日雇い救世主の見聞録

”すばやさ”がカンストしたおっさん、異世界救済スピードランに挑む
津田夕也
津田夕也

186話 英雄の気質

公開日時: 2021年4月7日(水) 20:14
更新日時: 2022年7月23日(土) 23:47
文字数:3,204

 ”食屍鬼”の村は、――森林の中にぽつんと作られた、隠れ里を思わせる空間だ。

 草木の匂いが鼻につくその場所の一画には、お茶会専用のスペースが設けられていて、そこから村全体を見渡せるようになっている。


 ヘルクが現れたのは、予定より少し遅れた、昼過ぎのこと。

 物陰に隠れる狂太郎は、そっと彼の様子を見定める。


 短髪の黒髪に頬傷、蒼いハチマキを頭に巻いたこの青年は、いかにも「やんちゃな幼なじみ」という感じのキャラクター・デザインだ。

 剣士系のキャラクターにもかかわらず、吹けば飛ぶような細身なのは、デザイナーの手癖であろう。いかにも、「少女漫画のヒーロー役」といった印象である。ヘル×アザてぇてぇ。ヘル×アザは王道カプ……そんな感じだ。


「やあ。アザミ」


 去年、隣村をオークの驚異から救って以来、彼がアザミを意識していることは端から見ても明らかで、不器用に整えられた髪と、洗濯したての一張羅が微笑ましい。


――これも全部、……演技だったということか?


