「よし。わかった。ありがとう。了解」
だんだん目からハイライトが消えていく”ああああ”を前にして、狂太郎はしかめ面を作る。
今になって、はっきりとわかる。
彼女は、アレだ。
芸術系の大学にいがちなやつ。正気でいることを諦めちゃってるタイプの。
狂太郎が思うに、この手のメンヘラには二種類いる。
自分の個性を周囲に認めさせたいあまり、変人でいることが目的になってしまっているタイプの奴。
あるいは、――本人は正気のふりをしたがっているのに、どうしても世間の感覚からズレてしまってるタイプの奴。
目の前の彼女はどうも、後者側の人間のように思えた。つまり根っからの変人だということだ。
「もう、いいのですか?」
「ああ。きみのその……インターネット情報は十分だ」
「神さまと死後の世界に関するお話には、まだまだいろいろございますけれど。……例えば一昔前、極東には何百万もの神々を信仰する島国があって。何を隠そうレティクル座の神様も、その国で生み出された、――」
「わかった、わかった」
狂太郎は嘆息混じりに眉間を揉んで、
「しかしそうなると、――ぼくはどうすればいいのだろう」
「簡単ですよ。お祈りを捧げればいいのです。レティクル座の神様は、私みたいな恵まれない女の子の味方だから、きっと素晴らしい啓示を与えてくださいます」
「残念ながらぼくは、恵まれない女の子じゃないからなあ」
「へへへへ、えへ。そうですね。で、で、でも私、あなたが望むなら、お祈りしてあげてもいいですよ……」
「面倒かけちゃ悪いし、別にいいよ」
「照れなくてもいいですよ。わ、わ、わ、私たちの仲じゃない、ですか」
「そーお? じゃあお願いしちゃおっかなあ」
脳みそのおおよそ0,1%くらいを使用した雑な返答。
だが彼女には、そんな狂太郎の反応が嬉しくてたまらないらしい。
――いずれにせよ、次は……、
「例の、殺人事件とやらを調べてみるか」
当初は望み薄に思えたが、『かいもり』の世界観で殺人とは、なかなか穏やかな話ではない。あるいは何かのヒントが隠れているかもしれなかった。
「えっ。なんですって? 殺人?」
すると、”ああああ”はそのつぶやきに、不思議なほどの反応を示す。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと。事件とは、穏やかじゃないですね。詳しく教えていただいてもかまいませんか?」
「えっ。知らないのかい。結構話題になってるって聞いたけど」
「……実はさいきん、人とぜんぜん会ってなくって。山エリアと自宅を行き来するばっかりなんです……」
「ふーん」
引きこもりかと思ったが、意外と外に出たりはしているのか。
「だが、詳しくは知らない。それをこれから、調べに行く」
「あ、あ、あ……」
目を少し潤ませて、おねだりの仕草。
「そ、そ、それなら! わ、わた、わたしも……」
「興味、あるのかい」
「ええ……。まさか、こんな退屈な島でそんなオモシロ……いえ、大変な事件が起こる、なんて」
「ネットニュースではやってなかったのか」
「こんな辺境の島のニュースなんて、どこにも取り上げられてませんよ!」
「ふーん」
”ああああ”、狂太郎が誘おうが誘うまいが、現場に向かうだろう。
それなら、
「じゃあ、――きみも来るかい」
一緒に行くのが筋だ。何せ彼女は”主人公”役。同行すれば、何か新たな情報が得られるかもしれない。
どうせ狂太郎にしてみれば、散歩に出かけるような感覚である。
「あ、ありがとうございます。ご一緒します。……あ、でもついでに、いろいろ、道具を持ってこなくちゃ」
「道具?」
「一日に一回はやらなくちゃいけないことがあって。私の仕事みたいなものなのです」
「ああ……」
狂太郎は少し視線を泳がせて、
――そういえば、『かいもり』にハマった女性陣が、そんなことを言ってたな。
このゲームは一日に一度、やっておかなければならないノルマ作業がある、とか。
「わかった。付き合おう」
「は、はい……こんどはそんなにお待たせしませんので! ちょっぴりお待ちくださいね……!」
言うが早いか、彼女はウサギのようにぴょんぴょん跳ねてゴミの山を避け、自宅へ飛び込んでいく。
――悪い子では、ないと思うんだが。
とはいえ人を疑わない性質だから、変な話に踊らされる、ということもある。
なお、「ちょっぴりお待ちください」という彼女の宣言は正しかった。
