! 誰かお助けー!」
という、悲鳴のリピート再生を聞いたのは。
「…………何?」
狂太郎がそちらに目を向けると、――まるで、動画の同じシーンを繰り返し発生させたかのような光景が繰り広げられている。
続けざま、
「キャ―――――――――――――――――――――ッ! 誰かお助けー!」
「キャ―――――――――――――――――――――ッ! 誰かお助けー!」
同じ状況が、狂太郎が見える範囲で、三つ。
同時進行で、山賊に襲われている姫君が、三人。
山賊も、姫も、ほとんど瓜二つの、そっくりさんである。
「なんだこれは……ッ?」
それはまるで、疲れている時に見る理不尽な夢のようだった。
間違いない。ここは、……、
――未完成のゲーム。バグだらけのゲーム。
要するに、”クソゲー”と称される類のゲーム世界だ。
狂太郎は一瞬、「ローシュに掴まされたか」と疑う。
だが一方で、こうも思っていたという。
――むしろ、こういう世界だからこそ、《無》を見つけることができる。
と。
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(※2)
いつものコートの裏地に、ヨシワラで獲得した、見た目よりたくさん物が入る魔法のポケットを縫い付けたもの。
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