日雇い救世主の見聞録

”すばやさ”がカンストしたおっさん、異世界救済スピードランに挑む
津田夕也
津田夕也

179話 アザミの日記⑦

公開日時: 2021年3月30日(火) 22:27
更新日時: 2022年7月23日(土) 23:47
文字数:3,174

基督皇歴1612年 無月 1の日

 さて。いよいよやってきました、冬。

 朝起きれば、一面雪景色。

 流石にこの状態では、大した活動はできません。

 ”食屍鬼”のみんなも部屋に籠もって、室内作業をメインにしてもらって。


 ……それにしても、動いてないのにご飯ばかり食べるというのも、すこし気が引けますねえ。

 ”食屍鬼”たちの省エネぶりが羨ましい。

 彼ら、樹の実をちょっと食べるだけでも生きていけますから。



基督皇歴1612年 無月 2の日

 ローズさん、こんな雪の中でも毎日働いてます。

 なんでも、数件ほど溜まっていた”ギルド”の依頼をまとめて受けてきたみたい。


「特に最近、この辺の依頼が激減してるのもあってさ。一緒に来てくれる仲間もいないし、――そうなると、泊まりになったとき困るでしょ? お陰で助かったわ」


 なんて。

 ”依頼が激減してる”理由ってたぶん、私たちのせい、ですよね。



基督皇歴1612年 無月 3の日

 ローズさん、最初に現れた時は、てっきりお金でもせびられるのかと思ってたけど、毎日真面目に仕事してるみたい。感心感心。



基督皇歴1612年 無月 4の日

 ……なーんて、ノンキなことを言ってた私がバカでした。

 ローズさん、いつの間にか私の部屋の本を漁ってて。

 それくらいならぜんぜん構わなかったんですけど、……拙かったのは、――祖父の手記を見られたこと。


「アザミ。やっぱりあなた、……あの有名な”死者の王グール・キング”の孫、――だったのね」


 よりにもよって。

 一番知られたくなかったことを。

 一番知られたくないひとに。


「信じられない。――あの男が何をしたか、知ってるの? 奴は、この世界を滅ぼそうとしたんだよ! あなた、そんな男の術を使っているんだ。そんなこと、――絶対に許されない!」


 そこまで言われた瞬間、頭の中に、これまでの色んなことが浮かんでしまって。

 そして、わっと目の前が真っ赤に染まっていて……。

 気づけば食屍鬼たちに、彼女の拘束を命じていました。


 今、ローズさんは地下牢にいます。


 私はいま、村の主として、一つの選択を迫られていました。

 要するに、――彼女を、このまま殺してしまうか。

 それとも、生かして街へ帰すか。



基督皇歴1612年 無月 5の日

 気がつけば私、”救世主メシア”さまに助言を求めています。

 だってキョータローさん、預言書を持ってるって。確かにそう、前に言ってたから。


 でも、その返答は冷たいものでした。


「悪いがそれは、きみ自身が決めることだ」

「ぼくにとって、――というかこの世界にとって、きみが個人的に憎んでいるいじめっ子の生死など、わりと些細な問題なんだ」

「ぼくの目的は、あくまで”終末因子”。それ以外のことには、なるべく介入したくないんだよ」


 ローズさんのことは、私がたくさん悩んで、悩んで悩んで、そうして結論を出さなくちゃいけないんですって。

 頭を抱える私に、キョータローさんは目を細めて、こうおっしゃいました。


「まあ、殺してしまっても構わないんじゃないか?」

「だってそうだろ。――”食屍鬼”にすれば、人員が増えるし」



基督皇歴1612年 無月 6の日

 それで。けっきょく私、ローズさんを……逃すことに、しました。

 彼女、別れ際に、こう言いました。


「私、あなたのこと、”ギルド”のみんなに言うから」


 って。


 私も、彼女にはっきりと、こう言います。

 ”ギルド”時代、――あなたせいで殺された私の”食屍鬼”たち。

 あなたは、その仇である、と。


 ローズさんは何も言わず、必要最小限度の旅支度をして、雪の中を出て行きました。

 困ったな。あとあと、大勢で攻め込めてこなければいいけれど。


 村の戦力、強化しておいた方がいいかしら?



基督皇歴1612年 無月 7の日

 ってわけで私たち、大慌てで戦力増強を行っています。

 もうこうなったら、あんまり目立ちたくないとか、倫理的な問題とか、そーいう甘っちょろいことを言ってられませんから……。

 都合の良いことに、今は冬。あちらこちらに死体が溢れる時期。そして、出来上がった死体がもっとも腐りにくい時期。


 ごーごー! キョータローさん! もう私、あなたをお止めしませんから!


「……ほらな? どうせこういう展開になると思ってたんだ」


 なんて言いながらキョータローさん、たった一晩で30体ものの死体を確保してくれました。しかもいずれも、ちゃあんと遺族から買い取ったもの。


 こういう時でも筋を通す、――はんぱねぇぜ、キョータローさん。



基督皇歴1612年 無月 8の日

 さすがに、一気に30人も仲間が増えるとなると、――さすがに名前を付けてられません。

 後半、適当に名付けることになっちゃいそうですから。

 ってわけで残りはそれぞれ、自分で名付けて貰うことに。



基督皇歴1612年 無月 10の日

 とりあえず、村周辺にがっつり防壁を築いて、と。

 石は、安定のキョータローさん経由で購入してもらっていて、村周辺を防御するには十分な量が手に入っています。

 これに、”セメント”という”マジック・アイテム”を使用。こちら、水と砂を混ぜ混ぜするだけで、強固な接着剤になるという優れもの。

 こういう情報を得たのも、本を読んだお陰です。

 いやあ。何ごとも、知っておいて損はない。

 情報を得た者が勝つ世の中ですねえ。



基督皇歴1612年 無月 11の日

 キョータローさん、さらに追加で50体の死体を補給。

 この人、やるときはわりと徹底的にやる人、ですねえ。

 とはいえさすがに、これ以上増やすのは……、と、難色を示すと、


「わかってる。ダンバー数を上回るつもりはない」


 って。

 だんばー? なんじゃそりゃ? と思っていると、


「人間が円滑な関係性を保てるグループの人数だ。100~250人の間だと言われてるらしい。……って、最近漫画で読んだ」


 へー。そーなんだー。

 まあ、これ以上死体を増やされても、魔力不足で仲間を増やせないんですけど。

 それに”食屍鬼”のみんなって欲に対する執着があんまりないから、いくら増やしても喧嘩とか、しないと思いますよ?



基督皇歴1612年 無月 14の日

 気がつけば我が村、あっという間に城塞化。

 たった半月でこれほどの砦を築けるとは、――我ながら恐ろしい力、です。


 でも、だからかもしれません。

 ローズさんや”ギルド”のみんなが、私をひどく恐れたのは……。



基督皇歴1612年 無月 15の日

 ここ最近、キョータローさんが金にものを言わせて人数分の武具を用意してくれています。


 銀の剣に銀の槍、銀の弓。


 とにかく銀ピカの武器が日々、我が村にダースで運び込まれています。


「っぱ、耐久性よりも威力よ。各自、武器を四本ずつ持って戦えばいい」


 とのこと。


 私も、戦いに備えて戦闘用の”マジック・アイテム”を量産中。


 ……あとは防壁に、対爆用の仕掛けもほどこさなくちゃ。


 結構、手間がかかるものですね。戦争の準備って。

 でも最近、ちょっと楽しくなってきました。

 お祭りの準備をする気持ちっていうのかな。

 こーなったらもう、早く来ないかしら。”ギルド”のみんな。


 なーんてノリはひょっとして、……不謹慎?


 でも思うんです。売られた喧嘩に対抗するのであれば、――私は、私の思うがままに残酷な自分を解放することができる。

 世の中、きれい事だけじゃあ渡っていけません。



基督皇歴1612年 無月 16の日

 な~んて、昨夜はテンション高めで暗い気持ちを書き綴りましたけど、……ここまで準備して、初めて気付いたことがあります。


 そもそもローズさん、仲間を連れて戻ってくるかしら?

 わざわざそんな、なんの利益もないこと、”冒険者”である彼女がするかしら。


 ここのところ、怒濤の勢いで村の防備を固めてきましたが。

 ひょっとしてぜんぶ、……私の被害妄想でやったこと、だったりする?

 そんな疑問をキョータローさんに訊ねても、ぴーぴーと下手な口笛で誤魔化されるばかり。


「まあ、――いいんじゃないか? 力をつけて、損なことはない」


 頼りにならない”救世主”様だなあ。

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