余興、終わって。
ばらばらと各自、撤収の準備を始める中、
「ええと、――ぼくたち、これからどうしたらいい?」
ナインに訊ねる。
彼はすでに、ぐでんぐでんに酔っ払った状態で、
「え、あ、ひょ?」
と、たった三言で役に立たないことがわかるセリフを口にした。
「もう帰って、いいんだな?」
「……………………………………………………おk」
とのこと。
一応今日だけで、狂太郎、飢夫、殺音の出番は終わっている。
明日以降は比較的、気楽に過ごすことができるかもしれない。
「じゃ、――……戻るか」
お開きの宣言があったとはいえ、微妙に締まらない感じだ。
無理もない。どうやらここにいる半数以上は、席に残ってぐだぐだやるつもりのようだから。
飽きられた愛玩動物のようなもので、狂太郎たちは何故か、しょんぼりした足取りで揚屋を後にすることになった。
玄関に戻り、再び例の、汚れを吸い取る不思議な水球型の生き物に身体を洗われて。
さすがに慣れた一行が、その生き物をちょっぴり撫でてやると、『きゅー』とくすぐったそうに身をぷるぷる震わせた。
――結構、可愛いじゃないか。
何ごとも、慣れである。
そこで、一行にかける声があった。
「あっ、狂太郎さん!」
振り返る。松原兵子だった。
デフォルトの表情が”不機嫌”に寄っているこの少年は、その時も変わらず、憎々しげな顔つきだ。
――ん? 喧嘩か?
と一瞬だけ、そう思う。
だが、そんな彼の口から飛び出したのは、真逆の台詞であった。
「あの! さっきはその、――ちょっとやりすぎました。すんませんでした」
「やりすぎた? 何が?」
「いやその、……さすがに、恋人さんのキス賭けたのはやりすぎだったかなって」
「? そうかな」
「ええ。――一応言い訳させてもらうとあれ、ブラフなんで。まじでそーするつもりはなかったんで」
「へえ。そうかね」
ぶっちゃけどうでもいいけど。
ただ、彼には飢夫と自分が好い仲に見えていたようだ。間男キャラにはなりたくない、ということだろうか。
「まあ、ルールの範囲内で行われることならセーフだよ」
実際、プロ棋士の世界でも、盤外戦術(※18)はよく用いられる。
ささやき戦術、戦法予告、相手の集中力を削ぐために行う、あらゆる行為。
この場合、そうした行為を卑怯、とは言わない。ルールとは常に、あらゆる悪用を前提に組まれなければならないものだ。故に、ルールに規定されていない行為は全て肯定されなければならない。もしその上で何か、理不尽な思いをしたのであれば、それはそのプレイヤーのせいではない。単にゲームの出来が悪いだけだ。
狂太郎はこれまで三度、敢えて風呂に入らないことで対戦相手の集中力を削ぐタイプのTCGプレイヤーと勝負したことがあるが、常にノーズクリップ(鼻栓)を装着した状態でプレイすることによってむしろ相手に恥を掻かせてきた。
「いやはや。実は俺、非電源ゲームはわりと興味なかったんすけど、……けっこーいいもんっすね」
「あ、そうだったの?」
「ええ。……あんまり、人が集まれない家、だったんで」
そうなんだ。
そこで狂太郎たちは、(いつの間にかぴかぴかに手入れされていた)靴をそれぞれ履き終えて、
「そんじゃ、そろそろ」
すると彼は、「あっ……」と、何か言いたげに喉を鳴らす。
「――ん?」
狂太郎たちは少し顔を見合わせて、彼の言葉を待った。
「………………………あの」
その間、たっぷり三十秒ほど。
「………………………………………………………ええと、その、」
通常の対話であればありえないレベルの間であるが、狂太郎たちは辛抱強く、待った。
全員、似たような経験があったためだろう。
すでに関係性が構築されている人の輪に入り込むのは、――勇気がいるものだ。
「で、…………………できれば、その。このあと俺も………いや、俺と、ゲームとか、…………………しません?」
「いいよ」
もちろん一介のゲーマーとして、勇気あるその一言を無碍にする訳にはいかない。
バトルが終われば、友だちになれる。それがゲームの好きなところだ。遊びの本質、と言って良い。
