休憩時間が終わって、夢の世界の宿、『ライト・サイド』へ。
何となく、身体をストレッチしてみたり、など。
筋肉がほぐれたような気がしたが、これは気のせいということだろう。自分の肉体はいま、布団の上で横になっているはずだから。
「さて……」
最終ラウンド。
正直、情報はまったく足りていない状態だ。
――サイ・モン殺しの犯人は?
――そもそも今朝の殺人犯は、”レベル上げ”犯と同一人物なのか?
――万葉の正体がかつての”救世主”だったとして、残り四人の正体は?
今のところ、大半の情報が伏せられている状況だ。
のちのち飢夫が語ったところによると、これは隠匿系のボードゲーム初心者が集まった時になりがちな盤面であるという。過剰に情報を保持しすぎた結果、会議が煮詰まってしまうのだ。
こうなってしまったゲームは十中八九、運頼りの最終投票が待ち受けている。
犯人を除くプレイヤーにとっては、非常に危険な状況、と言えた。
「……………………」
難しい顔をして、着席。”ああああ”もそれに続く。
残っていた四人は、すでに席についていた。
全員が神妙にしていると、
「それでは!」
と、クロケルが手を打つ。彼の後輩のグレモリーが、ぴくん、と肩をふるわせた。
「これより、最終ラウンドの捜査フェイズを開始しよう」
彼は、底の厚い靴をこつこつと言わせて窓辺に寄り……そして、台本を読み上げる。
「――旅人たちの議論は尽きない。
それも、無理はなかった。
彼らも、ひしひしと肌に感じていたのだ。村人たちの、冷たい視線を。
どこに行くにもつきまとう、殺意に近い眼差しを。
誰ともなく、気が付きつつある。
あと、長くても一時間。
それ以内に結論を出せなければ、私刑に処されてもおかしくない、と。
旅人たちはみな、それぞれ腕が立つ。
だが恐らく、彼らにはとても敵わないだろう」
GMは、狂太郎たちをゆっくりと見回して、大きく息を吸い、
「……なぜならッ。
この村、――実は、”魔王城”のご近所さん!
村人たちの平均レベルは、余裕で50を超えるだろう。
恐らく誰も、ここの連中には太刀打ちできまい。
さあ! 諸君! 命惜しくば、捜査を再開せよ!」
この事実に、――狂太郎は素早く仲間に視線を走らせる。
万葉は眉を段違いにしていて、”ああああ”は苦笑している。呉羽はすまし顔、薄雲はなんだかボンヤリしていて、グレモリーはちょっと意外そうに目を丸くしていた。
この手のゲームで、嘘や演技を見抜くのは難しい。
だが、こうした顔色伺いがヒントにならないこともない。
「村からも見えた廃城は、――魔王城だったのか」
「……魔王って、――何だっけ?」
「ハンドアウトに記載があっただろ。”闇の民”の王様だ。もう既に故人らしいが」
「……ふーん」
窓を覗き込む。
そこにはすでに、筋骨隆々たる”リザードマン”を始めとする、いかにも「ゲーム最終盤」といった感じの凶悪な連中がこちらを睨め付けていた。
――そんな連中がいる村で長逗留するとか。我々、すげー度胸の連中だったんだな。
と、嘆息しつつ。
「なおここで、GMからのヒントがある。
今回、調査することが許されるのは、4箇所。
だがもう既に、多くの調査ポイントは探索済みだろう。
探索する権利を余らせてもしょうがないので、一つでも多くの”証拠品”が欲しいプレイヤーは、早めに部屋を調べることをオススメする」
早い者勝ち、か。忙しないラウンドになりそうだ。
「それでは、始めよう!」
狂太郎が声をかけるまでもなく皆、我先にと各部屋へ散って行く。
無理もない。こうなったら、一つでも多くの情報がほしい。
「…………………」
だが狂太郎はすでに、最初に行うべき行動を決めていた。
食堂から、誰もいなくなったところを見計らい、
「”女将”さん、一つ、いいかい?」
「はあい! なんでもどーぞ!」
隅っこの方で手持ち無沙汰にしていたリリスに、そっと訊ねる。
ずっと気になっていた、一つの疑問。
この物語の世界において、――たった一つだけ、うまく呑み込めずにいた、とある矛盾点を。
すると少女は、少し意外そうな顔をした後、
「わあ、すごい! その質問、――あなたで二人目よ?」
ぱっと、華が咲くように、笑った。
▼
疑問を解決。
なんだかスッキリした気分で、狂太郎は三号室、――呉羽の部屋を目指す。
理由は、特にない。ただ何となく、まだ捜査できるポイントが残っている気がしたためだ。
先に部屋に入っていたのは、水色の髪の娘。グレモリーだ。
「………………ども」
「………………うす」
お互い、およそ社会人とは思えない会釈をして、調査開始。
彼が調べたのは、残された最後の捜査ポイント。
何の変哲も無いが故に見逃されていた、テーブル付近だ。
「さて、さて……」
手を触れると、いつものように”証拠品”がキラリと輝き、わかりやすくピックアップされる。
冒険の必需品と思しき雑多なアイテム類の中から、狂太郎が引っ張り出したものは……、
「ぬ?」
一冊の、革張りの本、である。
タイトルはない。ちょっと中身を見たところ、
『×× ×× (△)
○○○○○ ○○○○ ○○○ ○○○○ ○○○ ○○○○ ○○○.
×× ×× (△)
○○○○○○○ ○○○○○ ○○○ ○○○○ ○○○○ ○○○.』
やはり、読めない。
「――……」
しばし、その文章に目を走らせる。
異世界の言語とはいえ、なんとなく何が書かれているか、分からないことはない。
――この、最初の××の部分は、たぶん数字のようだな。《レベルカード》にも似た文字を見たし。……その下に書かれているのが、まとまった文章、だとすると。
たぶんこれは、《日記》のようなものだろう。
狂太郎はそっとそれを懐にしまって、後ろを振り返る。
グレモリーはいま、鞄の中を漁りながら、止まっていた。
どうしたのかと思っていると、唐突に、
「……ねえ、あなた。質問していい?」
「なにかね」
「『我は金なり。しかし、我が名を口にすると、消えるものなり。我の名は?』……っていうクイズなんだけど。わかる?」
「答えは”沈黙”だ。”沈黙は金”というだろ」
一秒もせず解答を得られて、グレモリーは少し目を丸くする。
「……あなたひょっとして、頭良い人?」
「たまたま知っていただけだ」
事実である。これは、最近シェアハウスの面々と遊んだ脱出ゲームに登場した課題の一つであった。
偶然にしてはあまりにもできすぎているので、恐らく何らかの方法で狂太郎が知っているクイズを下調べしていた、ということだろう。
とはいえ、そこまで事情を知らないグレモリーは、率直に感心したらしく、
「……助かったわ。ありがと」
「それで? なんでそんなクイズを?」
「……えっと。ここに、言葉に反応する隠しポケットがあって。それを開けるのに必要だったの」
「ふーん」
パスワードみたいなものか。
「それで、何が入ってた?」
「…………ん。どうしようかな」
「もし、きみに不利なものだったとしても、黙っていてあげるよ」
「あら、そう?」
すると、若い彼女はあっさり折れた。
この悪魔、……わりとチョロい。
「ええと……こんなの」
取り出されたそれをみて、
「……………む」
無表情を維持するのに苦労する。
「どうかした?」
「いや? 何も」
「……そう」
グレモリーが手にしているのはたった今、狂太郎が手に入れたものと、ほとんど同様のものであったためだ。
ご丁寧に、タイトルと思しきところの文字も、ほとんど変わらない。
ただ、そこに書かれていた文字は少々、乱雑に見えた。
狂太郎は、本の表紙を少し撫で、
「この、表題……きみも読めない、よな?」
「読めるわ。馬鹿にしないで」
「ほう」
さすがは悪魔、といったところか。
そういえば彼女、”少しは”この世界の言語を学んだと言っていた。
「これには、――《ぼうけんのきろく 2ばん》と書かれてるわ」
「冒険の、記録……」
そうか。2ばん。
ということは、狂太郎が手に入れた方は《ぼうけんのきろく 1ばん》ということ、だろうか。
グレモリーは、その内容を簡単に眺めて、
「中身は、単なる日記のようね。内容まではちょっと判読できないけど。とりあえず、昨夜の事件のことは書かれてない……っぽい」
「なるほど」
「これ、……何か怪しいわね。あとでみんなに見せた方がいいかも」
「いや。恐らく、それは止めた方が良い」
狂太郎は、あえて深刻な顔つきで言う。
「……どうして?」
「ぼくたちに残された時間は、少ない。もしきみが犯人側の人間でないなら、議論を無駄に混乱させる情報は、慎むべきだ」
「そう……かしら? 情報は、多いに越したことはないけれど」
「それに、万葉が、――さっき言っていた。『呉羽は犯人じゃない』って。たぶん何か、情報を掴んでるんだと思う」
「……万葉が? ……なるほど。それなら絶対、間違いないわね」
するとグレモリー、あっさりと納得する。
――”絶対”とまで言うか。
やはり万葉のスキルは……、”嘘を見抜く”とか、それ系ということか。
「……わかったわ。このことは、二人の秘密に」
「うん」
内心、狂太郎は、しめしめ、と思っている。
この情報、万葉にだけは知られる訳にはいかない。
「あっ。そうそう。それと」
別れ際、もう一つだけ得ておきたい情報があった。
「一つだけ、聞いて良いかい。――小さなことなんだが」
「……何?」
「今日の、――2時から4時くらいの間、宿を出たものに、心当たりはないか」
「……何それ。どういうこと?」
「いやね。どうもその時ぼく、ぐでんぐでんに酔っ払っちまってね、その間の記憶が曖昧なんだよ。その点、きみは飲み会に参加しなかったから、何か覚えてることはないかな、と」
彼女の演ずるキャラクターは恐らく、”盗賊”、或いはそれに類する何かだ。
夜は仕事をする時間のはず。宵っ張りであってもおかしくはない。
「……そりゃ、覚えてるけど」
「誰?」
「えっと、……長く席を立ったのは、二人だけだったかな。――薄雲と、呉羽だよ」
「そうか」
やはり大事な質問は、別れ際にするのに限る。
営業マン時代に学んだ数少ない、有用なトークスキルの一つだ。
「……何か、役立ちそう?」
「さあ、どうだろう。一応、情報共有しておきたかっただけだから」
「………そう」
無表情の彼女は、子供のように胸を張って、
「あっ。……ちなみに今ので、貸し借りなし、だから」
狂太郎、少し苦笑する。
こういうゲームでまで、厳密に”貸し借り”を意識する彼女に、
――この娘、本格的に、……騙し合いのゲームに向いてないな。
と、内心少し、申し訳ない気持ちになる。
いま、この部屋で行われたのは、――一方的な搾取に過ぎない。
彼女は何一つとして、取り立ててなどいないのだ。
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