 だとすると、なんだか人間不信になりそうだ。

 ただ経験上、自分の正しさに酔うものは、どれほど残酷なこともしでかす。


 かつて仕入れた情報によると、――”異世界転移者”と呼ばれる連中は、”メガミ”と呼ばれている者から、かなり歪んだ話を聞かされるらしい。


――あなたの故郷に、危機が迫っている。


 と。

 その後に展開される説明は、人によってまちまちだ。


 この宇宙にはエントロピーが存在している、とか、

 作りすぎた数多の世界がオーバーフローを引き起こしている、とか、

 このままでは全宇宙の存続すら危うい、とか、

 あるいは単に、創造主の気まぐれ、とか。


 そうしてメガミは、言葉巧みに転移者が”正義の味方”であるかのように誘導し、自身の”使徒”を増やしているという。


 ”使徒”たちは、――強い。

 ”救世主”のように特別な力を与えられている訳ではないが、……それ故に、狡猾に人を騙すことに長けている。

 何より彼らは、自身を積極的に正当化して、悪事を行う。

 心の中に、一点の曇りなく正義を断行するものは、――覚悟が違う。子供でさえ平気で殺すし、大量虐殺も厭わない。

 そんな彼らを、皮肉交じりにこう表現した者がいる。


 「英雄の気質」、と。


 狂太郎がいま、相手にしているのは、そういう連中だ。


 アザミとヘルクは、端から見ると如何にもお似合いのカップル、という感じで、パラソルで日よけされた木製のテーブルにつく。


「今日はお招きいただき、ありがとう。……傷はもう、いいのかい」

「ええ。自家製の薬が良いものでして」

「さすがだな。偉大な錬金術師どの」

「おっほほほほ。おだてても、何も出ませんことよ」


 沈黙。

 ヘルクは、努めて明るく、話題を変えた。


「それにしても、あの時はどうなることかと思ったよ。まさか、君がみんなの盾になるなんて……」

「その議論は出尽くしました。いずれにせよ、もう起こってしまったことです」

「…………。そっか。――ところで、聞いてくれ。都会の方に優秀な義肢職人がいて、その人に頼むと、元あった手足と遜色ないような、魔法の義肢を作ってくれるそうだよ」

「……………へえ」

「もし良かったら今度、二人で行かないかい。もちろん、馬は俺が駆る。――二人乗りが厭じゃなければ……」

「考えておきます。それより、はやくお茶にしましょ。せっかく淹れたお茶が、冷めてしまいますから」

「あ、ああ……ごめん。出会い頭にこんな話をして」


 ちょっぴりしょげるヘルクくんに、「構いませんよ」と、アザミ。その表情が少し硬いのは、警戒しているためだろう。悪党に対して、我らが”主人公”は演技がうまくない。


「一応、母さんに頼んで、イチゴのケーキを焼いてもらったんだ。生クリームが絶品だよ」

「わあい。出たー」

「……なにが?」

「いえ、なにも。――ただ、おいしそうなケーキだなぁーって」

「そうかい」

「これだけ味が濃いものなら、何かが混入しても……気付かなかったり、して」

「ふふふっ。大丈夫。変なものは入ってないよ」

「ですよねー」


 アザミのやつ、カマを掛けすぎだ。下手くそか。


 狂太郎たちの目的はあくまで、現行犯逮捕だ。ぎりぎりまで、殺すつもりはない。これは、できるだけ”転移者”を無傷で確保したいためである。


――さっさと殺っちまっても、構わないんだがな。


 と、ヤマトは言うが、メガミに関する情報は重要だ。

 どうせ”エッヂ&マジック”の企業体質的に、情報はこちらに流れてこないだろうし、……個人的にも、連中がどういう考えなのかを知っておきたい。

 

 とはいえそれもこれも、「犠牲者がでない」ことが前提だ。


 席に着いたアザミとヘルクは、心地よい春風の中、食事会を始めた。

 木皿に載せられたケーキは、――しっとりと赤いスポンジである。

 もちろんアザミは、切り分けられたそれに手を付けようともしない。


「フォーク」

「?」

「ここのフォーク、……木のやつを使ってるんだな」

「ええ。危ないかもしれませんので」

「危ない? なんで?」

「ええと……いろいろと。刺さったり、斬られたり」

「もし、金属の食器が必要なら、こんど二人で、都会にでも……」

「結構です」


 会話は、弾まなかった。

 アザミはずっと、彼の持ち込んできたケーキに傾注している。

 相手のヘルクくんは、ケーキを口にしようとしない。

 どうにも怪しく思えるが、――それはただ、お茶会の主に気を遣っているだけかもしれなかった。決定的な証拠、ではない。


「……ええと。ひょっとして俺、アザミを怒らせた?」

「さて。どうでしょう」

「もしなんなら、出直すけど」

「いいえ。……ここで、決着をつけましょう」


 いつしか、村中の”食屍鬼”たちが二人を取り囲んでいた。


 トム。デイビット。アビー。オリバー。ジョージ。ハリー。

 シエナ。フローレンス。イブリン。ライラ。クロエ。レオン。マイケル。

 そして、オークたちや、その他の食屍鬼たち。多種多様な顔ぶれだ。


 なんでも、死霊術師と”食屍鬼”は、テレパシーのようなもので繋がっているという。アザミの不安な気持ちに、彼らが応えたのだろう。

 ヘルクは、少しだけ辺りをきょろきょろした後、顔中に?マークを浮かべている。

 そしてそのまま、木のフォークでケーキを刺して、……パクり。


 それを、頬いっぱいにむしゃむしゃとして、無造作に次の一切れを取り分けた。


「…………?」


 不思議そうな表情をしていたのは、アザミだけではない。

 狂太郎もそうだ。


 ヘルクはそのあと、出された紅茶を口に運ぼうとして、――


「――ッ!」


 狂太郎は《すばやさ》を八段階めで起動。瞬時に接近し、その手を払いのける。


「う、わあ!」


 驚く青年をよそに、……恐らく、今もどこかで見守ってくれているはずのヤマトに向けて、言った。


「ケーキじゃない。紅茶だ」

「……え?」


 代わりに、アザミが驚く。



「アザミ、このお茶を入れたのは?」

「え、ええと……工房を任せてる、――リリーちゃん、ですけど」

「そうか……」


 狂太郎、そこでようやく、自分の失敗に気付く。


「彼女、どこにいるかわかるか?」


 食屍鬼たちに問いかけるが皆、首を横に振るばかり。


「しまった。逃がしたか」


 狂太郎は、歯がみするしかない。自分が気付くべきだった。


 日記でしか情報を得ていないヤマトは、気付かなくて当然である。

 リリーは、”食屍鬼”ではない。

 日記を読む限り、はぐれ”食屍鬼”のようにも読むことはできるが、彼女はれっきとした人間なのだ。


――甘かった。


 彼女はまだ、十歳かそこらの女の子。

 まさか”転移者”な訳がないと思い込んでいたのだ。


「アザミ。おそらく、リリーちゃんだ」


 渋い顔でいうと、――この世界の”主人公”は、意外なほど動じた様子を見せずに、こう応える。


「……ほほう。なるほど」

「彼女を探さなければ」


 そして狂太郎、素直に頭を下げる。


「アザミ。きみの力が要る。手を、貸してくれるか」

「お任せ下さいまし」


 アザミは席を立ち、


「この一年、鶴は、――恩返しする日をずっと待ち望んでいました」

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