ファーストフード店の中央で、――突如として奇声を上げた一人の店員に、お客が訝しげな視線を向けている。
生来、下手に目立つことを嫌う飢夫にとっては、針のむしろに座る思いのはずだ。
だが今は、それどころではなかった。
何分、世界の存続に関わることである。どのような振る舞いも許されるべきだ、という思いがあった。
彼の頭はいま、とある思考でいっぱいいっぱいになっている。
その時、彼の頭に浮かんでいた案は、
・自分の手でエンディングロールを発生させる。
ということ。
どういう形であれ、――エンディングロールが発生した場合、あのエセ天使が様子見に来ることは知っている。
狂太郎の最終目標が”天使と会う”ことだとするなら、それで目的は果たせるはずだ。
――いや。
むしろ、いまそれができるのは、自分だけじゃないか。
飢夫はウェットティッシュを握る手にぎゅっと力を込めて、
――そうと気付いたからには、もうのんびりしちゃあいられないな。
一ヶ月。アルバイトでもして、のんびり時間を過ごそうと思っていたが。それこそ狂太郎の主義に反する。
彼はいつだって、一秒でも早く仕事を終わらせることを旨としてきた。
そうすることで、一人でも多くの人命を救うために。
今回だってそうだ。
現在、この世界は極めて不安定な状況にある。
”日雇い救世主”として、それを放っておく訳にはいかない。
飢夫はぱっと作業を止めて、すぐそばにいる学生の一人に歩み寄った。
「ねえ、ちょっといいかな?」
「……へ? な、なんです?」
目をぱちぱちと瞬かせる”ネコ族”の少女。
「悪いんだけど、調べ物がしたいんだ。スマホ、貸してくれないかな」
「えっ。急にそんなこと言われても……」
「おねがい。人の命がかかってるんだ。おねがい!」
通常、ファーストフード店員にこのような申し出をされて、素直に受け入れるものは少なかろう。
だが飢夫の場合は違った。美形無罪というべきか。頼み方がうまいというべきか。
”ネコ族”の少女は、少しだけ不思議そうな顔を作ったが、
「……変なこと、調べませんよね?」
「もちろん」
「それなら……」
と、パスワードを解除したスマホを渡してくれる。
「ありがとね」
飢夫は気安く言って、早速情報を集め始めた。
明らかに店内の注目を集めていたが、――これはこれで気分が良い。
何せ自分の立場は、圧倒的な白色。全ては世界を救うための行動だ。
自分の正しさを信じているのであれば、どれだけ奇異に見える行動だって行うことができる。
素早くインターネットに検索し、――かつて”神の子”、つまり”ああああ”が行ってきた”奇跡”の仔細を確認していく。
『おいでませ かいぶつの森』には主に、エンディングが二種類用意されていた。
そのうち一つは、
・島の幸福度を最大値にすること。
これがいわゆる、”表エンディング”と呼ばれるもの。
全てのプレイヤーが、最初に見ることが出来る、一番簡単なエンディングだ。
だがこれは恐らく、達成済みだろう。試しにネットカフェで”神の子”に関する情報を調べた時、かつてそのような”奇跡”が起こったという記録があった。
となると、飢夫が目指すのは、――ゲームプレイヤーの間で”裏エンディング”あるいは”隠しエンディング”と呼ばれるものだ。
多くのゲームでもそうであるように、”裏エンディング”というのは、かなりのやり込みを必要とする。
その突入条件はいくつかあって、
・島にトタカカ(ゲーム制作者のパロディキャラクター)を呼び、彼にエンディングテーマを唄ってもらう。
・島に金色の花が一定数以上咲いている状態で雑貨屋に話しかける。
・博物館の展示品をコンプリートする。
・プレイヤーがデザインした服を、三十人以上の住民に売りつけた状態で洋服屋に話しかける。
・魚屋にて、(この世界では禁制品とされている)魚をコンプリートする。
それぞれ、一度のプレイで迎えられるエンディングはただ一度だけ。
過去の情報を調べたところ、この辺はどれも攻略済みのはず。
だが一つだけ、未攻略の”エンディングロール”があった。
それは、俗に、
・大親友エンド
と呼ばれるものだ。
コミュニケーションゲームの着地点としてはぴったりのこのエンディングは、”大親友エンド”を除く全てのエンディング条件を満たした状態で、島民にとある申し出をすることによって発生する。
――この条件は、……。
と、スマホを操作しつつ、彼女がかつて起こした”奇跡”に関する情報を検索する。
「……よかった。未達成だ」
思わず、ガッツポーズ。彼女の奥手ぶりに感謝。
理由はまあ、想像するまでもない。奥手すぎるのだ。
”ああああ”は主に、作業系の目標を積極的にクリアしているようだが、肝心の島民とのコミュニケーションはそれほど積極的に行っていない。
気持ちは、わかる。
実を言うと飢夫も、学生時代はそうだった。
積極的に誰かと関わる理由を探していた。
物語の主人公のように、能動的な性格の誰かが声をかけてくれる日を望んでいたのだ。
だが結局のところ、そんな都合の良い人は現れなくて。
それで気付いたのだ。
子供向けの絵本でも語られているような――当たり前の事実。
友だちを作るには、勇気の一歩が必要なのだ、と。
――だから彼女は、犯罪とかそういう、”自分が関わるに足る”理由を求めたのかも知れない。
なんて。
いまさらちょっぴり、”ああああ”に対する理解を深めたりして。
「あのォ……もうそろそろ、よろしいですか?」
控えめな口調で、”ネコ族”の少女がこちらを見上げる。
飢夫は、にこりと笑って、彼女にスマホを返して、――その頭を、優しく撫でた(※14)。
「ふにゃん……」
可愛く目を細める少女。「いいなぁ」という目を向ける彼女の同級生たち。
その時、――
「あのぉ、ウエオちゃーん?」
という、”ウサギ族”店長の声。
「きみさぁー、お客様と何をしてるのかな?」
どうやら、サボりがバレたらしい。
「いくらお偉い”ニンゲン族”サマだからって、適当に仕事して良いわけじゃないんだぞ。そもそも、身元も良くわからないきみを雇ったのだって……」
ぶつくさ言う彼の言葉を無視して、
「あっ、店長、ちょうどいいところに来ました」
「はあ? ちょっときみ、何様のつもり……」
もうすでに彼の喉元まで、”クビ”という言葉が出かけていることがわかる。
「ひとつ頼みたいことがあるんです。できれば、例の……”神の子”がいた島へ電話がしたくて、――何か、ツテはありませんか?」
「……無理に決まってる。島へ電話するにはそれだけで、多額の寄付金が必要になる。――それにそもそもきみ、頼みごとができる立場かな?」
「ええ。店長は親切な方なので」
「おだてたって、何も出ないぞ」
「またまたぁ」
そして飢夫は、そっと彼の腰に手を回して、
「とりあえず話は、店の奥で……」
ちょっと背伸びして、彼の耳元で囁く。
その後飢夫は、店の休憩室で、――何らかの”説得”(※15)を行った。
コトが終わった後、店長は意見を180度反転させていたという。
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(※14)
筆者は常々、いい年したおっさんが、若い娘の肩から上に触れるのはどうかと思っている。――が、この場合はどうなんだろう。
とりあえず飢夫の話によると、特にセクハラ的な問題にはならなかったらしい。
(※15)
具体的にどういう”説得”だったか、飢夫は結局教えてくれなかった。
ただ、「ウサギの性欲は強く、常時発情している生き物である」という動物知識が役に立った、とのことである。
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