その後、狂太郎たちがいくら話しかけても、「賢者スペード」と名乗った老人はぴくりとも動かなくなってしまった。
とはいえ一応、心臓は動いているし呼吸もしている。生きていることだけは確かだ。
「参ったな。どうしたもんか」
一応、背負って街まで運ぶ案も考えた、が。
「それは辞めた方がいい」「二次災害を生む」「無意味な親切になる」「辞めとけ」
と、四人の姫君から一斉に引き留められる。
というのも、人間が唐突にこのような症状を起こすのは”崩壊病”と呼ばれ、この世界においては良くあることらしい。
「何より”崩壊病”が恐ろしいのは、恐ろしい速度で”感染する”ということ。……本当は、この場にいるだけでも危険なのです」
こうなってしまった者はもはや、時間経過による回復を待つ他にどうしようもないのだそうだ。
「だとしても、このままだと山賊どもに襲われてしまうんじゃ」
「お忘れですか? この辺の山賊たちは、前進するもの以外は襲いません」
「ああ、そうだったか」
RPGにおいて、敵とのエンカウント判定は自分のキャラクターが移動した時にのみ行われる。恐らくはその仕様を再現した”異世界バグ”だろう。
――だとしても……この世界ほど極端な”バグ”を見るのは初めてだが……。
結局、狂太郎たちは「賢者スペード」を置き去りにして先へと進むことにする。
狂太郎は、なんだか渋い表情で、
「下手にずるすると、こうなるのかな。――ねえ、きみたちはどうすればその、”崩壊病”になるんだい。”崩壊病”にかかる条件は?」
「さあ?」「わからん」「謎」「それに関しては、不明です」
「ふむ……」
こんな致命的な病気の研究が進んでいないのはどういうことだろう。
あるいは、――そういうものとしてただ受け入れているだけかもしれないが。
――つくづく、奇妙な世界だな。
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その後、チャシャの街へ続く道中に待ち構えていた山賊は、合わせて30人ほどだったろうか。
得られた”けいけんち”は、50点ほど。
上がった”けんスキル”のレベルは、3。
>>ボーイは ”じゅうじぎり”を おぼえた!
らしいが、その効果のほどはよくわからない。
その辺で試して見ようとも、
>>”じゅうじぎり”は せんとうちゅうに つかう スキルだ!
と言われるばかりで、何も起こらないのである。
かといって、山賊相手に《天上天下唯我独尊剣》を振るうのも大人げない。
「もうちょっと、殺しても良心が痛まないデザインのやつが出てきてくれないもんか」
何気なく口にした一言に、”けむんちゅ”が口を挟む。
「どういう生き物を指して”良心が痛まない”と仰っているのかは知りませんが。――……この辺りに出てくる山賊は皆、街や村に住んでいる者たちとは根っこのところが違っていますよ。彼らは、何もない空間から、ぽん、と生まれ出でます。――街に住む人々とは、命の在り方が違う」
「そうなの?」
「だから私たちにとって、彼らの命は軽い。だから殺しても、虐待しても、罪にはならない」
命の在り方、か。
だとしても、血が出る生き物は、なるべく斬りたくないが。
「まあ、『何もないところから突然現れる』という点においては、――私たちも山賊と、そう変わらない存在なのかもしれませんが……」
ふっと、物憂げな表情を見せる”けむんちゅ”。
「……哀しいこと言うなよ。どう生まれたかより、どう生きているかが大事だ」
「はあ」
何気ない独り言が、生き物の尊厳に関する話になってしまった。
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その後、一行がチェシャの街に到着したところ、一度目に来た時とは別の人集りができていることに気づく。
「”崩壊病”が出たってさ」
という周囲の声に、はっとしてそちらを向くと、――やはり注目を集めているのは、コーラ屋の主人であった。
彼は、先ほど狂太郎が見かけた時と同じ格好で固まっていて、
「うんこうんこうんこうんこ『このメッセージが表示されているのは誤りです。担当者にお問い合わせ下さい』うんこうんこうんこうんこ」
と、得体の知れないセリフを吐いている。
街の人たちはみな、少し離れた位置で主人を見守っていて、自分にも被害が及ぶのを恐れているようだ。
