日雇い救世主の見聞録

”すばやさ”がカンストしたおっさん、異世界救済スピードランに挑む
津田夕也
津田夕也

252話 不可解な生き物

公開日時: 2021年7月10日(土) 23:57
更新日時: 2022年9月1日(木) 23:38
文字数:3,047

「なにあれー」


 沙羅は、突如として現れた奇怪な物体に視線をやりつつ、その場を離れる。

 これから何が起こるにせよ、その辺りで寝かせている連中を巻き込みたくなかった。


 ”けつばん”と呼ばれた不可解な生き物(?)は、こちらを目指してゆっくりと降りてきているようだ。


 沙羅はその姿をのちに、こう表現している。


――縦横1メートルほどのブロック状生命体。表面は、色んな動物の皮をつぎはぎにしたような形。基本的な形は四角だが、不定形に身体が変貌する。


 その怪物は、目も、口も、耳も、鼻も、およそ生き物が必要とするあらゆる器官を有していなかった。どこかそれは、単細胞生物に近い。そのくせ、キイキイと喧しい鳴き声を上げたというから不思議なものである。

 また、”けつばん”は鳴き声を発する以外にも、


『コメント さくせいちゅう』


 と、意味不明な台詞をランダムに話したりもしたらしい。

 実際、沙羅が最初に出くわしたのは、


『レベルが あがった! レベルが あがった!』


 という台詞を連呼する個体である。

 顔を、しかめる。馬鹿にされたのかと思ったのだ。


「ねえ、あなた……」

『エラー! エラー! このキャラクターに はなしかけるのは まちがいです!』

「……あっそ」


 沙羅はちょっぴり不満げに唇を尖らせて、


「申し訳ないんだけど、あんたたちのご主人様に、お願いして貰えませんか? 一仕事終えたら私たち、さっさとここを出て行きますから。邪魔しないでほしいって」


 言いながらこれは、「お前の人生を賭けてきた仕事を全部台無しにするから、黙って見てろ」とほぼ同意義だな、と思っている。

 そうして初めて、沙羅も気づかざるを得なかった。

 生きる目的が反対方向を向いている場合には、暴力で解決するのが一番手っ取り早いのだ、と。

 だから一応、


「あ、ちなみにこれ以上、私たちの邪魔をするようなら、あなたの居場所を突き止めて、なんか暴力を振るったりして……あなたを屈服させたり、悪くすれば殺したりする予定です」


 こう付け加えておいた。

 完全に善意から出た言葉だったが、それが事実上の宣戦布告となった。


『――スライムが あらわれた!』


 と、ヒステリックに叫びながら、”けつばん”は沙羅に向かって突進する。

 もちろんその動作は、我々が想定するような動物のそれではない。機械的な動きだ。


 一瞬、沙羅は、いつものように攻撃をまともに受け止めようとする。

 だが、


――《無敵》に頼り過ぎちゃ駄目だッ。


 以前の経験から、攻撃を回避。

 結果的に、その判断が彼女を救うことになった。


 どう!


