基督皇歴1612年 無月 1の日
さて。いよいよやってきました、冬。
朝起きれば、一面雪景色。
流石にこの状態では、大した活動はできません。
”食屍鬼”のみんなも部屋に籠もって、室内作業をメインにしてもらって。
……それにしても、動いてないのにご飯ばかり食べるというのも、すこし気が引けますねえ。
”食屍鬼”たちの省エネぶりが羨ましい。
彼ら、樹の実をちょっと食べるだけでも生きていけますから。
▼
基督皇歴1612年 無月 2の日
ローズさん、こんな雪の中でも毎日働いてます。
なんでも、数件ほど溜まっていた”ギルド”の依頼をまとめて受けてきたみたい。
「特に最近、この辺の依頼が激減してるのもあってさ。一緒に来てくれる仲間もいないし、――そうなると、泊まりになったとき困るでしょ? お陰で助かったわ」
なんて。
”依頼が激減してる”理由ってたぶん、私たちのせい、ですよね。
▼
基督皇歴1612年 無月 3の日
ローズさん、最初に現れた時は、てっきりお金でもせびられるのかと思ってたけど、毎日真面目に仕事してるみたい。感心感心。
▼
基督皇歴1612年 無月 4の日
……なーんて、ノンキなことを言ってた私がバカでした。
ローズさん、いつの間にか私の部屋の本を漁ってて。
それくらいならぜんぜん構わなかったんですけど、……拙かったのは、――祖父の手記を見られたこと。
「アザミ。やっぱりあなた、……あの有名な”死者の王”の孫、――だったのね」
よりにもよって。
一番知られたくなかったことを。
一番知られたくないひとに。
「信じられない。――あの男が何をしたか、知ってるの? 奴は、この世界を滅ぼそうとしたんだよ! あなた、そんな男の術を使っているんだ。そんなこと、――絶対に許されない!」
そこまで言われた瞬間、頭の中に、これまでの色んなことが浮かんでしまって。
そして、わっと目の前が真っ赤に染まっていて……。
気づけば食屍鬼たちに、彼女の拘束を命じていました。
今、ローズさんは地下牢にいます。
私はいま、村の主として、一つの選択を迫られていました。
要するに、――彼女を、このまま殺してしまうか。
それとも、生かして街へ帰すか。
▼
基督皇歴1612年 無月 5の日
気がつけば私、”救世主”さまに助言を求めています。
だってキョータローさん、預言書を持ってるって。確かにそう、前に言ってたから。
でも、その返答は冷たいものでした。
「悪いがそれは、きみ自身が決めることだ」
「ぼくにとって、――というかこの世界にとって、きみが個人的に憎んでいるいじめっ子の生死など、わりと些細な問題なんだ」
「ぼくの目的は、あくまで”終末因子”。それ以外のことには、なるべく介入したくないんだよ」
ローズさんのことは、私がたくさん悩んで、悩んで悩んで、そうして結論を出さなくちゃいけないんですって。
頭を抱える私に、キョータローさんは目を細めて、こうおっしゃいました。
「まあ、殺してしまっても構わないんじゃないか?」
「だってそうだろ。――”食屍鬼”にすれば、人員が増えるし」
▼
基督皇歴1612年 無月 6の日
それで。けっきょく私、ローズさんを……逃すことに、しました。
彼女、別れ際に、こう言いました。
「私、あなたのこと、”ギルド”のみんなに言うから」
って。
私も、彼女にはっきりと、こう言います。
”ギルド”時代、――あなたせいで殺された私の”食屍鬼”たち。
あなたは、その仇である、と。
ローズさんは何も言わず、必要最小限度の旅支度をして、雪の中を出て行きました。
困ったな。あとあと、大勢で攻め込めてこなければいいけれど。
村の戦力、強化しておいた方がいいかしら?
▼
基督皇歴1612年 無月 7の日
ってわけで私たち、大慌てで戦力増強を行っています。
もうこうなったら、あんまり目立ちたくないとか、倫理的な問題とか、そーいう甘っちょろいことを言ってられませんから……。
都合の良いことに、今は冬。あちらこちらに死体が溢れる時期。そして、出来上がった死体がもっとも腐りにくい時期。
ごーごー! キョータローさん! もう私、あなたをお止めしませんから!
