「ええと、――そうだな。
そこまで注目されると、少しやりにくいところは、あるのだが……。
今回の殺人事件は、その……ネタさえはっきりすれば、非常に簡単な事件だったんだ。
え?
「御託は良い」って? 「さっさと結論言え」だって?
少し待ってくれ。
結論を急ぐのは得意なやり方だが、今回ばかりは順序立てて話さないと、嘘つき呼ばわりされてしまう。
マーダーミステリーは、疑心暗鬼のゲームだからね。
…………。
ところで、こうして考えてみると、それって普通のことだよな。
ミステリーの探偵役ってこういう時、どうやって自分の信用を担保してるんだろう。
探偵役が犯人ってのも、推理小説の世界じゃ、わりと”あるある”らしいけど。
……ああ、わかったわかった!
話を進めるよ。時間ないんだし。
ええと、実はぼく、最初からこのシナリオに、少し違和感があったんだ。
この話の大前提。ぼくたち旅人が、不完全な推理を強いられている原因に。
万葉も言ってたよね。
「ここの村人から私怨を感じる」っていう点だ。
確かに少し、奇妙に思わないか。
だって、死んだのは所詮、流れ者の一人なんだろ。
バルニバービ地方とかいうのが何処に在るかは知らないが、少なくとも、ここから遠いことは間違いない。
もちろん、あちこちに危険なトラップが仕掛けられてるから怒ってる、っていうならわかるが、それに関して、村人たちはどうやらまだ、気が付いていないようだった。
それで、――思ったんだよ。
ひょっとして、……彼らが怒っているのは、今朝の殺人とは、別件なんじゃないかって。
いや、別件というと、少し語弊が在るな。
村人たちが、サイ・モンの件で怒っていることは間違いない。
ただ、――彼らが怒っているのはこの、『ライト・サイド』の隣で起こった事件じゃないんじゃないかって。
――少し、突飛に聞こえるって?
一応、根拠が無いわけじゃないんだ。
……っていうのもこの世界、――ひょっとして、苗字を名乗る文化が無いのかなって。
薄雲、呉羽、沙羅。
まあこの辺は、源氏名ってやつなのかもと思ってたけど、――海外出身っぽい、ローシュ、リリス……それとあと、バーバラ、なんて娘もいたな。
誰一人として、苗字を名乗った子は居なかった。
となると、……万葉が、「グレモリーから聞いた」情報、――サイモンの本名は、サイ・モンだって話と矛盾する気がしたんだ。
んで、ふと思った。
村人たちは、サイ・モンという一人の男の話をしてるんじゃなくて、サイって男と、モンって男、――二つの殺人事件の話をしてるつもりだったんじゃないかってさ。
そこまで気付けば、あとは女将さんに質問するだけだった。
「モンという男が殺されたのは、――いつ、どこでか?」
そこでようやく、――ずっと、無意味だと思われてた、小冊子の出番ってわけだ。
みんなも、心のどこかで不思議に思ってたんじゃないかな。今回の犯行は、『誰にでも可能』だったはず。なのにずいぶんと細かく、昨夜の行動の記録が掲載されてるのはおかしいんじゃないか、って。
これは推測だけれど、この村の連中はほとんど、誰が犯人か知ってたんじゃないかな。
その上で、残りの五人が共犯者じゃないかを確認してたってわけだ。
だから、女将さんに質問したら、一発で答えを教えてくれた。
もう一つの殺人事件、――村の子供から「モン兄ちゃん」と呼ばれていた男が殺されたのは、四時から五時の間。
そしてその時間帯に外に出た者は、二人。
薄雲。そして呉羽。
きみたち二人だ。
そのうち、犯人と思われる者は、――」
▼
と、その時だった。
ぱあん! と、景気良く両の手が打ち鳴らされて、
「はい! 推理はそこまで!」
と、クロケルが叫んだのは。
「………えっ?」
狂太郎が目を丸くする。
GMは、岩のような顔面をにっこりと笑顔にして、
「これ以上の推理は、ペナルティを課す」
「いや、ちょっとまて。あの……」
