『ヒノモト・センソーダイスキ』 ルール説明 その2
●最初の目標について。
各プレイヤーはまず、”最初の目標”の達成を目指さなければならない。
”最初の目標”を達成したプレイヤーのみが、自分たちの領土を出て敵対勢力へとの侵攻が可能になる。
なお、プレイヤーのうちの一人が目標を達成するまで、大和(近畿)~信濃(中部地方)の境に衝立てが配置され、敵対勢力の情報は一切不明となる(任天カードによる情報収集を除く)。
●密談について。
プレイヤーは五手番に一度、他プレイヤーに密談を持ちかけることができる。
密談は、各プレイヤーの手番アクション実行前に行う。
密談する場合、評定所の黒電話を利用すること(※15)。
今回のルールでは、一度の密談にかけられる時間を、一分とする。
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とにかく目指すべきは、”最初の目標”の達成、ということか。
しかし、それにばかり傾注している訳にもいかない。守りを疎かにしてしまっては、現時点でのランダム要素、――”任天カード”とやらに足をすくわれる展開にもなりかねない。
――しかしこの状況、……さすがに、情報が少なすぎるな。
こうなってくるともう、ゲーマーとしての勘、全振りで勝負するしかあるまい。
『隠匿要素ありの陣取りゲーム! いいねえ。わたしこーいうの、大好きだ!』
そう、嬉しげに語ったのは、評定所に備え付けられたモニターの向こうにいる相棒、――愛飢夫である。
何故だかこの男、派手な模様の打掛を羽織っており、髪もヨシワラの遊女たちをイメージした型に結わえてあった。
もはやどうみても女にしか見えないこの男は、ゲーム実況者としてのスイッチでも入ったのか、いつもより声に張りがあるようだ。
相変わらずの友人に多少緊張を和らげて、狂太郎はまず、自身の本拠地と長崎までの最短距離を調べておく。
――7マス。大阪から長崎まで、最短で7マス移動する必要がある。
この時点での大まかな方針は、おおよそ二つだ。
防御を固めて敵の出方を見るか、速攻仕掛けて勝負を決めるか。
ボードゲームで遊ぶ時、基本的にどっちつかずの戦法は弱い。
大切なのは、常に勝利条件を意識しつつ、最善の勝ち筋を意識すること。
仕事のやり口と同じように、彼はゲームでもわりと、急ぐタイプであった。
――防御は、いい。攻めて攻めて攻めまくろう。
この戦法、狂太郎的にはわりと勝率が高い。長期戦主体のプレイヤーには決定的なアドバンテージを得ることができるし、何よりさっさと攻撃することだけ考えていればいいから、あんまり難しく考えずに済むのである。
忘れがちかもしれないがこの男、――おっさん、なのだ。あんまり複雑なゲームプレイはできない。自分に理解できる範囲内で仕事をするほかにないのである。
と、言うわけで、プレイ方針は決定。
あとは、どういう手順でコマを進めるか、だが。
忘れてはいけないことがある。
このゲームは、『資源を利用することによって、手番アクションを強化できる』というルールがある。
単純に、移動コマンドを何度も実行することが最短の道とは限らないのだ。
そこで狂太郎は、
「なあ、リリス。悪いが、紙とペンを貸して貰っていいかい」
「ペン? 筆ならあるけど」
「それでいい」
と言って、昔、習字の授業でしか使ったことがないような筆を受け取って、――《すばやさ》を起動する。
そして、
『【進軍】→【練兵】→【進軍】→【徴収(スシ、テンプラ回収)】→【進軍(スシ使用)】→【徴収(スシ、テンプラ回収)】→【練兵(テンプラ)】→【進軍(スシ)】。――いやそれなら、途中進軍を増やして徴収でスキヤキを使うべきか? ……なんか腹減ってきたな』
というように、最適解となる序盤の手順を書き記していった。
本番では恐らく、この通りにはいかないだろう。敵の邪魔が入る可能性が高いためだ。
とはいえ、基準となる行動は必要である。
――できれば、序盤はさっさと手駒を増やしたいところだが、そうなるとその分、”最初の目標”の達成が遅くなる。かといって”最初の目標”を急ぎすぎても、戦力不足になるだろう。
意外と、バランスが難しい。
なるほどこのゲーム、状況によっていかようにも序盤の展開が変わるよう設計されているらしかった。
