《天上天下唯我独尊剣 ―法則の崩壊―》。
火道殺音が手にするその剣は、一見、刀身が赤みがかっているだけの、ただの日本刀に見える。
しかし、剣全体から放たれる”覇気”とでも言うべきオーラが、宇宙基地内の空気をピンと張り詰めたものにしていた。
妖刀。
思わず、その二文字が頭に浮かぶ。
なお、この武器に関する攻略WIKIの情報は、以下のようになっていた。
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名称:天上天下唯我独尊剣 ―法則の崩壊―
説明:”悪食竜”によって食われた人類の魂が結集し、一振りの剣の形となったもの。命を弄ばれた人々の無念が宿っており、最終決戦では強力な武器となる。
レア度:★★★★★
攻撃力:9999
耐久性:9999
会心率:99%
・装備時スキル
【”未知の生物”特攻】:ラスボスに追加ダメージを与えるスキル。
【火系ダメージⅤ】:火の属性ダメージを与える。
【水系ダメージⅤ】:水の属性ダメージを与える。
【雷系ダメージⅤ】:雷の属性ダメージを与える。
【風系ダメージⅤ】:風の属性ダメージを与える。
【防御力Ⅴ】:装備時、狩人の防御力を上昇させる。
【自動回復】:装備時、狩人の体力が徐々に回復していく。
【必殺剣】:攻撃ボタン長押しで、剣からエネルギー波を飛ばす特殊攻撃を行う。
【天上天下唯我独尊】:仲間を連れずに出撃した場合、攻撃力が四倍になる。
【スーパーメンテナンス】:時間と共に自動的に切れ味が回復する。
・攻略班の評価
本作における最強の攻撃力を誇る武器。
これがあるため、ラスボス戦は半分以上作業と化す。”悪食竜”を撃破することで取得できるため、縛りプレイでもなければこの剣を手に入れた上で最終決戦に挑むことになるだろう。
もっとも戦闘力の高い狩人に装備させてあげよう。
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この解説を読んだとき、狂太郎はこう思ったものだ。
――なかなか頭の悪い設定だ。笑える。
と。
だがいま、実際にそれを目の前にして、……これっぽっちも笑えてこない。
――間違っても、あんな中二病っぽい設定の武器で殺されるのはいやだ。
素直にそう思った。
みんなが驚愕したまなざしで見つめている中、剣は今、大きくVの字を描いている。
そしてその先端部を、がん、がん、がん! と蹴り飛ばし、ひしゃげた鋼鉄の壁面から、火道殺音がするりと基地内に入り込んだ。
「う、うそ……だロ……? あいつ、一万二千枚の特殊装甲と、防御シールドを突き破ったっていうのカ?」
五人のうち、最も震え上がっているのは、宇宙人である。
「どんなスペースデブリの直撃にも耐えられる設計なのニ!」
こつ、こつ、と、火道殺音が基地内を歩く。
風は、全く吹いていない。
『エイリアン2』のラストみたいな絵面なのに、狂太郎にはそれが、ひどく不気味に思えた。
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さて。
この時点の狂太郎は、彼女が上空数百キロに存在する宇宙基地に辿り着いた方法を知らない。
彼女、特に理由もなく出現した訳ではなく、――とある行動によってここまで到着している。
ジャンプ、である。
無論、ただのジャンプではない。《こうげき》スキルを最大レベルまで発動した上で、思い切り地面を蹴っ飛ばしたのだ。
殺音とて凡百の”救世主”ではないことの証左に、それは針の穴を狙撃するような精妙な技術が必要であるはずだった。
彼女が跳躍を決意したのは、《天上天下唯我独尊剣》を取得し、――その性能を吟味した、その時であったという。
――これ、使えるな。
そう判断した後、計画を組み立てるまでは早かった。
――跳躍後の軌道修正を、剣が放つエネルギー波によって行う。
――ちょうど、ロケットが姿勢制御を行う際、ガスジェットを噴射するみたいに。
見た目ほど無謀な作戦ではない。
計画を実行するにあたっての懸念点は、ただ二つだけだった。
①跳躍後に何らかの障害物にぶつかった際、即死する可能性がある。
