日雇い救世主の見聞録

”すばやさ”がカンストしたおっさん、異世界救済スピードランに挑む
津田夕也
津田夕也

173話 アザミの日記①

公開日時: 2021年3月23日(火) 21:02
更新日時: 2022年7月23日(土) 23:46
文字数:3,436

基督皇歴(※1)1612年 花月 4の日

 ことの発端は、数年前に亡くなった祖父から送られていた、一通の手紙でした。


『人生に絶望したその時以外、決して開かないこと』


 と、但し書きのあるその手紙の内容は、以下の通り。




『アザミへ


 これを読んでいるということは、……夢に破れて、途方に暮れているということだろう。

 カワイイ孫よ。儂も同じ経験をした。

 ”成功”という名の幻想を追いかけて、多くのものを犠牲にしてきたんだ。


 だけれど、この歳になってわかることがある。

 本当に大切なものは、目に見えるものじゃあない。

 生きる上で一番大切なのは、人の心の、繋がりの中にあるって。


 ありがちな説教に聞こえるかい?

 そんな言葉、子供の頃から耳にタコができるほど聞いてきたって?


 だが、もう一度だけ、真剣に聞いておくれ。

 いま、お前を苦しめているあらゆるものを投げ出したって、構わないんだよ。

 逃げ出した先に、自分の居場所を見つけることだってあるんだから……。


 甘いものを食べなさい。

 髪を切って、

 部屋から埃を取り払って、

 ベッドとシーツを洗濯し、

 ぐっすりとお眠りなさい。


 お前が死んだら哀しむ人を、たくさん作りなさい。


 もし、今いるその場で、それができないなら。

 そこから背を向けて、環境をがらりと変えてみなさい。

 お前の”逃げ場所”が記された地図、それに土地の権利書を同封しておきます。


 ながく。

 健やかに暮らしておくれ、アザミ。

 それだけが、儂の望みなんだから』




 もうね。泣きましたね。しこたま泣きましたとも。

 だってこの内容、もろ私の心臓に、ブッ刺さりだったんです。


 長らく、不義理にしていた負い目も手伝ったのでしょう。


 「おじーちゃんごめんなさい。おじーちゃんごめんなさい」と百度ほど言って、……涙が涸れた頃には、すっかり私の心は、様変わりしていました。


――辞めましょ。こんな仕事。


 気がついた瞬間には私、辞表を手に”冒険者ギルド”へ向かっていて。


 そして今。

 祖父が残してくれた、このお屋敷で、日記を書いています。


 ……。

 それにしても。

 おじいちゃん、もうちょっとだけでいいから、片付けて欲しかった。

 せっかくの工房アトリエが滅茶苦茶です。


 今から暗くなるまでに、せめて眠れるスペース、確保しなくちゃ。



基督皇歴1612年 花月 7の日

 前回の日記から、数日経ちました。

 けっこー、……けっこーがんばりました!

 まあ、がんばってくれたのは主に、村に残っていた人たち、ですけれど。

 でもお陰でようやくお屋敷も、人間の住処らしくなりました。


 今のところ、ここにいる仲間はたった三人だけ。

 デイビット、トム、アビー。

 みんなずっと、私の命令を待っていたみたい。


 ……って訳で! とりあえず明日からこの、寂れきった村を復興するところから始めます!

 テンション上がってきましたわああああああ(空元気)!


 って訳でまず、この辺の山菜・薬草を取るところから初めてみましょう。

 おじいちゃん、昔言ってました。この辺りの薬草はよく効くから、売り物になるって。

 私、しばらくは山菜売りお姉さんとして頑張ります!



基督皇歴1612年 花月 8の日

 そろそろ、木の実ばっかり食べるのも飽きてきたかしら。


 ……って訳で今日は、トムに魚を釣ってきて貰いましょう、そうしましょう。

 釣りのやり方はよく知らないけど、いいかんじの枝があったから、持ってきた糸と縫い針を使って、釣り竿を作ってみました。

 でも……うーん? あんまりそれっぽくないような……。

 ちゃんとした釣り針が欲しいですねえ。



基督皇歴1612年 花月 10の日

 トムの釣り、初日はそこそこの釣果だったから「いけるじゃん!」と思ったけど、だんだん釣れなくなってるみたい。

 あんまり同じ場所に行くのは良くないのかしら?

 うううむ。うまくいかない。トムも、もうちょっとだけ融通を利かせてくれたらいいんですけれど、ちょっとボンヤリ屋さんだから。

 とにかく今のうちに、生活を安定させないと。

 冬が来てから慌てるようじゃ、遅いもの。



基督皇歴1612年 花月 12の日

 げっと:釣り針 10本

     工具セット(トンカチ、斧、のこぎり、釘抜き、釘いっぱい) 1箱

     紅茶(下級品だけど、これは絶対にいる!) 4袋

 あうと:やくそう 100束


 ちょっと遠出して、行商人さんと物々交換。

 すこしオマケしてもらっちゃいました!


 とりあえず、雨よけできる小屋をあと2ツほど作ったら、……ようやく、錬金術の出番ですわね。

 ”ギルド”の仲間からちょっと囓った程度の初歩的な術しか知らないけど、それでもこの辺の人なら、きっと喜んでくれるはず!


 とりあえずいまは、蒸留水をたっぷり作っておきましょう。

 不純物のない水は、錬金術の基本ですからっ(うけうり)!



基督皇歴1612年 花月 14の日

 はい!

 ってわけで今日からいよいよ、デイビットとアビーが取ってきた素材を利用して、簡単なお薬を作成する……つもりだったんですけれど!

 なんとなんとなんと! ここにきて、新顔ニュー・フェイスの登場だあ!


 その名も、リリーちゃん! じゅっさい! 若い!


 どうやら彼女、……あっちこっち点々として、よーやくここに流れ着いたみたい。

 最初はずいぶん怯えてたけど、今朝釣れた鮭料理(塩気たっぷり)を振る舞ったら、直ぐに仲良くなれましたわ。

 かなり元気がないみたいだから、そこだけ心配。


 話を聞いた感じ、――彼女のお父さんとお母さんは……もう……。

 私たちが、家族になってあげなきゃ。



基督皇歴1612年 花月 15の日

 さて。今日こそ、錬金術を実践する日。

 今回作りたいのは、”爆発瓶パウダー・ボトル”と呼ばれるものです。投げるとどかーんって爆発するやつ。

 こちら、近所にあるオメガ岩とカエン粉を8:2の割合で瓶に密封したものになります。魔物退治にはもちろん、邪魔な障害物を壊すのにも使える優れものですよ。

 これを山ほど作って、商売しましょう!



基督皇歴1612年 花月 18の日

 今日はちょっぴり哀しくて、嬉しいことがありました。

 というのも、リリーちゃんが、とある事件を起こしまして。


 彼女、――晩ごはんを食べるとき突然、こんなことを言い出したんです。


「パパとママの家に帰りたい!」


 って。

 それで、……突然、夜の山へと飛び出しちゃって。

 もちろん、私はすぐに追いかけました。

 だってこの辺り、人里からすっかり離れています。

 一人っきりじゃ、絶対に危険ですから。


 リリーちゃんは、……月明かりを追うだけで、簡単に見つかりました。

 まあ、この辺りの夜は、月明かりだけが頼りです。

 明るい方を目指せばいいっていうのは、ごく普通のことですけれど。


 不思議と拓けた小高い丘に、リリーちゃん、風に吹かれて三角座り。


「どうしてこんなことに」

「わたし、なんにもわるいことしてないのに」

「かえりたい。でも、かえるばしょがないの」


 って。

 一人、ぶつぶつと。

 そんな彼女を私、そっと抱きしめて、こんな話をしました。


「私に、あなたを留めることはできないわ」

「でも、――他に行く場所がありまして?」

「あなたはここで、自分にできることを一つ一つ、やっていくしかありませんのよ」


 私たち、しばらくずっと、泣いていました。

 だって、その時リリーちゃんに言った言葉、……私自身にも言えることだったんですもの。

 ”冒険者ギルド”になじめなかった私は結局、おじいちゃんの遺産を頼ってここにいます。どこにも行く場所はない。

 望んでいた都会での暮らしは、私の人生を疲弊させるだけでした。


 でも、いつしか二人、温かい気持ちになっていました。

 寂しい気持ちが、通じ合ったっていうのかな。


――本当に大切なものは、目に見えるものじゃあない。


 その時、おじいちゃんの手紙の意味が、少しわかった気がします。


 そしてもう一つ、うれしかったこと。

 二人が、お腹を空かせて屋敷に戻ったら、―― デイビット、トム、アビーが、ご飯を食べずに待ってくれていたんです。


 トムが、「家族が揃っているから、ご飯は美味しいんだよ」って。


 私、ここに来て良かった。



基督皇歴1612年 花月 17の日

 今日は、朝から奇妙な来訪者がありました。

 上等なコートを羽織った、怖い顔の男の人。

 彼、私を見るなり、ほっと安堵して、


「こんにちは、アザミ。ぼくは世界を救いに来た者だ」


 ですって。

 彼の名前は、――”ナカミチ キョータロー”さん。


 ……っていうかこの人、なんで私の名前、知ってますの?

 あやしいー。


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(※1)

 原文では、基督+皇帝の造語が使われている。

 雑な翻訳で申し訳ないが、本編中ではこのように表現させていただきたい。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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