日雇い救世主の見聞録

”すばやさ”がカンストしたおっさん、異世界救済スピードランに挑む
津田夕也
津田夕也

132話 ゲームエンドに向けて

公開日時: 2021年2月1日(月) 20:49
更新日時: 2022年5月3日(火) 18:32
文字数:3,549

 初見のボードゲームで遊ぶ時、――そのコンセプトを見誤ることがある。

 ちょうど、この時がそうだった。

 最初、狂太郎は『ヒノモト・センソーダイスキ』を、単純な陣取りゲームだと解釈していたが、どうも、見当外れだったらしい。


――これ、どっちかっていうとTCG寄りのゲームだったのか(※17)。


 最初にゲームのルールを聞いた瞬間に、疑問に思うべきだったのだ。


 そもそも、このゲームでは【練兵】アクションを使うことによってでしか、手駒を増やすことはできない。

 さらに【合戦】の解決は、単純な戦力の引き算によって行われる。

 もしこの条件で勝負に出た場合、【練兵】アクションを使用した回数が多い方が勝つだけの実に単純なゲームになってしまう。

 さすがにそれは、――ゲームとして詰まらなさすぎないか、と。


 とはいえ、衆人環視の状況で、ゲームバランスにまで意識を向けるのは難しい。


 狂太郎は目を細めて、もう一度、”ガシャドクロ”、”アマビエ”、”アカナメ”のカードに視線を走らせる。

 今のところ、逆転の目があるカードは”ガシャドクロ”になる、だろうか。

 だが、その効果を起動するための代償が大きすぎる。これまで集めた”テシタ”コマをわざわざ殺す必要があるためだ。しかも、配置できるマスにも制限がある。


――このカードを主軸に戦略を組み立てるのは、危険かもしれんな。


 と、嘆息しつつ。


『なーんすか? ちょっと良いカード、引けたんじゃないっすか?』

「うーん。普通」

『ハハッ。……そんじゃ、こっちも前に出させて貰いまっせぇ』


 同時に、ゲームボード上の巨人、――”ダイダラボッチ”が、地響きを立てながら前進を始めた。いま、巨人は富士山を横切ったところで、狂太郎の戦力が集中している名古屋方面へと向かっている。


『ほらほら! 次の【進軍】でみんな、踏み潰しちゃいますよ~』


 無論、相手の動きはそれだけに留まらない。沙羅の戦力もまた、わらわらと中部地方へと集結しつつあった。


「さて……どうしたもんかねえ」


 いっそ、逃げて態勢を立て直すか。……いや、できればそれは避けたい。大きな手損になる。


 口の中だけでぶつぶつ呟きながら、相棒に視線を送る。

 飢夫とは、最初の”密談”を行ってから一度も会話ができていない。

 故に、お互いほとんど、具体的な協力ができていない状態、だが。

 視線を合わせる。彼は、無言でこくりと頷いた。

 するとどうだろう。何故か狂太郎は、次の一手を迷いなく行うことができた。


「【任天】により、アマビエを召喚する」


 言うと、今や数万規模となったヘイシの軍勢の直上に、人魚のような、河童のような、ペンギンのような……、大きめのくちばしにキラキラと輝く眼、そして長髪という、なんとも表現しにくい怪物が降臨する。

