「なにあれー」
沙羅は、突如として現れた奇怪な物体に視線をやりつつ、その場を離れる。
これから何が起こるにせよ、その辺りで寝かせている連中を巻き込みたくなかった。
”けつばん”と呼ばれた不可解な生き物(?)は、こちらを目指してゆっくりと降りてきているようだ。
沙羅はその姿をのちに、こう表現している。
――縦横1メートルほどのブロック状生命体。表面は、色んな動物の皮をつぎはぎにしたような形。基本的な形は四角だが、不定形に身体が変貌する。
その怪物は、目も、口も、耳も、鼻も、およそ生き物が必要とするあらゆる器官を有していなかった。どこかそれは、単細胞生物に近い。そのくせ、キイキイと喧しい鳴き声を上げたというから不思議なものである。
また、”けつばん”は鳴き声を発する以外にも、
『コメント さくせいちゅう』
と、意味不明な台詞をランダムに話したりもしたらしい。
実際、沙羅が最初に出くわしたのは、
『レベルが あがった! レベルが あがった!』
という台詞を連呼する個体である。
顔を、しかめる。馬鹿にされたのかと思ったのだ。
「ねえ、あなた……」
『エラー! エラー! このキャラクターに はなしかけるのは まちがいです!』
「……あっそ」
沙羅はちょっぴり不満げに唇を尖らせて、
「申し訳ないんだけど、あんたたちのご主人様に、お願いして貰えませんか? 一仕事終えたら私たち、さっさとここを出て行きますから。邪魔しないでほしいって」
言いながらこれは、「お前の人生を賭けてきた仕事を全部台無しにするから、黙って見てろ」とほぼ同意義だな、と思っている。
そうして初めて、沙羅も気づかざるを得なかった。
生きる目的が反対方向を向いている場合には、暴力で解決するのが一番手っ取り早いのだ、と。
だから一応、
「あ、ちなみにこれ以上、私たちの邪魔をするようなら、あなたの居場所を突き止めて、なんか暴力を振るったりして……あなたを屈服させたり、悪くすれば殺したりする予定です」
こう付け加えておいた。
完全に善意から出た言葉だったが、それが事実上の宣戦布告となった。
『――スライムが あらわれた!』
と、ヒステリックに叫びながら、”けつばん”は沙羅に向かって突進する。
もちろんその動作は、我々が想定するような動物のそれではない。機械的な動きだ。
一瞬、沙羅は、いつものように攻撃をまともに受け止めようとする。
だが、
――《無敵》に頼り過ぎちゃ駄目だッ。
以前の経験から、攻撃を回避。
結果的に、その判断が彼女を救うことになった。
どう!
と、けたたましい音を立てて、土煙が舞い上がる。
”けつばん”は、一瞬にして地面を削り取り、土砂を使って彼女を生き埋めにしようとしたらしい。
――やっぱり。”ブラック・デス・ドラゴン”と戦った時の作戦で来たか。
沙羅はすかさず、檜の棒でぶん殴る。”ボーイ”の父親が持っていたやつだ。
だが、
「あいったぁ……」
殴った方の手が痺れる始末。
どうやらこいつ、かなり硬い身体を持つらしい。物理攻撃で仕留めるのは難しそうだった。
と、なると。
もう、手加減はしてられない。沙羅は反射的に息を大きく吸い込んで、ぼう、と、口から火球を吐く。相手を始末するときに使う技だ。
火球は”けつばん”の表面を焼き、その体積の半分ほどを黒焦げに炭化させる。
断末魔の台詞は、
『――――――――――――――12345678910のダメージ!』
であった。
”けつばん”はそこで静止して、それきりぴくりとも動かなくなる。
沙羅が強いのか、”けつばん”が火焔に弱いのかはわからない。
ただ確かなのは、
「倒せないようなやつ、じゃない」
ということ。
「とはいえ、……参ったな」
上を見上げると、”ブラック・デス・ドラゴン”が跳んでいた場所から、”けつばん”たちが無尽蔵に生み出されているのがわかる。