②そもそも自分は、宇宙空間に飛び出した後でも呼吸できるのか。
①は大きな問題にはならなかった。《こうげき》スキルが発動している時、その反動の大半は無視されることがわかっていた(※40)し、万が一の場合は《無敵バッヂ》がある。
②に関しても、恐らく大丈夫だという確信があった。
元々、”日雇い救世主”たちには、あらゆる環境に対応可能な《異界適応術Ⅰ》と《異界呼吸術Ⅰ》というスキルが与えられている。
この世界の宇宙空間がどのような性質のものであれ、根性で何とかなるだろうと思えたのだ。
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つまるところ、若さ、である。
狂太郎にとっての誤算は、彼女の向こう見ずな性格を見誤ったことによると言って良い。
「ウチのこと仲間はずれにするなんて、――狂太郎はんったらほんま、いけずですこと」
これはずっと気付いていたことだが、彼女、笑うと怖い。
なんだか底知れない、ドス黒い内面が覗き見える気がするのだ。
狂太郎、彼女が顔を覗かせた瞬間から、必死に勝ち筋を練っている。
――恐らく、力を強化するスキル持ち。
――たぶん彼女は、どんな敵でも一撃で倒すことができる。
――この瞬間、手に入れた《アルテミスの弓》の効果は保証されない。
――あの三種の神器は結局、ハリボテの武器だったということか。
――さて。どうする?
その時、
「な……何者ダッ!? お前ッ!」
よせばいいのに、宇宙人が叫ぶ。
火道殺音は、しばし室内を見回して、――
「あんたが”終末因子”っぽいな。そーやろ?」
誰も、返答するものはない。
「何を言って……?」
言いながら、宇宙人は反射的にビーム銃を手にした右手を挙げる。
それがマズかった。
《こうげき》持ちの火道殺音にとってもっとも危険なのは、先制攻撃を受けることである。
故に彼女、反射的に行動していた。――ポケットに入れていた、十円玉ほどの石ころを、宇宙人めがけて投擲したのである。
「――ッ」
まるで、指先から弾丸が放たれたかのようであった。
一瞬にして防御シールドが消滅。それどころか、宇宙人の二つある頭部の一つが吹き飛ぶ。
「う、嘘だアアアアアアアアアアアア!?」
残されたもう一つの頭部が、絶叫する。
もうこうなってくると、”神”を自称していたラスボスの威厳など、どこにもない。
「あら。もう片方も潰さんことには、死なんのね。変わった身体ですこと」
狂太郎は、頭が真っ白になって、
――これはもう、……どうにもならん。
そう思う。降参しかける。
と、その時だった。
仮面少女が、狂太郎の背にさっと捕まったのは。
ずっと訓練してきた、高速移動する際のフォーメーションだ。
「何を……?」
不思議な顔の狂太郎に、
「逃げよう」
――逃げる? そんな馬鹿な。
一瞬、反論しかけて、なるほどそれしかないことに気付く。
咄嗟に《すばやさ》の9段階目を発動。音速モードだ。
その後、ゴキブリが床を這うような動作で宇宙人に接近し、小柄な彼をひょいと引っつかんで、自動ドアへ。
ゆっくりと動く扉に業を煮やして、いったん《すばやさ》を解除すると、
「へっ? へっ? へっ?」
残された、男側の頭部が混乱している。
そんな彼に、狂太郎は叫んだ。
「助けてやる! 大人しくしてろ!」
「――え? いいノ?」
目を白黒させる宇宙人。
「そうは、――させるか!」
その背中を追いかけるように、《天上天下唯我独尊剣》をもった殺音が駆ける。
だが、遅い。遅すぎる。
五十メートルを6秒で走るという火道殺音だが、《すばやさ》を起動した狂太郎には追いつけない。
彼女が宇宙基地を出た頃には、狂太郎、仮面少女、宇宙人の三人は、軌道エレベーターで地上に向かっているところであった。
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(※40)
この辺、狂太郎の《すばやさ》にも通じるところがある。
《すばやさ》もまた、起動中は身体の影響を緩和させる機能がある。
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