 アマビエを見た兵隊は皆、なんだか微笑ましい表情になって、


『わああああ。すげー気分が良くなってきたぁ~』


 と、好評だ。

 すかさず、リリスが解説を挟む。


「殿! アマビエどのと同じマスにいるお味方は、妖怪の使う特殊能力の影響を受けないみたいだよ!」


 言いながら、「でも……」という言葉が漏れ出そうだ。

 彼女の言いたいことはわかる。「それでも、戦力が上がるわけじゃない。このままじゃ、仲間がみんな死んじゃう」と言いたいのだろう。

 だがその点、狂太郎は心配していない。

 彼に続く次のターンで、


『それじゃ、私も【任天】アクションを行うよ』


 と、カードを公開。

 使われたのは、――


『ヘイシ陣営・飢夫により、任天カード”シュテンドウジ”が使用されました。

 ”シュテンドウジ”は、基本戦力10。一度死亡しても戦力3のコマとして復活します。またこのコマは、”秘密の目的”を達成せずとも敵陣に配置できる能力があります』


――マジかよ。おあつらえ向きじゃないか。


 身内しかいないゲーム会なら、声を上げて笑っていたかもしれない。

 酒呑童子。

 那須野の妖狐・玉藻の前、鈴鹿山の大獄丸と並び称される三大妖怪の一つだ。


――飢夫を京都周辺で【徴収】させておいた甲斐があったな。


 京都には、有名な妖怪が多い。この辺でカードを集めれば、強い妖怪が出るだろうという勘が当たった訳だ。


 ”シュテンドウジ”のその姿は、実にオーソドックスな”赤鬼”のイメージ。大酒飲みであるという設定からか、巨大な徳利を一本、腰にぶら下げている。

 アマビエの出現した同位置に、”シュテンドウジ”が並び立つ。

 これでさすがに、ダイダラボッチとほぼ互角か、それ以上の戦力が揃った。

 しかもこちらは、アマビエがいるお陰で敵の悪性効果を一切受けない。


『うげげ。なんじゃこいつ。キモ!』


 兵子の顔色が変わる。


「こっちは準備万端だ。攻めてきてもいいぞ」


 挑発っぽく言うと、少年は唇を尖らせて、


『いやいやいやいや。さすがに無理っすよそれ。――くっそー!』


 と、”ダイダラボッチ”の足を止める動きだ。もちろん沙羅も、それに合わせる。

 その後の展開をおおよそまとめると、


狂太郎:飢夫と足並みを合わせて関東地方へ【進軍】。

飢夫:守りを固めつつ、狂太郎と同調。

兵子:ダイダラボッチを放置した状態で、【練兵】と【徴収】。

沙羅:上に同じ。


 という感じ。


――今さら、”テシタ”を増やすのか。

 

 一応、”ダイミョー”コマの防御を固めるつもりだろうが、いくらなんでも遅すぎる。

 プレイングがブレている。狂太郎がずっと「それだけはすまい」と思っていた行為だ。


――さすがにこの勝負、勝ったか?


 ボードゲームというものは基本的に、あまりに理不尽な逆転劇は生まれないようにできている。

 こちらが決定的なミスをしない限り、形勢は常に傾き続けるのだ。


 やがて、後半の盤面。

 絵面的には、狂太郎、飢夫のコマが、東京を完全に包囲している状態だ。


『兵子くん――どぉしよっか』


 心配そうな沙羅に、


『は、は、はははは。いやいやいや。まだ諦めちゃいかんっすよぉ? この後、【徴収】ですげーカード引けるかもわからんし。敵を全員ぶっ殺すカードとか』


 と、全体に向けた会話で、兵子が応えた。

 端から聞けば、弱音に聞こえる。だが実際のところはどうかわからない。”密談”可能なはずの彼らが、全体に向けて語っている情報であるためだ。


 と、その時だった。

 じりりりりりり、と黒電話が鳴って、


『一応、このタイミングで、局面をチェックしたい』


 と、早口での進言。先ほど、途中で会話が途切れたことを気にしているらしい。


「? なんでだ?」

『理由はいくつかあるけど、……ちょっと厭な予感がする』

「厭な予感……。お前の勘は当たるからなぁ」

『どっちにしろ、ここでいったん、戦力を計算しておこう』


 それは、――確かにそうだ。


『とりあえずいま、敵の本陣、――東京に集結している戦力をまとめるよ』


 狂太郎:”テシタ”戦力10。

 飢夫:”テシタ”戦力0。”シュテンドウジ”戦力10。


 沙羅:”ダイミョー”戦力1。”テシタ”戦力3。

 兵子:”ダイミョー”戦力1。”テシタ”戦力2。”ダイダラボッチ”戦力10。


 単純に、お互いの戦力を比較した場合、

 ヘイシ:戦力20

 ゲンジ:戦力17

 となる。


「確かに――思ったほど、良くはないな」


 だが、と、狂太郎は思う。

 こちらには”シュテンドウジ”の復活能力もあるし、なにより”ガシャドクロ”カードもある。

 真っ向勝負で殴り合えば、必ずその牙は”ダイミョー”に届くはずだ。


『いいかい狂太郎。問題はね、――敵の”テシタ”が少なすぎる、ということなんだ』


 敵陣を見る。

 確かに、敵の”テシタ”コマは、二人合わせて10にも満たない。

 


「それがまずいのか?」

『そうとも。敵のコマが少ないということは、つまりそれだけ【練兵】アクションを実行していないってことになる。つまりその分、――彼らが隠し持っている”任天カード”がたくさんあるってことだ。そうだろ?』

「……………たしかに、そうなるな」

『これまで公開された”任天カード”の戦力値は、間違いなくこちらのものを上回ると思う。そうなると、こちらの戦力が一度で削りきられる、ということもなくはない』

「――ふむ」

『あとのことは……加速した時間の中で、狂太郎がゆっくり考えてくれ。わたしは、それに従う』


 一理、ある。

 だが、このまま押し切る、という作戦がないこともない。むしろ一般的な試合運びであれば、このままゲームエンド、というケースの方が多い気がする。


 受話器を耳に当てたまま、とりあえず《すばやさ》を起動。

 腕を組み、「ウムム」と、ゆったり考え込む。

 まったく、飢夫のやつ。


――この土壇場で、厄介な二択を持ちかけてくれたものだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(※17)

 ちなみにこのゲーム、本来はそれぞれ持ち寄ったデッキをセットした上で遊ぶらしい。

 今回は”スターターキット”と呼ばれる基本的なカードのみを採用していたようだ。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート