交番に背を向け、狂太郎、飢夫、”ああああ”の三人は、連れ立って街エリアを歩く。
すると、例の一件ですっかり有名人になりつつある飢夫に、辺りの住民たちが親しげに挨拶をしてきた。
それに対して、飢夫もユーモアたっぷりな返答で応える。
「島に突如として現れた、訳のわからんオモロイやつ」。
飢夫はすでに、そういうポジションを確立しつつあるらしい。
――なんだかんだで、人の心を掴むのは巧いんだよな。
自分にはない才覚だ。
実を言うと狂太郎は、飢夫のそういうところを素直に尊敬している。
「それで、これからどーするのがいいの?」
訊ねる友人に、狂太郎はちょっと頭を振って、
「実を言うと、少し困ってる。どうすればいいかよくわからん」
「なんだ。あんがい頼りにならないんだなあ」
「そういうな。さすがに”終末因子”が特定できないようなケースは珍しいんだよ」
「ふーん……」
「そこで、――飢夫。きみの力を借りたい」
「私の?」
「きみはたしか、『かいぶつの森』で遊んでたことがあったんだよな」
「うん」
「実を言うと今回、ぼくにはゲームの情報がほとんどないんだ。だからその経験を活かして、何か違和感がないか教えてくれ」
「違和感、というと……」
「どんな小さなことでもいい。ゲームでは決して起こりえなかったこと。この世界の存在を揺るがしかねないこと。全てだ」
「ふーむ」
飢夫は少し腕を組んで、
「……いいよ。わかった」
「ちなみに、――今回ぼくは、きみに手柄を譲ってやるつもりでいる。だから、殺音が以前話していた、”救世主”同士の競争云々の話は全部、無視してくれていいぞ」
「えっ。いいのかい」
「かまわないさ。そもそもぼくは、”救世主”が争わなきゃならないこのルールそのものに、疑問を抱いてる」
「ふーん」
「それと、ここではあまり、ぼくから離れるなよ。きみはほとんど、普通人と変わらないんだからな」
「おや。護ってくれるのかい」
「……そりゃな」
すると、飢夫の細くて滑らかな手が、狂太郎の腕にするりと巻かれた。
「ありがと、狂太郎。頼りにしてるよ」
「ひっつくな。殺すぞ。気色悪いにもほどがある」
「まあまあ、そう言わないでよ♪ あとでサービスしてあげるからさ」
「ひえええええええ」
ぶるぶるぶる、と、背筋に薄ら寒いものが走った。
繰り返し言うがこの男、――声と見かけは女の子だが、その中身は正真正銘完璧に、ただのおっさんなのだ。
風呂上がりにはビールを飲むし、酔ったらくだを巻くし、大雑把なところがあって、しかも居酒屋ではたこわさをやたら頼む。
綺麗な肌を維持するため、新宿の医療脱毛クリニックへ定期的に出かけていることも知っている。
狂太郎は目を細めてこの、女のような顔面の親友を睨んだ。
「仕事中だ。悪い癖を出すなよ」
飢夫にからかわれるのには慣れている。
若い頃、裏で付き合っていると噂されたこともあった。
だが狂太郎にとってこの男は、あくまで兄弟のような存在だ。飢夫にとってもそうであってほしい。
「………………ほう。つまり、……二人は……ふむ……」
その時、心なしか”ああああ”の視線が含む意味が変わった気がした。
「まあ、それはそれで……ぐへへ」
なにが、どういうことなんだ。
▼
「ところで」
「うん」
「私、すでにひとつだけ、気になってることがあるんだよね」
「なんだ?」
「例のウータン族殺しの件だけど」
「……ほう。何か違和感が?」
「そーだね。――とりあえず思ったのは、『かいもり』の世界観で、殺人事件なんて物騒なことは起こらないじゃないかってこと、かな」
「そうなのか?」
「うん。だって考えてもみなよ。『かいもり』は子供向けのゲームなんだよ? 殺人事件なんて、血生臭すぎる」
「そうかな」
飢夫の指摘は、半分間違っていて、半分正しい。
『かいもり』の世界は、浅いようでいて案外、奥深い。
例を挙げさせてもらうならば、――このゲームには、”デザイン・カスタム機能”と呼ばれるものが実装されている。
プレイヤーは、この機能を利用することにより、
・キャラクターが来ている洋服(帽子、靴、傘などアクセサリーを含む)
・キャラクターの容姿
・建物や家具
・地形
などを、自らデザインし直すことができるのである。
そうしたカスタマイズ要素を利用することにより、擬似的に「血生臭いイベント」を発生させることは不可能ではない。
実際、「かいもり」で検索すると、有志によって制作された「ホラー設定の村」や、「ファンタジックな世界観の村」など、多様な世界観を垣間見ることができるだろう。
「言われてみれば、暴力表現そのものが規制されている線は……なくはない」
「だね」
