休憩時間は、十五分ほどらしい。
「さて……と」
狂太郎は、宿周辺にある煉瓦造りの建物を少しだけ見学した後、――一応、村周辺をぐるりと散歩する。
休憩時間に十五分は、わりと長い。ひょっとすると村の形状がヒントになっているかもしれなかった。
早朝。人気は少ない。
――避けられている、……ということだろうか。
その後、あちこち見て回って、特に目につくものがないことを知る。
――よくある、RPG系ファンタジー世界の村、という感じか。
ただ一点、宿から望む山の方面に、今はもうぼろぼろになっている廃城が見られる。とはいえどこかそれは、ハリボテじみた雰囲気だ。エディンバラ城(※32)のミニチュア版、とでもいうべきか。
「………………………」
歩きながら、思考を整理。
もちろん、ここまでの議論で、言いたいことは山ほどあった。
”異世界転移者”。……”救世主”の、敵。
――そんな奴らがいたのか。
それとも、まだ人知れず存在している、か。
何はともあれ、今はゲームに集中せねばなるまい。
――ひょっとすると我々は、歴史上の人物の役割をさせられてるのかもしれないな。
やがて狂太郎は、人気の無い場所で腰を下ろし、《異世界専用スマホ》とやらを起動する。
――ハンドアウトによると、これで仲間と連絡を取れる、とのことだが。
嘆息しつつ、スマホの画面を眺めると、どうもその機械にインストールされているのは、メールの送受信を行うアプリケーションが一つだけらしい。
それをタップすると、すでにメールが一つ、着信していることがわかる。
送信元は……” アイ ウエオ”だ。
「……飢夫?」
仲間からのヒントって、そういう……。
”解説役”を買って出た飢夫の顔(眼鏡装備)が、脳裏に浮かぶ。
その内容は、以下のようなものであった。
▼
件名:『マダミス攻略メモ その1』
やあやあ。おつかれ狂太郎。ウエオだよー。
マーダーミステリー初心者のきみに、ちょいとばかり経験者から、アドバイスをプレゼントしよう。
……といってもわたし、いま別室でメールを書いてる感じなので、狂太郎がシロかクロかもわかんない状態だ。
あくまで情報は、マーダーミステリーというゲーム全般の”コツ”に近いものだと思ってもらいたい。
また、――正直に言わせてもらうと、マダミスというゲームにおいて、”勝ち”に拘るのはあんまり有意義じゃないと思う。
”マダミス”として書かれたシナリオは基本、競技的には設計されていない。コミュニケーションゲーム、……パーティゲーム、などと言い換えてもいいかな。
だから私は、あんまり勝ち負けを意識すべきじゃないと思ってる。
とはいえ今回は、社名(笑)を賭けた勝負だ。
一応、私なりに、”勝つ”ためのプレイというものをここに書き記しておく。
って訳で、あんまり前置きが長くなるのも良くないので、さくっと要点だけまとめるよ。
①ハンドアウト(キャラクターの記憶)を熟読しよう!
基本的なことだけど、ハンドアウトは非常に重要なヒントとなる。
特に注意すべきなのは、プレイヤーそれぞれに与えられているはずの、最終的な”目標”だ。
我々ゲーマーは、ついつい目標達成で得られる”得点”に囚われて、大切なことを見失ってしまう。
大切なこと、というのは要するに、――事件の真相を究明する、ということ。
大抵のマーダーミステリーにおいて、事件の真相究明は個人目標よりも遙かに優先度が高い(もちろん、犯人側を除く)。
また、個人的な目標に囚われたプレイヤーの行く先は、最終投票において極めて不利な結果を生む、ということをよく意識すべきだ。
小さな得点に囚われて、肝心なことを見逃さないようにしよう。
なんなら、相手の秘密を聞き出す交渉材料、くらいの気持ちでいるべきだ。
②秘密と嘘について。
マダミスは、自由に嘘を吐いて良いゲームだ。
とはいえ、咄嗟に”嘘”を思いつくのは意外と難しい。
もし、ハンドアウトに登場する証拠品の中で、自分にとって明らかに不都合なものがあるのなら、事前にそれを突きつけられた時のための”言い訳”を考えておこう。
③定番の嘘(例)
以下は、マダミス”あるある”の嘘だ。
これは、マダミス慣れした人にとってはあまりにも定番化している言い訳であるため、諸刃の剣になることもあるけれど、――あくまで、知識として覚えておくといいぞ。
「記憶がない」
スキャンダル起こした有名人がよくいうやつ。自分にとって不都合な証拠品・行動に対する言い訳に使う。
これを言われちゃあもう、「あ、そうなんだ……」としか言えない、定番の一言だ。
眠っていた、酔っていた、何かの病気が発症した……最も辻褄の合いそうな理由を決めておくといいだろう。
「証拠品が入れ替えられている。盗まれている」
これは私も、犯人役になった場合によく使う一手だ。