「はっきり言っただろう。推理の時間は、五分までだと。――私は、しっかり者の悪魔で通っていてね」
「しかしこう、もう少しこう、何というか……手心、というか……」
「人間とは、痛みの果てに学びを得る生き物だ。悪いがこれを教訓にしなさい。『締めきりは守るものだ』と」
「そんな馬鹿な」
すぐさま、薄雲から野次が飛んだ。
「ばっかーもーん! にゃーにやっとるか! 必要なことだけ話しとけば、よゆーで話せたでしょー!?」
「いやはや……」
狂太郎、クロケルの頭を見下ろして、
「ヒントも駄目?」
「駄目だ」
眉間を揉む。
こうなったら、やむを得ない。
ここまで話したんだから、みんなもわかってくれるだろう。
そう思って万葉たちを見る。
「ん?」
だが、――どうも、万葉、グレモリー、呉羽は、心ここにあらず、と言った感じ。
合コンで好きなライトノベルの話をしてしまったときの女の子と全く同じ表情をしている。
――おや? 一生懸命考えたぼくの推理、誰も聞いてくれている様子がないのは、どういうことだろう。
どうも、途中までみんなの視線を感じていた気がするのだが。
最後までこちらに傾注していたのは、さっき野次を飛ばしてきた薄雲と、ずっときらきらした視線を向けている、”ああああ”の二人だけ。……そんな気がする。
気を悪くした狂太郎が眉間に皺を寄せていると、
「それでは、これより十分の整理時間の後、――最終投票とする。ちなみにこの整理時間では、あらゆる議論は許されないので、そのつもりで」
と、クロケルが笑いをかみ殺しながら、宣言した。
▼
その後の数分間は無言のまま、ぼんやりと過ごすことになる。
もとより狂太郎には《すばやさ》がある。
思考にかけられる時間は、ほとんど無限大なのだ。
「………………………」(×6人分)
遅々として進まない時間に、少し欠伸をしている、と。
クロケルが無言のまま、それぞれのプレイヤーに一枚のメモ書きを渡してきた。
「ん?」
疑問に思いつつ、その紙切れを眺めてみる。
その内容は、以下のようなものであった。
『キャラクター”仲道狂太郎”専用 投票用紙
※この投票によって、あなたのエンディングの行動が決定されます。
当然、それによって最終的な得点が決定しますので、慎重に内容をお決め下さい。
Q1:あなたが真犯人として投票するキャラクターの名前
(投票正解時5点)
〔 〕
Q2:自分以外の登場人物の秘密
(20点を全問正解者で分配。小数点切り捨て)
遠峰万葉 〔 〕
ああああ 〔 〕
呉羽 〔 〕
薄雲 〔 〕
グレモリー〔 〕
Q3:あなたが思う、”光の民”、”闇の民”の代表は?
(暗殺成功時3点)
”光の民”〔 〕
”闇の民”〔 〕
以上。』
「……ふむ」
「ふーん」
「……げ」
「ひえっ」
「……こういうことか」
五人の反応を聞きながら、狂太郎はペンを取る。
――なんか、学校で小テストを受けてるみたいだな。
この感じ、何年ぶりだろう。お腹の奥の方がぞわぞわする。
「今から五分以内で、この用紙の空欄を埋めて貰う。――なお、空白で提出した場合、きみたちはその質問に対する何のアイデアも持たなかった、という扱いをさせてもらうのでそのつもりで」
狂太郎、残り時間に目を向けながら、
やるべきことは、とっくに決まっていた。
真っ先に埋めるべきは、Q1とQ3。
最後に一応、――Q2を埋めておく。
――”ああああ”は賢い子だ。きっと答えを間違えないだろう。
そういう確信があったが、――実際のところ、どうなるかはわからない。
用紙を埋めて、GMに提出。
次々と、用紙を回収していくクロケル。
やがて、全ての処理が終わり、――ごーん、ごーん、と、最後の鐘の音が鳴った。
「……よし。それではこれより、エンディングの処理に入らせてもらおう」
狂太郎は、ばくばくと心臓が弾む音を聴きながら、状況を見守っている。
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