初見のボードゲームで遊ぶ時、――そのコンセプトを見誤ることがある。
ちょうど、この時がそうだった。
最初、狂太郎は『ヒノモト・センソーダイスキ』を、単純な陣取りゲームだと解釈していたが、どうも、見当外れだったらしい。
――これ、どっちかっていうとTCG寄りのゲームだったのか(※17)。
最初にゲームのルールを聞いた瞬間に、疑問に思うべきだったのだ。
そもそも、このゲームでは【練兵】アクションを使うことによってでしか、手駒を増やすことはできない。
さらに【合戦】の解決は、単純な戦力の引き算によって行われる。
もしこの条件で勝負に出た場合、【練兵】アクションを使用した回数が多い方が勝つだけの実に単純なゲームになってしまう。
さすがにそれは、――ゲームとして詰まらなさすぎないか、と。
とはいえ、衆人環視の状況で、ゲームバランスにまで意識を向けるのは難しい。
狂太郎は目を細めて、もう一度、”ガシャドクロ”、”アマビエ”、”アカナメ”のカードに視線を走らせる。
今のところ、逆転の目があるカードは”ガシャドクロ”になる、だろうか。
だが、その効果を起動するための代償が大きすぎる。これまで集めた”テシタ”コマをわざわざ殺す必要があるためだ。しかも、配置できるマスにも制限がある。
――このカードを主軸に戦略を組み立てるのは、危険かもしれんな。
と、嘆息しつつ。
『なーんすか? ちょっと良いカード、引けたんじゃないっすか?』
「うーん。普通」
『ハハッ。……そんじゃ、こっちも前に出させて貰いまっせぇ』
同時に、ゲームボード上の巨人、――”ダイダラボッチ”が、地響きを立てながら前進を始めた。いま、巨人は富士山を横切ったところで、狂太郎の戦力が集中している名古屋方面へと向かっている。
『ほらほら! 次の【進軍】でみんな、踏み潰しちゃいますよ~』
無論、相手の動きはそれだけに留まらない。沙羅の戦力もまた、わらわらと中部地方へと集結しつつあった。
「さて……どうしたもんかねえ」
いっそ、逃げて態勢を立て直すか。……いや、できればそれは避けたい。大きな手損になる。
口の中だけでぶつぶつ呟きながら、相棒に視線を送る。
飢夫とは、最初の”密談”を行ってから一度も会話ができていない。
故に、お互いほとんど、具体的な協力ができていない状態、だが。
視線を合わせる。彼は、無言でこくりと頷いた。
するとどうだろう。何故か狂太郎は、次の一手を迷いなく行うことができた。
「【任天】により、アマビエを召喚する」
言うと、今や数万規模となったヘイシの軍勢の直上に、人魚のような、河童のような、ペンギンのような……、大きめのくちばしにキラキラと輝く眼、そして長髪という、なんとも表現しにくい怪物が降臨する。
アマビエを見た兵隊は皆、なんだか微笑ましい表情になって、
『わああああ。すげー気分が良くなってきたぁ~』
と、好評だ。
すかさず、リリスが解説を挟む。
「殿! アマビエどのと同じマスにいるお味方は、妖怪の使う特殊能力の影響を受けないみたいだよ!」
言いながら、「でも……」という言葉が漏れ出そうだ。
彼女の言いたいことはわかる。「それでも、戦力が上がるわけじゃない。このままじゃ、仲間がみんな死んじゃう」と言いたいのだろう。
だがその点、狂太郎は心配していない。
彼に続く次のターンで、
『それじゃ、私も【任天】アクションを行うよ』
と、カードを公開。
使われたのは、――
『ヘイシ陣営・飢夫により、任天カード”シュテンドウジ”が使用されました。
”シュテンドウジ”は、基本戦力10。一度死亡しても戦力3のコマとして復活します。またこのコマは、”秘密の目的”を達成せずとも敵陣に配置できる能力があります』
――マジかよ。おあつらえ向きじゃないか。
身内しかいないゲーム会なら、声を上げて笑っていたかもしれない。
酒呑童子。
那須野の妖狐・玉藻の前、鈴鹿山の大獄丸と並び称される三大妖怪の一つだ。
――飢夫を京都周辺で【徴収】させておいた甲斐があったな。
京都には、有名な妖怪が多い。この辺でカードを集めれば、強い妖怪が出るだろうという勘が当たった訳だ。
”シュテンドウジ”のその姿は、実にオーソドックスな”赤鬼”のイメージ。大酒飲みであるという設定からか、巨大な徳利を一本、腰にぶら下げている。
アマビエの出現した同位置に、”シュテンドウジ”が並び立つ。
これでさすがに、ダイダラボッチとほぼ互角か、それ以上の戦力が揃った。
しかもこちらは、アマビエがいるお陰で敵の悪性効果を一切受けない。
『うげげ。なんじゃこいつ。キモ!』
兵子の顔色が変わる。
「こっちは準備万端だ。攻めてきてもいいぞ」
挑発っぽく言うと、少年は唇を尖らせて、
『いやいやいやいや。さすがに無理っすよそれ。――くっそー!』
と、”ダイダラボッチ”の足を止める動きだ。もちろん沙羅も、それに合わせる。
その後の展開をおおよそまとめると、
狂太郎:飢夫と足並みを合わせて関東地方へ【進軍】。
飢夫:守りを固めつつ、狂太郎と同調。
兵子:ダイダラボッチを放置した状態で、【練兵】と【徴収】。
沙羅:上に同じ。
という感じ。
――今さら、”テシタ”を増やすのか。
一応、”ダイミョー”コマの防御を固めるつもりだろうが、いくらなんでも遅すぎる。
プレイングがブレている。狂太郎がずっと「それだけはすまい」と思っていた行為だ。
――さすがにこの勝負、勝ったか?