自分の手持ちから、わかりやすく決定的な証拠品が出る可能性がある場合、一度だけなら容疑を誰かに押しつけることができる。
事前に密談などでみんなに言っておくとより、効果的だよ。
「被害者と争いはした。だが、殺してはいない」
これも、自分が犯人役だった場合によく使う一手。
少々苦し紛れに聞こえるし、現実の殺人事件では通用しない言い訳だが、推理小説の世界において、――明らかに怪しい人は犯人ではない、というお約束がある。
むしろ自分から証拠を提示し、容疑を一部認めることによって、精神的な信用を得る策だ。
論理的に詰めてくる相手がいる場合はあまり通用しないが、――マダミスは”仲間の信用を勝ち取る”ゲームでもある。最悪、論理に訴えかけない戦術を取ることも大切だ。
……と。
この辺で、時間が来たみたい。
続きはまた、次のラウンド後に連絡するよ。
いろいろ書いたけど、――肝心なのは、狂太郎がゲームを楽しむことだと思う。
下手に緊張すると、妙な言葉を口走る可能性もあるし。
だから、それほど気負わずにね。
▼
「………………ふうむ」
友人のメッセージを読み終えて、狂太郎は小さく嘆息する。
とりあえず、いくつか参考になる情報は、あった。
確かに、常に最高得点を目指してしまうのは、ゲーマーの性だ。
”得点”や、”不利な証拠”を交渉材料に使うという発想はなかった。
「よし」
言って、顔を上げると、……曲がり角の辺りに、一人の女の目があることに気付く。
「わあっ!」
その、ホラー映画のような絵面に、狂太郎は思わず悲鳴を上げた。
「だ、誰ぇ……?」
訊ねると、「あはは!」と、からかうような笑い声が聞こえる。
眉をひそめていると、……”ああああ”だ。
「やあ、オタクくん、おつかれー」
「お、おう」
「ねーねー。なに見てたの?」
「いや、なにも?」
「嘘ばっかりぃ」
そこで狂太郎、呼び名が少し違うことに気がつく。
「……良いのか? オタクくんとか言って」
「『ゲームに関する話題は禁止』ってことは逆に、ゲーム以外の話ならOKってこと。そーでしょ?」
まあ、確かに。
それなら、と狂太郎は、常々気になっていた疑問を口にした。
「なあ、”ああああ”。ひとつ聞いて良いかい」
「なあに?」
「きみ、マーダーミステリーなんてゲーム、いったいどこで知ったんだ?」
さっきは、”縁があって”と簡単に説明されたが。
マダミスは、狂太郎のいる世界ですら、最近日本に輸入されてきたばかりのゲームだ。彼女が知っているのは少しおかしい気がする。
「ちょっとね、厄介な世界に当たったんだ。そこで、だよ」
「それは、……”救世主”の仕事で?」
「もちろん」
「具体的に、どういう世界だったんだ?」
「多分だけど、――マーダーミステリー……という、概念そのものの世界、って感じかな」
「……概念?」
「うん。そこじゃ、生きてる人が十人しかいなくてね。何度も何度も何度も、――同じ一週間を延々と繰り返してる世界だった」
狂太郎は、「ふむ」と短く答える。
こういうタイプの作品ジャンルには、覚えがある。
SF界隈ではいわゆる、――”ループもの”などと呼ばれているやつだ。
「同じ時間を、ループしてる、ってことか」
「うん。……しかも、ただのループじゃあなかった。時間が巻き戻されるたびに、住人の関係性が変わってて……誰かと誰かが恋人同士だったり、誰かと誰かは死ぬほど憎み合っていたり。そんな中で毎週毎週、色んな殺人事件が起こる。そんな世界だったの」
「へえ……」
「んもー、大変だったんだよ? いつまで経っても天使たちとは連絡とれないし。どうやればループを抜け出せるかわからないしで……」
こういう時、”救世主”なら普通、「自分ならどう解くか」を考える。
大抵の”ループもの”には、その原因となるトリガーが存在する。その特定を行うことが、攻略の鍵となる、かもしれない。
「大変だったんだな」
「まあね」
とはいえ、”ああああ”がここにいる、ということは、その”鍵”を見つけたのだろう。
だが、それより何より、その時の狂太郎が気になっていたのは、
「きみ、――その世界で、どれくらい時間を過ごした?」
ということ。
”白”が”黒”に、――人が変わるには、どれほどの時間が必要か。
それが知りたかった。
すると彼女は、人差し指を口に当てて、こう応える。
「ひ・み・つ」
その台詞に呼応するかのように、がらんがらんと、村の教会の鐘が鳴り響く。
休憩終了の合図だ。
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(※32)
ヨーロッパの城でググったら最初の方にでてくるやつ。
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