まず狂太郎は、手元のメモとタブレットPCで『ハンターズヴィレッジ・サガ』の攻略WIKIをチェックする。
「ええと……なになに……」
【ラスボスエリア 解放条件】
①村の評価ポイントをAランク以上(世界樹の森エリア解放まで)にする。
②世界樹の森エリアにキャンプ地を設営する。
③世界樹周辺に出現する「大空を舞う蒼天竜」クエストをクリア。
④その報酬により、蒼天装備(兜、胴、腕、腰、足の五種)を作成する。
⑤島周辺の海域に「全てを喰らう悪食竜」が出現。これを討伐する。
攻略メモ:悪食竜の腹部から《天上天下唯我独尊剣 ―法則の崩壊―》を取得可能。最終決戦にはこれを装備して挑もう。
「ふむ……」
どうもちょっぴり、条件がややこしい気がする。
これだけ複雑ならば、殺音が気付かなくても無理はないか。
狂太郎、自分のほっぺたをもにもにしながら悩んでいると、
「ねえねえ。何見てるん」
と、先ほど追い出された仮面少女がひょっこり現れた。
「ってか……あーっ。おっちゃん、あたしのジュース、飲んだなーっ!」
「すまん。でも村長が勝手にしたことだぜ」
「むーっ。なかなか手に入らんのに」
「そうなの?」
「うん。”万年雪”は、世界樹を昇ったとこでしか手には入らんからねぇ」
そういえば、この島は全体的に平坦な地形をしている。気候も安定しているみたいだし、雪を手に入れるには、世界樹に昇るくらいしか手段がないのかもしれない。
「なあ、お嬢ちゃん。いくつか質問していいかい」
「なあに?」
まず、世界樹周辺に村人が出入りしている以上、解放条件の①はクリアできているだろう。
「世界樹がある周辺に、キャンプ地は存在するのかい」
「きゃんぷ? ……ああー。そういや最近、建ててへんなあ。資材がもったいないからって」
「キャンプは具体的に、どうやって建てられる?」
「そら、指示があったら、すぐにでも」
「指示は、――村長に頼むしかないかな」
「いーや? キャンプ地の設営は、狩人班のみんなで決定する。大抵はリーダーが決定権をもつ、かな」
「リーダー?」
「さっき話した、お爺さん」
ああ。あの、ごま塩頭の。
狂太郎は苦い表情になって、
「あれならまだ、村長を通した方が確率があるなぁ」
だが、できればその手は使いたくない。火道殺音にこちらの動きを悟られたくないのだ。
「でもおっちゃん、これからその、蒼天装備っちゅーのを集めるんやろ? だったらリーダーと仲良くなったほうがええと思うけど」
「そりゃそうなんだが……」
と、言いかけて、違和感。
「ちょっとまて、きみ。なんでそれを知ってる」
「だって、おっちゃんが使ってるその……なんかピカピカ光る板に書いてるやん」
彼女が指さしているのは、狂太郎の使っているタブレットPCである。
「きみ、読めるのかい。ここに書いてる文字」
「馬鹿にすんなや。文字くらい読めるわい」
「ほう」
知れば知るほど、この村の人々は文化的だ。
見た目はいかにも狩猟採集民、という感じなのに、少しちぐはぐである。
「ここに書かれている文字は、――きみたちが使っているのと同じもの?」
「そりゃ、まあ」
たまたま、ではありえない。
となると、ゲームで使われている文字がそのまま公用語として認識されているパターンか。
「ただ、意味のわからんとこもあるけど。なんなんこの、『ラスボスエリア』って?」
この娘は賢い。
下手に誤魔化すのもよくないだろう。
「……要するにぼくは、その”ラスボス”を倒すためにこの島に来た、ということだ」
「そしたら具体的に、どーなるん?」
「世界が救われる」
「せかい」
少女がオウム返しにして、
「それはちょっとした……そーだいな話やな?」
「だが、それがぼくの仕事なんだよ」
「ふーん」
すると彼女、ちょっぴり目を細めて、
「おもろそーやん。あたしそういう話、好きやで」
と、声を弾ませた。
狂太郎は、てっきり一笑に付されるだけで終わりだと思っていたので、少し意外に思う。
「手伝ってくれるのかい?」
「もちろん。――だいたい、さっき村長に頼まれてん。『あの人の頼み、なるべく聞くように』って」
「なるほど」
「『でも、ちょっとでもエッチなことされたら、すぐに言うんよ。殺すから』とも」
「……あっそう」
少し頭痛がして、眉間を揉む。
「きみ、歳いくつ?」
「じゅうよん」
本当か? もっと幼い印象だったが。
とはいえ、第二次成長期を迎えた娘のことだ。見た目の印象で、年齢を正確に把握するのは難しい。
「たぶんやけどね。親が死んでから、そっからお祝いしてないから」
「なら、安心しろ」
狂太郎は、気楽に言う。
「いくらぼくでも、きみくらいの歳の娘に欲情するほど飢えちゃあいない(※17)」
「へーえ。ならええけど」
