五人で泊まるはずだった部屋に、ぽつんと一人。
「ふむ……」
一人唸って、――彼女の帰りを待つ。
ほどなくして、
「ほい、おつかれさまっす」
《ゲート・キー》を通じて、敬礼ポーズの沙羅が戻ってきた。
四人の姫君は無事ヨシワラで働くことになったこと、しばらくは『魔性乃家』で寝泊まりすることを告げて、余ったベッドに、ぽすっと腰掛ける。
「それにしても……あんな上モノが一度に四人も……うふふふふふ」
と、ほくそ笑むサラマンダー娘。
なんとなくその口ぶりから、妖しい魂胆が見え隠れしていたが、――この一件に関しては、後回し。いまはとにかく、仕事優先だ。
「ところで、《無》の情報はどこまで調べが付いてる?」
「あー……それね」
沙羅は、少し考え込んで、
「私もしょーじき煮詰まってきたとこだし、……教えても良いけどさ。もし見つけたら、私にも情報、頂戴ね」
「当たり前だ。それどころか、数が手に入るようなものなら”救世主”全員が標準装備すべきだと思っている」
「あら、そう?」
「ああ。これ以上、”転移者”による殉職者を一人でも出すべきではない」
人材は、――特に、幾度となく死線をくぐり抜けてきたような人材は、使い捨てるべきではない。どうもこの界隈、そう思っていない者も多いようだが。
ただ、その考えに関しては沙羅も同意見だったらしく、
「それじゃ、教えちゃおっかなー♪」
と、蜥蜴の尻尾をぱったんぱったんする。
「まず、……以前にここで《無》を手に入れたっていう”救世主”の情報。――その人、なんでも、この世界の北の果てまで行ったんだって」
「北、か」
つまりこの、延々と北南に延びている世界、――”ベルトアース”の、最終マップがある方角へ進んだということか。
「ただ向かうだけなら、いまからでも行って帰ってこれそうだが」
「それが、――そうもいかないの。わかってるでしょ? この世界のヤバさ」
「ああ……まあな」
狂太郎の脳裏に、賢者を名乗った老人のバグった顔が思い出される。
「私も無理に移動しようとしたんだけど……ダメだった。途中、見えない壁があってさ。それをムリヤリ抜けたら、例の『あ”め”ま”!』ってやつ。……街の人みんながそんな感じになっちゃって。すっごく怖かった……」
「強行突破は?」
「できないっぽい。その状態で進めば進むほど、見えない壁があっちこっちにできていく感じ。最終的にはなんか、一生身動きできなくなる気がして、――結局、ここまで戻ってきちゃった」
「ふむ……」
その感じ。
「たぶんそれ、フラグを立ててないから、だろうな」
「……フラグ、――旗? ちょっと翻訳がよくわからなくって……どう言う意味?」
「コンピュータ用語の一種でね。要するに、鍵となる条件を満たさないと、先に進めない仕様になってるんだろう」
「そんなこと、あるの?」
「あったよ。これまでの世界では、ちょくちょく」
「ふーん……」
沙羅は少し疑わしげだったが、――やがて、
「ま、”史上最速の救世主”の言葉だしね、信じてみましょ」
と、自分を納得させる。
「ちなみに、ここんとこ私、オフなの。ついていっていいよね?」
「別に構わないけど……そんなことしなくても、《無》を手に入れたら、くれてやるぞ」
「それだと、私と、私の仲間がみんな、一方的にあなたに借りを作ることになるでしょ。そういうの、ウザぃ……、じゃなかった。悪いじゃん」
いま、「ウザい」って言われなかった?
