【108:30:43~】
(ごうごうと、風が鳴っている。
耳を澄ますと、わずかに小雨が降っているのがわかる)
すげえ。ぞわぞわする。
耳元をしきりに撫でられてる感覚がする。
この直感が働いているのは、これまでいろんな世界を渡り歩いてきたから、だろうか。
超一流の魔術師の気配。
こりゃ、そろそろ来るな。間違いなく。
こっからが正念場だ。
……。
…………。
……………………。
「はあい♪ ダーリン」
……あ。
ええと……き、きみは……?
「あら。愛する人の顔を忘れた?」
ええ、ああ。へえ。
思ったよりずっと、……合法ロリ系のキャラデザで……。
「なんか、言った?」
いいや。別に。
ストーリーのあらすじを読んだ限りだと、もっと洋ゲー特有のバタ臭い感じというか……妖艶な悪女、って感じのイメージだったんだがな。このゲームの制作者、ジャパニメーションに影響を受けすぎている。たぶん『Fate』とかに。
「????」
ああ、気にしないでくれ。モノローグを録音しているだけだ。
……っていうか、それよりきみ、生きていたのか。
「そういうこと♪ 驚いた?」
うん。驚きましたよ。
「そのわりにはなんか、”何もかもご存じです”って感じだけど」
そーお?
「うん」
驚きすぎて、むしろテンションが一周してきてるのかもしれない。
「へえ。そんなことあるんだ」
うん。たぶん。
ってかきみ、死んでたはずだけど、なんでここにいるの?
「言わなかった? あちし、死んだふりが得意なの」
そうなんだ。ぼくも逃げ足には自信がある。
「知ってる。うふふふふふ。見たとこ、憲兵隊からはうまく逃げおおせたようね。ダーリンはそうでなくっちゃ」
まあ、な。
しかしきみ、いったいどこに隠れてたんだ?
「あっちこっち。あちしこー見えて、気配を消す術の心得があるのよ」
そうだったのか。通りで誰の目にも触れていないはずだ。
「でしょ? 褒めて褒めて♪」
わっ。いきなり抱きついてくるなよ。
「いいじゃない。いつものように、なでなで、して?」
あ、ああ。わかった……。
うわぁ。とてもふかふかしています。
「ああ……いいわぁ……。もっと……ぎゅっとして……キスも………。ずっとダーリンと、こうしたかった」
む。
むむむむむ。
「どうか、した?」
そりゃ、どうかしたに決まってる。
状況の整理が追いつかなくてね。
「うふふふふふ。あなたが不思議に思うのも無理はないわ、……実はね、――あちしの正体は、……」
ああ、それは知ってる。”死者の王”の末裔なんだろ。
「えっ? なんで……? 泥男から聞いたの?」
そういうことっす。
「んもー。あちしから話して、ダーリンを驚かせたかったのに! 空気の読めないやつ」
あは。あははははは。
「……………」
……………。
「……………ええと」
うん。
「…………………つまり、そういうこと、なんだけど?」
はい。了解です。オッケーです。
「なあに? なんだか事務的な感じ!」
そう? まあ、なんとなくわかってたからなあ。……ええと。その、恋人だし。
恋人はほら。後付けで何でも知ってたって感じにしても許される設定だし。
「……設定?」
ああいや。なんというか。いまのは妄言だ。
ちょっと驚きすぎて、自分でも訳わかんなくなってるところ、ある。
「ふーん、そう。……ところでずっと気になってたんだけれどダーリン、少ししゃべり方、変わってない?」
え? 別に? 変わってないぜぇ?
「そう、かな……。それに新聞にも、いろいろ書かれてたみたいだけど」
細かいことを気にしてはいけないぜぇ?
「……うーん。ま、いっか!」
そんなきみが、――大好きだぜぇ?
「なんかこの感じだと、あちしの目的のことも、気付いてる感じ?」
ああ、まあ。
……あれだろ?
前言ってた、世界全部と、きみ一人、どちらを選ぶ? とかいう感じのやつ。
きみはこれから、死霊術を使って、この世界を滅ぼすつもりだ。
その連れ合いに、ぼく……じゃない、おれがふさわしいかどうかを調べたかった。そうだろ?
「う、うん。すごいね。まるで神様みたいに、なんでも知ってるみたい」
そうとも。おれは造物主の使いなのさ。
「それじゃあ、もう、――答えも決まってるってこと?」
無論だ。
悪いが、きみの想いには応えられない。
「えっ……?」
だいたい、前提とする条件がおかしい。
なんできみと世界の二択なんだ。どうして両方選ぶことが出来ない。
正直おれは、そこんところがずっと聞きたかったんだ。攻略WIKIにも書いてなかったからね。
「こう、りゃく……?」
なんでもいい。質問に答えてくれ。
何故、きみみたいな娘が、――世界を滅ぼそうと思ったんだ?
「それは……だって。ご先祖さまの……願い、だから?」
それはきみの考えじゃないだろ。
「えーっ。なんでだろ。物心ついたときから、ずっとそうしなきゃそうしなきゃって思ってたからなあ」
…………なんと。
きみ、まさかとは思うがアレか。
これまで、深く考えたこと、なかったのか?
「えっ。うん。だって、先祖代々の悲願だし」
なんという……。
きみはあれか。
ひょっとして、アホの子なのか。
「なによう。アホなんて言わないで。ぷんぷんっ」
ぷんぷんっ、って。マジか、この女。
「てへへ」
……おい、やめろその、人差し指をちょっと咥えて可愛く見上げるポーズは。
いくらなんでも、そのキャラには騙されんぞ。
きみのせいで、何人死んだと思ってるんだ。
「え? 0人だけど?」
嘘だろ。
「ほんとよ? だってあちし、まだ食屍鬼に攻撃命令を出してないもの」
口だけの情報だ。騙されんぞ。
「そー言われてもにゃあ。でもダーリン、これまで食屍鬼が酷いことしたって情報、一度でも聞いた?」
……いや。
そういえばまだ、具体的な被害については……。
「ほらね? みんなはちょっとお散歩してるだけなのに、すーぐそういうこと言われる。死人差別だよ、それ?」
死人のお散歩か。
すげー不気味だし、それで十分、問題になってる気もする、が。
つまりきみはまだ、誰も傷つけてないんだな?
「誰かを傷つけてるってことにかけては、ダーリンがきっと、世界で一番でしょ。復讐代行なんて聞こえはいいけど、要するに殺し屋、だものねえ」
あ、ああ……そうだな。
「でもあちし、哀しいな。ダーリンが着いてきてくれないなら……まーた食屍鬼に攻撃命令が出せないや」
その場合……どうなる?
「どーもこーも。残念だけど、ダーリンとはここでお別れね。あちし、きっと世界を滅ぼしてみせるって、ご先祖様と約束したの。でも、滅びた世界で独りぼっちは寂しいから。
だから、あちしにぴったりの……孤独な男の人を、探さなきゃ」
そう、か。
……ずいぶん、寂しそうだな。
「そりゃそーよ。こちとら、理想を下げに下げまくって、よーやくダーリンに辿り着いたのよ? ダーリンみたいな殺人鬼なら、きっとあちしを選んでくれるって信じてたのに。――残念」
………………………。
ふむ。
「元カノとしては、これからがちょっぴり心配かな。ごめんね。ダーリンの人生、めちゃくちゃにしちゃった。
でも大丈夫。そのうちきっと、世界を滅ぼすから。
そうすればみんな、喧嘩することもなくなるからね」
……あー。
その辺、やっぱ譲れない感じ?
「うん。でも感謝してよね? 牢屋から逃げられたのは、あちしのお陰なんだし」
ん?
「んもー。惚けちゃって。――看守に化けさせた食屍鬼を、助けにやったでしょお?」
……な。
なん、だと?
「え? だってそうでしょ。だからダーリンはいま、牢屋の外に出てる。いま、あそこにいるのは、――ダーリンに化けさせた食屍鬼だもの」
おい。
それいったい、いつの話……ッ、
(たぁん、という、銃声が一発。
誰のものかもわからない悲鳴。怒号。
ぶつりと、唐突に録音が途切れる)
【~108:45:12】
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