日雇い救世主の見聞録

”すばやさ”がカンストしたおっさん、異世界救済スピードランに挑む
津田夕也
津田夕也

70話 死者の女王

公開日時: 2020年11月12日(木) 19:05
更新日時: 2022年2月19日(土) 18:15
文字数:3,090

【108:30:43~】


(ごうごうと、風が鳴っている。

 耳を澄ますと、わずかに小雨が降っているのがわかる)


 すげえ。ぞわぞわする。

 耳元をしきりに撫でられてる感覚がする。

 この直感が働いているのは、これまでいろんな世界を渡り歩いてきたから、だろうか。


 超一流の魔術師の気配。


 こりゃ、そろそろ来るな。間違いなく。

 こっからが正念場だ。


 ……。

 …………。

 ……………………。


「はあい♪ ダーリン」


 ……あ。

 ええと……き、きみは……?


「あら。愛する人の顔を忘れた?」


 ええ、ああ。へえ。

 思ったよりずっと、……合法ロリ系のキャラデザで……。


「なんか、言った?」

 

 いいや。別に。

 ストーリーのあらすじを読んだ限りだと、もっと洋ゲー特有のバタ臭い感じというか……妖艶な悪女、って感じのイメージだったんだがな。このゲームの制作者、ジャパニメーションに影響を受けすぎている。たぶん『Fate』とかに。


「????」


 ああ、気にしないでくれ。モノローグを録音しているだけだ。

 ……っていうか、それよりきみ、生きていたのか。


「そういうこと♪ 驚いた?」


 うん。驚きましたよ。


「そのわりにはなんか、”何もかもご存じです”って感じだけど」


 そーお?


「うん」


 驚きすぎて、むしろテンションが一周してきてるのかもしれない。


「へえ。そんなことあるんだ」


 うん。たぶん。

 ってかきみ、死んでたはずだけど、なんでここにいるの?


「言わなかった? あちし、死んだふりが得意なの」


 そうなんだ。ぼくも逃げ足には自信がある。


「知ってる。うふふふふふ。見たとこ、憲兵隊からはうまく逃げおおせたようね。ダーリンはそうでなくっちゃ」


 まあ、な。

 しかしきみ、いったいどこに隠れてたんだ?


「あっちこっち。あちしこー見えて、気配を消す術の心得があるのよ」


 そうだったのか。通りで誰の目にも触れていないはずだ。


「でしょ? 褒めて褒めて♪」


 わっ。いきなり抱きついてくるなよ。


「いいじゃない。いつものように、なでなで、して?」


 あ、ああ。わかった……。

 うわぁ。とてもふかふかしています。


「ああ……いいわぁ……。もっと……ぎゅっとして……キスも………。ずっとダーリンと、こうしたかった」


 む。

 むむむむむ。


「どうか、した?」


 そりゃ、どうかしたに決まってる。

 状況の整理が追いつかなくてね。


「うふふふふふ。あなたが不思議に思うのも無理はないわ、……実はね、――あちしの正体は、……」


 ああ、それは知ってる。”死者の王グール・キング”の末裔なんだろ。


「えっ? なんで……? 泥男マッドマンから聞いたの?」


 そういうことっす。


「んもー。あちしから話して、ダーリンを驚かせたかったのに! 空気の読めないやつ」


 あは。あははははは。


「……………」


 ……………。


「……………ええと」


 うん。


「…………………つまり、そういうこと、なんだけど?」


 はい。了解です。オッケーです。


「なあに? なんだか事務的な感じ!」


 そう? まあ、なんとなくわかってたからなあ。……ええと。その、恋人だし。

 恋人はほら。後付けで何でも知ってたって感じにしても許される設定だし。


「……設定?」


 ああいや。なんというか。いまのは妄言だ。

 ちょっと驚きすぎて、自分でも訳わかんなくなってるところ、ある。


「ふーん、そう。……ところでずっと気になってたんだけれどダーリン、少ししゃべり方、変わってない?」


 え? 別に? 変わってないぜぇ?


「そう、かな……。それに新聞にも、いろいろ書かれてたみたいだけど」


 細かいことを気にしてはいけないぜぇ?


「……うーん。ま、いっか!」


 そんなきみが、――大好きだぜぇ?


「なんかこの感じだと、あちしの目的のことも、気付いてる感じ?」


 ああ、まあ。

 ……あれだろ?

 前言ってた、世界全部と、きみ一人、どちらを選ぶ? とかいう感じのやつ。

 きみはこれから、死霊術を使って、この世界を滅ぼすつもりだ。

 その連れ合いに、ぼく……じゃない、おれがふさわしいかどうかを調べたかった。そうだろ?


「う、うん。すごいね。まるで神様みたいに、なんでも知ってるみたい」


 そうとも。おれは造物主の使いなのさ。


「それじゃあ、もう、――答えも決まってるってこと?」


 無論だ。

 悪いが、きみの想いには応えられない。


「えっ……?」


 だいたい、前提とする条件がおかしい。

 なんできみと世界の二択なんだ。どうして両方選ぶことが出来ない。

 正直おれは、そこんところがずっと聞きたかったんだ。攻略WIKIにも書いてなかったからね。


「こう、りゃく……?」


 なんでもいい。質問に答えてくれ。

 何故、きみみたいな娘が、――世界を滅ぼそうと思ったんだ?


「それは……だって。ご先祖さまの……願い、だから?」


 それはきみの考えじゃないだろ。


「えーっ。なんでだろ。物心ついたときから、ずっとそうしなきゃそうしなきゃって思ってたからなあ」


 …………なんと。

 きみ、まさかとは思うがアレか。

 これまで、深く考えたこと、なかったのか?


「えっ。うん。だって、先祖代々の悲願だし」


 なんという……。

 きみはあれか。

 ひょっとして、アホの子なのか。


「なによう。アホなんて言わないで。ぷんぷんっ」


 ぷんぷんっ、って。マジか、この女。


「てへへ」


 ……おい、やめろその、人差し指をちょっと咥えて可愛く見上げるポーズは。

 いくらなんでも、そのキャラには騙されんぞ。

 きみのせいで、何人死んだと思ってるんだ。


「え? 0人だけど?」


 嘘だろ。


「ほんとよ? だってあちし、まだ食屍鬼グールに攻撃命令を出してないもの」


 口だけの情報だ。騙されんぞ。


「そー言われてもにゃあ。でもダーリン、これまで食屍鬼グールが酷いことしたって情報、一度でも聞いた?」


 ……いや。

 そういえばまだ、具体的な被害については……。


「ほらね? みんなはちょっとお散歩してるだけなのに、すーぐそういうこと言われる。死人差別だよ、それ?」


 死人のお散歩か。

 すげー不気味だし、それで十分、問題になってる気もする、が。

 つまりきみはまだ、誰も傷つけてないんだな?


「誰かを傷つけてるってことにかけては、ダーリンがきっと、世界で一番でしょ。復讐代行なんて聞こえはいいけど、要するに殺し屋、だものねえ」


 あ、ああ……そうだな。


「でもあちし、哀しいな。ダーリンが着いてきてくれないなら……まーた食屍鬼グールに攻撃命令が出せないや」


 その場合……どうなる?


「どーもこーも。残念だけど、ダーリンとはここでお別れね。あちし、きっと世界を滅ぼしてみせるって、ご先祖様と約束したの。でも、滅びた世界で独りぼっちは寂しいから。

 だから、あちしにぴったりの……孤独な男の人を、探さなきゃ」


 そう、か。

 ……ずいぶん、寂しそうだな。


「そりゃそーよ。こちとら、理想を下げに下げまくって、よーやくダーリンに辿り着いたのよ? ダーリンみたいな殺人鬼なら、きっとあちしを選んでくれるって信じてたのに。――残念」


 ………………………。

 ふむ。


「元カノとしては、これからがちょっぴり心配かな。ごめんね。ダーリンの人生、めちゃくちゃにしちゃった。

 でも大丈夫。そのうちきっと、世界を滅ぼすから。

 そうすればみんな、喧嘩することもなくなるからね」


 ……あー。

 その辺、やっぱ譲れない感じ?


「うん。でも感謝してよね? 牢屋から逃げられたのは、あちしのお陰なんだし」


 ん?


「んもー。惚けちゃって。――看守に化けさせた食屍鬼グールを、助けにやったでしょお?」


 ……な。

 なん、だと?


「え? だってそうでしょ。だからダーリンはいま、牢屋の外に出てる。いま、あそこにいるのは、――ダーリンに化けさせた食屍鬼グールだもの」


 おい。

 それいったい、いつの話……ッ、


(たぁん、という、銃声が一発。

 誰のものかもわからない悲鳴。怒号。

 ぶつりと、唐突に録音が途切れる)


【~108:45:12】

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