殺音と別れてから、おおよそ五、六分。
狂太郎が《無敵バッヂ》の取り付けに要した時間だ。
①いつものように仕事をしていたら、
②急になんか怖い顔の男が現れて、
③しかもその男、なんか滅茶苦茶キモいスピードで動き回ったかと思うと、
④気付けば自分たちと、仕事場にあったはずのあらゆる資料が外に運び出されていた。
「え? え? え?」
少女たちは訳もわからず、お互いの顔を見合わせている。
「アワワワワ……何が、どーなっとる……?」
その傍らには、前村長の姿も。
狂太郎は、引っ越し業者もかくやという活動量で、屋敷内にあるすべてのものを運び出し、――ぱん、と、みんなの前で手を叩いた。
「この屋敷はどうやら、悪者の手によって邪悪な改造を施されていたらしい! だからこの建物は未来永劫、出入り禁止とする!」
即座に少女たちは、自分に許された唯一の権利を行使した。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああ」
「またでたあああああああああああああああああああああああああああああ」
「だれかああああああああああああああああああああああああああああああ」
「この悪魔みたいな顔の奴を殺してええええええええええええええええええ」
「キモチワルイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ」
「ぜったいおっぱい触られたあああああああああああああああああああああ」
絹を裂くような音が村中に響き渡る。
すぐさま、前村長がその場で失禁。
辺りは地獄みたいな様相となった。
さらに、なんだなんだと騒ぎを聞きつけた村中の人々が集まってきて、屋敷周辺は騒然となっていく。
狂太郎は眉間に手を当てて、
「いや、マジでこれに関しては、異論を認めるわけにはいかない。こうなった以上、何かの拍子でボタンを刺激するわけにもいかないし」
我ながらまるで説得力がないことを認めざるを得ない。
逆の立場だったら、自分も納得しなかったに違いない。
狂太郎は必死に説得を試みるが、事態が収拾する見込みはなかった。
――こうなったら、無理矢理でも……。
とも思う。だが、さすがにそれはしたくない。
最後くらい、笑ってみんなとお別れしたい。
そう思う程度には、ここに長く、いた。
「皆の衆! 静まれ、静まれ!」
大衆に活を入れたのは、――たったいま帰還したばかりらしい、ごま塩頭の老人だ。傍らにはもちろん、あの丸顔の青年もいる。
老人は、顔中を皺だらけにしながら笑って狂太郎へ歩み寄り、その肩を抱いた。
そして、
「状況は道々聞かせてもらった。あとはわしに任せぇ」
とのこと。
狂太郎は内心、「渋くてカッコイイお爺さんでも、お爺さんだから口が臭くなっちゃうんだな」と思っている。
ごま塩頭は仲間に向けて、こう告げた。
「これより先、この男を非難することは許さん。彼はわしらの、いや、わしらの世界のために尽くしてくれた英雄や」
ざわ、ざわ、と、皆がどよめく。
「いいか、皆の衆。我々の暮らしはあの、恐るべき宇宙人に創られたものやった。我々はずっと、強い狩人たろうとして生きてきたが、――現実は、甘やかされて育ったぼんぼん過ぎんかったっちゅうこっちゃ」
喧騒がさらに大きくなる。
「これからは恐らく、大変な生活が待っとるやろう。でもわしらは、一丸となって生き抜いていく。――せやな?」
その力強い疑問符に、喧騒が一時、止まった。
「せやな?」
もう一度問うと、村人たちが皆、「応」と応える。
狂太郎はほっとして、
「良い村長になってくれ」
と、『ハンターズヴィレッジ・サガ』の主人公に言った。
「おまえこそ。達者でな」
「ああ」
ぎゅっと、力強い握手。
そして狂太郎、《無敵バッヂ》を建物壁面に貼り付ける。
特に吸着する構造になっているわけではないのに、それはぴったりとくっつく。
そして、――背嚢に入れていた《天上天下唯我独尊剣》を抜き、満身の力を込めて、《無敵バッヂ》をぶっ叩いた。
するとどうだろう。