「つまり、飢夫の推理はこういうことかい。――全ては島民の自作自演で、殺人現場の血飛沫は、絵の具か何かで塗ったものだ、と」
「これまでの狂太郎の話を聞くに、そういう突飛なことも起こりうるんじゃないかな」
「ふむ」
そういう発想の転換ができるということは、――正直、少し頼もしい。
「よし。ではちょっと試して見よう」
「試すって、何を?」
狂太郎は応えず、常に持ち歩いている十徳ナイフをポケットから取り出す。
「え」
そこから先は、飢夫が止める間もなかった。
狂太郎は、まるでペンを走らせるかのように自分の手の甲を、ナイフでなぞって見せたのである。
当然、というべきか。そこに一本、赤い線が描かれた。じわりと血が滲む。
「わ、わ、わあ! 何するんだよ、狂太郎!?」
「一応、な。実験だ」
結果は単純。この世界にも、暴力は実在する。
ゲームの世界で暴力表現が禁じられているからといって、異世界でも常にそうだとは限らない。
狂太郎は嘆息して、
「なんか、すごく馬鹿馬鹿しいことをした気もするが。こういうことも”日雇い救世主”には大切なことだ」
「こういうことって?」
「常識を疑ってみること」
狂太郎はズバッと斬り捨てるようにそう言って、
「ところで、”ああああ”?」
少女に向き直る。
急に話を振られて、彼女は一瞬、夢から覚めたような表情になった。
「な、な、なんでしょう」
「この街、これまでに今回みたいな事件が起こったことはあるのかい」
「えっと」
少女は、まん丸い目玉を宙に泳がせて、
「私が記憶する限りでは、……いままで一度もない、かと」
「ちなみにきみ、何歳?」
「15歳です」
「そうか。と、なるときみ、物心ついてから、何年になる?」
「だから、15年ですけど」
「――? きみ、赤んぼうの時期は?」
「ありませんよ」
「ちょっと待て。――ないのか、きみ? 赤んぼうだったころが」
「はあ」
あー、でた。でました。今回の”異世界バグ”。
「赤んぼうがその辺を走り回っているような時代は、ずいぶん前に過ぎ去りましたねえ」
言われてみればこの島、まだ一人の子供の姿も見かけていない。
「ええと……」
「あれ? あなたたちの住んでいるところでは違うのですか?」
「……。いや、違うな」
後々、飢夫とこの”異世界バグ”の正体について相談したところ、
――『かいもり』って、現実時間と連動してるゲームなんだけど、あの世界の住民って、歳を取ったりしないんだよ。ゲーム機の時間を百年進めても、以前と変わらない姿で笑ってる。だからこんな、ヘンテコなことになってるのかもね。
とのこと。
「でもそうなると、少しおかしくないかい」
口を挟んだのは、飢夫だった。
「”ああああ”ちゃん、――さっき君、わたしの誘いを断らなかったよね。ってことはこの世界の住人も、セックスはするってことだ。子供を作らないのに、なんでセックスする必要があるんだい?」
「えっ……それ、私の口から言わせるんですか?」
「うん」
異世界での振る舞いを少しずつ憶えてきたらしい飢夫は、興味津々だ。
「そりゃ、もちろん……気持ち、いいからですけど……」
「ほう!」
そこでこの友人は、満面の笑みを浮かべて。
「なるほど。なあ狂太郎、聞いたかい。この世界の住人は、ただ気持ちがいいからセックスするんだそうだ」
「わざわざ言い直さなくても、いま隣で聞いてたろ」
「わたし、この世界、――ちょっと好きになれそうだぞ」
「あっそう」
狂太郎は嘆息する。
もちろん、そこで疑問が尽きたわけではなかった。
おっさん二人が、若い娘にする話題ではないことはわかっている。
だが、どうしてもこの一件、聞かないわけにはいかない。
「なあ、”ああああ”」
「はい?」
「きみたちは、老いない。子供も産まない。そこまではわかった」
「はい」
「しかし決して、不死というわけじゃない。そうだね」
「そうですねえ。――ちょうどさっき、殺人事件を見たところですし。それ以外にも、いろんな原因で死者はでます。病気とか、事故とか」
ところでこの娘、「殺人事件」というたび、どこかうっとりした表情になる。
「なら聞きたいんだが、――きみらは、どうやって種族の個体数を増やすんだい」
「単純です。島の外に、工場があるんですよ」
「……工場?」
「ええ。動物の生産工場です。何らかの理由で死亡した個体が現れた場合、役所に届け出れば新しい住人が送られてくるのですよ」
「そうか」
狂太郎、目を細めて、腕を組む。
まるで、ディストピア系SF小説のような話だ。
言われてみれば、シックスくんの担当する世界は、SFっぽい世界観が多いんだったか。
――今回の一件。攻めるなら、その辺りかな。
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