”食屍鬼”の村は、――森林の中にぽつんと作られた、隠れ里を思わせる空間だ。
草木の匂いが鼻につくその場所の一画には、お茶会専用のスペースが設けられていて、そこから村全体を見渡せるようになっている。
ヘルクが現れたのは、予定より少し遅れた、昼過ぎのこと。
物陰に隠れる狂太郎は、そっと彼の様子を見定める。
短髪の黒髪に頬傷、蒼いハチマキを頭に巻いたこの青年は、いかにも「やんちゃな幼なじみ」という感じのキャラクター・デザインだ。
剣士系のキャラクターにもかかわらず、吹けば飛ぶような細身なのは、デザイナーの手癖であろう。いかにも、「少女漫画のヒーロー役」といった印象である。ヘル×アザてぇてぇ。ヘル×アザは王道カプ……そんな感じだ。
「やあ。アザミ」
去年、隣村をオークの驚異から救って以来、彼がアザミを意識していることは端から見ても明らかで、不器用に整えられた髪と、洗濯したての一張羅が微笑ましい。
――これも全部、……演技だったということか?
だとすると、なんだか人間不信になりそうだ。
ただ経験上、自分の正しさに酔うものは、どれほど残酷なこともしでかす。
かつて仕入れた情報によると、――”異世界転移者”と呼ばれる連中は、”メガミ”と呼ばれている者から、かなり歪んだ話を聞かされるらしい。
――あなたの故郷に、危機が迫っている。
と。
その後に展開される説明は、人によってまちまちだ。
この宇宙にはエントロピーが存在している、とか、
作りすぎた数多の世界がオーバーフローを引き起こしている、とか、
このままでは全宇宙の存続すら危うい、とか、
あるいは単に、創造主の気まぐれ、とか。
そうしてメガミは、言葉巧みに転移者が”正義の味方”であるかのように誘導し、自身の”使徒”を増やしているという。
”使徒”たちは、――強い。
”救世主”のように特別な力を与えられている訳ではないが、……それ故に、狡猾に人を騙すことに長けている。
何より彼らは、自身を積極的に正当化して、悪事を行う。
心の中に、一点の曇りなく正義を断行するものは、――覚悟が違う。子供でさえ平気で殺すし、大量虐殺も厭わない。
そんな彼らを、皮肉交じりにこう表現した者がいる。
「英雄の気質」、と。
狂太郎がいま、相手にしているのは、そういう連中だ。
アザミとヘルクは、端から見ると如何にもお似合いのカップル、という感じで、パラソルで日よけされた木製のテーブルにつく。
「今日はお招きいただき、ありがとう。……傷はもう、いいのかい」
「ええ。自家製の薬が良いものでして」
「さすがだな。偉大な錬金術師どの」
「おっほほほほ。おだてても、何も出ませんことよ」
沈黙。
ヘルクは、努めて明るく、話題を変えた。
「それにしても、あの時はどうなることかと思ったよ。まさか、君がみんなの盾になるなんて……」
「その議論は出尽くしました。いずれにせよ、もう起こってしまったことです」
「…………。そっか。――ところで、聞いてくれ。都会の方に優秀な義肢職人がいて、その人に頼むと、元あった手足と遜色ないような、魔法の義肢を作ってくれるそうだよ」
「……………へえ」
「もし良かったら今度、二人で行かないかい。もちろん、馬は俺が駆る。――二人乗りが厭じゃなければ……」
「考えておきます。それより、はやくお茶にしましょ。せっかく淹れたお茶が、冷めてしまいますから」
「あ、ああ……ごめん。出会い頭にこんな話をして」
ちょっぴりしょげるヘルクくんに、「構いませんよ」と、アザミ。その表情が少し硬いのは、警戒しているためだろう。悪党に対して、我らが”主人公”は演技がうまくない。
「一応、母さんに頼んで、イチゴのケーキを焼いてもらったんだ。生クリームが絶品だよ」
「わあい。出たー」
「……なにが?」
「いえ、なにも。――ただ、おいしそうなケーキだなぁーって」
「そうかい」
「これだけ味が濃いものなら、何かが混入しても……気付かなかったり、して」
「ふふふっ。大丈夫。変なものは入ってないよ」
「ですよねー」
