玩具のような空港。
玩具のような小型ジェット機。
そして、人形劇のキャラクターを想わせる、”ガチョウ族”のパイロット。
ちょっと覗き見たところ、まるで低予算のコント番組を想わせる、簡素な操縦席だった。
「これで……本当に飛ぶんだろうな」
少し不安になったが、同行した”ああああ”曰く、「ユーザビリティを極めた結果」とのこと。
確かにこれなら、説明書をちょっと読んだだけで動かすことができそうだ。
「優れたデザインというのはむしろ、幼児的になるものです」
「……そうかねえ」
実際、飛行機は何の問題もなく飛行した。
どうもこの世界では、それがスタンダードらしい。
飢夫、狂太郎、”ああああ”の三人は、噂の『動物工場』を目指す。
なお、『動物工場』は特別、秘匿された建造物という訳ではないらしい。
予告されたフライトの時間は、――数十分。
あらかじめスマホにダウンロードしていた『鬼滅の刃』二話分だった。
なお飢夫は、異世界の世界地図(見たところここは、我々の住む世界とまったく同じ地形らしい)をぼんやり眺めていて、
「どうも、――その工場、結構あるみたいだね」
とのこと。
確かにその『動物工場』とやら、大陸の方には山ほどあるらしい。
狂太郎たちが目指しているのはそのうちの一つ、”第○○○番プラント”と呼ばれる施設であった。
「超巨大な工場が一つ、悪魔の城みたいにそびえ立ってるイメージだったけど」
「毎日毎日、たくさんの住人が生産されてるんですよ。たった一つの工場で作業が賄えるわけがないでしょう」
「まあ、確かに……」
頷くと、”ガチョウ族”のパイロットによる、「レディース&ジェントルメン。当機はまもなく、”第○○○番プラント”空港へ着陸ぅー、あ、いたします」とのアナウンス。
間もなく『動物工場』に到着した狂太郎たちは、ずいぶんと腰の低い”コアラ族”の男に案内されて、”第○○○番プラント”をぐるりと見て回ることになる。
どうやらこの工場、普段から社会見学のために学生の受け入れなども行っているらしい。
狂太郎はかつて、地元のビール工場を見学に行った時のことを思い出していた。
「はい、はい。こちらがその、『動物工場』ビルでございます。まあ正確には、『中央ロンドン人工孵化プラント』と申しますが……」
案内を受けたその建物は、――三十四階から成る、ずんぐりした灰色のビルだ。
正面玄関に向かうと、そこに盾型の看板があって、『共有・均等・安定』という意味の英字が刻まれていた。
案内の”コアラ族”は、この工場の所長らしい。彼はしきりに”ああああ”と出会えたことに感謝・恐縮し、バネ仕掛けの玩具のように、ぺこぺことお辞儀する。
一行が最初に案内を受けたのは、
『Fertilization room』
と看板の上がった部屋だった。
直訳するなら、『受精室』とでも呼ぶべきだろうか。
狂太郎たちが中を覗き込むと、――数百人の”アライグマ族”が、よくわからない器具の前で、意識を集中させている。コアラ所長、彼らの一糸乱れぬ仕事ぶりに胸を張り、えへんと咳払いして、
「順番に説明していきましょう。まずこれが孵化器」
番号が割り振られた試験管。
「つぎに、今週の卵子の配給分」
橙色のビニールの袋にパック詰めされた水溶液。パックには、マジックにて動物の種族名を現していると思しき簡易マークが書かれている。これは全て、一定の温度に保たれているらしい。
「こちらは男性配偶子。こっちの顕微鏡で、精虫が動く様子を見られますが、どうします?」
「いえ。結構」
狂太郎はなんだか気持ち悪くなって、その申し出を断る。
だが飢夫の方はそうでなかったらしく、「ほぉー。おたまじゃくしが泳いでる」と、長らく顕微鏡を覗き込んでいた。
その後三人は、
・卵子と精子が温められたスープ状の液体の中で受精する様子。
・受精が確認された卵子が、成長促進剤にいったん浸けられる様子。
・なんだか古い特撮に登場しそうな、七色にぴかぴか輝く光線を浴びせられる様子。
・手作業にて丁寧に瓶詰めされていく様子、
……を、それぞれ観察する。
「瓶詰めはね、機械でやるところも多いんですが、うちは手作業でやると決めてるんです。その方がやはり、温かみがあるでしょう?」
「はあ」
「実際、うちから出荷された住民は、問題行動も少なくて……三年前なんか、表彰を受けたこともあるんですよ」
「へえ」
「それでは、次に行きましょう」
瓶詰めにされた赤んぼうたちは、「命名室」と呼ばれる場所でそれぞれ、種族、受精日時、個体名、与えられる予定の住民番号などが印刷されたテープを貼り付けられて、その後、「培養室」と呼ばれる場所にセットされていく。
培養室は、A~Hまで番号を割り振られており、それぞれ、
A:ぼんやり
B:はきはき
C:オラオラ
D:ナルシス
E:いっぱん
F:わんぱく
G:おしゃま
H:せんぱい
という文字が割り振られていた。
どうやらこれは、生み出されている動物の性格分類らしい。
