さて。
”日雇い救世主”の戦いの多くが、一瞬にして終わることは既に触れた。
ただし一部の”救世主”にとってはそうでない。
とくに狂太郎の《すばやさ》は、攻め手に欠けるケースが多くある。
謎多き異世界の物理法則において、”速い”ということは決して、強い物理エネルギーを発生させていることにはならないためだ。
《こうげき》スキルよりも圧倒的でなく、
《ぼうぎょ》スキルよりも安定性に欠け、
《まりょく》スキルよりも柔軟性がなく、
《みりょく》スキルよりもずっと不自由で、
《こううん》スキルほどには理不尽ではない。
火道殺音は彼のスキルを単純に、
――ハズレ。
と断じたが、あながち誤りではないのかもしれない。
とはいえ狂太郎はそう思っていないらしかった。
実を言うと彼、すでに一度、ナインくんからスキル変更を持ちかけられたことがあるという。
――ちょっと前に、《みりょく》持ちの”日雇い救世主”が殉職してな。
――もしそっちのスキルの方がいいなら、切り替えてやってもいいぜ。
しかしあの男は、あっさりとその申し出を断っている。
それだけ、彼なりに《すばやさ》を評価しているということだろう。
――《みりょく》はいいぞ。ちょっと話しかけただけで、どんな自己中ヤローでも自殺させられる。
――声さえ届きゃあ、あとはいくらでも”説得”できるんだ。「死ね」ってな。傑作だぞ。
――どんな裏切り者でも、お前の前じゃあ赤児同然さ。
――あっ、それと、女も抱き放題だぜ。
――おまえら人間の楽しみってきほん、交尾できるかできないかってところに起因するんだろ? ちがうか? ちがうの? どーなの?
天使みたいな見た目のくせに、悪魔みたいなことを言う奴である。
それに対する狂太郎の返答は、以下のものであった。
「外道に堕ちるわけにはいかない。友人がぼくの小説を書いてくれなくなるからね」
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ところでこの、”神”を自称する宇宙人との戦いに関しては、あまり特筆すべきポイントはない。
以前にも少し書いたとおり、このゲームで最も難易度が高い戦闘は”三匹の蒼天竜”戦だ。これは、ゲームバランスの調整に時間をかけられなかった作品にありがちなことで、はっきりいってこの戦いは、ほとんど消耗戦と言って良い。
「こいつ、なんか、――思ったより大したことないぞ!」
という丸顔くんのセリフが全てを物語っている。
「く、くそ!」「こんなはずじゃあ……」
なんだか雑魚っぽいセリフを吐きながら、宇宙人がビーム銃を撃つ。
ビビビビビ……と、なんだか水色のエネルギーが放たれるが、それは全て、あの白髪頭の老人の盾が受け止めてしまった。
「受けたぞ! やれ!」
「おっけー!」
その隙に、すぐさま仮面少女が矢を射かける。その全てが宇宙人に突き刺さり、不可視のエネルギー・バリアによって弾かれた。
「かったいなー! もー!」
「諦めるな! いずれかならず刺さる!」
だが、その力も無尽蔵というわけではないことがわかる。
徐々にバリアの強度が弱まっているのが、体感的にわかるのだ。
「お、おのれぇぇぇぇぇぇ……」
とはいえ奴が、あらゆる魔物を上回る防御力を誇ることは間違いないが。
これに関して、『ハンサガ』の制作者の思いを推測すると、
――いかん。納期が迫っている。
――難易度調整の時間はない。
――せめて、この最終決戦をあっさり終わらないものにしよう。
こんな感じだろうか。
結果として行われているのがこの、いつ終わるとも知れぬ、不毛な殴り合いだ。
――まずいな。
狂太郎は一応、この事態を予測していた。
だから彼も、及ばずながら手頃な短刀で、ちくちく攻撃したりしている。
「ハア………ハア………ハア………」
しかしだんだん、息切れしはじめていた。
すでに狂太郎が攻撃した回数は、四千回を超えている。