少女はどうでも良さげに言って、仮面を顔に被せる。
「なんにせよ、――まず、キャンプ地の設営からやな。とりあえず、爺ちゃんに話、通さへんと」
「ああ」
▼
返答は、想定した通りであった。
「アホか。ダメに決まってるやろがい」
仮面少女、テンションの高いチンパンジーみたいに両手をぶんぶんして、
「えーっ。なんでやー! ええやんかー、ちょっとくらいー」
「あかん。いまは資材を広く使うっちゅう村長の方針や。……なんか、島に危険が迫っている? とか。そーいう話でな」
「あらら。そーなん?」
「……どーにも眉唾な話やけどな。良い迷惑やわ」
最後の、いかにも吐き捨てるような一言が、この男と村長の間にちょっとした軋轢が生まれていることを物語っている。
何かの力で無理矢理納得させられているとは言え、よそ者を村長として迎え入れているのだ。何となく、腹の内に不満が溜まっているのだろう。
狂太郎、そこで口を挟んで、
「それなら、心当たりがあります」
「――心当たり?」
「ええ。ここに来るまでの生態調査で、二、三、興味深い事実が判明しましてね」
「なんやと」
ごま塩頭の男が、ただでさえ皺の深い眉間を寄せる。
「なんでそないなこと、都会もんにわかるねん」
「植物学の観点からです」
「……?」
「ぼくはこう見えて、地元ではコケ類学を専攻してましてね。この辺りの苔を少々採取させてもらって、いろいろとチェックさせていただきました。その結果、この島の苔植物には、ある種のMCU反応が見られることがわかったのです」
「えむ、しー……?」
「ええ。正確にはマーベル・シネマティック・ユニバース反応ともいいますが……これがフェーズ3まで進んでいまして。これは明らかな異常現象なのですよ。この状況があまり長く続いた場合、――最終的にはエンドゲーム・シナリオまで発動しかねない」
「なんやその、エンドゲーム、なんちゃら言うんは」
「ちょっと専門的な話なので詳細は省きますが――サノス系コケ植物のインフィニティ・ガントレット進化により、最悪、人類の半分が死滅しかねない疫病が流行る、ということです」
「は、半分やと……?」
男は、なんだか虫を口に入れたような顔になっている。
狂太郎は素早く、タブレットPCを開いた。表示されているのは、英語版のウィキペディアだ。
狂太郎はそのページをめまぐるしくタップして、スパイダーマンがピンチに陥っている画像のところで止めた。
「ぼくの地元では、このような絵図が残ってまして。これは、サノスの危険性を現したものなのです」
「ふむ……」
老人の顔色が、深刻に蒼い。
――あれ? 冗談半分だったけどこれ、押し切れるか?
狂太郎はそう思っている。
「もちろんぼくも、そこまで悲惨ことになるとは思ってません。ただ、あくまで念のため、念のためです」
「しかし、なあ」
「このままご協力いただけない状況が続く場合、ぼくとしてはアヴェンジャーズを召喚する他にありません。しかしそれでは、この島の人々の生活が滅茶苦茶になってしまう可能性がある。……個人的にも、そのような事態は避けたい。せめて今回だけでも、お手伝いいただけませんかね」
「ううむ……」
ほぼ口から出任せ(※18)だったが、――純情な異世界人はあっさりと騙されてくれたようだ。
「なんや細かいことは、よぉわからんが。まあ、ひとつキャンプ地作るくらいなら、ええか」
「助かります」
「……ただ、資材出すだけやぞ。人材はこっち、手一杯やからな」
「十分ですよ。ありがとう」
狂太郎は、精一杯愛想良く言って、握手を求める。
だが男は渋い表情のまま、ふいっと背を向けた。
――苦手だなあ。やっぱり。
自分に先天的な人間的魅力が備わっていれば、この仕事ももっと簡単なのだが。
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(※17)
惣流・アスカ・ラングレーのエロ同人誌を収集していた男の発言とは思えないが、本人曰く、「そもそもアニメキャラのセリフを決定するのは三、四十歳くらいのおっさん脚本家であるわけだから、我々は実質、おっさんの中にある美少女的人格と恋をしているわけで年齢的には何の問題もない。ぼくはロリコンではない」とのこと。
(※18)
これは、(主に酔っ払ったときに)狂太郎がしばしば使うレトリック(詭弁術)の一種だ。
今回使ったのは”MCU論法”というもので、この他にも”チューバッカ弁論”、”ドラゴンボール・ハラスメント”、”ラブジョイ抗弁”や”「真のガンダムマニアではない」理論”などがある。
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