「……瓶の中で、性格が決まるんですか?」
「はい。そのように躾けます。なんなら、原理を説明しましょうか?」
「えっと……」
別にいいです。そう応える前に、所長は説明を開始する。
『パブロフ式条件反射』、そして『睡眠時教育法』と呼ばれる最新の”しつけ”について。
「まず、瓶の中である程度の生育が完了したら、その個体の脳に、とある映像表現を流し込むんです。
”アニメ”と前時代に呼ばれたそれは、幼年期の個体に強い影響力を持つことがわかっています。我々はそこに、弱い電気ショックを組み合わせて、新時代の養育法として活用しているのです。
具体的に説明するなら、――そうですね。Aタイプの個体が物語の中の暴力的なシーンに出くわすと、電気ショックによる強いストレスがもたらされることになる。これを幼年期に何千、何万回と繰り返されて育つと、その個体は暴力に対する強烈は忌避感を本能的にすり込まれて育つ。こうして我々は、生み出されてくる住人の性格パターンをも自由に操作することができるようになったのです。
もし、Fタイプの子供を育てたい場合はその逆を行えばいい。特にこのタイプの個体は危険と事故死が伴う仕事に向いていて――」
長話を続ける所長を置き去りに、狂太郎はこっそり、培養室の中を覗き込む。
そこでは、気が遠くなるほどに整然と並べられた数多の胎児たちが、緑色の培養液で満たされた瓶の中でぷかぷか浮かんでいた。
ワニ族のロゼッタ。
チンパン族のジョン。
ライオン族のししまる。
『かいもり』を代表するキャラクターたちもみな、そこで生産されているらしい。
「”オオカミ族”とか、例の”ウータン族”もいるみたいだねえ」
飢夫が、無邪気な口調で感想を言う。
そこでコアラ所長は、ぽんと手を叩いて、
「そういえば、”ああああ”さまの島では最近、殺人事件が起こった、とか」
「は、は、はい……。ずいぶん、お耳の速いことで」
「こう見えて、いろいろ情報を仕入れているもので」
そこで彼は、少し神経質そうに耳の裏を掻く。
「もしよろしければ、すぐにでも代わりの個体をご用意させていただきますが」
「……ええと、……ことを急ぎすぎるのは、ちょっと。まずはお葬式などして、みんなの気持ちを落ち着けてからじゃなきゃ」
「は、は、は! そりゃまあ、そうですな」
所長は、少し大袈裟な笑い声を上げて、
「ただ、もしあなたが望むなら、――是非とも我が”第○○○番プラント”をご利用ください。我々の仕事は、迅速で、なおかつ確実です。生まれる住民もみーんな、良いやつばかりですよ!」
▼
見学会も一段落。
狂太郎たちは食堂に通されて、南米地区で採れたという香り豊かなコーヒーを供されながら、
「ねえ、狂太郎。聞いた?」
「うん?」
「この世界、”世界政府”っていう大きな国が一つあるだけなんだって。そういう意味では、わたしたちの世界より一歩先を行ってるのかもしれないねえ」
「……ふーむ……」
と、深く唸る。”ああああ”が気遣わしげに、
「どうされました?」
「どうもこうも。メルヘン世界の裏側を覗き見た気分だ」
「はあ」
「きみも、この工場で生み出されたのかい」
「そうですね。幼年期は、瓶の中でぷかぷか浮いてたはずです。目が覚めた時には、この姿でした」
少女が、事もなげに頷く。
狂太郎にはそれが、とてつもなく不自然なことのように思えたが、――
「まあ、そういう世界なら、そういうものだと納得できないことはないが……」
そして、コーヒーを啜る。うまい。ふだん飲むインスタントとは大違いだ。
「なあ、狂太郎」
「ん」
「ここに来てからずっと思ってたこと、言っていいかい?」
「ああ。そうだな。ぼくもたぶん、同じことを想ってる」
そして狂太郎は、嘆息混じりにこういう。
「たぶんここに来たのは、――無駄足だった」
すると、”ああああ”が不思議そうな顔をした。
「あれ? そうなんですか?」
「うん。……まあ、ちょっとした社会勉強にはなったけど」
「で、で、でも。――私が言うのもなんですけど、『動物工場』ってちょっぴり、胡散臭いところ、あると思うんです。いかにも陰謀が潜んでいる感じ、というか。お二人が探してる、……その、”終末因子”、ですか? そーいうのがあるとすれば、こーいうところじゃないかしら」
この世界の住人である彼女までそういうくらいなのだから、あのコアラ所長、よほど胡散臭い人柄らしい。
だが狂太郎は頭を振って、
「ぼくたち”救世主”は、異世界の在り方や、――倫理観について裁くためにここにいるんじゃない」
「はあ」
わかったような、わからないような。
そんな感じの返答をして、”ああああ”は眉を段違いにするばかり。
もちろん、ここに来て学んだこと、全てが無駄だった、とは言わないが。
「どうやらまた、振り出しに戻る必要があるね」
どうも、飢夫の言うとおりらしい。
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