狂太郎は、後頭部をがりがり掻きむしりながら、
「参ったな、気の毒に。――こんなことになってるとは」
多分、彼が口にしているのは、バグ取りの際に表示される、システムメッセージの一種だろう。
「うんこうんこうんこうんこああくそちくしょう! どいつもこいつも、開発途中で逃げやがってクソが死ね死ね死ね死ね××××(※5)てめェーだよ、てめェー。きえてくれ。クソがうんこうんこうんこうんこ『このメッセージが表示されているのは誤りです……」
なんだか一部、開発者の怨嗟の声が混じっている気もするが。
「これも、放っておくしかないのか?」
「ええ。”崩壊病”によくあること」
「そうか……」
狂太郎は少し思い悩んでいたが、
――まあ、過ぎたことを考えても仕方ない。
と、思考を切り替える。
「とりあえず、――何とか当面の生活を考えなければな。……なあ、お姫さまたち。この辺で働くためのアテはあるのかい」
「ない」「なし」「残念ながら」「ありませぬ」
「そうか……。つまり、普通に仕事探しをする必要がある、と」
その後一行は、道中で手に入れた山賊の装備を引き換えに、宿をとる。
そうして、いったん姫君×4に情報収集&仕事探しを任せつつ、自分は当面の生活のための稼ぎ作業を行うことに。
――攻略情報がないと、こういう時ほど不便だな。
とはいえ、狂太郎の《すばやさ》は、この手の正攻法に長けている。
彼はその日一日、作業に徹すると決めて、《すばやさⅧ》を起動。
その後、一時間ほど北の荒野に向かい、そこに登場する敵で徹底的な稼ぎを行う。
>>つよめのさんぞくが あらわれた!
「おうおうおう! 食い物を置いていけ!」
といっても現れるのは、先ほどと代わり映えのしない山賊(色違い)たちだ。
「結構進んだのに似たようなデザインの敵ばかりとは、――低予算というか、なんというか」
「なーにをごちゃごちゃ言って……!」
「きみらには同情するよ」
その次の瞬間には、両手両足を拘束された山賊たちが転がっている。
もうこの頃になると、職人芸の域に達しつつあった。
>>ボーイは つよめのさんぞくを たおした!
>>ボーイの けんスキルに けいけんちが 30000ポイントはいる!
>>ボーイの けんスキルの レベルが 59にあがった!
>>ボーイの せいしつが へんかする!
>>ボーイは ”ざこ”から ”しろうと”に なった!
>>ボーイは ”れんぞくぎり”を おぼえた!
>>ボーイは ”みだれぎり”を おぼえた!
>>ボーイは ”こんしんぎり”を おぼえた!
――経験値、いきなり三桁も増えるか。
少し先のエリアに移動したとはいえ、なかなか極端な設定だ。
「まあ、その分、稼ぎも大きい」
言いつつ、アイテムを《マジックポケット》に詰め込んでいく。金貨は役に立たないが、彼らが持つ宝石類は、物々交換に役立つことが分かっていた。
”なんでも入るポケット”をコートの裏に縫い付けてからというもの、こうした稼ぎ作業がすっかり楽になっている。
「~~~~~~~~~♪ ~~~~~~~~~~~~♪」
鼻歌交じりに、データ保存していた『伊集院光 深夜の馬鹿力』を聴きながら”つよいさんぞく”退治を行うこと、数時間。
手に入ったのは、新品の酒瓶が十数本、塗り薬のようなものを五袋、道行く旅人から奪ったものであろう、雑多な”マジック・アイテム”が入った袋がいくつか。……それにもちろん、宝石類を山ほど。
――これだけあれば、しばらく暮らしには困るまい。
なお、”けんスキル”のレベルはいま、594。
結局一度も剣を振るっていないので、強くなっているかはわからない。
ただ、意味のあるなしにかかわらず、努力がはっきりと数字として現れてくれるのは、気分がよかった。ゲームの楽しさの根本であると言って良い。
気がつくと、辺りはすっかり日が暮れていて。
「……なんか、ついついのんびりしてしまったな」
そろそろ、帰るか。
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(※5)
どうも特定個人を指した罵倒のようなので、伏せ字にしておく。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!