「……ほらな? どうせこういう展開になると思ってたんだ」
なんて言いながらキョータローさん、たった一晩で30体ものの死体を確保してくれました。しかもいずれも、ちゃあんと遺族から買い取ったもの。
こういう時でも筋を通す、――はんぱねぇぜ、キョータローさん。
▼
基督皇歴1612年 無月 8の日
さすがに、一気に30人も仲間が増えるとなると、――さすがに名前を付けてられません。
後半、適当に名付けることになっちゃいそうですから。
ってわけで残りはそれぞれ、自分で名付けて貰うことに。
▼
基督皇歴1612年 無月 10の日
とりあえず、村周辺にがっつり防壁を築いて、と。
石は、安定のキョータローさん経由で購入してもらっていて、村周辺を防御するには十分な量が手に入っています。
これに、”セメント”という”マジック・アイテム”を使用。こちら、水と砂を混ぜ混ぜするだけで、強固な接着剤になるという優れもの。
こういう情報を得たのも、本を読んだお陰です。
いやあ。何ごとも、知っておいて損はない。
情報を得た者が勝つ世の中ですねえ。
▼
基督皇歴1612年 無月 11の日
キョータローさん、さらに追加で50体の死体を補給。
この人、やるときはわりと徹底的にやる人、ですねえ。
とはいえさすがに、これ以上増やすのは……、と、難色を示すと、
「わかってる。ダンバー数を上回るつもりはない」
って。
だんばー? なんじゃそりゃ? と思っていると、
「人間が円滑な関係性を保てるグループの人数だ。100~250人の間だと言われてるらしい。……って、最近漫画で読んだ」
へー。そーなんだー。
まあ、これ以上死体を増やされても、魔力不足で仲間を増やせないんですけど。
それに”食屍鬼”のみんなって欲に対する執着があんまりないから、いくら増やしても喧嘩とか、しないと思いますよ?
▼
基督皇歴1612年 無月 14の日
気がつけば我が村、あっという間に城塞化。
たった半月でこれほどの砦を築けるとは、――我ながら恐ろしい力、です。
でも、だからかもしれません。
ローズさんや”ギルド”のみんなが、私をひどく恐れたのは……。
▼
基督皇歴1612年 無月 15の日
ここ最近、キョータローさんが金にものを言わせて人数分の武具を用意してくれています。
銀の剣に銀の槍、銀の弓。
とにかく銀ピカの武器が日々、我が村にダースで運び込まれています。
「っぱ、耐久性よりも威力よ。各自、武器を四本ずつ持って戦えばいい」
とのこと。
私も、戦いに備えて戦闘用の”マジック・アイテム”を量産中。
……あとは防壁に、対爆用の仕掛けもほどこさなくちゃ。
結構、手間がかかるものですね。戦争の準備って。
でも最近、ちょっと楽しくなってきました。
お祭りの準備をする気持ちっていうのかな。
こーなったらもう、早く来ないかしら。”ギルド”のみんな。
なーんてノリはひょっとして、……不謹慎?
でも思うんです。売られた喧嘩に対抗するのであれば、――私は、私の思うがままに残酷な自分を解放することができる。
世の中、きれい事だけじゃあ渡っていけません。
▼
基督皇歴1612年 無月 16の日
な~んて、昨夜はテンション高めで暗い気持ちを書き綴りましたけど、……ここまで準備して、初めて気付いたことがあります。
そもそもローズさん、仲間を連れて戻ってくるかしら?
わざわざそんな、なんの利益もないこと、”冒険者”である彼女がするかしら。
ここのところ、怒濤の勢いで村の防備を固めてきましたが。
ひょっとしてぜんぶ、……私の被害妄想でやったこと、だったりする?
そんな疑問をキョータローさんに訊ねても、ぴーぴーと下手な口笛で誤魔化されるばかり。
「まあ、――いいんじゃないか? 力をつけて、損なことはない」
頼りにならない”救世主”様だなあ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!