一度受け入れてしまえば、その後の話は早かった。
せっかくだから、この世界のボードゲームを一通り試して見ようという話になって、――さしあたり今夜は、見世にあるゲームで遊ぶことになる。
道々、狂太郎たちは、兵子を質問攻めするなどして時間を潰し、――ようやくありついた夕食に、屋台で出された夜鳴き蕎麦と寿司を口にする。
どちらも狂太郎のいた世界のそれと遜色なく、ただし寿司はそれ一つだけでハンバーガー一個分くらいの大きさがあった。
殺音が半分くらい残したので、狂太郎と飢夫が残りを半分こする。
「……ほんとに仲、いいんスね」
と、兵子。その顔つきは、羨望に染まっていた。
それは、彼が今日見せた中で、――もっとも率直な感情であったという。
▼
なおその後、兵子が語った”金の盾”での待遇は、以下のようなものであった。
・仕事は、九時五時。その時間には必ず出社する。
・時間になったら《ゲート・キー》で異世界へ行き、戻ろうと思えばいつでも(兵子にとっての)現実世界に戻ってこれる。
・五時になるとベルの音が鳴り、ほとんど強制的に帰社させられる。
・基本的に上司の報告は何か問題があったときだけで、それ以外は放任主義。
・月収は百万円。ヒットマンの報酬みたいに、現ナマをぽいっと手渡される。
・基本的に、世界の救世は一年に一度できれば優秀な”救世主”とされる。
・全社員の人数は未知数。少なくとも自分のいる支社は十数人程度のように思われるが、実際には何百人もいるかもしれない。
「なるほど……」
不夜城・ヨシワラが、いよいよ賑やかになっていく午後九時過ぎ。
妓楼の営業は、午前二時まで続く。
街の雰囲気はどこか、夏祭りを思わせた。もちろん、――煌々と明かりが灯されている店内で行われていることは、健全とはほど遠いが。
兵子くんはというと、この街に対する思春期特有の興味はまるでないらしく、やや興奮気味に、最近ハマっているゲームについて語っていた。
女に興味がないタイプかと思ったが、話を聞いたところ、――なんてことはない。単に彼にとって、お世話してくれる女性というものは自然と集まってくるのが普通であって、……わざわざ金を払って買うほどのものではない、とのこと。
――どうも、ぼくの周りの野郎はみんな、やたら女にモテるみたいだな。
狂太郎自身はまるで、モテる気配がない、というのに。
「でも、稼ぎそのものは”エッヂ&マジック”の方がいいねえ。こっちは歩合制だから」
「ってか、世界の救済を月単位でやってるってのが正直、ウチからしてみりゃ、ちょっとありえねえレベルなんすけど」
どうも”金の盾”での仕事は、”終末因子”の特定だけで数年かかるような案件が多いらしい。
「”終末因子”にはそれぞれ、厄介さに違いがあるみたいだしねえ。そっちはたぶん、簡単に解決できるような仕事は受けないんじゃないかな」
「みたいですね。……それにしても、数日で”終末因子”を退治する、なんて話は聞いたことないっすけど」
「そーお?」
「俺なんかは、”エッヂ&マジック”さんがちょっと羨ましいっす。稼げるし。定時に縛られないし」
若くして、なぜそこまで稼ぐ必要があるのか。
無職時代、さんざん同世代の友人に年収マウントをされ続けてきたせいか、狂太郎はやや、嫌儲主義に偏っている。
「ぼくは普通に、定時仕事に憧れるけどなあ。――決まった時間に起きて、決まった時間に仕事して、決まった時間に寝る。それが幸せな生き方というものだ」
「俺、わりと夜型なんで、そーいうの苦手なんすよねー」
など、など。
夜の街を四人、連れ立って歩きながら、『魔性乃家』を目指す。
不思議と、気持ちのいい夜だった。
観光地を歩くには、実にちょうどよい。
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(※18)
この辺、調べてみると、スポーツマンシップと完全に逆行している例がたくさん見られて面白い。
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