さらに言うと、マスの配置も厭らしい。
序盤に必要な資源のあるマスは、コマをかなり寄り道させねばならなかったりする。
とはいえ狂太郎も、並みのゲーマーではない。一応、ある程度のボードゲーム知識と、基本的な攻略のコツくらいは知っている。
『ヒノモト・センソーダイスキ』における序盤のコツは、――可能な限り、資源を所有した状態でアクションを行うことだ。
このゲームでは、”徴収”によって獲得した資源を使うことで実質上、二回手番を行うことができる。このアドバンテージは大きい。可能なら、常に二度手番を行えるようにしなければならないだろう。
――要するに、速攻戦術を取るにしても、ある程度は戦力を蓄えなければ意味がない、ということだな。
……と、そう判断したあたりだろうか。
狂太郎は、「これで決定版」と思われる最短のルート構築を行って、《すばやさ》を解除する。
この間、およそ三十秒にも満たない、短時間であったという。
『それでは、――各プレイヤー、ゲームボード前の席にご着席ください。
『ヒノモト・センソーダイスキ』を開始いたします』
「…………よしっ」
出来上がった用紙を引っつかみ、
「とりあえず、手番を始める前に飢夫と密談したい。もう電話を使っていいのかい」
「えっ? えっ? も、もう?」
「うん」
「あ、いや、……そ、そっか! 初手から密談しちゃダメってルールはないっぽいもんね! どーぞ!」
と、リリスが小走りに黒電話へ向かって、じーこじーことダイヤルを回す。
「……そのひと手間、いる?」
苦笑しつつ、受話器を受け取ると、
『やあ。待ってたよ』
「まず、”最初の目標”を共有する。”長崎へ向かう”、だ」
『ん。わたしの目標は、――後回しでいい。とりあえずそっちの用件を』
「わかった。ところでそっち、メモの準備はあるかい」
『もちろん』
この辺、阿吽の呼吸だ。付き合いが長いだけはある。
飢夫も、最初の手番の相談は、狂太郎の《すばやさ》頼みだと気付いていたらしい。
「よし。では序盤の動き出しを説明するぞ」
そして、「まず【進軍】、つぎに【徴収】であれこれの資源を確保、次に……」と、自分でも呪文を唱えているかのような用語を連発し、
『――おーけー。序盤の動きはわかった』
「ああ。次はまた、連絡する」
『了解。それと、敵陣への進攻だけど、』
ぶつん。
そこで電話が切れる。
「……一分。時間切れか」
密談は、ここまでらしい。
あとは、全体に公開されているビデオ通話で話すしかない、が。
構わず、飢夫はこう続けた。
『――ぜんぶ、任せる』
と。
それ以上は、言わない。敵に情報を与えることになる。
狂太郎は無言で頷いて、
――次に密談できるのは、五ターン後か。
と、その時だった。
『ふええええん! ちょっと兵子くん!? も、もうちょっと詳しく!?』
モニター越しに、沙羅の泣き言が聞こえてくる。恐らく、狂太郎たちに起こったこととほとんど同じ状況になっているのだろう。
『……………………ちっ』
兵子くんの方も、憮然とした表情だ。
――そういえば彼、チームプレイが苦手だとか言っていたな。
天才ゲーマーと言っても、何でも得意という訳ではない、ということか。
同時に、アナウンスが響き渡る。
『では、プレイヤー・飢夫から、初手番を開始してください』
目を、細める。
心臓がばくばくと高鳴っているのは、――観客込みのゲームだからか。
あるいは、ゲーマーとしての誇りがそうさせるのか。
狂太郎が着席すると、東西を分ける衝立てと、赤と緑のコマがボード上に出現する。
モニター上の他プレイヤーも、同様だった。
『それじゃ、めいっぱい愉しむぞ!』(飢夫)
『…………………っし。やるか』(兵子)
『ま、負けませんよー!』(沙羅)
いよいよ、ゲームが始まる。
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(※15)
なお、本来のゲームではこの”密談”という行動、こっそり書いた手紙(ゲーム的には、密書と呼ばれる)によって行われるらしい。ずいぶんと手間のかかるゲームである。
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