日雇い救世主の見聞録

”すばやさ”がカンストしたおっさん、異世界救済スピードランに挑む
津田夕也
津田夕也

248話 親離れ

公開日時: 2021年7月6日(火) 23:39
更新日時: 2022年9月1日(木) 23:36
文字数:3,106

 狂太郎たちの作戦は、こうだ。


「ぼくが家に戻って、とうさ……じゃない、”ボーイの父親”役の書斎から、ノートPCと『ファイナル・ベルトアース』が記録されたCD-RWを盗み出す」

「そうするとたぶん、ちょっとした騒ぎになるでしょーねえ」

「ああ。だからぼくは、」


 狂太郎は、コンビニで手に入れておいた街の地図をとんとんと指さして、


「――この街の最北にある、廃ビルの一室で作業を行いたい」

「ほほう」

「もちろん、作業はあくまで極秘裏に行うが、――それがうまくいくとは思わない。沙羅も知っての通り、この世界はどうも、ゲームの開発意図と違った行動を取ることができないようになっているからね」

「うん。だね」

「”ベルトアース”ではそれが、”崩壊病”という形で顕現していたが、この世界ではどうなるかはわからない」

「ふむ」

「そこで、きみの出番だ。きみがあっちこっちで暴れ回ることで、連中の目を逸らしてもらいたい」

「あいよ」


 万事状況を理解して、沙羅は頷く。

 ただ一点だけ不安なのは、


「でも本当に、頭の中引っかき回されたまま”救世主”として活動できるの?」

「できる」


 狂太郎は、それ以上答えない。

 それなら、と、沙羅は仲間を信じることにして、


「そんじゃ、行こうか」



 それから、一時間ほど後。


 沙羅が向かった廃ビルは、一から十まで”不壊のオブジェクト”で作られていて、彼女が本気で殴っても傷一つつかない、頑強な建物であった。


 いま二人は、打ち合わせ通り、別行動中。


 彼女は、ビルの一室を綺麗に片付けて、狂太郎が仕事をしやすいよう、甲斐甲斐しく場所を作っている。

 テーブルの上に、コンビニで手に入れてきた品物を並べたりして。

 持ってきたのは、


・缶コーヒー

・各種栄養ドリンク

・コーラなど、ジュース類

・味濃い系のカップ麺

・スナック菓子

・ガム

・ブドウ糖

・辛い系の食べ物全般

・ハード系のグミ

・スルメ系のおやつ

・チョコレート菓子

・炭酸系飲料

・噛むと苦い系の緑黄色野菜

・山のようなクッキー


 眠気覚ましに効きそうなものを、片っ端から。

 体質的に太ることのない沙羅ですら、ちょっと引くレベルの不健康な品揃えだ。


――こういうお菓子って、こういう時じゃないと食べる機会ないからね~。


 お菓子を摘まみつつ、狂太郎の合流を待つ。

 彼はいま、”ボーイ”の家で、ノートPCをかっぱらっている最中のはずだ。


「どれどれ……?」


 双眼鏡で、遠方にある”ボーイ”の家を覗き見る。

 そこで何が起こっていたかは、よくわからない。

 だがやがて、


「――おっ。きたきたっ」


 暗闇の中、稲妻のように走る一人の男の姿を見て、沙羅はほっと胸をなで下ろした。

 少し遅れて、”ボーイ”の両親が家を飛び出す。

 何か、叫んでいるようだ。ここからでは、その声は聞き取ることはできない。


 狂太郎はいったん、フェイントがてら南の方角に走り去ったあと、街をぐるりと大回りしてこちらに向かう手筈になっていた。

 かくして想定通り、狂太郎がビルの扉をノックした……の、だが。


「少し、想定外のことが起こってる」


 到着するやいなや、狂太郎は部屋の中をぐるぐる回って、苦しそうに頭を掻きむしる。


「どうかした?」


 さすがに心配になった沙羅が訊ねると、


「どうも、ぼくの中にいる”ボーイ”は、すっかり混乱しているようだな」

「混乱? どういうこと?」

「十代なのだから無理もないことだが、――彼にとって”父親”は、かなり絶対的な存在なんだ。だから、いまぼくたちがしているような真似に、とてつもない忌避感があるらしい」