ボードゲームというものは基本的に、あまりに理不尽な逆転劇は生まれないようにできている。
こちらが決定的なミスをしない限り、形勢は常に傾き続けるのだ。
やがて、後半の盤面。
絵面的には、狂太郎、飢夫のコマが、東京を完全に包囲している状態だ。
『兵子くん――どぉしよっか』
心配そうな沙羅に、
『は、は、はははは。いやいやいや。まだ諦めちゃいかんっすよぉ? この後、【徴収】ですげーカード引けるかもわからんし。敵を全員ぶっ殺すカードとか』
と、全体に向けた会話で、兵子が応えた。
端から聞けば、弱音に聞こえる。だが実際のところはどうかわからない。”密談”可能なはずの彼らが、全体に向けて語っている情報であるためだ。
と、その時だった。
じりりりりりり、と黒電話が鳴って、
『一応、このタイミングで、局面をチェックしたい』
と、早口での進言。先ほど、途中で会話が途切れたことを気にしているらしい。
「? なんでだ?」
『理由はいくつかあるけど、……ちょっと厭な予感がする』
「厭な予感……。お前の勘は当たるからなぁ」
『どっちにしろ、ここでいったん、戦力を計算しておこう』
それは、――確かにそうだ。
『とりあえずいま、敵の本陣、――東京に集結している戦力をまとめるよ』
狂太郎:”テシタ”戦力10。
飢夫:”テシタ”戦力0。”シュテンドウジ”戦力10。
沙羅:”ダイミョー”戦力1。”テシタ”戦力3。
兵子:”ダイミョー”戦力1。”テシタ”戦力2。”ダイダラボッチ”戦力10。
単純に、お互いの戦力を比較した場合、
ヘイシ:戦力20
ゲンジ:戦力17
となる。
「確かに――思ったほど、良くはないな」
だが、と、狂太郎は思う。
こちらには”シュテンドウジ”の復活能力もあるし、なにより”ガシャドクロ”カードもある。
真っ向勝負で殴り合えば、必ずその牙は”ダイミョー”に届くはずだ。
『いいかい狂太郎。問題はね、――敵の”テシタ”が少なすぎる、ということなんだ』
敵陣を見る。
確かに、敵の”テシタ”コマは、二人合わせて10にも満たない。
「それがまずいのか?」
『そうとも。敵のコマが少ないということは、つまりそれだけ【練兵】アクションを実行していないってことになる。つまりその分、――彼らが隠し持っている”任天カード”がたくさんあるってことだ。そうだろ?』
「……………たしかに、そうなるな」
『これまで公開された”任天カード”の戦力値は、間違いなくこちらのものを上回ると思う。そうなると、こちらの戦力が一度で削りきられる、ということもなくはない』
「――ふむ」
『あとのことは……加速した時間の中で、狂太郎がゆっくり考えてくれ。わたしは、それに従う』
一理、ある。
だが、このまま押し切る、という作戦がないこともない。むしろ一般的な試合運びであれば、このままゲームエンド、というケースの方が多い気がする。
受話器を耳に当てたまま、とりあえず《すばやさ》を起動。
腕を組み、「ウムム」と、ゆったり考え込む。
まったく、飢夫のやつ。
――この土壇場で、厄介な二択を持ちかけてくれたものだ。
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(※17)
ちなみにこのゲーム、本来はそれぞれ持ち寄ったデッキをセットした上で遊ぶらしい。
今回は”スターターキット”と呼ばれる基本的なカードのみを採用していたようだ。
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