「まあ、それならそれで。――ちなみに、今日はもう遅い。なにが《無》に繋がるかわからないことだし、ぼくはここで泊まるが、――きみはどうする?」
「私は、ヨシワラにある自宅で寝るよ。四人の姫の様子も気になるし」
「そうだな。それがいい。……ちなみに、明日の朝は早いぞ。それでいいか」
「いいですとも。ヨシワラの女は、早起きが得意なの」
▼
その後、狂太郎はしばらく、夜のチェシャの街を散策して、――結果、何も起こらないことを確認した後、
――やはり鍵は、最初に見かけた老人か。
と、検討をつける。
一応その後は、壁に向かってぼんやり歩いてみたり、何もないところで持ち上げるような動作をして見たり、跳んだり、ベッドの上で前転したりなどしてみたりしたが、そのような狂態を演じたところで結局、《無》を取得することはできそうになかった。
――うーん。ネットの動画とかだと、こんな感じで採れる気がしたんだが。
そもそも「無を取得」というのは、ゲームプレイ動画などで見られるバグ技の一種である。
操作しているキャラクターに「存在しないもの=無」を持たせる動作を行うことで、その他様々なバグを誘発するテクニックだ。
ゲームにおけるバグは、――プログラムを喰らい、連鎖的に破壊してしまう虫のようなもの。故に、一つの大きなバグは、数多のバグを引き寄せるのである。
その夜は結局諦めて、狂太郎は広い部屋で眠ることになる。
旅人をほとんど泊めたことがないという宿屋のベッドは、ほとんど新品同様の清潔さであった。
▼
そして、次の日。
日が昇ると同時に沙羅と合流した狂太郎は、まず例の”賢者スペード”とやらがいた場所に戻ることにする。
その際、
「では、移動はぼくの背中に乗ってくれ」
というと彼女、完全に変態を見る目でこちらを見て、
「え? ……厭だけど」
とのこと。
「えっ」
「え?」
「……でも、ここからだと目的地まで、わりと時間掛かるし」
「いやいや。だとしてもトツゼン、背中に負ぶされって……ちょっとおかしい気がするんだけど。……セクハラ?」
言われて初めて、少しはっとする。
これまであまり気にしてこなかったが、確かにこれは、同業者に言うものとしては少々、異様な申し出かも知れない。
そもそも自分以外の”救世主”は、それほど生き急いでいないのだ(※6)。
「それでは、……ぼくが、先に行っていろいろ確かめてくる。きみの方は……そうだな。……すぐそこにある市場の……コーラが売られている列に、並んでいてくれ」
「コーラ? なんで?」
「必要だからだ」
「……ふーん」
そういう段取りになった。
▼
その後、狂太郎が”賢者スペード”とやらの寝転んでいた場所に戻ると、――そこには、前回通りかかったときと変わらず、
「コーラを……コーラをくれ……」
と言って寝転んでいる男の姿があった。
狂太郎は嘆息して、
「わかった。今度は、――イチからちゃんとやるよ」
と告げた後、来た道を引き返す。
そして既に並んでくれていた沙羅と合流、今度はちゃんと、コーラ売りの男に話しかける。
「ん? あんた、どこかで見たことが……」
「気のせいです。あるいは人違いです」
「でも、たしか昨日、……あ……あ……あ……あ”め”……」
そこですかさず、沙羅が口をはさんだ。
「コーラを! コーラを売って下さい」
すると、コーラ売りの男は正気を取り戻し、
「ん。わかった。コーラは120ゴールドだよ」
「ゴールド? ……この辺じゃ、物々交換が主流なのに……いいんですか」
「そうなんだけど、――古い決まりでね。コーラは現金と決まってるんだ」
「ふーん」
「で、で、でも……ホントは俺も、役に立たないお金より、物々交換の方が良くて……あ…………あ………あ”め”……」
「あ。買います。現金で買います。いま、支払います」
狂太郎、ちょっぴり泣きそうになりながら、120ゴールドを押しつける。
――もう厭だ、この世界の連中。すごく不安定なんだもの。
すると、元気いっぱいのナレーションが、
>>ボーイは ねんがんの コーラを てにいれた!
とのこと。
ホッと一息吐く。
とはいえ、――これでこのイベントが終わる訳がないと、わかっていたが。
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(※6)
後々狂太郎が考察したところこれは、”エッヂ&マジック”と、”金の盾”における仕事の向き合い方の違いらしい。
前者は歩合制。後者は月給が決まっている。
だからだろう。”金の盾”の”救世主”たちはみな慎重で、一つの世界の救済に時間をかけることを厭わない。
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