アザミのやつ、カマを掛けすぎだ。下手くそか。
狂太郎たちの目的はあくまで、現行犯逮捕だ。ぎりぎりまで、殺すつもりはない。これは、できるだけ”転移者”を無傷で確保したいためである。
――さっさと殺っちまっても、構わないんだがな。
と、ヤマトは言うが、メガミに関する情報は重要だ。
どうせ”エッヂ&マジック”の企業体質的に、情報はこちらに流れてこないだろうし、……個人的にも、連中がどういう考えなのかを知っておきたい。
とはいえそれもこれも、「犠牲者がでない」ことが前提だ。
席に着いたアザミとヘルクは、心地よい春風の中、食事会を始めた。
木皿に載せられたケーキは、――しっとりと赤いスポンジである。
もちろんアザミは、切り分けられたそれに手を付けようともしない。
「フォーク」
「?」
「ここのフォーク、……木のやつを使ってるんだな」
「ええ。危ないかもしれませんので」
「危ない? なんで?」
「ええと……いろいろと。刺さったり、斬られたり」
「もし、金属の食器が必要なら、こんど二人で、都会にでも……」
「結構です」
会話は、弾まなかった。
アザミはずっと、彼の持ち込んできたケーキに傾注している。
相手のヘルクくんは、ケーキを口にしようとしない。
どうにも怪しく思えるが、――それはただ、お茶会の主に気を遣っているだけかもしれなかった。決定的な証拠、ではない。
「……ええと。ひょっとして俺、アザミを怒らせた?」
「さて。どうでしょう」
「もしなんなら、出直すけど」
「いいえ。……ここで、決着をつけましょう」
いつしか、村中の”食屍鬼”たちが二人を取り囲んでいた。
トム。デイビット。アビー。オリバー。ジョージ。ハリー。
シエナ。フローレンス。イブリン。ライラ。クロエ。レオン。マイケル。
そして、オークたちや、その他の食屍鬼たち。多種多様な顔ぶれだ。
なんでも、死霊術師と”食屍鬼”は、テレパシーのようなもので繋がっているという。アザミの不安な気持ちに、彼らが応えたのだろう。
ヘルクは、少しだけ辺りをきょろきょろした後、顔中に?マークを浮かべている。
そしてそのまま、木のフォークでケーキを刺して、……パクり。
それを、頬いっぱいにむしゃむしゃとして、無造作に次の一切れを取り分けた。
「…………?」
不思議そうな表情をしていたのは、アザミだけではない。
狂太郎もそうだ。
ヘルクはそのあと、出された紅茶を口に運ぼうとして、――
「――ッ!」
狂太郎は《すばやさ》を八段階めで起動。瞬時に接近し、その手を払いのける。
「う、わあ!」
驚く青年をよそに、……恐らく、今もどこかで見守ってくれているはずのヤマトに向けて、言った。
「ケーキじゃない。紅茶だ」
「……え?」
代わりに、アザミが驚く。
「アザミ、このお茶を入れたのは?」
「え、ええと……工房を任せてる、――リリーちゃん、ですけど」
「そうか……」
狂太郎、そこでようやく、自分の失敗に気付く。
「彼女、どこにいるかわかるか?」
食屍鬼たちに問いかけるが皆、首を横に振るばかり。
「しまった。逃がしたか」
狂太郎は、歯がみするしかない。自分が気付くべきだった。
日記でしか情報を得ていないヤマトは、気付かなくて当然である。
リリーは、”食屍鬼”ではない。
日記を読む限り、はぐれ”食屍鬼”のようにも読むことはできるが、彼女はれっきとした人間なのだ。
――甘かった。
彼女はまだ、十歳かそこらの女の子。
まさか”転移者”な訳がないと思い込んでいたのだ。
「アザミ。おそらく、リリーちゃんだ」
渋い顔でいうと、――この世界の”主人公”は、意外なほど動じた様子を見せずに、こう応える。
「……ほほう。なるほど」
「彼女を探さなければ」
そして狂太郎、素直に頭を下げる。
「アザミ。きみの力が要る。手を、貸してくれるか」
「お任せ下さいまし」
アザミは席を立ち、
「この一年、鶴は、――恩返しする日をずっと待ち望んでいました」
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