ぱっと見ただけでも、すでに数十匹。これからもっともっと増えるに違いない。
あれ全部を相手にするのは、さすがに不可能かな。
――狂太郎くん。お願い。
こうなったら、気力と魔力が尽きるまで、可能な限り戦うしかない。
狂太郎の仕事が終わるまで。
あるいは、……敵の心が、折れるまで。
▼
徹底抗戦の覚悟を決めた沙羅が向かったのは、先ほど狂太郎と合流した、あのコンビニだ。
”けつばん”の出現を見たお陰だろう。その辺りの住人は全員避難しており、南へ逃げ去ってしまったらしい。
コンビニの駐車場にあるのはただ、見せしめのために焼き殺されたコンビニ店員の死体だけ。
沙羅は、名も知らぬ彼に一瞬だけ黙祷を捧げたあと、店内へと向かい、そこにある食糧を片っ端から口の中に入れていく。
狂太郎がいたら、「え? なんで急に大食い大会開いてるの?」と突っ込んだことだろう。
だが、沙羅は大真面目だ。魔力を回復する必要があったのである。
実はこの情報、狂太郎は最後まで知らなかったのだが、――魔法を使用する=肉体のエネルギーを消耗するというのは、”救世主”の間では割と常識らしい。
そのルールは、サラマンダーである彼女であっても変わらない。
それどころか精霊である彼女の場合、魔力を消耗すればするほど、肉体の存在率(※25)が減少してしまう。
つまり、魔力の消失は、彼女にとっての”死”なのだ。もちろん、そこまで消耗することは滅多にないが……。
彼女のお食事休憩は、これからの戦いで絶対に必要な作業であった。
というわけで、各種コンビニスイーツを、片っ端から口に放り込みまくりながら、コンビニ奥の休憩室にあった、無線会話を受信していたラジオで情報収集を行う。
『北西の捜索隊、全滅』
『上空に”けつばん”出現中』
『戦闘に巻き込まれないため、住民は皆、南の避難所に向かうこと』
『”ボーイ”の捜索は中止』
『神に祈りを捧げよ』
ありがたいことに、今後は住人たちを相手にする必要はなさそうだ。もっと厄介な相手が出てきたため、安心は出来そうにないが。
そのまま、狂ったようにカロリーを摂取する沙羅の耳に、いくつか興味深い情報が届いた。
その内容を一言でまとめるならば、
『こんなことは、ぜんぶ間違っている』
というもの。
『産まれながらに与えられた仕事を永遠に続けるなんて、堪えられない』
『もっとわたしたちは、いろいろなことがしたい』
『限られた条件で作られる”完璧”なんて、――もう、まっぴらだ』
『私たちの世界の制作者は、あまりにも狭量に過ぎる』
それはもちろん、一部の意見でしかない。
言葉の多くは、狂信者たちの怒号でかき消されている。
だが、この世界の”社会人”たちもまた、ここの息苦しさに苦しんでいるのだ。
――それなら、私は彼らの味方になりましょう。
その辺りで、沙羅は珈琲牛乳を飲み干した。茶色い液体が、ちょっぴり口元からこぼれてしまっている。少々はしたないが、気にしてはいられない。
――最初こそ、ダメ元でこの旅に参加したけど。
いつの間にか、本気になっている。
と、その時である。
『ガールは 縺九s縺ュ繧薙@繧を おぼえた!
ガールは 閻ク繧貞シ輔″縺壹j蜃コ縺励※繧?kを おぼえた!』
いつの間にか窓の外に、十数匹の”けつばん”が押し寄せてきている。
彼らはしばし、ガラス窓を殴っていたが、やがて”不壊のオブジェクト”で作られたそれの破壊を諦めたらしい。素直に自動ドアを開けて、店内に押し寄せてくる。
ぴろぴろぴろーん♪
どこか間抜けた入店音が、その場に響いた。
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(※25)
要するに、精霊種はこれがなくなると、消滅する=死を迎えるらしい。
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