衝撃を感知したバッヂは見る見る膨らんで……村長の屋敷だったものを包んでいく。
けばけばしいオレンジ色の風船のようになったそれは、あっという間に、村中央の建物を覆い尽くしてしまった。見ると、具合の良いことに《無敵バッヂ》はスイッチの隙間を埋めるように入り込んでいて、これなら外から刺激を与えても、うんともすんとも言わないだろう。
「……えらく、不格好なランドマークができあがったもんやな」
ぶみぶみっ、っという不思議な触感のそれに触れながら、ごま塩頭の老人が苦笑している。
「仮面少女には全部話しておきましたが、――」
「わかっとる。これにはもう、誰も近づけんなっちゅうこっちゃろ」
そこまで知ってるなら、話は早い。
「では。あとのことは、全て任せます。……友よ」
本心だった。
彼自身、意外なことであったが、死闘を共にした結果、狂太郎もこの老人のことが好きになっていたのだ。
出身とする世界を問わず、男は皆、総じてチョロい生き物なのかもしれない。
と、その時だった。
夕焼けに染まる空。
うっすらと星と月が浮かんでいる方向に、ある種の文字列が浮かんできたのは。
「な、なんや、あれ……!」
仮面少女が、素っ頓狂な声を上げる。
『GAME DIRECTOR ○○○○○○○○ ○○○○○○○
ASSISTANT DIRECTOR ○○○○○○ ○○○○○
○○○○○○○ ○○○○○○
SYSTEM PROGRAMMERS ○○○○○○○ ○○○○○○○
○○○○ ○○○○…………』
などという、一見、意味不明の文字列だ。
その正体は実のところ、――群れをなした”アカリホタル”に過ぎない。
蛍の群れが、たまたま文字の形となって、華々しく空を彩っているだけ。
村の人々が空を見上げて、その不思議な光景に見入っている。
見慣れないもの。
得体の知れない現象。
彼らの目にはそう映ったに違いない。
だが、我々の世界に住む者には、その正体をはっきりと理解することができるだろう。
――エンディングロール。
それこそが、狂太郎たち”日雇い救世主”が帰還するための合図であった(※43)。
狂太郎が、ほっとため息を吐く。
「ようやくこれで……帰れるな」
彼の左肩に、そっと手が置かれた。女一人分の体重が寄りかかる。
見ると、仮面少女だった。
彼女、珍しく面を頭の上に載せて、素顔を晒している。
「ほな、お別れやね」
「ああ」
二人とも、妙に感傷的な言葉を嫌う。湿っぽいのは好きではない。
だから少女は、何か話す代わりに、……狂太郎の手をぎゅっと握っていた。
「また、会うことって」
無理だな。たぶん。
そう言いかけたが、さすがにそれは無粋に過ぎる。
だから狂太郎は、こう応えた。
「運命が繋がれば。あるいは」
「そっか」
少女、目を細めて、
「ねえ。おっちゃんがいない間、旦那さん、もらってもいい?」
「……。良いに決まってるだろ。きみが幸せになるなら、それが一番だ」
本心を言うとこれは嘘だった。
美しい眼、美しい手、美しい髪、どうして俗悪なこの世の中に、こんなきれいな娘がいるかとすぐ思った。誰の細君になるのだろう、誰の腕に巻かれるのであろうと思うと、たまらなく口惜しく情けなくなってその結婚の日はいつだか知らぬが、その日は呪うべき日だと思った(※44)。
”エンディングロール”は遂に、最後の一文を表示する。
『FIN』
と。
「あれ、どーいう意味?」
「これからようやく、始まるのだ。――きみたちの物語が」
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(※43)
なお、『デモンズボード』の世界の時も恐らく似たような現象が起こっていたと思われるが、狂太郎はさっさと城を後にしてしまったためか、直接それを見ることはできなかった。
(※44)
この一文、田山花袋『少女病』より抜粋。
……いや、著作権フリーの作品からパクってきた手抜きじゃなくて、マジでほぼ、この通りの言葉を言ったのである。
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