「ふむ」


 親離れできない子供は、ヨシワラにも多くいる。

 ”ボーイ”の気持ちも、わからなくはない。


「じゃ、どうするの? このまま元の世界にばっくれる?」

「結論を焦るな。いまぼくが、”彼”を説得する」


 いま狂太郎は「説得」といったが、要するにそれは、自問自答に近い。

 帰還後に至っても言語化が困難であるというその作業は結局、この世界を脱出するその瞬間まで彼を苦しめ続けた。


 その時、狂太郎が感じていたもやもやは、――例えるならば、”良心の呵責”に近いかもしれない。

 「そうすべきだ」と論理的にわかっているのに、どうしても気が進まない。できれば後回しにしたい。

 そういう感覚だ。


「ほんとに、大丈夫なんだろーね?」


 沙羅は眉をひそめて、狂太郎の顔を覗き見た。

 なんだか今日はずっと、心配してばかりいるな、と思いながら。


「言ったろ。問題はない。だが……」


 狂太郎は首を傾げながら、


「とりあえず、ぼくを一人にしてくれないか。まだ時間はたっぷりあるはずだろ?」


 一応、その通りであった。見たところまだ、それほど騒ぎは大きくなっていない。

 だが、時間が無限にあるわけではないことも、事実だ。

 遅くなれば遅くなるほど、――沙羅の負担も大きくなる。

 場合によっては、誰かを傷つけざるを得ない事態になるかもしれない。


「ねえ。狂太郎くん」

「なんだ」

「その、”ボーイ”って子が迷ってるのは、なんでなの?」

「わからん。思春期特有の心と言えばいいのか。……彼の記憶にアクセスすると、頭の中が引っかき回されるような感覚になるんだ。いま一応、説得してる。この世界の在り方には反するかもしれないが、決して誰かを不幸にする行為ではない、と」

「ふむ」

「だが、……ダメだ。この年のガキにありがちなことだが、結局自我にしか興味がない。彼に得なことがないというのが問題なのかもしれん」


 狂太郎は眉間を揉んで、――がっくりとうつむく。

 そしてまた、果てのない自問自答に傾倒するのだろう。


「そっか。なるほど」


 沙羅は得心がいって、


「そんじゃ、もし全部うまくいったら、おっぱい見せてあげるけど」

「馬鹿言え。――女の乳など、とうに見飽きて……――」


 と、そこで彼はいったん言葉を切って、


「――ふむ。『それならOK』だそうだ。ガキの性欲ってすごいな」

「親からの巣立ちは、性欲が生み出すパワーが原動力なの。ヨシワラなら常識よ」

「……あっそう」


 とはいえ、この一手は想定以上に効果が出たらしい。

 狂太郎はすぐさまノートPCを起動して、作業を開始した。


 そこから先は、二人ともしばらく、無言。

 沙羅はしばらく、ずらりと文字列が並ぶRPG制作ソフトの画面を眺めていたが、――すぐに飽きて、ぼんやりと街の外を眺めているだけの格好になる。


「あとどんくらい?」

「まだまだだ」


 という会話を、幾度繰り返しただろう。


「作業そのものは、思ったよりもかなり簡単だ。『RPGツクール』系だな……バグ関連のイベントに関しても、わかりやすく目印がある」


 そう言われても、沙羅には『RPGツクール』が何かわからないのだが。


「とにかく、これで作ったデータを、例のCDに焼き直せば、”ベルトアース”の異常性も消失するはず。……やれるぞ。ぼくたちは」

「ふーん」


 ぼんやりと答えつつ、沙羅は眉をしかめた。

 今さらながら、――思う。

 彼は気づいているだろうか。

 いましている作業は、”救世主”としての仕事の範疇に収まらない。

 ほぼ、”創造主”がすべき領域のことだ。これは。


――もしこのこと、上司に怒られたら……。ま、その時はその時か。


 それから、退屈な時間を持て余すこと数時間。

 時刻で言うと、零時を回った辺りである。


「――おっ」


 沙羅がちょっとだけ目を見開く。


「どうした?」


 狂太郎が、画面から目を離さずに、訊ねた。


「いや。――そろそろ、私の出番が、きたのかも」


 沙羅が目の当たりにしているのは、――街中の明かりという明かりが煌々と照らされる中で、……数匹の巨大な影が空を行く姿である。

 その姿には、見覚えがあった。


「”ブラック・デス・ドラゴン”かぁ」


 沙羅は、ちょっぴり厭だなあと思っている。

 同じ、爬虫類同士の戦いになってしまうから。

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