今度は十数秒もせずに扉が開き、――シャベル、虫取り網、釣り竿、じょうろにつるはしを抱きかかえるようにしてもった”ああああ”が現れる。
「それ全部、必要なの?」
「は、は、はい!」
ゴスロリファッションに虫取り網というのも、なかなか妙な組み合わせだが。
「じゃ、行こうか」
「ええ!」
そこで少女は、「あ」と人差し指を立てて、
「それと、ついでに神様へのお祈りは済ませておいたので! レティクルのご加護があらんことを!」
「えっ。ん。……う、うん……」
▼
”ああああ”の案内で辺りをぐるりと一周したところ、ここは、――おおよそ四キロほどの小さな孤島だということがわかる。
島の外周を一回り。のんびり歩いて、一時間。
島は大まかに、北側に裏山エリア、南側に街エリアがあって、北と南はかなり流れの速い河で分断されている。街と山を繋ぐのは、一本の古びた木橋があるのみだったが、ここの住民はまるで不便に思っていないようだった。
それもそのはず、ほとんどのみんな、街があるエリアから出ようとしないためである。
裏山には、りんご、オレンジ、桃、梨などの果物が山ほど自生していて、不思議とそれらには虫がたからず、誰でも好きなときにそれらをもいで食べることができる。
狂太郎、道中で”ああああ”が採ってくれた桃を三つも食べたという。
「まさしく桃源郷だな、ここは……」
「そ、そおですか? えへへへへへ」
彼女が照れているのも無理はなかった。なんでも、この島はもともと、何もない場所だったらしい。
それを今のように美しい景観に整えたのは、ほとんど”ああああ”の功績だという。
――あのゴミ屋敷に住んでる彼女の仕事とは、とても思えないな。
「できれば、半年に一度は通いたいくらいだ」
「半年に一度といわず、……ずっといたらいいです。この島はずっと、変わらないから。あなたなら歓迎、です」
「ところがそうもいかないんだ。仕事があるから」
「……仕事。そうですか。な、な、なら、しょうがないですね。えへへ……」
言いながら、”ああああ”は、直径1メートルほどの岩に向けて、こつんとつるはしを振るった。
何をしてるのかと思って眺めていると、――なんだか岩から、金貨がざくざくと生み出されている。
もう一度、こつん。金貨がちゃりん。こつん、ちゃりん。こつん、ちゃりん。
「それが、――日課?」
「はい。その一つです。不思議と日に一回、叩くと金貨が出る岩があるんですよ」
「へえ……」
すごいな、この世界。働く必要、ほとんどないじゃないか。
「では、次に行きましょう」
「うん」
ところ変わって、少し拓けたエリア。
軟らかい土で満たされたそこには、十字のマークに似た切れ込みがいくつか見られる。
”ああああ”は、そんな切れ込みに向けて、順番にスコップを振るった。
すると、中から驚くほど状態の良い埴輪や化石類が掘り出されるので、彼女はそれをリュックに詰め込んでいく。
「これも、良いお金になるんですよ」
「……このバッテンは、毎日ココに現れるのかい」
「ええ、まあ」
「だったら、誰かが埋めてないとおかしい気がするけど」
「それ、私も気にしたことがあります。一晩中ここに張っていたことも。……で、で、でも! いつも、気がつけばこの場所にあるんです。このバッテンマークが!」
「そうなんだ」
「これもきっと、神の思し召しなのかもしれませんね」
それに関しても、狂太郎は人づてに知識がある。
たしか化石類は、ある種のコレクション要素だったはずだ。『かいもり』ゲームプレイヤーは、通信機能を利用することでダブった化石類を交換することもできる。
その後、”ああああ”は、野生の花に水をやり、雑草を抜き、珍しい昆虫がいれば虫取り網を使い、大きめの魚影を見かければ釣り竿を振る。
ちょっと意外だったのは、それら全ての活動的な行動を、例のあの、ゴスロリファッションで行っていたこと。
やってることは小学生の夏休みみたいな活動なのに、それが少しだけおかしかった。
「ふーっ、ふーっ! はー! こ、これで私の……日課は、終わりです。お待たせしました」
「いや、そうでもない」
実際、それほど待っていない。
彼女の動きは洗練されていて、ほとんど無駄がなかったためである。
あらゆる動きを何百回、あるいは何千回と繰り返してきたことが窺えた。
「ではでは! さ、さ、さっそく、いってみましょう! 本日のメインディッシュ! 殺人事件の調査に!」
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