だがどうも、それだけ殴ってようやく、仲間が二、三回攻撃したのと同じくらいのダメージらしい。
正直、何とかなるだろうと思っていたのは、彼の誤算だった。
ここのところジム通いを続けていたことも手伝って、自分の力を過大評価していたのだ。
「――ッ!」
ずきり、と、決定的な痛みが肩を襲ったのは、それから間もなくのことであった。
「あ、痛ぁっ!?」
「ちょ、おっちゃん、だいじょーぶ!?」
「だい……じょうぶ……なのか、これ……?」
距離を離して、肩を撫でる。
かるい、違和感。全く使い物にならない、というほどではないが。
後にお医者さんに、肩関節周囲炎と診断された症状、――要するに四十肩である。
「少し痛む。……こりゃ、ちょっと安静にした方がいいかもな」
「んもー。おっちゃんってほんま、軟弱やなー」
「年相応なだけだ」
せめて、もう五歳若ければ。
「どうする? そのへんの隅っこで、ちょっぴりお昼寝する?」
「……少し痛めただけだ。まだ足は動く」
「そんじゃあ……」
「練習したコンビネーション戦法を試そう」
「おっけー」
今後は、仲間のサポート役に徹する作戦に切り替える。
この数日、少なくない時間をその訓練に費やしてきた。
この戦法なら、時間はかかるが確実に敵を倒すことができるだろう。
もし、これが普段通りの仕事なら、大船に乗った気分になっていた。
しかしいまは、そうではない。
――恐るべきはむしろ、目の前にいる宇宙人ではなく……。
あの、京都弁を話す娘の顔が、脳裏にちらつく。
「なあ、おっちゃん」
「なんだ」
「そろそろ、村長からもらった弓、《アルテミスの弓》っちゅうたっけ? ――あれ、使いどきとちゃう?」
「いや。まだだ」
もとより、あれには頼らないつもりでいる。
何となくだがあの弓、――彼女が話していたような一撃必殺の武器ではないような気がしているのだ。
「なあ、おっちゃん。もひとつ、いい?」
少女、もはやほとんど、機械的に矢を連射しながら、
「どうした? まだ何かあるのか」
「あたしねぇ、――ちょーっとばかし、嫌な予感、してる」
「?」
「あの、光る板に書いてあったやん? ”悪食竜”倒すと手に入るっちゅう……なんか、スゴそうな剣の話」
「剣?」
疑問符を浮かべて、――思い出す。
攻略WIKIに書かれた、
『攻略メモ:悪食竜の腹部から《天上天下唯我独尊剣 ―法則の崩壊―》を取得可能。最終決戦にはこれを装備して挑もう。』
この一節を。
だが今回の場合、あれを手に入れている余裕はなかった。火道殺音にどんな奥の手があるかわからなかったため、できるだけ離れた位置で”ラスボスエリアの解放”を行う必要があったのだ。
「もしあれが彼女の手に渡ったとしても、大した問題じゃない」
「そーお?」
「大層な名前をつけられているが……《天上天下唯我独尊剣》は要するにただの、もの凄く強い剣だというだけだ」
「もの凄く、……強いって、具体的に、どういう感じ?」
「それは、――」
と。
その時だった。
がが………ぎぎぎぎぎ、と、金属が激しく擦れる音がして、――がくん! と、宇宙基地全体が、斜めに傾いだのは。
「――わあ!?」
「なんダなんダなんダ!?」
「……む」
「………………ッ!」
ラスボスである宇宙人まで一緒になって、狼狽する。
同時に、基地の壁面の一部から、
ずっ、
と、一本の剣が生えてきた。
剣は、まるで豆腐でも切り裂くように一文字を描く。
仮面少女、その様をじっと見上げながら、
「おっちゃん、村長との付き合い短いから、知らんと思うけど。――あの人けっこう、滅茶苦茶やらかしよるで」
切り裂かれた鉄板の向こう側には、宇宙が広がっていた。
その隙間から覗き込んだのは、一人の少女の姿。
「おこんばんわぁ」
火道殺音が、にたあっと笑っている。
絵面はもう完璧に、『シャイニング』で画像検索したら出てくるアレだった。
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