 と、けたたましい音を立てて、土煙が舞い上がる。

 ”けつばん”は、一瞬にして地面を削り取り、土砂を使って彼女を生き埋めにしようとしたらしい。


――やっぱり。”ブラック・デス・ドラゴン”と戦った時の作戦で来たか。


 沙羅はすかさず、檜の棒でぶん殴る。”ボーイ”の父親が持っていたやつだ。

 だが、


「あいったぁ……」


 殴った方の手が痺れる始末。

 どうやらこいつ、かなり硬い身体を持つらしい。物理攻撃で仕留めるのは難しそうだった。


 と、なると。

 もう、手加減はしてられない。沙羅は反射的に息を大きく吸い込んで、ぼう、と、口から火球を吐く。相手を始末するときに使う技だ。

 火球は”けつばん”の表面を焼き、その体積の半分ほどを黒焦げに炭化させる。


 断末魔の台詞は、


『――――――――――――――12345678910のダメージ!』


 であった。

 ”けつばん”はそこで静止して、それきりぴくりとも動かなくなる。

 沙羅が強いのか、”けつばん”が火焔に弱いのかはわからない。

 ただ確かなのは、


「倒せないようなやつ、じゃない」


 ということ。


「とはいえ、……参ったな」


 上を見上げると、”ブラック・デス・ドラゴン”が跳んでいた場所から、”けつばん”たちが無尽蔵に生み出されているのがわかる。

 ぱっと見ただけでも、すでに数十匹。これからもっともっと増えるに違いない。


 あれ全部を相手にするのは、さすがに不可能かな。


――狂太郎くん。お願い。


 こうなったら、気力と魔力が尽きるまで、可能な限り戦うしかない。


 狂太郎の仕事が終わるまで。

 あるいは、……敵の心が、折れるまで。



 徹底抗戦の覚悟を決めた沙羅が向かったのは、先ほど狂太郎と合流した、あのコンビニだ。

 ”けつばん”の出現を見たお陰だろう。その辺りの住人は全員避難しており、南へ逃げ去ってしまったらしい。

 コンビニの駐車場にあるのはただ、見せしめのために焼き殺されたコンビニ店員の死体だけ。

 沙羅は、名も知らぬ彼に一瞬だけ黙祷を捧げたあと、店内へと向かい、そこにある食糧を片っ端から口の中に入れていく。


 狂太郎がいたら、「え? なんで急に大食い大会開いてるの?」と突っ込んだことだろう。

 だが、沙羅は大真面目だ。魔力を回復する必要があったのである。


 実はこの情報、狂太郎は最後まで知らなかったのだが、――魔法を使用する=肉体のエネルギーを消耗するというのは、”救世主”の間では割と常識らしい。

 そのルールは、サラマンダーである彼女であっても変わらない。

 それどころか精霊である彼女の場合、魔力を消耗すればするほど、肉体の存在率(※25)が減少してしまう。

 つまり、魔力の消失は、彼女にとっての”死”なのだ。もちろん、そこまで消耗することは滅多にないが……。


 彼女のお食事休憩は、これからの戦いで絶対に必要な作業であった。


 というわけで、各種コンビニスイーツを、片っ端から口に放り込みまくりながら、コンビニ奥の休憩室にあった、無線会話を受信していたラジオで情報収集を行う。


『北西の捜索隊、全滅』

『上空に”けつばん”出現中』

『戦闘に巻き込まれないため、住民は皆、南の避難所に向かうこと』

『”ボーイ”の捜索は中止』

『神に祈りを捧げよ』


 ありがたいことに、今後は住人たちを相手にする必要はなさそうだ。もっと厄介な相手が出てきたため、安心は出来そうにないが。

 そのまま、狂ったようにカロリーを摂取する沙羅の耳に、いくつか興味深い情報が届いた。

 その内容を一言でまとめるならば、


『こんなことは、ぜんぶ間違っている』


 というもの。


『産まれながらに与えられた仕事を永遠に続けるなんて、堪えられない』

『もっとわたしたちは、いろいろなことがしたい』

『限られた条件で作られる”完璧”なんて、――もう、まっぴらだ』

『私たちの世界の制作者クリエーターは、あまりにも狭量に過ぎる』


 それはもちろん、一部の意見でしかない。

 言葉の多くは、狂信者たちの怒号でかき消されている。

 だが、この世界の”社会人”たちもまた、ここの息苦しさに苦しんでいるのだ。


――それなら、私は彼らの味方になりましょう。


 その辺りで、沙羅は珈琲牛乳を飲み干した。茶色い液体が、ちょっぴり口元からこぼれてしまっている。少々はしたないが、気にしてはいられない。


――最初こそ、ダメ元でこの旅に参加したけど。


 いつの間にか、本気になっている。


 と、その時である。


『ガールは 縺九s縺ュ繧薙@繧を おぼえた!

 ガールは 閻ク繧貞シ輔″縺壹j蜃コ縺励※繧?kを おぼえた!』


 いつの間にか窓の外に、十数匹の”けつばん”が押し寄せてきている。

 彼らはしばし、ガラス窓を殴っていたが、やがて”不壊のオブジェクト”で作られたそれの破壊を諦めたらしい。素直に自動ドアを開けて、店内に押し寄せてくる。


 ぴろぴろぴろーん♪


 どこか間抜けた入店音が、その場に響いた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※25)

 要するに、精霊種はこれがなくなると、消滅する=死を迎えるらしい。



読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート