その後、狂太郎たちは兵子と、見世にあった各種ボードゲームで遊んだという。
プレイしたのは主に『ヒノモト・センソーダイスキ』で、ほとんどの勝ちは兵子が所属するチームが取ることになった。
なんでも兵子くんの強みは「一度観たものを忘れない」という点にあるらしく、なるほど”天才”の名に恥じない強さである。
何せ彼の場合、ゲーム開始時点からどのプレイヤーがどのような発言をし、どのような仕草を何回行ったかを完全に記憶しているという。
口で言うと簡単に聞こえるが、ゲーマーであればこれがどれほど大したことであるかがわかるだろう。通常、人間が認識できる範囲というものは非常に限定的だ。認識すべき事柄が10あるのであれば、2,3理解できていれば良い方である。だが、兵子くんにはその制限がない。
故に、彼の”読み”は強い。常人であれば五分五分、という程度の賭けも、七割程度の勝負に持っていくことができるという。
――彼とは、……二度と、何かを賭けて勝負する気にはなれないな。
とは、帰還後の狂太郎の弁。
さて。
いずれにせよその夜は、日付が変わった頃合いでお開きになり、それぞれの自室で眠ることになった(ちなみに”金の盾”の面々も『魔性乃家』で宿泊しているらしい)。
午後、0時過ぎ。
外はまだ賑わっているが、建物全体はひっそりとしている。
狂太郎たちに与えられた個室はそれぞれ、四畳半の部屋に両開きの窓が一枚あるだけの粗末な部屋だ。
いかにも寝るだけの場所、という感じで、他にすべきことは特にない。
浴衣に着替え、柔らかい布団の上でごろんと横になり、目をつぶると、
――ひょっとするとこの部屋、普段は客を取るために使ってるのかな。
というような想いが、頭に浮かんできた。
――ラブホテルに普通に泊まるようなもんか。
これはのちのち誤解であることが判明するのだが、この時の狂太郎は知るよしもない。
彼は少しだけ、胸の内にもやもやを抱えながら、眠りにつく。
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しかし、眠れなかった者も、いた。
愛飢夫である。
飢夫はしばらく一人、布団の中でもぞもぞした後、こう思ったという。
――なんか、えっちなことがしたいなあ。
と。
そう思う時、彼はまず、必ず何らかの行動を起こす。ただし、自慰だけはしない。これは飢夫の性癖のようなもの、らしい。「何かに負けたような気分になるから」、とのことだ。
「よし。ちょっと出かけよう」
そう言って飢夫はむくりと起き上がり、さっと着替えて外へ出る。
――せっかくだし、狂太郎も誘おうかしら。
そう思った彼は、まず友人の部屋を訪ねた。
だがその返答は、友だち甲斐のない言葉で、
「アホいえ。寝ろ」
とのこと。
「ちぇーっ」
この友人は、こういう遊びに関しては極めてノリが悪い。
誰かに義理立てしているのか。それとも何か、「金でそういうことをするのはよくない」とかいう、非合理的な幻想に囚われているのか。
――いいじゃないか。お金払って、みんなが気持ちよくなるんだから。
飢夫は、その手の店に入ってもケチケチするようなことはしないし、相手に悦びを与えることを忘れない。だからかもしれない。彼がその手の遊びに、スポーツ的な楽しさを見いだしているのは。
彼は、人から投げ銭を貰って暮らしている以上、あらゆるサービスを利用する際も、太客であることを忘れない。
いずれにせよ我々凡人には到底理解し得ぬ、刹那的な生き方だ。
実際、筆者も、この男がなにかの病気になったり、老後のことを考えてくよくよしているところを見たことがない。
「しょーがないな。じゃ、一人で遊ぶかー」
本当はこういう時、連れ合いがいた方が楽しめるのだが。
何かトラブルがあっても、冗談にできるためだ。
飢夫は唇を尖らせながら、見世の廊下を歩く。
廊下では、禿たちがとてとてと忙しく歩き回っていた。
自分の”姐さん”に命ぜられた、細々とした雑務をこなしているのである。
彼女たちは皆、十歳にも満たない。
――大変だなあ。
金で買われてきた、やがては客を取るはずの子供たち。
自分たちの世界の倫理基準では、決して受け入れられられぬ存在である。
もちろん、飢夫が彼女らにしてやれることは何もない。
”救世主”にできることがあるとすれば、ただその世界を終焉から護ること、それだけなのだ。
……などと思いつつ、よくよく廊下の隅っこを眺めていると、――忙しく走り回っていた娘たちが廊下の隅で、小さく集まっているのを見かける。
――なにしてるのかな。
そう思って、ちょっぴり彼女たちの手元を覗き込むと、どうやらみんな、ニンテンドースイッチを持っているらしい。
――この世界、スイッチあるんだ……。
どうりで一時期、品薄だったはずである。異世界にも出回っていたのか。
飢夫は少しだけ苦笑して、仕事をサボる彼女たちを、見て見ぬふりした。
そのまま階下へ降りて、中庭の井戸へ向かう。街へ繰り出す前に、喉を潤そうと思ったのだ。
するとそこには、三人ほどの遊女が着物を一枚だけ羽織って、軽く帯を締めただけのセクシーな格好で口をゆすいでいた。
「あら。飢夫さんじゃない♪」
その中には、――リリスの姿もある。
飢夫は目を丸くして、
「あれ? あのあときみ、客を取ったの?」
と、ずけずけものを言った。こういう時、”無神経”と見られないのはあくまで、彼独自の特性であろう。
「うん。ほんとはお休みしようと思ったんだけど、馴染みのお客が来てくれたから」
「夢魔でも、身体を張ることはあるんだね」
飢夫は彼女の白い首筋に、無数の吸引性皮下出血を見て、
「うふふ。まーね」
と、そこで、
「このシト、知り合いかぇ、リリス。わちきにも紹介してくりゃれ?」
と、低めの美声で訊ねたのは、にょっきりと頭から二本の角を生やした、赤ら顔の娘だ。たぶん、”赤鬼”というやつだろう。体長200センチは下回らない、筋肉質な大女で、口元から鋭利な牙が覗いている。
その隣には、
「ううううううう……があー……………」
ぽっかりと片方の眼窩が空いた、血の気の失せた肌の少女だ。――いわゆる、”ゾンビ”娘というやつだろう。
――みんな、カワイイなあ。
飢夫は頬を赤くして、こんな娘たちと、ちょっと対価を支払うだけで一晩一緒になれるなんて、なんて素晴らしい世界だろう、と思った。
リリスが、これまでの経緯を説明し終えると、
「へえ、――ぬしがウワサの、異世界人?」
「うん」
「異世界人ってのはみんな、喧嘩が強いんでおざんしょ? ――おてきはいかが?」
「そこそこ、じゃないかな」
実際、飢夫は、やろうと思えば一瞬にしてこの街を焼け野原にすることもできる。もちろん決して、そんな真似はしないが。
「わちきは呉羽言います。……んで、こっちは」
「あー。うー」
「バーバラ。どっちもここの昼三だ」
リリス、呉羽、バーバラ、か。
この世界の命名基準がよくわからない。
「ところで、これからちょっと遊びに出かけようと思うんだけれど、――何かアテはないかな」
「えっ、いまから? ほんにかい」
「うん。どうにもちょっと、えっちなことがしたくてね」
そんな台詞に、呉羽は少し笑って、
「はっきりもの、おっせえす。おもしろおすなぁ」
「素直に生きてるんだよ。その方が人に好かれるから」
「ふーん。……ようす」
どうやらその台詞、呉羽の心に触れるものがあったらしい。
「わっちも、アテがないってわけじゃない。けど、出かけるまでもありんせんぇ」
「え? なんで?」
「ちょうど、わちきの客は寝たところ。――ついでに相手、しんす」
「廻しをとる、ってことか」
「そ」
”廻し”というのは、一人の遊女が、一晩に複数の相手をすることを言う。
「でも、いいのかい? 馴染みでもないのに」
「かまへんし。わちき、ぬしのこと、気に入った」
「わあい」
何ごとも、言ってみるものだ。
「あー! うー!」
「よしゃれ。おてきんとこは、まだ終わってないでありんしょ」
「あうあうあ!」
「どうしても? うーん。――まあ、わちきはいいけど」
飢夫は笑って、「わたしもいいよ。大盤振る舞いだ」と、笑う。
「ちょっと! 呉羽ったら。ルール違反よ」
「かまへんやろ? わっち、異世界人に興味ありんす。黙っててぇ」
「んもー」
飢夫は内心、「しめたぞ」と思っている。
一度に二人の花魁を相手にするなどと、……きっと昔の大金持ちでも経験した人は少なかったはずだ。
「こうなったら、何人でも相手になろう。――リリスちゃんは?」
「あたしはやめとくー」
「よぉし。それじゃ、三人でしよう! 楽しくなってきたぞ」
そういうことに、なったのだった。
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